北条五代記巻第九 目次

 
 
挿絵  ※サーバーの状態により挿絵が表示されない場合があります。


 
オープンアクセス NDLJP:551
 
北条五代記巻第九
 
 
 
聞しはむかし相州さうしうぢう人三浦介。受領じゆりやう陸奥守むつのかみじう位下ゐげ平義同たいらのよしあつ法名ほうみやう道寸とがうす。子息しそくあら次郎。弾正少弼だんじやうせうひつもとと云て。父子をえたるさふらひあり。是は大介義あきら後胤こういんなり。平治へいぢの合戦にをいて。三浦荒次郎義すみは。源氏げんじにくはゝり。いくさせし事。古記こきに見えたり。然に伊豆いづの国に。伊勢新九郎平氏茂うぢしげと云武士ぶしあり。後は入道し。北条早雲さうゝんがうす。此早雲相摸さがみ小田原の城を。明応めいおうの比ほひ。のつとり上杉朝良ともよし居城ゐじやう。同園大の城をもせめおとす。永正元年九月。早雲さうゝん官領くわんれい上杉明定あきさだと。大合戦かつせんあり。三うら道寸だうすんは。さがみ岡崎をかざきの城に有て。早雲とたゝかひしが。かなはずして。同九年八月十三日。城を開退かいたいし。同きすみよしの城にうつり。年久しく論敵ろんてきたりしが。鎌倉かまくら合戦に道寸討負うちまけ敗北はいぼくす。されどる秋尾の大くづれにてきゝへたり。此みち高山かうざんくづれてうみに入。片岸かたきしに道有て。一うちなれば。いくむかうといへ共かなひがたし。然共早雲大ぐんにて。小つぼ。秋屋。長さか黒石くろいし佐原さはら山を打こゑみだれ入。道寸だうすんかなはず。父子ふし一所に。雑兵ざいひやう二千ほどにて。三うら新井あらゐしろにたてこもる。此城南西北なんさいぼくは入うみ白波しらなみ立て。きしをあらひ。山たかいはほけんそにしオープンアクセス NDLJP:552て。けだものもかけりがたし。城のひろさは二十町四方。とう一方わづか。二十けん程。くがつゞき。是に堀をほり。もん一ツ立をきぬれば。百万むかふといふ共。力ぜめには成がたし。たゞ是島城しまじろ也。道寸は至剛しがう智謀ちぼう兼備けんびせし。大将たりといへ其。かまくら合戦かつせんに。人数にんじゆことうたれ。小勢なれば。かなはずして。三年籠城ろうじやうす。然に千駄矢倉だやぐらがうし。大きなる岩穴いはあな有。是につね米穀べいこくを。千つみをく。此穴の内もみなはらつて。兵粮ひやうらう米つきはてぬれば。すでに城中じやうちうの者共。難儀なんぎにをよぶ。其比むさしの国司こくしとして上杉修理しゆり太夫朝興ともおきは。江戸のしろ居住ゐぢうとす。新井あらゐの城中。兵粮つくる由を聞。武州ぶしうせいそつし。道寸だうすん後詰ごづめと有て。さがみの国。中ごほりまで打こし陣取。早雲さううん此よしを聞。新井あらゐの城おさへとして。二千残しをき。四五千の人数にんじゆ。新井を退しりぞて。甘縄たまなは〈[#「甘縄」はママ]〉近辺きんへん陣取ぢんとり合戦かつせんし。うつつうたれつ。たゝかふといへ共。かなはずして。上杉人数武州ぶしうみなひつ返す。新井あらゐ城中の者ども。ちからをうしなひ。門をひらき。切て出。討死うちじにすべきか。はらきるべきかと。せんぎしける所に。大もりゑちごの守をはじめ。佐保田さほだ河内かはち同彦四郎。三次参河守みかはのかみ申けるは。総州そうしう摩呂谷まろやと上総かづさ介殿は。あら次郎殿のしうと。親子しんし契縁けいえん也。岸根きしねに。つなぎをく。おほくの舟に取のり上総かづさの国へうつり。下総しもふさ武州ぶしう上州じやうしうせいをもよほし。上杉殿を先立申。さがみの国へみだれ入て。早雲を退治たいぢし。会稽くわいけいはぢをすゝぐべしとぞせんぎする。道寸だうすん是を聞。しばらく有てなみだをおさへ。をのしさるゝ所神妙しんべう也。然にそれがしは。上杉たか救がなんなり。時高ときたか養子やうしなつて。三浦へうつる。其後継母けいぼおとゝ一人いできたり。継母の讒言ざんげんにより。おとゝを世にたてんため。われをがいせんはかりごとあり。我心うくおもひ。出家しゆつけし世をのがれ。小田原総世そうせい寺に有し所に。家老からうの者おほくしたひ来て。みかたとなる。小田原の城主しろぬし。大もり筑前ちくぜん加勢かせいをこひ。ちゝしろにましますを。明応めいおう三年九月廿三にせめおとし。中むら民部みんぶをはじめ。ことくほろぼしたり其因果ゐんぐわを身にむくひ。かゝるうき目にあふ事。てきのせめにあらず。是ひとへに養父やうふばつをあたり天のせめをかうふる也。世をも人をもうらむまじ。さあらんにをいては。たとへいづくへおちたり共。行末ゆくすゑたのみがたし。たかきもいやしきも。しすべき所にてしなざれば。後代こうだい耻辱ちじよくたり。いにしへを伝聞つたへきゝしに。東方朔とうほうさくが九千歳。うつゝらが八万ざい浦島うらしまが七百歳もかぎりいのちにて。つゐにはむなしくなるぞかし。我六十さいを。たもちぬるも。たゞ一すいゆめ生者しやうじや必滅ひつめつの世のならひ。なげきてかひなかるべし。今生こんじやう名残なごりたゞ今なり。さけをくまんと道寸だうすんさかづきをひかへ給ひければ。河内守かわちのかみぎみが代は。千世ちよにや千代ちよとうたふ。あら次郎あふぎを取て

きみが代は。千世にや千代もよしやたゞ。うつゝのうちの。ゆめのたはふれ

まひ給へば。彦四郎もおなじたつて。つれてまふ。ぜにあはれなる一きよくかなで。いつの世にかは立帰たちかへり又もあひ見ん事ならねば。おもひきるとはいひながら。今を最期さいごまひそで。思ひやられてあはれなり。道寸だうすん諸侍にむかつていはく。君臣くんしん礼義れいぎ年来ねんらい忠功ちうこうあさからず、然といへ共。オープンアクセス NDLJP:553運命うんめいもつきはて。三年の籠城ろうじやう兵粮ひやうろうつきぬれば。力なし。此なかにもおちんと思ふ人あらば降人かうにんなつ出城しゆつじやうすべし。道寸少もうらみなし。せんと志ふ人は。討死うちじにし。後代こうだいをとゞめよ。道寸だうすん父子ふしは腹切べし。生涯しやうがい対面たいめん是までなり。越後守が云。こは口惜くちをしき仰哉。それ人の一大事といふは。一をはりをもてせり。年頃としごろ日来ひごろ恩禄をんろくうけ。かゝる時にひるがへらば。あにじんの道ならん。白氏文集はくしぶんしうに。君恩雨露くんをんうろのごとしといへり。旧君きうくん深恩しんをんわすれ。此一大事をのがれ。世にいき残りて。はじをさらす者や候べき。主従しうぐともに討死うちじにし。後代こうだいにとゞめんは。弓矢ゆみやとる身の本懐ほうぐわいなりと申ければ。諸そつ是を聞。御返答へんたうよく申たりと。をの心ざしを一ツにし。時刻じこくうつさず門をひらき切て出る。道寸だうすんうちわを取て。諸卒しよそつをいさめ。けふを最期さいご合戦かつせんなれば。ちゝうたるれ共。子たすけず。しゆううたるれ共。従者じゆうしやおち合ず。かたなのつかのくだけるをかぎり。を限りに。天地をひゞかしたゝかふ有様。修羅道しゆらだうもかくやらん。道寸だうすんうちわを取て。下知げぢし給ふ所に。神谷雅楽頭かんやうたのかみ名乗なのつて。道寸を目がけ馳参はせさんじ。馬土にてをしならべてむずとくむ。道寸は聞ゆる大ちからにて。物ともせず。なんじやさしき心ばせや。我にかゝり。くわうせんにて。焔魔ゑんまちやうの。うつたへにせよと。くら前輪まへわにをし付。ほそくびねぢ切すてられたり。討死おほき其中に神谷雅楽頭かんやうたのかみは心ももうなりけるが。道寸の手にかゝり。五十三を一期とし。しゝ名誉めいよをとゞめたりと。ほめぬ人こそなかりけれ。あら次郎は。家につたはる重代ぢうだい。五尺八寸の正宗まさむねの。大太刀たちをぬきもつて。大こゑたて。切てまはる有様。鬼神きじんのごとしこゝへをつゝめ。かしこへせめよせ。はらひぎり。をひかけぎりけさがけ。瓜切うりぎり。よこ手ぎりから竹わりと云ものに。散々さんきつてまはれば。かたきのせいは。四はう八方へにげゆきて。むかふてきこそなかりけれ。敵みかたのがいは。原上げんじやうつかをつき。野草やさうをそめ。みかたもおほく討死うちじにす。いき残るともがらは。友々ともさしちがへ。はらきつてぞしゝたりける。わづかに残る人々は。心しづかに腹きらんと。主従しうともに。城に帰り。七十五人おもひはら切て。一人も生残いきのこらず同じまくらにふしにけり。あら次郎いはく。ちゝ自害じがい有べし。荒次郎は一人あとのこりとゞまりとふらひ合戦仕り。かたきを思ふまゝにほろぼして。かばねはせんぢやうにさらし。こけの下にうづむ共。万天ばんてんにあぐべしとを申けり。扨又道寸だうすんつね和歌わかをこのましめ給ひしが。すきの道とて生害しやうがいに至て

うつものもうたるゝものもかはらけよくだけてのちは。もとのつちくれ

とよみ切腹せつぷくし給ひぬ。あら次郎は廿一さい器量きりやうこつがら人にすぐれ。長七尺五寸。黒髭くろひげ有て。血眼ちまなこなり。手足の筋骨すぢほねあらしく八十五人がちからをもてり。さいごの合戦のため。おどし立たる甲冑かつちうくろがねをきたひ。あつさ二分にのべ。是をたいしあらかしの丸を。一ぢやう二尺につゝぎり。八角にけづり。すぢがねをわたし。此ぼうを引さげ。一人門外もんぐわいへゆるぎ出たる有様。やしやらせつのごとし。おめきさけぶこゑ。大山もくづれて。うみに入。こんちくもおれて。たちまちしづむがごとし。四オープンアクセス NDLJP:554方八方へにぐる者を。をつつめ。甲の頭上づじやうをうてばみぢんにくだけて。どうへにえ入。よこ手にうてば。一はらひに。五人十人打ひしぐ。ぼうにあたりてする者。五百余人。其かばねにみちて。あしのふみもなし。たゞ是らせつこくの鬼王きわうが。いかりもかくやらん。此いきほひに皆敗北はいぼくして。てきもなければ。みづからくびをかきおとし。しゝたりけり。され共首はせず。眼はさかさまにさけ。鬼髭きしはりをすりたるがごとく。きばをくいしばり。にらみつめたる眼のひかり。百れんのかゞみに。をそゝぎたるがごとく。さもおそろしさを一目見たる者。なうれつすれば。此くび又も見る人なし是によつて。有験うげん貴僧きそう高僧かうそうに仰て。さまの大法秘法ほうひほうしゆせられけれ共其しるしなし。三年此首死せず。小田原久野くのの。総世寺そうせいじ禅師せんじ来て。一しゆの歌をゑいじ給ふ

うつゝとも。ゆめともしらぬ一ねぶり。浮世うきよのひまを。あけぼのゝそら

とよみて手向たむけ給へば。まなこふさがり。たちまち。にくくちて。しらかうべと成ぬ。此あら次郎死所のあたり。百間四方は。今にをいて。田畠てんはくにも作らず。草をもからず。牛馬ぎうば其中に入て草をはめばたちまちに死す。故にけだものまでもそくしつて其中へ入事なしつね青草せいさうばうをひたり。当代たうだいの侍衆。新井あらゐしろ見物けんぶつせしに。道寸だうすん父子ふしは。名誉めいよ武士ぶし。一礼とて。城の大手古堀ふるぼりそとにて下馬げばし。礼敬れいきやうす此合戦と申は。七月十一日なり。今も七月十一日には。まいあら井の城に。雲霧くもきりおほひて。日のひかりもさだかならず。丑寅うしとらの方と。未申ひつじさるかたよりいなびかりかゞやきいでて。両方の光入みだれ。風猛火みやうくわふき上。ひかりの中に。ひやう馬は虗空こくうにたゝかふ有様。天地をひゞかしおそろしきとも云ばかりなし。かるがゆへに此古塚ふるつかのあたりには。人家じんかもなし。一ばかりはなれて。村里そんり見えたり。扨又不思儀の事有。道寸だうすん父子の討死うちじには。ゑい正十五年戊寅つちのへとらの年。七月十一日のとらこく也。然所に北条うぢ政の切腹せつぷくも。天正十八庚寅かのへとらの年。七月十一日寅の刻なり。七十三年にあたつて。年月ねんげつこく。たがはずはて給ひたる。因果ゐんぐわことわりこそ。おそろしかりけれ。父祖ふそ善悪ぜんあくは。かならず子孫しそんにをよぶといへる古人の言葉ことば。おもひしられたり

 
 
聞しはむかし。関東北条左京さきやう大夫。平朝臣たひらのあそん氏康公うぢやすこうは。伊豆いづ相模さがみ武蔵むさし上総かづさ下総しもふさ上野かうづけおさめ。常陸ひたち下野しもつけ駿河するが信濃しなのへ手をかけ。くわん八州にをふるひ。文武ぶんぶ至剛しがう名将めいしやうたり。其比氏康うぢやす敵対てきたいの人々。安房あは里見さとみ左馬頭さまのかみ義弘よしひろ常陸ひたち佐竹さたけ太郎義重よしゝげ下野しもつけ宇都宮うつのみや三郎国綱くにつな越後ゑちご長尾景虎ながをかげとら甲斐かひ武田源信玄たけだみなもとのしんげん駿河するが今川義元いまがわよしもと東西南北とうざいなんぼくてき有て。たゝかふしよさぶらひまもり。せつををもくし。をおしみ。いのちかろんじ。いさみすゝんで。をあらそひ。うつつ。うたれつ。てき味方みかた骸骨がいこつにしき。野草やさうをそめ。鯨波ときのこゑさけびのをと。震動しんどうし。やむとなし。然所に。弘治こうぢ丙辰ひのへたつの年。あつかひ有て。氏康うぢやす信玄しんげん義元よしもと三人の中。無事に成ぬ。其上氏オープンアクセス NDLJP:555康の子息しそくまさは。信玄しんげんむこになり。義元子息氏真うぢざねは。氏康の聟にさだめ。信玄そくのぶは。義元の聟に定め。三方へ御こし入て。北条今川武田だけだの。三一味になりぬ。此無事の子細しさい。三人の大将。言葉ことばいださずといへ共。心底しんていにはいづれも。天下にのぞみをかけ。無事になるとしられたり。関東くわんとうさふらひは。先例せんれいをおもふゆへにや。小身せうしんたる人も。天下に望みをかくる。然に義元よしもと駿しゆんゑんさん軍兵ぐんびやう。二万五千を引率いんそつし。駿府すんぷを打立。京へせめ上る。尾州びしうに入。諸勢しよせいちつて。乱妨取らんばうどりす。義元は。松原まつばらにてさかもりし給ふ所に。織田をだ三郎信長のぶなが。六七百の人数にんじゆにて。はせむかひ。味方みかたにまなんでをしよせ。尾張国おわりのくにでんがくがくぼといふ所にて。永禄ゑいろく三年庚甲かのへさる。五月十九日義元は。信長のぶながのためにほろび。同八年五月十九日。公方くばう光源院くわうげんゐん義輝公よしてるこうは。三好みよしがために御生害ごしやうがい也。三好修理亮みよししゆりのすけ子息しそく左京大夫。天下を二代持だいもつ。然に信長。美濃みの尾張をはり伊勢いせ三ケ国のせい引率いんそつし。京都へせめ上り。同十一年十月十五日入洛じゆらくす。其以後公方義昭よしあき公。二たび洛し給ふ。同十二年に。三好は信長にちうせられ。氏やす元亀げんきぐわん年十月三日病死びやうし。氏ざね伯父はくふ信玄しんげんに。追出ついじゆつせられて。のちそつす。太郎義のぶは。ちゝ信玄しんげんにころされ。信玄は天正元年四月十二日に病死びやうしす。輝虎てるとらは同六年三月十三日に頓死とんしす。同年の春。上杉三郎景虎かげとらは。長尾ながを喜平次景勝かげかつのためにがいせられぬ。されば氏やす信玄しんげん輝虎てるとら此三人の内。一人存命ぞんめいにをいては。信長のぶなが滅亡めつばうたるべきに。信長天運てんうんつよき故なりと。諸人しよにん沙汰さたせり。同十年三月十一日。武田勝頼たけだかつより同太郎信勝のぶかつ父子ふしは。信長公のためにほろび。同年六月二日。信長公三しやう信忠のぶたゞ父子ふしは。明智日向守あけちひうがのかみ〈[#ルビ「あけちひうがのかみ」は底本では「あけちひうかのがみ」]〉光秀みつひでがために滅亡めつばうし。同月十三日光秀みつひでは。羽柴筑前守はしばちくぜんのかみ秀吉ひでよしうちれ。柴田修理亮勝家しばたしゆりのすけかついへ織田をだ三七信高のぶたか両人は。秀吉ひでよしのためにちうせられ。其後京らんしづまりぬ。同十八年七月十一日。氏まさ秀吉ひでよし公のために切腹せつぷくし。氏なを高野山かうやさんに入。文禄ぶんろく元年十一月四日卒逝そつせいす。関白くわんぱく秀次ひでつぐ公は。文禄四年七月十五日。高野山にをいて。大閤たいかうのために切腹し。義昭としあき公は慶長けいちやう二年八月廿八日こうじ給ひぬ。秀吉公は同三年八月十八日に他界たかい也。愚老ぐらう永禄年中に生れてよりこのかた。天下にのぞみをかけ給ふ大みやう。右にしるすごとく。二十二人。此内十五人は。弓箭きうせんにてそつし。七人は病死びやうしなり。扨又右の内八人は。果報くわほうめでたふ天下に義兵ぎへいをあげ。武将ぶしやうくらゐに付給へり。され共内六人は弓箭にてはて給ひぬとかたれば。老人らうじん聞て。申されけるは。論語ろんごに。人とほきおもんぱかりなきときんば。かならずちかきうれへありといへり。一しやうの間。身をはるまで。思慮しりよなき時は。かならず一日へん時の内にも。わざはひ有べし。人間はかなき有様。たとへばなつせみ。時しりがほになくを。うしろに蟷螂たうらうをかさんとす。すゞめ又いぼじりをまもる。其木の下に。わらはゆみひいんとよる。あしもとにふかたに有をしらず。身をあやまてり。みな是まへのをおもひて。のちがいをかへりみずとおんせうけうが云をきしも。今おもひしられたりオープンアクセス NDLJP:556
 
 
見しはむかし。関東諸国しよこくみだれ。弓箭ゆみやを取てやむ事なし。然ば其頃。らつはと云。くせ者おほく有し。是らの者。ぬす人にて。又盗人にもあらざる。心かしこく。けなげにて。横道わうだうなる者共なり。或文あるふびに。乱波としるせり。たゞしおぼつかなし。ぞくにはらつはといふ。され共此者を。国大みやうしゆ扶持ふちし給ひぬ。是はいかなる子細しさいぞといへば。此乱波らつは。我国に有盗人を。よく穿鑿せんさくし。たづね出してくびを切。をのれ。他国たこくしのび入。山賊さんぞくかい賊夜討強盗がうたうして。物取事が上なり。才智さいちに有て。謀計ぼうけい調略てうりやくをめぐらす事。凡慮ぶんりよをよばず古に。いつはつてもかしこきをまなばんを。賢とすといへり。されば智者ちしやと。盗人のさうおなじ事なり。舎利弗しやりほつも。智慧ちゑをもつて。ぬすみをよくせられけると。ふるき文に見えたり。乱波らつはがうす。みちしなこそかはれ。武土ぶし智謀ちぼう計策けいさくをめぐらし。他国たこくきつて取も又おなじ。扨又戴淵たいえんと云者盗人也。陸機りくきと云ものふねのり長安ちやうあんへ参る時。ゑんはかりことをめぐらし。陸機りくきが船のうちを。ぬすみとらんとす。りくがいはくなんぢ器用きよう才覚さいかくにては。高位かうゐにもすゝむべき人なり。何とて盗みするやと云時。淵つるぎをなげすて。盗の心をあらためける。ていきこしめしこゝろざしをひるがへす事せつ也と。ほうび有て。めしあげて。将軍しやうぐんになし給ひぬ。是をおもふに。まことに関東のらつはが智慧ちゑにては。神仏かみほとけとならんも。やすかるべし。大人にもならず。財宝さいほうをもたくはへず。盗人わざをえたるこそ。をろかなれ。然に北条左京大夫。平氏たひらのなを直は。くわん八州にをふるひ。隣国りんごくてきたるによて。たゝかひやむ事なし。武田たけだ四郎源勝頼みなもとかつより。同太郎信勝のぶかつ父子ふし。天正九年のあき信濃しなの甲斐かひ駿河するが三ケ国のせいをもよほし。駿河するがまいばしへ打出。黄瀬川きせがは難所なんじよをへだて。諸勢しよせい浮島うきしまはらぢんどる。氏なほも関八州の軍兵ぐんびやうそつし。伊豆いづのはつねが原。三島に陣をはる。氏なほ乱波らつは。二百人扶持ふちし給ふ中に。一の悪者あくもの有。かれがを。風摩かざまと云。たとへば西天竺さいてんぢく。九十六人の中。一のくせ者を。外道げだうといへるがごとし。此風摩かざま同類どうるいの中。四かしらあり。山海さんかいの両ぞく強窃がうせう二盗じとう是なり。山海の両賊は。山川にたつし。強盗がうどうは。かたき所を押破をしやぶつて入。窃盗せつとうはほそるぬす人と名付なづけしのびが上。此四盗ら。夜討をもて第一とす。此二百人の徒党つたおう。四手にわけて。雨のふる夜も。ふらぬ夜も。風のふくよも吹ぬ夜も。黄瀬きせ川の大を。物ともせず打わたつて。勝頼かつより陣場ぢんばへ。夜々よるに忍び入て。人を生捕いけどり。つなぎ馬のつなきり。はだせにてのり。かたはらへ夜討ようちして。分捕ぶんどり捕し。あまつさへ。こゝかしこへをかけ。四方八方へ。味方みかたにまなんで。まぎれ入て。鬨声ときのこゑをあぐれば。惣陣そうぢんさはぎ動揺どうようし。ものゝぐ一りやうに。二三人取付。わがよ人よとひきあひ。あはてふためきはしり出るといへ共。前後ぜんごにまよひ。味方のむかふをてきぞとおもひ。うつつうたれつ。をちらし。さんをみだして。半死半生はんしはんしやうにたゝかひ。夜明よあけくび実検じつけんすれば。みな同士どうしいくさして。被官ひくわんしゆうをうち。おやの首を取。あまりの面目めんぼくなきに。もとゞりをきりさまをかへ。高野かうやみねオープンアクセス NDLJP:557にのぼる人こそおほかりけれ。扨又其外に。もとゆい切。十人ばかりかたはらにかくれ。こぞりたりしが。かくてもいきがひ有べからず。はらをきらんといふ所に。一人すゝみて云けるは。我々しゝたり共。しゆうをうち。おやころす其むくひをしやせずんば。五ぎやく八逆のつみのがるべからず。二百人の悪盗あくとうを。いづれを分て。かたきとせんや。風摩かざま乱波らつはの大将なり。いのちすてば。かれをうつやすかるべし。今宵こよいうちに来るべし。かれらが来るみちまちて。ちりなつて。にぐる時。其中へまぎれ入。行末ゆくすゑは。皆一所にあつまるべし。それ風摩かざまは二百人の中に有て。かくれなき大おとこたけ七尺二寸。手足てあし筋骨すぢほねあら敷。こゝかしこにむらこぶ有て。まなこはさかさまにさけ。黒髭くろひげにて。口わきまへひろくさけ。きば四ツそとへ出たり。かしらは福禄寿ふくろくじゆて。はなたかし。こゑたかく出せば。五十町聞へ。ひきくいだせば。からびたるこゑにてかすかなり。見まがふ事はなきぞとよ。其時風摩を見出し。むずとくんで。さしちがへ。今生こんじやう本望ほんまうたつし。会稽ぐわいけい耻辱ちじよくすゝぎ。亡君ばうくんしんへ。黄泉くわうせんのうつたいにせんと。かれらが来る道筋みちすぢに。十人心ざしを一ツにして。草にふしてぞまちにける。風摩かざまれい夜討ようちして。散々ちりなつてにぐる時。十人の者共其中へまぎれ入。行末ゆくすゑは二百人みな一所にあつまりたり。然ば夜討強盗がうだうしてかへる時。たちすぐり。すぐりといふ事あり。明松たいまつをともし。約束やくそくこゑを出し。しよ同時どうじにざつとたちさつる。是はてき。まぎれ入たるをえり出さんためのはかりごとなり。然にくだんの立すぐり。居すぐりをしける所に。まぎれ入たる十人の者。あへて此義をしらず。えり出され。みなうたれけるこそふびんなれ。夜々の事なれば。勝頼かつより諸勢しよせい。是にくたびれ。夜明よあけければ。よろひをぬぎすて。ひるねしける所に。なま才覚さいかくなるものいひけるは。いかにや人々。兵野ひやうのにふせば。とふかりつらを見だすといへる。兵書ひやうしよ言葉ことばをしり給はずや。こゝの山かげ。かげかしこの野辺のべに。かりとびみたるゝをば。見給はぬか。風摩かざましのび。乱波らつはが草に臥たるよと。よびめぐれば。すはや心得たり。のがすなうちとれとて。惣陣そうぢんさはぎ動乱どうらんしける。馳向はせむかつて是を見るに。人一人もなし。くるれば馬にくらをきひかへ。ゆみをはげ。鉄炮てつぱうなわをはさみ。干戈かんくはまくらとし。甲冑かつちうをしとねとし。秋三月みづき長夜ちやうやあかしかね。うらめしの風摩かざましのびや。あらつらの。らつばが夜討ようちやといひし事。天正十八とらの年まで有つるが。今は国おさまり。目出度御代なれば。風摩がうはさ。乱波らつはが名さへ。関東にうせはてたり
 
 
見しはむかし。北条氏なをと。里見義頼さとみよしより弓矢ゆみや時節じせつ相模さがみ安房あは両国の間に入海いりうみ有て。舟の渡海とかいちかし。故にてき味方みかた兵船ひやうせんおほく有て。たゝかひやむ事なし。夜るになれば。ある時は小船せうせんそう二艘にてぬすみに来て。浜辺はまべさとをさはがし。或時は五十艘三十艘渡海とかいし。浦里うらさと放火はうくはし。女わらはへを生捕いけどり即刻そくこく夜中に帰海きかいす。島崎しまざきなどの在所ざいしよの者は。わたくしにくわぼくし。敵方てきがたオープンアクセス NDLJP:558貢米ぐまい運送うんさうして。半手はんてがうし。夜を心やすく居住きよぢうす。故にいけどりの男女なんによをば。是等の者。てきはう内通ないつうして。かい返す。去程に夜にいたれば。敵も味方みかたも。海賊かいぞく渡海とかいせんと。浦里うらさとの者。れまはつて用心ようじんをなし。海賊の沙汰さた日夜にちやいひ。やむ事なし。今は諸国しよこくおさまり。天下泰平たいへいかい遠浪ゑんらうの上までも。をだやかにして。しづかなる御時代じだいなり。然共兵船ひやうせんおほく江戸川につなぎをき給ふ。ある人いくさぶね侍衆さふらひしゆを。海賊の者と云ければ。其中に一人此言葉ことばをとがめていはく。むかしより山賊さんぞく海賊かいぞくといふ事。山に有てぬすみをなし。舟にてぬすみするを名付たり。文字もんじよみもしるなし。さふらひたるものゝぬすみをする者や有。海賊かいぞくとは言語道断ごんごだうだんくせ事かな。物をもしらぬ木石ぼくせきなりといかる。此者聞て。我文盲もんまうゆへ。文字もじよみもしらず。扨舟乗ふなのりの侍のをば何とか申べき。をしへ給へと云時。此侍の返答へんたうにつまり無言むごんす。愚老ぐらう是を聞。文字よみをきけば。さふらひとがめ給へるもことはりなり。又いにしへより。海賊かいぞくぞくにいひつたへければ、いふもしかなり。今おもひあたつて。此をうかゞふに。舟乗にはそれのなすわざによて。異名いみやう有。商船人しやうせにん廻船人くわいせんにん海士人あまひと渡守わたしもり水主すゐしゆ梶取かんどり。などゝいふ。然どもいくさ舟の侍をば。兵船ひやうせん武者むしや共。戦船せんせんさふらひ共。いひつたへを。いまだ聞ず。ほとんど。海賊かいぞく諍論じやうろん分明ぶんみやうならずといへば。人聞て兵船を。海賊と云本説ほんせつおぼつかなし。われ此ぞくの心をさつするに。ぬすみとは。あながちに。物取ばかりにかぎるべからず。よろづ悪事あくじをさして。いへる惣名そうみやうなるべし。正路簾直しやうろれんちよくなる事をば。ほとけといへるがごとし。いにしへ源平ぐねぺいのたゝかひを。しるしをきたるふみに。平家へいけ凶賊けうぞくうちほろぼし。源家げんけ賊徒ぞくと追討ついたうしなどゝ。てきがたをさして。賊と名付なづけたり。それぬすむといふことばは。やさしき物にたくへて。うたにもおほくよみたり。すべてきう馬のみちは。武略ぶりやくもつぱらとす。此心をもて了簡れうけんするに。盗賊とうぞくと武りやくは。文字もじかはり。みちことなれ共。心はおなじ。それいかにといふに。よくぬすみするも。武略もみなはかりごとをもて肝要かねうとせり。すこぶる戦場せんぢやうにをいて。あるひ相刻さうこく相生さうしやうの。五行をかんがへかつかたよりむかひ。或は孤虚こきよ王相わうさうとて。日をえらび時を取て。馳来はせきたつてしゆうを。けつせんとほつする時は。味方みかたてきの大しやうの。てだてをはかつて。其てだてのならぬやうに。こなたより調略てうりやくす。是を心をせむる共。はかりごとうつともいへり。まじはりうつ。兵を伐。しろをせむる。其品々しな計策けいさくみな順道じゆんだうほか武略ぶりやくなり。故に第一にはかりごとをうつといへるは。たゝかはずして。かつ事をはかり。てきの兵のくつするやうに。智計ちけいをめぐらし。横道わうだうにてをうるを。ぜんの善なりとす。是孫子そんしが心なり。扨又御成敗式目せいばいのしきもくに。山賊さんぞくかい賊等の事をしるせり。これらは人をころす者なりとばかり有て。罪科ざいくわ軽重けいぢうたしかにしるさず。又強窃がうせつたう沙汰さたあり。強盗は日中のぬす人。威力いりきをもて人の財宝ざいほうをうばひ取。ぜつたうはよるぬす人なり。是は威力いりきなく。ひそかに人の物を盗故。名付てほそる共。しのびともいふとしるせり。窃盗せつとうの二を。忍びとよみ。ひそかにぬすむともよみたり。さす所はおなじ名なれども。盗人といへば。悪逆無道あくぎやくぶだうに聞へ。ほそる忍びといへば。やさしかりき。又花鳥くわてうオープンアクセス NDLJP:559風月ふうけつによそへて。ぬすみのこととばをゑいぜり。風花かぜはなをさそふは。風賊ふうぞく也。つゆかげをうつすは。賊なり。とりたかにかくれて立ば。てう賊いづれも。和歌わかに詠ぜり。其上ほとけは。げん舌身意ぜつしんい是を六ぞくとかれたり。見聞鼻みきくはなにかぎ。したあじはひ。身にふれ。心におもふ事。皆ぞくなり。六こんぢんしき三六十八の境界きやうがい。是をほとけぬす妄相まうざう煩悩ぼなうなどゝ。様々に異名いみやうを付給へり。此欲賊よくぞくは。人間に付そひ。はなれがたし。爰をあきらむるは心なり。故に古人こじん万法まんはふ一心にしかじと云々。禅家ぜんけにをいて。一千七百の。公案こうあんといふも。さとりあきらむるをもてせり。故にぜんの一はふは。一さい諸法しよはふそなへり。すべて生死しやうじ去来きよらいしる肝要かねうなり。しやう不可得ふかとくしやうなり。又不可得のなり。然ればしやうにまかせ。は死にまかせ。生死しやうじにをいて。わづらはざる。是一念不生ねんふしやうの所なり。たゞ即心即仏そくしんそくぶつにして。ほかほとけをもとむべからず。色に形賊ぎやうぞくあり。心に形賊なし。此色空しきくうの二さう分明ぶんみやうすべし。一切の境界きやうがい。心の外になし。まよへるは妄賊まうぞく。さとる時は万事。くうにして一もつなし。人間一生涯しやうがい色欲しきよくぢやくして。生死しやうじのきづな。はなれがたし。かくのごときのいましめ。釈儒しやくじゆの二文にくはしくしるせり。程子ていしせつに。人のかなうずしも。おぼれまよふ所のみにあらず。心のむかふ所。すなはちよくなりといへり。じゆ者のをしへを。仁義じんぎと云も。ほとけのいましめも。心はことならず。たゞ我がいうを有にして。の有をむさぶらざらんこそ。本意ほんいなるべけれ。ほとんど君上きみうへに有てまつりごとたがふ時は。国みだれ。たみくるしめりほしいまゝに。国位こくゐをうばゝんがため。天下を乱し。黎民れいみん是によてうれふ。そのかみ天神てんしんだい神五代さつて。神武帝じんむていよりこのかた。日本国は王土わうどなり。民はたり。王位のまつりごと。をこたらざる時は。国民安穏あんをんにして。風枝かぜえだをならさず。あめつちくれを。うごかさず。是天よりあたふる所の聖人せいじんなるが故也。荘士さうしに云きみたみをもて子とし。民は君をもつてちゝとすと云々。然に神功皇后じんぐうくわごう女体によたいの御身とし。ひとの国を。うばひとらむと欲賊よくぞくにまよひ。海賊かいぞくぶねおほくもて。異国いこく渡海とかいし。修羅しゆらたゝかひをなし給ふ時に。御きせながをめされしに。たま懐姙くはいにんにあたらせ給ふ玉体ぎよくたい。はなはだ大にして。御よろひのかこみ。其わきにをよばず。是によてすなはちたてをもつて脇をかくし給ふ。此れいにより。日本の武士ぶし。脇だてするは此いはれなり。万里ばんり遠浪ゑんらうの上。むまにかふべき。まぐさなし。海中のを取て。むまにかふ。故に。神馬草じんばさうと名付たり。神馬藻とかきて。なのりぞとよむも。此時よりと云々。皇后くはうごうかんをしたがへ。ひとり御心を。なぐさみ給ひけれ共。万里ばんりみち兵粮米ひやうらうまい運送うんさうするは。日本国のたみしやうなり。是によてなげきかなしみ。其ついへあげてつくべからず。元暦げんりやく二年安徳天皇あんとくてんわう女院にようゐんも。海賊かいぞくし給ひぬ。長門ながとの国赤間あかませき海上かいじやうにをいて。源氏げんじは八百余艘よそう平家へいけは五百余艘をうかめ合戦かつせんす。平氏うちまけ。先帝せんていも二位尼上ゐのあまうえも。ことく海ていにしづみ給ふ。此みなもとたづぬるに。かみ一人のよくゆへ。下万民ばんみんうれふ。こゝをもて史記しきにいはく。つりをぬすむ者はちうせられ。国をぬすむ者はいつたりと云々。鈎はおびに付るちいさかねなり。此心は小ぬすみつみにをこなはれ。大盗は国をぬすめ共。オープンアクセス NDLJP:560罪科ざいくわにあはぬといへり。いにしへ。三くわうてい世をおさめ給ふ事。天地の道にかなひ。まつりごとすなほなるが故なり。尭王げうわうくらゐつき給ひて。民のついへをいたみ。さいてんけづらず。ばうしきらずと云々。家をかやにてふき。材木ざいもくをけづらず。黒木くろきなり。いしやうをそめず。もんをも付ず。是たみあはれみ。国土こくどゆたかにとの。政事なりされば今の世までも。げうをば聖君せいくんと申つたへり。天下を治るきみ。かくこそ有べけれ。世は仁義じんぎをもつてたもてり。それ人として。仁義じんぎの道にたがふは。ほん意にあらず。まして大しやうにをいてをや。たとひ生涯しやうがいのぞむ共。の道まもるを大将とす。然ば古語こゞに。てきのいばりを呑でも。本意をたつすと云々。此詞用ことばもちひがたし。越王会稽ゑつわうくわいけいはぢをすゝぎしは。一がんかめ浮木ふぼくにあへるがごとし。此詞残りとゞまつて。越王ゑつわう口辺こうへん尿いばり臭香末代しうかうまつだいまでもうすべからず。ほとんど国を守護しゆごするも。滅国めつこくとなるも。大将の武運ぶうんにこたへ。天めいのなす所なり。故に合戦の勝負しようぶはまけたりとても耻辱ちじよくに有べからず。たゞ運を天にまかせ。義をとし。後代こうだい名誉めいよのこさんこそ。大将の本懐ほんぐはいなるべけれ。右は海賊かいぞくの二に付ての子細しさいなり。字面じめんにあふ事あり。ちがふ事あり一様にさだめがたし。筑紫宰府つくしさいふくり名物めいぶつなり。是を御門みかどへさゝげ奉る。一とせに二なる柴栗しばぐりなり。され共さゝぐり名付なづくうた

つくし人。わらことしけりさゝぐりの。さゝにはならで。しばにこそなれ

と。能因法師のふゐんほつしよめり。すべて人はあへてもつて。すこしきに。かすかなる事を。我心につねに。やしなへば。大きなるにあたりても。まどはす。いにしへよりぞくにいひつたふる。そゞろごとおほし。徃事わうじをば。とがめてゑきなしといへり

 
北条五代記巻第九