<< 神はその諸聖人に於て奇跡を行ふ。 >>
一、 誰か天門を閉ざしたるか、イリヤか、或はイリヤの中に居りて雨に命じたまひし神か。思ふに天の有権者は当時自からイリヤの霊に坐して、神の言は彼の舌を以て雨に地に降るを禁ぜしなるべし、然るに彼は再び言を発するや、天門開けて雨降れり。モイセイもかくの如し、杖を置きしに、杖は蛇となりしが、再び言を発するや、蛇は杖となれり。彼は爐より灰を取りてこれを散ぜしに、痂となれり。更にこれに命ぜしに、蝨と蟾蜍とあらはれたり。さりながら人性は此を成し得るか。モイセイ海につげたるに、海は両分し、川につげたるに川は血に変ぜり。天の能力がモイセイの心に居り、彼を以て此の休徴を行ひしこと顕然たるなり。
二、 いかんしてダワィドは武器なしに彼の巨人と戦ふを得たりしか。ダワィドの石を異族人に投ぜしは、ダワィドの手を借りて神の手は石を発し、神の力は自から勝を奏して敵を驚かしたるなり、けだし身体の無力なるダワィドはこれを為す能はざりしなり。イイスス ナワィンはイエリホンに近づきて城を囲むこと七日なりしも、己の力を以ては如何ともするあたはざりき、さりながら神が命じ給ひしや、城塁はおのづから陥落せり。また彼の約地に入りしとき、主は彼に告げていへり、行きて戦に臨めと。さりながらイイススは対ていへり、主は活く、汝なくんば我行かずと。また戦の時に当り太陽に二時間止まるを命じたるは誰なるか、彼の一天性なるか或は彼に居る力なるか。またモイセイがアマリクと戦ひしとき、手を天に神に挙ぐるや、アマリクを蹂躙したれども、手を垂るるや、アマリク勝を得たりき。
三、 さて汝は此をききて其智を遠きに行かしむるなかれ。これ真実なる事件の象たり、又影子たるにより、これをおのれに応用すべし。汝も其智の貢と意念とを天に挙げて主に附くを願ふときは、サタナは汝の意念によりて貶黜せらるべし。さればイエリホンの城塁が神の力により破壊せられし如く、今も汝の智の為に途を杜絶する悪習の城塁とサタナの都と汝の敵とは神の力を以て滅さるべし。かくの如く神の力は法下の影に於てさへ不断義人等に存在して、顕然たる奇跡を行はしめ、神の恩寵は彼等の内部に居れり。且神は預言者等にも作用し、彼等が心中に於て預言し且語るに助けて、要用のありしときは世に大事を告げしめたり。けだし預言者は常に語りしにあらずして、彼等に居る神がこれを欲したるとき語れり、さりながら力は常に彼等に存在せり。
四、 しかれども律法の影に於てさへ聖神は如此の量を以て注がるるならば、いはんや新約に於て、十字架の後、ハリストスの来りし後に於てをや、神を注がるると神を以て酔はしめらるるとは彼処にも成りぬ。けだしいふあり、『われ我が神を一切の人に注がん』〔イオイリ二の二十八〕。これ主の自からいひ給ひしものと同じきを意味す、曰く『我汝等と偕にして世の終まで在るなり』〔マトフェイ二十八の二十〕。『蓋凡そ求むる者は得ん』。またいふあり、『然らば汝等悪しき者なるも尚善き賜を其子に與ふるを知る、況や天に在す汝等の父は之に求むる者に聖神を與へざらんや』〔ルカ十一の十、十三〕、使徒の言によるに『能に於てし、多くの保証に於てするなり』〔フェサロニカ前一の五〕といふ。ゆえに適当にこれを得んには労と大なる盡力と忍耐と神を愛するとを以てすべくして、録していふ如く霊の感覚が『善悪を弁ふるを』〔エウレイ五の十四〕最早習ひたる時に得らるるなり、即凶悪の狡獪、奸計、多様の攻撃と埋伏とに就ても、又神の働と力とにより種々の賜と種々様々なる助とに就ても、これを弁ふるを習ひたるときに得らるるなり。けだし内部の人を汚すに情慾を以てする有罪なる痂をおのれに認識すれども、人の弱きを堅め、中心の喜を以て霊魂を新にする真実の聖神よりする助をおのれに認識せざる者は、神の恩寵と神の平安との種々多様なる摂理を知るの認識を有せず、弁別の能力をうけずして存せん。されど又一方より見れば主の助をかうむりて、すでに心神の喜びと天上の賜を有する者も、もし己を以て最早罪に属せずと思ふならば、これ欺瞞におちいりて、悪習の巧緻なるを弁へず、嬰児の齢の成長するとハリストスに於て成全するを得るとは漸を以て成るべきを理解せずして、自から誘はるるなり、何となれば聖なる神聖なる神を以てあたへらるる助あるときは、これと共に信仰も成長して、大に上進するに至るべく、すべて悪なる思念の支柱は漸々に傾き始めて全滅に至るべければなり。
五、 ゆえに我等はおのおの宝を此の瓦器の中に見付けたるか、神の紫袞衣を衣たるか、王を見たるか、王に近侍する者となりて安んじたるか、或は猶外部の室に於て勤事するかを研究せざるべからざるなり。けだし霊魂には肢多く、其深さも大にして、これに輸入せる罪は其の悉くの組織と心の牧野とを最早占領したればなり。其後人が恩寵を尋ぬるとき、恩寵は人に来りて或は霊魂の二の組織を占領するあらん。然れども恩寵を以て慰めらるる無経験なる者はその来りし恩寵が霊魂のすべての組織を占領して罪は根絶せられたりと思ふ。さりながら霊魂は太半罪の権中にありて、恩寵の下にあるものは一部分のみなり。然るに人は欺かれて此を知らず。
六、 余は汝等の誠実なる愛によりて書すべき所のものを多く有すれども、怜悧の人々たる汝等に此の少許のものを以て端緒を與ふるは、汝等実行して言の旨趣を研究し、更にいよいよ主に於て智なる者となりて、其心の正直を主の恩寵と真理の力とを以て増加せんためなり、また全く恐るるなうして己の救を捉へ、すべての好奇心と敵の悉くの詭計とより免れて、我等が主イイスス ハリストスの審判の日に躓かざる者、及び定罪せられざる者としてあらはるるを賜はらん為なり。彼に光栄と権柄は父及び生活を施す彼の神と共に今も何時も世々限り無きに帰す。アミン。