通俗正教教話/十誡の第五誡命
▼十誡 の第五 誡命
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汝 の父母 を敬 へ其 は汝 の生命 の地 に長 からん為也 >>
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問
- 答
其 は父母 に孝行 して尽 せと謂 うことで御座います、尚 ほ詳 しく申 しますれば父母 を常 に敬 ひ其 疾病 などの際 には心 から看 護 し、老 を慰 め、死後 には其 祭 を絶 たず、其 遺言 は神様の法 と国 家 の法律 に悖 らぬものならば父母 の考 へた通 りに実行 することなので御座います。
問
- 答
父母 に孝行 することは至 って容易 いことで人 の子 たるものは誰 が命令 しなくとも自 然 に心 から湧 き出 て来 るもので御座います、然 るに不 孝者 は其 容易 い誰 にも自 然 に出来 得 ることを行 はないので御座いますから其罪 は決 して一通 りでは無 いので御座います、旧約 のモイセイの法律 に由 りますれば『父母 を罵 った許 りでも死 刑 に処 せられた』(エギペト出記二十一の十六)もので御座います、我邦 でも古 から父母 に孝養 を尽 すことは人 の行 ふべき道 の大本 として常 に人々 が行 はうと心 掛 けて居 ることで、不 孝者 と云 へば誰 しも爪 弾 をして窃盗 よりも憎 む程 の重 い罪 と見做 して居 ります。
問
- 答
其 は言 ふ迄 も御座 いませぬ、『父母 に孝養 を尽 すこと』は家 庭 の円 く治 って行 く基 で、家 庭 の円 く治 ることは社会国家の政 治 の能 く行 はるる礎 で御座いまするから神様は特 に目前 の褒 美 を人々 にお示 しになって益々 人々 を御 励 しになったので御座います。
問
- 答
茲 に申 して御座いまする『長 き寿 』とは称 ふ許 りの意味 では御座 いませぬ、此 語 は来世 の幸福 をも示 して居 る言 葉 で之 を一概 に申 しますれば『孝行 な人 』は末 には幸福 を得 ると謂 ふ意味 で御座います、私 共 は長 くさへ生 きるて居 れば其 で幸福 のやうに思 ひますが、併 し其 は大 の間 違 ひで早 く死 んだからと申 しまして決 して不 幸 と申 す訳 には参 りませぬ、世 の中 には長 く生 きて居 る為 に却 て惨憺 な目 に遭 って居 る人 も御座いますれば、早 く死 んだ為 めに却 て幸福 な人 も御座います、要 するに人 の幸 不 幸 は命 の長 短 には拘 りませぬことで御座 いまするから、孝行 をしたから必 ず長 く生 きると申 す訳 には参 りませぬ、神様が若 し此人 は世 の中 に長 く生 きて居 るより自 分 の許 に早 く引 取 った方 が幸福 と御思召 せば如何 に親孝行 な人 でも夭死 を致 しまするので、其 は兎 も角 も孝行 をした者 が幸福 を受 ることは孰 れに致 しましても間 違 いの無 いことで御座います。
問
- 答
其 は父母 は私 共 の尤 も近 い者で御座 いまするし、父母 に対 する誡命 は隣 に対 する愛 の誡命 の基 になるので御座いますから此 誡命 は隣 に対 する愛 の誡命 の基 になるので御座 いますから此 誡命 を故意 と隣 に対 する誡命 の第一位に置 かれたので御座います。
問
- 答
此 言 の本当 の意味 は無 論 『生 の親 』のことを申 したものでは御座いますが併 し其内 には又 親 に代 るべき人 をも含 んで居 るので御座います。
問
- 答 第一は
国 家 の首 たる帝王 で御座います、次 は私 共 の霊 のことを慮 って呉 れる牧 師 又 は学問 を授 けて呉 る教 師 、第三は年 長 者 、第四は恩人 、是 等 は孰 れも皆 父母 に代 るべき人 で御座 いますから私 共 は父母 と均 しく敬 ひ其人 の為 に身命 を抛 たなければなりませぬ。
問
- 答
其 は申 す迄 も御座 いませぬ、一国 の首 たる人 の命令 には心 から服従 し、常 に帝王 の健在 と国 家 の安寧 とを萬 事 に先 だちて祈 るべきことを誡 めて居 ります、聖書 に申 して御座いますには、『凡 の事 に先 だちて勧 む衆 人 の為 帝王 及 び凡 そ権 を操 る者 の為 に祈 祷 祈 願 懇求 感謝 を為 さんことを、我 等 が凡 の敬虔 と聖潔 とを以 て平安 にして穏静 なる生 を度 らん為 なり』(テモヘイ前二の一、二)『凡 の人 は上 に在 る権 に服 すべし蓋 神 よりせざる権 なく有 る所 の権 は神 より立 てられたるなり故 に権 に服 せざるものは神 の命 に逆 ふなり』(ロマ十三の一、二)『我 子 よ神 と帝王 とを畏 れよ』(箴言二十四の二十一)之 に『服 すべきは惟 (怒 を畏 るる)の為 のみならず乃 良 心 に縁 るなり』(ロマ十三の五)希 くば『神 を畏 れ王 を尊 めよ』(ペトル前二の十七)と。
問
- 答
其様 に己 の命 を君 の為 め国 家 も為 めに捨 つるものは愛 の最 も極 点 に達 したるもので世 に是 より大 なる徳 は無 いと申 して御座います、イオアンの福音 の中 に『人 其友 の為 に生命 を捐 つるは愛 是 より大 なるはなし』(十五の十三)と申 して御座いまするのは即 ち此事 を意味 したもので御座います。
問
- 答
斯 様 申 して御座います『爾 等 の教導 師 神 の言 を爾 等 に傳 へし者 を紀 念 せよ、彼 等 に順 ひて之 に服 せよ』(エウレイ十三の七、十七)と。
問
- 答 『
白髪 の人 の前 には起 あがるべし又 老人 の身 を敬 ひ汝 の神 を畏 るべし』(利未記十九の三十二) 又 『老人 を厳責 する勿 れ乃 彼 に勧 むること父 に於 ける如 くせよ……老女 には母 に於 ける如 くせよ』(テモヘイ前五の一、二)。
問
- 答
此事 は最早 や言 ふ迄 もない事 で御座いますから別 に誡 も御座いませんが私 共 は主 なるイイスス ハリストスが其 大恩人 なるイオシフに三十歳迄 父 に対 するやうな孝養 を御 尽 しになったことを見 ましても其 行 に倣 い己 の恩人 を大切 に致 さなければなりませぬ。
問
- 答
君 たる者 の臣 下 に対 する義務 に就 ては斯 様 に申 して御座います『主 なる者 よ義 と公平 を以 て僕 に施 せ天 には汝 等 にも主 あることを知 ればなり』(コロサイ四の一)。 親 の子 に対 する義務 に就 ては斯 様 申 して御座います『父 よ汝 等 も己 の子 を怒 らしむる勿 れ乃 主 の警戒 と教訓 とを以 て之 を養育 せよ』(エヘス六の四)。牧 師 教 師 の其 信 徒 及 び弟子 に対 しまする誡 に就 きましては『汝 等 に在 る神 の群 を牧 して之 を監督 するには強 ひて為 すに非 ず乃 願 に因 り又 神 の旨 に順 ふに因 り不 潔 の利 の為 に非 ず乃 熱心 に因 りて為 せ又 神 の業 の主 たるに非 ず乃 郡 の式 となれ』(彼得前五の二、三)。年 長 者 の年 少 者 に対 する心 得 に就 きましては『少 き者 には兄弟 に於 けるが如 くせよ』(テモヘイ前五の二)と教 へて御座います。
問
- 答
否 、其様 な場 合 には私 共 は其 命令 が設 し君主 の命令 であつても親 の命令 であつても主人 の命令 であつても決 して従 ふ必要 は無 いので御座います、其様 な時 には私 共 は嘗 て聖 使徒 ペトルとイオアンがイウデヤの有司 と長 老 及 び司 祭 長 に答 へて『神 に聴 くよりも愈 りて汝 等 に聴 くは神 の前 に在 りて義 なるか自 ら判断 せよ』(行実 四の十九)と申 しました其 言 を繰返 し毅 然 と神 の為 め真 の教 の為 めに其 命令 を斥 けて、之 が為 に受 くる苦 を甘 じて忍 ばなければなりませぬ。
問
- 答 『
従順 』と謂 ふ誡命 になるので御座います。
▼十誡 の第六 誡命
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汝 人 を殺 す勿 れ)>>
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問
- 答
法律 に拠 って死 刑 に罪人 を処 することや君国 の為 に戦争 に赴 いて敵人 を殺 すことは決 して罪 では御座いません。
問
- 答
若 し其 過失 が真 に已 むを得 ぬもので御座いまするなれば罪 は無 いので御座いますが多 く過失 と申 しまするものも用心 の足 らない所 から起 って来 るもので御座いますから設令 へ過 って人 を殺 しましたにせよ殺 した人 に全然 罪 がないとは申 されません、で御座 いますから教会では過 って人 を殺 した人 にも少時 く謹慎 を命 じて心 を浄 めさせるので御座います。
問 教会で
- 答 教会で
申 しまする『殺人罪 』は刀 や出刃 で人 を殺 すこと許 りでは御座いません次 に申 しまする様 なことも亦 『殺人罪 』の中 に加 へられるので御座います。 - 第一は裁判官が
被 告 の無 罪 たることを知 りながら之 を罪 に落 すこと、第二は人 を殺 した罪人 を匿 まって其者 に便 宜 を與 へること、第三は自 分 が人 を助 くる途 の有 るにも係 らず他 人 の死 を見 殺 しにすること、金満家 が貧乏人 の餓死 するを助 けないことなぞも此 第三者の内 に属 するもので御座います、第四は自 分 の配下 に度 に過 ぎた労働 を命 じて其者 の身体 を損 ふこと、主人 が召使 を虐 待 することなぞは此 部 類 に属 する罪 で御座います、第五は放蕩 や酒 や不 節制 によつて大切 な身体 を壊 すこと。 以 上 述 べましたことは孰 れも教会では矢張 り『殺人 の罪 』と見做 すので御座います。
問
- 答 教会では
自 殺 も矢張 り人殺 しの内 に加 へるので御座います、一体 日本人は自 殺 と謂 ふと大変 に偉 さうに考 へまするが其 は大変 な間 違 ひで、大抵 な自 殺者 は世 の戦 に敗 けた人 で御座います、若 し自 殺 する位 の覚 悟 が有 れば自 殺 をしなくても充分 立派 に世 の中 の何 んな苦 でも切 抜 けて行 くことが出来 るので御座いますのに其 が出来 なくて自 殺 などするので御座いますから自 殺者 は偉 い人 ではない、却 って世 の難関 を切 抜 くることの出来 ない意気地 なしで御座いますですから教会では自 殺者 を非 常 に卑 みます、一体 人 と申 しますのは誰 でも己 の身 を可 愛 がるもので御座いますのに自 殺者 は自 分 で自 分 の体 を殺 すので御座いますから只 人殺 の罪 許 でなく天性 に悖 った大罪 で御座います、尚 其上 に自殺者は神様の御 旨 にも叛 いた大罪人 で御座います。
問
- 答
決闘 は殺人 と自 殺 と国法 に逆 ふ三 つの大罪 を同 時 に犯 すもので御座います、何故 かと申 しますれば決闘 は私 の争 を裁 く為 になすもので御座いますが私 の争 を裁 く為 には国 家 に裁判 と謂 ふものが御座います、然 るに決闘 をする者 は其 国 家 の規 定 を蔑 ろにして恣 に私 の争 を決定 しやうとするので御座いますから第一決闘 は国法 に叛 くので御座います、次 に決闘 をする者 は己 の身 を傷 つけ人 の体 を傷 むる者 で御座いますから人殺 と自 殺 の罪 を同 時 に犯 す者 で御座います。
問
- 答
否 、左様 では御座いませぬ、人 を悪 い道 に誘 って其人 の霊 を亡 さしめる者 も亦 人殺 の罪 を行 ふ者 で御座います、主 は聖書 の中 に人 の子 を害 ふ者 に向 かって其罪 を鳴 して申 されましたには『誘惑 は来 らざるを得 ず唯之 を来 す者 は禍 なる哉 人 此 の小 子 の一人 を罪 に誘 はんよりは寧 ろ磨石 を其頸 に懸 けられて海 に投 ぜられん』(ルカ十七の一)即 ち人 を罪 に陥 るる様 な者 ならば生 きて居 るよりか、死 んで了 った方 が余 程 益 であると謂 ふ意味 で御座います。
問
- 答
未 だ御座 います、人 の家 の平 和 を破 ったり人 を徒 に憎 むことも亦 人殺 と均 しい罪 で御座います、聖書 に斯 う申 して御座いますには『凡 そ其 兄弟 を憎 む者 は殺人者 なり』(イオアン一書三の十五)。
問
- 答
此 第六の誡命 を正しく私 共 が踏 み行 はんには人 の生命 と平 和 を重 じ常 に心 を用 いて其 を助 くるやうにしなければなりませぬ、例 へば貧 い者 には惠 み、病 人 があれば看 護 をして遣 り、憂 ひ悲 んで居 る者 は慰 めて遣 り、不 幸 な者 が有 れば其 を親切 に世話 をして遣 り、自 分 に耻 をかかせた者 があっても其罪 を咎 めず、萬 事 萬端 人 に優 しい心 を以 て交際 ふので御座います。