通俗正教教話/信経/第三か條
(三)第三か條
編集- 『
我 等 人々 の為 め又 我 等 の救 の為 に天 より降 り、聖神 及 び童貞女 マリヤより身 を藉 り人 となり』
- 『
問
- 答
其 は神 の御子 がお降 りになったので御座 います。
問
- 答
成程 神様 は在 らざる処 なく何処 にでもお居 でになるので御座 います、神様 は天 にもお居 でになれば地 にもお居 でになります、其 で御座 いまするから天 からお降 りになったと申 しますると誠 に妙 で御座 いまするが特 に茲 に天 からお降 りになったと申 しまするのは、今迄 人 の見 ることの出来 なかった神様 が人 の体 をお藉 りになって目 に見 ることの出来 るお方 にお成 りになりましたことなので御座 います。
問
- 答
其 の信経 の第三か條に申 して御座 いまする通 り、私 共 の為 め、特 に私 共 の罪 の救贖 の為 めに天 よりお降 りになったので御座 います。
問 『
- 答 『
我 等 人々 の為 め』と謂 ふ言 は決 して一国 の人 や、或 二 三 か国 の人 を指 したものでは御座 いませぬ、何処 の国 の人 でも凡 そ人 と謂 ふ名 の附 いた者 は皆残 らず此 言 の内 に含 んで居 るので御座 います、で御座 いますから此 言 の意味 は『神 の子 がお降 りになりましたのは、私 共 人類 全体 の為 で決 して一 か国 や数 か国 の人 の為 でない』と謂 ふ意味 なので御座 います。
問 『
- 答
罪 と詛 と死 より私 共 を救 ふことで御座 います。
問
- 答 教会で
罪 と申 しまするのは何 も世 間 で罪 と申 しまする様 な窃盗 をしたり詐偽 をしたりすること許 りではないので御座 います、凡 て神様 の御立 てになった御規 則 を犯 すことは何様 なことでも皆罪 とするので御座 います。
問
- 答
其 は前 にも申 しました所 の悪 魔 と謂 ふ者 の為 なので御座 います。
問
- 答
其 は斯 うなので御座 います、神様 が人間 をお創 りになりまして此 をエデムと謂 ふ楽 しい園 の内 にお置 きになりました時 、食 ても宜 い果実 と、食 てはならぬ、『善悪 を識 る樹 』とをお創 りになりまして、此 二 つの樹 を人 にお與 へになって申 されましたには『園 の各種 の樹 の果 は意 のままに食 ふことを得 、然 れども善悪 を識 るの樹 は汝 其 果 を食 ふべからず、汝 之 を食 ふ日 には必 ず死 すべければなり』と。斯 様 に神様 はお誡 を人 にお與 へになりましたので御座 います、其 れで有 りまするのに悪 魔 はアダムとエワを誘 って神様 のお誡 の有 る其 木 の果 を彼 等 に食 せたので御座 います、之 が人 の罪 を犯 した始 で、其 から罪 は代々 人 に傳 はって今日 に到 ったので御座 います、人間 が死 ぬる様 になったのも全 く其 が為 で御座 います。
問
- 答
否 、毒 も何 も有 った訳 では御座 いませぬ、一体 人 が罪 を犯 さない前 には人 を害 ふ様 な物 は何 一 つ無 かったので御座 いまして、世 の中 の物 は凡 て皆 な人 の益 になったので御座 います、善悪 を知 る樹 の果 を食 って人 が死 ぬ様 な者 になったのは、全 く神様 が食 ってはならぬとお誡 めになった其 お誡 に叛 いた為 なので御座 います。神様 のお誡 に叛 くことは神様 の御 恩 を忘 れることと同 じ事 で御座 いまして、罪 の内 でも此 罪 位 人 と神様 の間 を遠 ざくる罪 は他 に御座 いませぬ、人間 は実 に其様 な罪 を犯 した為 めに死 る様 な情 けない者 になったので御座 います。
問
- 答
其 は人 が若 し神様 の命 に従 って其 樹 の果 を食 はずに居 たならば、善 なる者 となり、此 に叛 して其命 に叛 いて其 果 を食 へば、悪 しき者 になると謂 ふことを此 樹 によって識 りましたので、左様 名 けた訳 で御座 います。
問
- 答
左様 すれば成程 些 と善 い様 に思 はれまするが併 し神様 は惠 深 きお方 で御座 いまするから、其様 な機 械 の様 な物 に人 をお創 りにならなかったので御座 います、神様 は人 をお創 りになると同 時 に人 に『自 由 』と謂 ふ心 の儘 になる尤 も立派 の物 をお與 へになったので御座 います、それで有 りまするに人 は其 立派 な神様 の被下 た物 を悪 い方 に用 いて罪 に陥 ったので御座 います、神様 が人 を機 械 の様 な物 にお創 りにならなかったのは、人 を尤 もお敬 ひになった為 なので御座 います。
問
- 答 エワが
一人 楽園 に居 ましたる時 、悪 魔 は蛇 の体 を藉 りてエワに申 しまするには、人間 が若 し善悪 を識 る樹 の果 を食 ふならば神 の如 く善悪 を識 る様 なものになるだろうと、エワは実 に此蛇 の言 に迷 はされて神様 のお誡 を疑 ひ、遂 に其 樹 の果 を食 ひ、そしてアダムにも勧 めて其 を食 はせたので御座 います。
問 アダムが
- 答
其 は詛 と死 とで御座 います。
問
- 答
詛 と申 しまするのは尤 も手短 に申 しますると、人 が罪 を犯 した為 に此 地 上 に出来 ました種々 な災害 や苦難 を指 したもので御座 います。
問
- 答
死 と謂 ひまするのは霊 が人 の体 より離 れることで御座 いまするが、人 の罪 に陥 った為 に起 って来 ました死 は只 体 の死 ばかりでは御座 いませぬ、霊 の死 も亦 起 って来 たので御座 います、茲 に霊 の死 と申 しまするのは何 も体 の死 のやうに霊 が無 くなって了 まうと云 ふ意味 では御座 いませぬ、霊 が神様 から離 れて其 美 しい光 と幸 を失 って了 まうことなので御座 います。
問
- 答
其 は濁 った源 から湧 き出 まする河 の日常 でも濁 って居 りまする様 に、私 共 人間 の源 とも申 しまするアダムが罪 を犯 した為 に受 けましたる死 の、其裔 である一般 人間 に傳 るのは自 然 止 むを得 ぬことで御座 います、聖書 には此 の事 を『一人 に縁 りて罪 は世 に入 り……死 も亦 悉 くの人 の中 に入 れり』〔ロマ五の十二〕と申 して御座 います。
問 アダムとエワが
- 答
御座 いました、『生命 の樹 』と謂 ふ樹 が有 ったので御座 います、人 は其 果 をさへ食 って居 ますれば日常 迄 も生 きて居 られたので御座 います、併 しアダムとエワは罪 を犯 して楽園 を逐 ひ出 されましたので御座 いますから、其様 な樹 も何 の益 にも立 たなかったので御座 います。
問 アダムとエワが
- 答 いいえ
失望 しなかったので御座 います、何 となればアダムとエワが非 常 に自 分 の罪 を悔 ひ改 めましたる時 、慈 深 き神様 は彼 等 に『婦 の裔 蛇 の頭 を砕 かん』〔創世記三の十五〕とのお言 をお與 へになって彼 等 を御 慰 になり、後世 に於 て救主 が世 に顕 はれて悪 魔 に打 ち勝 ち、人 を罪 の内 より再 び救 ひ出 すと謂 ふお約束 を彼 等 にお授 けになりましたので彼 等 は其 望 の為 に失望 しなかったので御座 います。
問 『
- 答 『
婦 の裔 』と謂 ふのは人々 の救 の為 に世 にお降 りになったイイスス ハリストスの事 で御座 います、『蛇 の頭 』と謂 ふのは悪 魔 を譬 へたる言 で、『頭 を砕 く』と謂 ふのはイイスス ハリストス神 の子 が人 となって此 世 にお降 りになり、悪 魔 を敗 り、罪 と死 と詛 の内 より人々 をお救 ひ出 しになることなので御座 います。
人 は神様 から其様 なお約束 を戴 いてからは、常 に其 救 主 に希望 を置 くことが出来 ましたので、常 に己 の苦 を忘 れて安心 することが出来 たので御座 います。
問
- 答
否 、左様 では御座 いません、其 を信 じた者 は、ほんの些 で多 くの人 は神 救世主 の世 にお降 りになるとのお約束 を忘 れて了 まったので御座 います。
問
- 答
否 、左様 では御座 いません、幾 度 となく或 は義 人 に或 は預 言者 にお告 げになって其 人々 を以 て天 下 の萬民 にお傳 へになったので御座 います、例 へば神様 はアブラアムに向 って『汝 の子 孫 によりて天 下 の民 福祉 を得 べし』〔創世記二十二の十八〕と申 され又 ダビトに向 っては、我 爾 の身 より出 る汝 の子 を汝 の後 に立 てて其国 を堅 ふせん汝 の家 と汝 の国 は汝 の前 に永 く保 べし汝 の位 は永 し堅 うせらるべし』〔サムイル後書七の十二、十六〕と其外 にも斯 様 なことは未 だ未 だ沢山 有 るので御座 います。
問
- 答
此 は神様 の第 二位 なる神 子 が人 の体 を御 自 分 にお取 りになって人間 の間 にお降 りになったことを申 したので御座 います。
問
- 答
此 は神 の子 が『人 の身 を藉 った』と謂 ふと只 人 の体 許 り藉 りたので有 らうなどと謂 ふ人 が出 て来 ない様 に故意 と添 えた言 で御座 いまして、此 言 は此 世 にお降 りになった神様 のお子 は只 肉体 ばかりでなく人 の霊 をも合 せてお取 りになった誠 の神様 で又 誠 の人 で有 ったと謂 ふことを示 したもので御座 います。
問 して
- 答
左様 で御座 います、此 二 の性質 は分 れず又 混 ぜずイイスス ハリストスの内 に有 ったので御座 います。
問 イイスス ハリストスに
- 答
否 、左様 謂 ふ訳 にはならないので御座 います、性 は二 あっても其 位 は一 より外 無 いので御座 います、畢竟 神 子 の其 位 は神 と人 との結合 したもので、尚 ほ縮 めて申 しますれば神人 なので御座 います。
問
- 答
聖 福音 者 ルカの説 く所 によりますれば、神様 のお使 が処女 マリヤに彼 の女 がイイスス神 の子 を其腹 に宿 したことを告 げましたる時 聖 母 マリヤは神様 のお使 に向 って申 されましたには『我 れ人 に嫁 かざるに如何 にして此事 あらん』実 に聖 母 マリヤも神様 のお奇 跡 には少 なからずお驚 きになったので御座 います、其時 神様 のお使 は聖 母 に詳 に神様 の御 思召 を傳 へて申 しまするには『聖神 爾 に臨 み、至上 者 の能力 爾 を蔭 ん故 に生 む所 の聖 なる者 も神 の子 と称 へられん』〔ルカ一の三十五〕
問
- 答
御身 分 と申 す様 なものは別 に有 ったのでは御座 いませぬが、其 御 先 祖 はアブラアム及 びダビトの族 から出 た方 で、其 阿父 さまイオアキムと阿母 さまアンナと申 すお方 は尤 も敬虔 なお方 で御座 いました、聖 母 マリヤは幼 い時 から神様 のお宮 に勤 めてお居 でになり、一生 何処 へもお片 附 きにならぬ誓 を神様 になさったので御座 います、其 で御座 いますから聖 母 マリヤは一生 独身 で決 して何処 へもお片 附 きにならなかったので御座 います、尤 も女 が独身 で居 ることの出来 ぬ厳 しい法律 が出 ましたる時 、其 法律 上 の義務 を逃 るる為 めイオシフと謂 ふ年 を取 った或 る一人 の義 人 の許 に許嫁 と謂 ふ名 義 で、暫 く其 監督 をお受 けになりましたことが御座 いましたが、其 は前 にも申 しました通 り本 の名 義 許 りのことで御座 いますから聖 母 マリヤの操 には何 の関係 も無 いので御座 います。
問
- 答
左様 で御座 います、イイスス ハリストスをお宿 しになった前 も、其 神 の子 をお生 みになる時 も、お生 みになりました後 も、お薨 れになる迄 少 しも変 らぬ童女 で有 ったので御座 います。
問 正教会では
- 答
神様 をお生 みになった方 で御座 いまするから生 神女 と申 上 げます、此 言 の起因 は預 言者 イサイヤの書 の内 の左 の句 の内 から採 ったもので御座 います、『視 よ処女 は孕 みて子 を生 まん、其 名 はエムマヌイルと称 へられん、訳 すれば神 我 等 と偕 にするなり』〔イサイヤ七の十四、馬太一の二十三〕
問
- 答
成程 何時 でも永久 に世 の中 にお居 になる神様 をお生 みになったと申 しますると甚 だ妙 で御座 いますが併 し聖 童女 マリヤがお生 みになったのは勿論 神 其物 では無 いので、イイスス ハリストスの人 としての御 身体 をお生 みになったので御座 います、併 し其人 としてのイイスス ハリストスは又 神様 の第 二位 なる神 子 の性 をお持 ちになってお居 でになったので御座 いますから、聖 童女 は神 を生 むだと申 しましても別 に妙 な訳 では御座 いませぬ、勿論 生 神女 と申 しまする言 は人間的 に申 した言 なので御座 います。
問
- 答
聖 童女 マリヤは神様 をお生 み申 した位 ですもの、神様 の御 惠 みの多 いことと、神様 に近 い事 は無 論 の事 で御座 います、正教会では聖 童女 マリヤは神様 のお使 の首 なるヘルビムとセラヒムよりも上 に其 御 位 をお有 ちになってお居 でになる者 と教 へて居 ります。
問
- 答
否 、少 も産 のお苦 は無 かったので御座 います、何 となれば聖 母 マリヤには罪 がお有 りになりませぬし、其 に其 御 子 ハリストスは世 の救主 たるべきお方 で御座 いますから神様 のお恩寵 も無 論 有 ったので御座 います、一体 産 の苦 と申 しまするものは、人 が罪 を犯 しました為 の罰 で、初 の人 エワが罪 を犯 した時 神様 が『汝 は苦 みて子 を産 ん』と謂 はれましたお言 に基 きまするもので御座 いまするから、若 し罪 さへなかったならば其様 な苦 は無 いので御座 います、聖 母 の御 産 に苦 のなかったのは罪 のなかった為 なので御座 います。
問 イイスス ハリストスが
- 答
其 れには預 言者 と申 しまして、神様 のお惠 によって未 来 のことを知 る力 を有 って居 る方 が旧約 時 代 に多 く顕 れまして、救主 が世 にお生 れになって罪 なくして私 共 の啻 救贖 の為 に十 字架 の上 に苦 を受 けて死 することを詳 かに人 に傳 へて、救主 を御 迎 し得 る様 に人 を支 度 したので御座 います。其様 な預 言者 の内 尤 も著 しいのは預 言者 イサイヤ(イザヤ)と謂 ふ方 で、次 はミヘイ(ミカ)、ザハリヤ(ゼカリヤ)、ダビト(ダビデ)、ダニイルなども皆 救主 のお生 れになることを其々 預 言 したので御座 います。
問 イイスス ハリストスが
- 答
其 は御座 いますとも、例令 ば東 の国 の博士 等 はハリストスのお誕生 に東 の方 に顕 はれた星 を一 目 見 た許 りで、此 世 に約束 せられた救主 のお降 りになった事 を認 めましたし、ビフレイム(ベツレヘム)の野 に居 た牧者 は神 の使 の歌 ふ喜 びの歌 を聞 いて救世 主 のお生 れになった事 を確 く信 じましたし、義 人 シメオン及 びアンナの如 きは神様 のお示 によって、ハリストスが此 世 にお生 れになってから四 十日 目 に神様 のお宮 にお詣 りなさった時 、明 かに其 お子 が神 の子 救主 で有 ることを歌 ったので御座 います、又 、ハリストスに洗礼 をお授 したイオアンもハリストスを神 の子 と初 から認 めた人 の一人 で御座 います、其他 後 にハリストスが御 傳道 なさった時 、其 お言 を聞 いて彼 を確 に救主 と認 めた者 を数 へませうならば其数 は実 に少 からぬ者 となるので御座 いませう。
問
- 答
其 は最 早 癒 らぬ様 な病気 に罹 って居 る者 を啻 一言 を以 て立 所 に醫 したり、死 んだ人 を復活 せしめたり、五 の麺包 を五 千人 が食 べても尚 ほ餘 り有 る程 のものになさったりなど其様 な事 を行 ひなさったので御座 います、此様 な不可思議 の御 業 を教 会 では奇 跡 と申 して居 るので御座 います。
問
- 答
私 共 をお救 になりますには、其 御 教 と御 自 分 の御 行 ひと、其 死 と復活 とを以 て私 共 をお救 になったので御座 います。
問 ハリストスの
- 答
其 御 教 は今日 私 共 の正教会で皆様 に御 教 へ致 して居 りまする教 で御座 いまして、人 が己 の罪 の贖 を受 けて、窮 なき幸福 を得 るには何 うしたら可 いでせうか、其 道筋 を示 した物 で御座 います。
問
- 答
否 、聞 いた許 りでは不可 せん、其 教 を聞 くと共 に其 教 に訓 かれて有 る事 を躬 ら践 み行 はねば何 にもなりませぬ、其 御 教 を践 み行 ってこそ始 めて罪 の救贖 を受 けるので御座 います。
問 ハリストス
- 答 これも
矢 張 私 共 がハリストスの御 行 を見 て其 に倣 って善 い行 をなしますからなので、畢竟 ハリストスの御 行 は私 共 の手 本 となって私 共 を励 ますので御座 います。