- 兄弟睦しく居るは善なる哉、美なる哉〔一節〕。
一。 多くの事物は善なれども快楽なく、或ものは快楽を與ふれども善ならず、此両者の合せらるゝは甚だ容易ならずとす。然れども此両者即ち快楽と善とは預言者の言ふ所のことに於て合せられたり。殊に愛は斯くの如きものなり、愛は其中に利益と偕に便利をも快楽をも含有す。預言者は爰に愛を讃美す。彼は単に住所及び一家に居住することに就きて述ぶるのみならず『睦しく居ること』即ち和合と愛とを以て生活することに就きて云ふなり、何となれば同心は是に由りて生ずればなり。彼は此事の『善』にして『美』なることを述べ、次に例を以て己の言を解釈し、及び最も明かなる状態を以て聴衆に事物を想像せしめ得る実物の比較をなせり。如何なる比較なるか。曰く『是れ宝なる膏が首にありて、髯即ちアアロンの髯に流れ、其衣の裾に流るゝが如く』〔二節〕。アアロンは司祭長にして諸方より流れ出る膏として顕れ、而して此膏によりてアアロンは彼を見る者の為に頗る希望あり、心地善く且つ愛すべきものたりき。預言者曰く、アアロンは膏つけられて其状輝き、其顔は光り、馥郁たる香気に充され、且つ彼を見し者の目を快ばしむるが如く、是も亦美し、又観其物の啻に善なりしのみならず、見るが為にも快かりしが如く、此事もまた霊を楽ましむ。
『エルモンの露のシオン山に降るが如し』〔三節〕。彼は大なる趣味を含有する他の比較をも取りて観客に満足を與ふ。彼の之を云ふや空しからず。イズライリの十種族の囚はるゝ迄二種族は別々に生活し、是よりして彼等の間に多くの不法、混乱、争論及び戦争を生じたるが故に、預言者は此事のなからん様説き勧め、以後人民の分離することなく、偕に合同一致して一の首長と王政の下に生活し、萬有の上に露の降るが如く、始より終に至る迄愛の貫徹せんことを諭すなり。彼は愛を膏及び露と比較して、膏を以て愛の懇篤を示し、露を以て安慰及び快き状態を示さんと欲したるなり。『蓋彼処に於て主は降福を命じたり』。『彼処』とは何処なるか。斯くの如き生活、斯くの如き一致、斯くの如き同心、斯くの如き同棲の中にあるを云ふ。是れ実に祝福にして之に反するものは詛なり。然れば視よ、或者は之を讃美しつゝ『是れ兄弟の間の同心及び近者の間の愛なり、妻も夫も互に生活する者は之を以て一致すべし』〔シラフ書廿五の二〕といへり。或者は合同の力を隠密に言ひ顕しつゝ『二人ともに寝ぬれば温暖なり、又三根の縄は容易く断れざるなり』〔傳道之書四の十一及び十二〕といへり、爰には安息の時にも大なる快楽あり、働く時にも大なる力あることを説きつゝ、快楽をも力をも偕に示すなり。又曰く『怒れる兄弟は堅き城にも勝りて説き伏せ難し』〔箴言十八の十九〕。ハリストスも亦『二人或は三人の我が名に因りて集る処には、我も其中に在るなり』〔マトフェイ福音十八の二十〕といへり。自然物も之を要求す。然れば神始に人を造りて『人独なるは善らず』〔創世記二の十八〕といひ、而して活物、即ち妻を造り、無数の方法を以て吾人を互に接近せしめんと欲しつゝ共與の必要を以て之を夫と合一にせり。『永生を命じたり』。預言者の此言を加へたるや宣し、愛のある所には大なる安全あり、神の大なる寛仁あり。愛は諸福の母なり、愛は諸福の根なり、源泉なり、愛は戦を鎮め争を絶つ。彼は之を言ひ顕しつゝ『永生を命じたり』と附加へたり。実に争論不和は死と夭死を招くが如く、愛と和合とは平安と同心とを生じ、而して平安と同心との在る所には生活上萬事安全にして全く希望ありとす。然れども何の為に現在のことに就きて云ふべきか。愛は天及び云ふべからざる幸福を吾人に得しむ、愛は善行の皇后なり。吾人は之を知りつゝ熱心に愛を養はん、是れ我々衆人が光栄の世々に父と聖神と偕に帰する吾人の主イイスス ハリストスの恩寵と仁愛とによりて受くべき現世および来世の幸福をも受けん為なり。アミン。
第百三十二聖詠
- 登上の歌。ダワィドの作。
- 1 兄弟睦しく居るは、善なる哉、美なる哉。
- 2 是れ寶なる膏が首にありて、髯即アアロンの髯に流れ、其衣の裾に流るるが如く、
- 3 エルモンの露のシオン山に降るが如し。蓋彼處に於て主は降福と永世とを命じたり。
詩篇第133篇(文語訳旧約聖書)
- ダビデがよめる京まうでの歌
- 1 視よ はらから相睦てともにをるはいかに善いかに樂きかな
- 2 首にそそがれたる貴きあぶら鬚にながれ アロンの鬚にながれ その衣のすそにまで流れしたたるるがごとく
- 3 またヘルモンの露くだりてシオンの山にながるるがごとし そはヱホバかしこに福祉をくだし窮なき生命をさへあたへたまへり