サムエル後書 (文語訳)

<聖書<文語訳旧約聖書

w:舊新約聖書 [文語]』w:日本聖書協会、1953年

w:明治元訳聖書

サムエル後書

第1章

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サウルの死し後ダビデ、アマレク人を撃てかへりチクラグに二日とにまりけるが

第三日に及びて一個の人其衣を裂き頭に土をかむりて陣營より即ちサウルの所より來りダビデの許にいたり地にふして拝せり

ダビデかれにいひけるは汝いづくより來れるやかれダビデにいひけるはイスラエルの陣營より逃れきたれり

ダビデかれにいひけるは事いかん請ふ我につげよかれこたへけるは民戰に敗れて逃げ民おほく仆れて死りまたサウルと其子ヨナタンも死り

ダビデ其おのれにつぐる少者にいひけるは汝いかにしてサウルと其子ヨナタンの死たるをしるや

ダビデにつぐる少者いひけるは我はからずもギルボア山にのぼり見しにサウル其槍に倚かかりをりて戰車と騎兵かれにせめよらんとせり

彼うしろにふりむきて我を見我をよびたれば我こたへて我ここにありといふ

かれ我に汝は誰なるやといひければ我かれにこたへて我はアマレク人なりといふ

かれまた我にいひけるはわが身いたく攣ば請ふ我うへにのりて我をころせわが生命なほわれの中にまつたければなりと

我すなはちかれの上にのりてかれを殺したり其は我かれが旣に仆て生ることをえざるをしりたればなりしかして我その首にありし冕とその腕にありし釧を取りてこれをわが主に携へきたれり

是においてダビデおのれの衣を執てこれを裂けりまた彼とともにある者も皆しかせり

彼等サウルのためまた其子ヨナタンのためまたヱホバの民のためイスラエルの家のために哭きかなしみて晩まで食を斷り其は彼ら劍にたふれたればなり

ダビデおのれに告し少者にいひけるは汝は何處の者なるやかれこたへけるは我は他國の人すなはちアマレク人なりと

ダビデかれにいひけるは汝なんぞ手をのばしてヱホバの膏そそぎし者をころすことを畏ざりしやと

ダビデ一人の少者をよびていひけるは近よりてかれをころせとすなはちかれをうちければ死り

ダビデかれにいひけるは汝の血は汝の首に歸せよ其は汝口づから我ヱホバのあぶらそそぎし者をころせりといひて己にむかひて證をたつればなり

ダビデ悲歌をもてサウルと其子ヨナタンを吊ふ

ダビデ命じてこれをユダの族にをしへしむ即ち弓の歌是なり是はヤシル書に記さる

イスラエルよ汝の榮耀は汝の崇邱に殺さる嗚呼勇士は仆れたるかな

此事をガテに告るなかれアシケロンの邑に傳るなかれ恐くはペリシテ人の女等喜ばん恐くは割禮を受ざる者の女等樂み祝はん

ギルボアの山よ願は汝の上に雨露降ることあらざれ亦供物の田園もあらざれ其は彼處に勇士の干棄らるればなり即ちサウルの干膏を沃がずして故處に棄らる

殺せし者の血をのまずしてヨナタンの弓は退かず勇士の脂を食ずしてサウルの劍は空く歸らず

サウルとヨナタンは愛らしく樂げにして生死ともに離れず二人は鷲よりも捷く獅子よりも強かりき

イスラエルの女等よサウルのために哀けサウルは絳き衣をもて汝等を華麗に粧ひ金の飾を汝等の衣に着たり

嗚呼勇士は戰の中に仆たるかなヨナタン汝の崇邱に殺されぬ

兄弟ヨナタンよ我汝のために悲慟む汝は大に我に樂き者なりき汝の我をいつくしめる愛は尋常ならず婦の愛にも勝りたり

嗚呼勇士は仆たるかな戰の具は失たるかな

第2章

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此のちダビデ、ヱホバに問ていひけるは我ユダのひとつの邑にのぼるべきやヱホバかれにいひたまひけるはのぼれダビデいひけるは何處にのぼるべきやヱホバいひたまひけるはヘブロンにのぼるべしと

ダビデすなはち彼處にのぼれりその二人の妻ヱズレル人アヒノアムおよびカルメル人ナバルの妻なりしアビガルもともにのぼれり

ダビデ其おのれとともにありし從者と其家族をことごとく將のぼりければ皆ヘブロンの諸巴にすめり

時にユダの人々きたり彼處にてダビデに膏をそそぎてユダの家の王となせり 人々ダビデにつげてサウルを葬りしはヤベシギレアデの人なりといひければ

ダビデ使者をヤベシギレアデの人におくりてこれにいひけるは汝らこの厚意を汝らの主サウルにあらはしてかれを葬りたればねかはくは汝らヱホバより福祉をえよ

ねがはくはヱホバ恩寵と眞實を汝等にしめしたまへ汝らこの事をなしたるにより我亦汝らに此恩惠をしめすなり

されば汝ら手をつよくして勇ましくなれ汝らの主サウルは死たり又ユダの家我に膏をそそぎて我をかれらの王となしたればなりと

爰にサウルの軍の長ネルの子アブネル、サウルの子イシボセテを取りてこれをマナイムにみちびきわたり

ギレアデとアシユリ入とヱズレルとエフライムとベニヤミンとイスラエルの衆の王となせり

サウルの子イシボセテはイスラエルの王となりし時四十歳にして二年のあひだ位にありしがユダの家はダビデにしたがへり

ダビデのヘブロンにありてユダの家の王たりし日數は七年と六ケ月なりき

ネルの子アブネル及びサウルの子なるイシボセテの臣僕等マハナイムを出てギベオンに至れり

セルヤの子ヨアブとダビデの臣僕もいでゆけり彼らギベオンの池の傍にて出會一方は池の此畔に一方は他の彼畔に坐す

アブネルヨアブにいひけるはいざ少者をして起て我らのまへに戯れしめんヨアブいびけるは起しめんと

サウルの子イシボセテに屬するベニヤミンの人其數十二人及びダビデの臣僕十二人起て前み

おのおの其敵手の首を執へて劍を其敵手の脅に刺し斯して彼等倶に斃れたり是故に其處はヘルカテハヅリム(利劍の地)と稱らる即ちギベオンにあり

此日戰甚だ烈しくしてアブネルとイスラエルの人々ダビデの臣僕のまへに敗る

其處にゼルヤの三人の子ヨアブ、アビシヤイ、アサヘル居たりしがアサヘルは疾足なること野にをる麆のごとくなりき

アサヘル、アブネルの後を追ひけるが行に右左にまがらずアブネルの後をしたふ

アブネル後を顧みていふ汝はアサヘルなるか彼しかりと答ふ

アブネルかれにいひけるは汝の右か左に轉向て少者の一人を擒へて其戎服を取れと然どアサヘル、アブネルをおふことを罷て外に向ふを肯ぜず

アブネルふたたびアサヘルにいふ汝我を追ことをやめて外に向へ我なんぞ汝を地に撃ち仆すべけんや然せば我いかでかわが面を汝の兄ヨアブにむくべけんと

然どもかれ外にむかふことをいなむによりアブネル槍の後銛をもてかれの腹を刺しければ槍その背後にいでたりかれ其處にたふれて立時に死り斯しかばアサヘルの仆れて死るところに來る者は皆たちどまれり

されどヨアブとアビシヤイはアブネルの後を追きたりしがギベオンの野の道傍にギアの前にあるアンマの山にいたれる時日暮ぬ

ベニヤミンの子孫アブネルにしたがひて集まり一隊となりてひとつの山の頂にたてり

爰にアブネル、ヨアブをよびていひけるは刀劍豈永久にほろぼさんや汝其終りには怨恨を結ぶにいたるをしらざるや汝何時まで民に其兄弟を追ふことをやめてかへることを命ぜざるや

ヨアブいひけるは神は活く若し汝が言出さざりしならば民はおのおの其兄弟を追はずして今晨のうちにさりゆきしならんと

かくてヨアブ喇叭を吹きければ民皆たちどまりて再イスラエルの後を追はずまたかさねて戰はざりき

アブネルと其從者終夜アラバを經ゆきてヨルダンを濟りビテロンを通りてマハナイムに至れり

ヨアブ、アブネルを追ことをやめて歸り民をことごとく集めたるにダビデの臣僕十九人とアサヘル缺てをらざりき

されどダビデの臣僕はベニヤミンとアブネルの從者三百六十人を撃ち殺せり

人々アサヘルを取りあげてベテレヘムにある其父の墓に葬るヨアブと其從者は終夜ゆきて黎明にヘブロンにいたれり

第3章

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サウルの家とダビデの家の間の戰爭久しかりしがダビデは益強くなりサウルの家はますます弱くなれり

ヘブロンにてダビデに男子等生る其首出の子はアムノンといひてヱズレル人アヒノアムより生る

其次はギレアブといひてカルメル人ナバルの妻なりしアビガルより生る第三はアブサロムといひてゲシユルの王タルマイの女子マアカの子なり

第四はアドニヤといひてハギテの子なり第五はシバテヤといひてアビタルの子なり

第六はイテレヤムといひてダビデの妻エグラの子なり是等の子ヘブロンにてダビデに生る

サウルの家とダビデの家の間に戰爭ありし間アブネルは堅くサウルの家に荷擔り

嚮にサウル一人の妾を有り其名をリヅパといふアヤの女なり爰にイシボセテ、アブネルにいひけるは汝何ぞわが父の妾に通じたるや

アブネル甚しくイシボセテの言を怒りていひけるは我今日汝の父サウルの家とその兄弟とその朋友に厚意をあらはし汝をダビデの手にわたさざるに汝今日婦人の過を擧て我を責む我あに犬の首ならんやユダにくみする者ならんや

神アブネルに斯なしまたかさねて斯なしたまヘヱホバのダビデに誓ひたまひしごとく我かれに然なすべし

即ち國をサウルの家より移しダビデの位をダンよりベエルシバにいたるまでイスラエルとユダの上にたてん

イシボセテ、アブネルを恐れたればかさねて一言も之にこたふるをえざりき

アブネルおのれの代に使者をダビデにつかはしていひけるは此地は誰の所有なるや又いひけるは汝我と契約を爲せ我力を汝に添へてイスラエルを悉く汝に歸せしめん

ダビデいひけるは善し我汝と契約をなさん但し我一の事を汝に索む即ち汝來りてわが面を覿る時先づサウルの女ミカルを携きたらざれば我面を覿るを得じと

ダビデ使者をサウルの子イシボセテに遺していひけるはわがペリシテ人の陽皮一百を以て聘たるわが妻ミカルを我に交すべし

イシボセテ人をつかはしてかれを其夫ライシの子パルテより取しかば

其夫哭つつ歩みて其後にしたがひて倶にバホリムにたりしがアブネルかれに歸り往けといひければすなはち歸りぬ

アブネル、イスラエルの長老等と語りていひけるは汝ら前よりダビデを汝らの王となさんことを求め居たり

されば今これをなすべし其はヱホバ、ダビデに付て語りて我わが僕ダビデの手を以てわが民イスラエルをペリシテ人の手よりまたその諸の敵の手より救ひいださんといひたまひたればなりと

アブネル亦ベニヤミンの耳に語れりしかしてアブネル自らイスラエルおよびベニヤミンの全家の善とおもふ所をヘブロンにてダビデの耳に告んとて往り

すなはちアブネル二十人をしたがへてヘブロンにゆきてダビデの許にいたりければダビデ、アブネルと其したがへる從者のために酒宴を設けたり

アブネル、ダビデにいひけるは我起てゆきイスラエルをことごとくわが主王の所に集めて彼等に汝と契約を立しめ汝をして心の望む所の者をことごとく治むるにいたらしめんと是においてダビデ、アブネルを歸してかれ安然に去り

時にダビデの臣僕およびヨアブ人の國を侵して歸り大なる掠取物を携へきたれり然どアブネルはタビデとともにヘブロンにはをらざりき其はダビデかれを歸してかれ安然に去りたればなり

ヨアブおよびともにありし軍兵皆かへりきたりしとき人々ヨアブに告ていひけるはネルの子アブネル王の所にきたりしが王かれを返してかれ安然にされりと

ヨアブ王に詣りていひけるは汝何を爲したるやアブネル汝の所にきたりしに汝何故にかれを返して去ゆかしめしや

汝ネルの子アブネルが汝を誑かさんとてきたり汝の出入を知りまた汝のすべて爲す所を知んために來りしを知ると

かくてヨアブ、ダビデの所より出來り使者をつかはしてアブネルを追しめたれば使者シラの井よりかれを將返れりされどダビデは知ざりき

アブネル、ヘブロンに返りしかばヨアブ彼と密に語らんとてかれを門の内に引きゆき其處にてその腹を刺てこれを殺し己の兄弟アサヘルの血をむくいたり

其後ダビデ聞ていひけるは我と我國はネルの子アブネルの血につきてヱホバのまへに永く罪あることなし

其罪はヨアブの首と其父の全家に歸せよねがはくはヨアブの家には白濁を疾ものか癩病人か杖に倚ものか劍に仆るものか食物に乏しき者か絶ゆることあらざれと

ヨアブとその弟アビシヤイのアブネルを殺したるは彼がギベオンにて戰陣のうちにおのれの兄弟アサヘルをころせしによれり

ダビデ、ヨアブおよびおのれとともにある民にいひけるは汝らの衣服を裂き麻の衣を著てアブネルのために哀哭くべしとダビデ王其棺にしたがふ

人衆アブネルをヘブロンに葬れり王聲をあげてアブネルの墓に哭き又民みな哭けり

王アブネルの爲に悲の歌を作りて云くアブネル如何にして愚なる人の如くに死けん

汝の手は縛もあらず汝の足は鏈にも繋れざりしものを嗚呼汝は惡人のために仆る人のごとくにたふれたり斯て民皆再びかれのために哭けり

民みな日のあるうちにダビデにパンを食はしめんとて來りしにダビデ誓ひていひけるは若し日の沒まへに我パンにても何にても味ひなば神我にかくなし又重ねて斯なしたまへと

民皆見て之を其目に善しとせり凡て王の爲すところの事は皆民の目に善と見えたり

其日民すなはちイスラエル皆ネルの子アブネルを殺たるは王の所爲にあらざるを知れり

王その臣僕にいひけるは今日一人の大將大人イスラエルに斃る汝らこれをしらざるや

我は膏そそがれし王なれども今日尚弱しゼルヤの子等なる此等の人我には制しがたしヱホバ惡をおこな者に其惡に隨ひて報いたまはん

第4章

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サウルの子はアブネルのヘブロンにて死たるを聞きしかば其手弱くなりてイスラエルみな憂へたり

サウルの子隊長二人を有てり其一人をバアナといひ一人をレカブといふベニヤミンの支派なるベロテ人リンモンの子等なり其はベロテも亦ベニヤミンの中に數らるればなり

昔にペロテ人ギツタイムに逃遁れて今日にいたるまで彼處に旅人となりて止まる

サウルの子ヨナタンに跛足の子一人ありヱズレルよりサウルとヨナタンの事の報いたりし時には五歳なりき其乳媼かれを抱きて逃れたりしが急ぎ逃る時其子堕て跛者となれり其名をメピボセテといふ

ベロテ人リンモンの子レカブとバアナゆきて日の熱き頃イシボセテの家にいたるにイシボセテ午睡し居たり

かれら麥を取らんといひて家の中にいりきたりかれの腹を刺りしかしてレカブと其兄弟バアナ逃げさりぬ

彼等が家にいりしときイシボセテは其寝室にありて床の上に寝たりかれら即ちこれをうちころしこれを馘りて其首級をとり終夜アラバの道をゆきて

イシボセテの首級をヘブロンにダビデの許に携へいたりて王にいひけるは汝の生命を求めたる汝の敵サウルの子イシボセテの首を視よヱホバ今日我主なる王の仇をサウと其裔に報いたまへりと

ダビデ、ベロテ人リンモンの子レカブと其兄弟バアナに答へていひけるはわが生命を諸の艱難の中に救ひたまひしヱホバは生く

我は嘗て人の我に告て視よサウルは死りと言ひて自ら我に善き事を傳ふる者と思ひをりしを執てこれをチクラグに殺し其消息に報いたり

况や惡人の義人を其家の床の上に殺したるをやされば我彼の血をながせる罪を汝らに報い汝らをこの地より絶ざるべけんやと

ダビデ少者に命じければ少者かれらを殺して其手足を切離しヘブロンの池の上に懸たり又イシボセテの首を取りてヘブロンにあるアブネルの墓に葬れり

第5章

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爰にイスラエルの支派咸くヘブロンにきたりダビデにいたりていひけるは視よ我儕は汝の骨肉なり

前にサウルが我儕の王たりし時にも汝はイスラエルを率ゐて出入する者なりきしかしてヱホバ汝に汝わが民イスラエルを牧養はん汝イスラエルの君長とならんといひたまへりと

斯くイスラエルの長老皆ヘブロンにきたり王に詣りけれぼダビデ王ヘブロンにてヱホバのまへにかれらと契約をたてたり彼らすなはちダビデに膏を灑でイスラエルの王となす

ダビデは王となりし時三十歳にして四十年の間位に在き

即ちヘブロンにてユダを治むること七年と六箇月またエルサレムにてイスラエルとユダを全く治むること三十三年なり

茲に王其從者とともにエルサレムに往き其地の居民ヱブス人を攻んとすヱブス人ダビデに語りていひけるは汝此に入ること能はざるべし反て盲者跛者汝を追はらはんと是彼らダビデ此に入るあたはずと思へるなり

然るにダビデ、シオンの要害を取り是即ちダビデの城邑なり

ダビデ其日いひけるは誰にても水道にいたりてヱブス人を撃ちまたダビデの心の惡める跛者と盲者を撃つ者は(首となし長となさん)と是によりて人々盲者と跛者は家に入るべからずといひなせり

ダビデ其要害に住て之をダビデの城邑と名けたりまたダビデ、ミロ(城塞)より内の四方に建築をなせり

かくてダビデはますます大に成りゆき且萬軍の神ヱホバこれと共にいませり

ツロの王ヒラム使者をダビデに遣はして香柏および木匠と石工をおくれり彼らダビデの爲に家を建つ

ダビデ、ヱホバのかたく己をたててイスラエルの王となしたまへるを暁りまたエホバの其民イスラエルのために其國を興したまひしを暁れり

ダビデ、ヘブロンより來りし後エルサレムの中よりまた妾と妻を納たれば男子女子またダビデに生る

ヱルサレムにて彼に生れたる者の名はかくのごとしシヤンマ、シヨバブ、ナタン、ソロモン

イブハル、エリシユア、ネペグ、ヤピア

エリシヤマ、エリアダ、エリバレテ

爰に膏を沃いでダビデをイスラエルの王と爲し事ペリシテ人に聞えければペリシテ人皆ダビデを獲んとて上るダビデ聞て要害に下れり

ペリシテ人臻りてレバイムの谷に布き備たり

ダビデ、ヱホバに問ていひけるは我ペリシテ人にむかひて上るべきや汝かれらをわが手に付したまふやヱホバ、ダビデにいひたまひけるは上れ我必らずペリシテ人を汝の手にわたさん

ダビデ、バアルペラジムに至りかれらを其所に撃ていひけるはヱホバ水の破壞り出るごとく我敵をわが前に破壞りたまへりと是故に其所の名をバアルペラジム(破壞の處)と呼ぶ

彼處に彼等其偶像を遺たればダビデと其從者これを取あげたり

ペリシテ人再び上りてレバイムの谷に布き備へたれば

ダビデ、ヱホバに問にヱホバいひたまひけるは上るべからず彼等の後にまはりベカの樹の方より彼等を襲へ

汝ベカの樹の上に進行の音を聞ばすなけち突出づべし其時にはヱホバ汝のまへにいでてペリシテ人の軍を撃たまふべければなりと

ダビデ、ヱホバのおのれに命じたまひしごとくなしペリシテ人を撃てゲバよりガゼルにいたる

第6章

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ダビデ再びイスラエルの選抜の兵士三萬人を悉く集む

ダビデ起ておのれと共にをる民とともにバアレユダに往て神の櫃を其處より舁上らんとす其櫃はケルビムの上に坐したまふ萬軍のヱホバの名をもて呼る

すなはち神の櫃を新しき車に載せて山にあるアビナダブの家より舁だせり

アビナダブの子ウザとアヒオ神の櫃を載たる其新しき車を御しアヒオは櫃のまへにゆけり

ダビデおよびイスラエルの全家琴と瑟と鼗と鈴と鐃鈸をもちて力を極め謡を歌ひてヱホバのまへに躍踴れり

彼等がナコンの禾場にいたれる時ウザ手を神の櫃に伸してこれを扶へたり其は牛振たればなり

ヱホバ、ウザにむかひて怒りを發し其誤謬のために彼を其處に撃ちたまひければ彼そこに神の櫃の傍に死ねり

ヱホバ、ウザを撃ちたまひしによりてダビデ怒り其處をペレヅウザ(ウザ撃)と呼り其名今日にいたる

其日ダビデ、ヱホバを畏れていひけるはヱホバの櫃いかで我所にいたるべけんやと

ダビデ、エホバの櫃を己に移してダビデの城邑にいらしむるを好まず之を轉してガテ人オベデエドムの家にいたらしむ

ヱホバの櫃ガテ人オベデエドムの家に在ること三月なりきヱホバ、オベデエドムと其全家を惠みたまふ

ヱホバ神の櫃のためにオベデエドムの家と其所有を皆惠みたまふといふ事ダビデ王に聞えけれぼダビデゆきて喜樂をもて神の櫃をオベデエドムの家よりダビデの城邑に舁上れり

ヱホバの櫃を舁者六歩行たる時ダビデ牛と肥たる者を献げたり

ダビデ力を極めてヱホバの前に踊躍れり時にダビデ布のエポデを著け居たり

ダビデおよびイスラエルの全家歓呼と喇叭の聲をもてヱホバの櫃を舁のぼれり

神の櫃ダビデの城邑にいりし時サウルの女ミカル窻より窺ひてダビデ王のヱホバのまへに舞躍るを見其心にダビデを蔑視む

人々ヱホバの櫃を舁入てこれをダビデが其爲に張たる天幕の中なる其所に置りしかしてダビデ燔祭と酬恩祭をヱホバのまへに献げたり

ダビデ燔祭と酬恩祭を献ぐることを終し時萬軍のヱホバの名を以て民を祝せり

また民の中即ちイスラエルの衆庶の中に男にも女にも倶にパン一箇 肉一斤 乾葡萄一塊を分ちあたへたり斯て民皆おのおの其家にかへりぬ

爰にダビデ其家族を祝せんとて歸りしかばサウルの女ミカル、ダビデをいでむかへていひけるはイスラエルの王今日如何に威光ありしや自ら遊蕩者の其身を露すがごとく今日其臣僕の婢女のまへに其身を露したまへりと

ダビデ、ミカルにいふ我はヱホバのまへに即ち汝の父よりもまたその全家よりも我を選みて我をヱホバの民イスラエルの首長に命じたまへるヱホバのまへに躍れり

我は此よりも尚鄙からんまたみづから賤しと思はん汝が語る婢女等とともにありて我は尊榮をえんと

是故にサウルの女ミカルは死ぬる日まで子あらざりき

第7章

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王其家に住にいたり且ヱホバ其四方の敵を壞てかれを安らかならしめたまひし時

王預言者ナタンに云けるは視よ我は香柏の家に住む然ども神の櫃は幔幕の中にあり

ナタン王に云けるはヱホバ汝と共に在せば往て凡て汝の心にあるところを爲せ

其夜ヱホバの言ナタンに臨みていはく

往てわが僕ダビデに言ヘヱホバ斯く言ふ汝わがために我の住むべき家を建んとするや

我はイスラエルの子孫をエジプトより導き出せし時より今日にいたるまで家に住しことなくして但天幕と幕屋の中に歩み居たり

我イスラエルの子孫と共に凡て歩める處にて汝ら何故に我に香柏の家を建ざるやとわが命じてわが民イスラエルを牧養しめしイスラエルの士師の一人に一言も語りしことあるや

然ば汝わが僕ダビデに斯く言べし萬軍のヱホバ斯く言ふ我汝を牧場より取り羊に隨ふ所より取りてわが民イスラエルの首長となし

汝がすべて往くところにて汝と共にあり汝の諸の敵を汝の前より斷さりて地の上の大なる者の名のごとく汝に大なる名を得さしめたり

又我わが民イスラエルのために處を定めてかれらを植つけかれらをして自己の處に住て重て動くことなからしめたり

また惡人昔のごとくまたわが民イスラエルの上に士師を立てたる時よりの如くふたたび之を惱ますことなかるべし我汝の諸の敵をやぶりて汝を安かならしめたり又ヱホバ汝に告ぐヱホバ汝のために家をたてん

汝の日の滿て汝が汝の父祖等と共に寝らん時に我汝の身より出る汝の種子を汝の後にたてて其國を堅うせん

彼わが名のために家を建ん我永く其國の位を堅うせん

我はかれの父となり彼はわが子となるべし彼もし迷はば我人の杖と人の子の鞭を以て之を懲さん

されど我の恩惠はわが汝のまへより除きしサウルより離れたるごとくに彼よりは離るることあらじ

汝の家と汝の國は汝のまへに永く保つべし汝の位は永く堅うせらるべし

ナタン凡て是等の言のごとくまたすべてこの異象のごとくダビデに語りければ

ダビデ王入りてヱホバの前に坐していひけるは主ヱホバよ我は誰わが家は何なればか爾此まで我を導きたまひしや

主ヱホバよ此はなほ汝の目には小き事なり汝また僕の家の遥か後の事を語りたまへり主ヱホバよ是は人の法なり

ダビデ此上何を汝に言ふを得ん其は主ヱホバ汝僕を知たまへばなり

汝の言のためまた汝の心に隨ひて汝此諸の大なることを爲し僕に之をしらしめたまふ

故に神ヱホバよ爾は大なり其は我らが凡て耳に聞る所に依ば汝の如き者なくまた汝の外に神なければなり

地の何れの國か汝の民イスラエルの如くなる其は神ゆきてかれらを贖ひ己の民となして大なる名を得たまひまた彼らの爲に大なる畏るべき事を爲したまへばなり即ち汝がエジブトより贖ひ取たまひし民の前より國々の人と其諸神を逐払ひたまへり

汝は汝の民イスラエルをかぎりなく汝の民として汝に定めたまへりヱホバよ汝はかれの神となりたまふ

されば神ヱホバよ汝が僕と其家につきて語りたまひし言を永く堅うして汝のいひしごとく爲たまへ

ねがはくは永久に汝の名を崇めて萬軍のヱホバはイスラエルの神なりと曰しめたまへねがはくは僕ダビデの家をして汝のまへに堅く立しめたまへ

其は萬軍のエホバ、イスラエルの神よ汝僕の耳に示して我汝に家をたてんと言たまひたればなり 是故に僕此祈祷を汝に爲す道を心の中に得たり

主ヱホバよ汝は神なり汝の言は眞なり汝この惠を僕に語りたまへり

願くは僕の家を祝福て汝のまへに永く続くことを得さしめたまへ其は主ヱホバ汝これを語りたまへばなりねがはくは汝の祝福によりて僕の家に永く祝福を蒙らしめたまへ

第8章

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此後ダビデ、ペリシテ人を撃てこれを服すダビデまたペタシテ人の手よりメテグアンマをとれり

ダビデまたモアブを撃ち彼らをして地に伏しめ繩をもてかれらを度れり即ち二條の繩をもて死す者を度り一條の繩をもて生しおく者を量度るモアブ人は貢物を納てダビデの臣僕となれり

ダビデまたレホブの子なるゾバの王ハダデゼルがユフラテ河の邊にて其勢を新にせんとて往るを撃り

しかしてダビデ彼より騎兵千七百人歩兵二萬人を取りまたダビデ一百の車の馬を存して其餘の車馬は皆其筋を切斷り

ダマスコのスリア人ゾバの王ハダデゼルを援んとて來りければダビデ、スリア人二萬二千を殺せり

しかしてダビデ、ダマスコのスリアに代官を置きぬスリア人は貢物を納てダビデの臣僕となれりヱホバ、ダビデを凡て其往く所にて助けたまへり

ダビデ、ハダデゼルの臣僕等の持る金の楯を奪ひてこれをエルサレムに携きたる

ダビデ王又ハダデゼルの邑ベタとベロタより甚だ多くの銅を取り

時にハマテの王トイ、ダビデがハダデゼルの総の軍を撃破りしを聞て

トイ其子ヨラムをダビデ王につかはし安否を問ひかつ祝を宣しむ其はハダデゼル嘗てトイと戰を爲したるにダビデ、ハダデゼルとたたかひてこれを撃やぶりたればなりヨラム銀の器と金の器と銅の器を携へ來りければ

ダビデ王其攻め伏せたる諸の國民の中より取りて納めたる金銀と共に是等をもヱホバに納めたり

即ちエドムよりモアブよりアンモンの子孫よりペリシテ人よりアマレクよりえたる物およびゾバの王レホダの子ハダデゼルより得たる掠取物とともにこれを納めたり

ダビデ塩谷にてエドム人一萬八千を撃て歸て名譽を得たり

ダビデ、エドムに代官を置り即ちエドムの全地に徧く代官を置てエドム人は皆ダビデの臣僕となれりヱホバ、ダビデを凡て其往くところにて助け給へり

ダビデ、イスラエルの全地を治め其民に公道と正義を行ふ

ゼルヤの子ヨアブは軍の長アヒルデの子ヨシヤバテは史官

アヒトブの子ザドクとアビヤタルの子アヒメレクは祭司セラヤは書記官

ヱホヤダの子ベナヤはケレテ人およびペレテ人の長ダビデの子等は大臣なりき

第9章

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爰にダビデいひけるはサウルの家の遺存れる者尚あるや我ヨナタンの爲に其人に恩惠をほどこさんと

サウルの家の僕なるヂバと名くる者ありければかれをダビデの許に召きたるに王かれにいひけるは汝はヂバなるか彼いふ僕是なり

王いひけるは尚サウルの家の者あるか我其人に神の恩惠をほどこさんとすヂバ王にいひけるはヨナタンの子尚あり跛足なり

王かれにいひけるは其人は何處にをるやヂバ王にいひけるはロデバルにてアンミエルの子マキルの家にをる

ダビデ王人を遣はしてロデバルより即ちアンミエルの子マキルの家よりかれを携來らしむ

サウルの子ヨナタンの子なるメピボセテ、ダビデの所に來り伏て拝せりダビデ、メピボセテよといひければ答て僕此にありと曰ふ

ダビデかれにいひけるは恐るるなかれ我必ず汝の父ヨナタンの爲に恩惠を汝にしめさん我汝の父サウルの地を悉く汝に復すべし又汝は恒に我席におて食ふべしと

かれ拝して言けるは僕何なればか汝死たる犬のごとき我を眷顧たまふ

王サウルの僕ヂバを呼てこれにいひけるは凡てサウルとその家の物は我皆汝の主人の子にあたへたり

汝と汝の子等と汝の僕かれのために地を耕へして汝の主人の子に食ふべき食物を取りきたるべし但し汝の主人の子メピボセテは恒に我席において食ふべしとヂバは十五人の子と二十人の僕あり

ヂバ王にいひけるは總て王わが主の僕に命じたまひしごとく僕なすべしとメピボセテは王の子の一人のごとくダビデの席にて食へり

メピボセテに人の若き子あり其名をミカといふヂバの家に住る者は皆メピボセテの僕なりき

メピボセテはエルサレムに住みたり其はかれ恒に王の席にて食ひたればなりかれは兩の足ともに跛たる者なり

第10章

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此後アンモンの子孫の王死て其子ハヌン之に代りて位に即く

ダビデ我ナハシの子ハヌンにその父の我に恩惠を示せしごとく恩惠を示さんといひてダビデかれを其父の故によりて慰めんとて其僕を遣せりダビデの僕アンモンの子孫の地にいたるに

アンモンの子孫の諸伯其主ハヌンにいひけるはダビデ慰者を汝に遣はしたるによりて彼汝の父を崇むと汝の目に見ゆるやダビデ此城邑を窺ひこれを探りて陷いれんために其僕を汝に遣はせるにあらずや

是においてハヌン、ダビデの僕を執へ其鬚の半を剃り落し其衣服を中より斷て股までにしてこれを歸せり

人々これをダビデに告たればダビデ人を遣はしてかれらを迎へしむ其人々大に恥たればなり即ち王いふ汝ら鬚の長るなでヱリコに止まりて然るのち歸るべしと

アンモンの子孫自己のダビデに惡まるるを見しかばアンモンの子孫人を遣はしてベテレホブのスリア人とゾバのスリア人の歩兵二萬人およびマアカの王より一千人トブの人より一萬二千人を雇いれたり

ダビデ聞てヨアブと勇士の惣軍を遣はせり

アンモンの子孫出て門の入口に軍の陣列をなしたりゾバとレホブのヱリア人およびトブの人とマアカの人は別に野に居り

ヨアブ戰の前後より己に向ふを見てイスラエルの選抜の兵の中を選みてこれをスリア人に對ひて備へしめ其餘の民をば其兄弟アビシヤイの手に交してアンモンの子孫に向て備へしめて

いひけるけ若スリア人我に手強からば汝我を助けよ若アンモンの子孫汝に手剛からば我ゆきて汝をたすけん

汝勇ましくなれよ我ら民のためとわれらの神の諸邑のために勇しく爲んねがはくはヱホバ其目によしと見ゆるところをなしたまへ

ヨアブ己と共に在る民と共にスリア人にむかひて戰んとて近づきければスリア人彼のまへより逃たり

アンモンの子孫スリア人の逃たるを見て亦自己等もアビシヤイのまへより逃て城邑にいりぬヨアブすなはちアンモンの子孫の所より還りてエルサレムにいたる

スリア人其イスラエルのまへに敗れたるを見て倶にあつまれり

ハダデゼル人をやりて河の前岸にをるスリア人を將ゐ出して皆ヘラムにきたらしむハダデゼルの軍の長シヨバクかれらを率ゐたり

其事ダビデに聞えければ彼イスラエルを悉く集めてヨルダンを渉りてヘラムに來れりスリア人ダビデに向ひて備へ之と戰ふ

スリア人イスラエルのまへより逃けれぼダビデ、スリアの兵軍の人七百騎兵四萬を殺し又其軍の長シヨバクを撃てこれを其所に死しめたり

ハダデゼルの臣なる王等其イスラエルのまへに壞れたるな見てイスラエルと平和をなして之に事へたり斯スリア人は恐れて再びアンモンの子孫を助くることをせざりき

第11章

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年歸りて王等の戰に出る時におよびてダビデ、ヨアブおよび自己の臣僕並にイスラエルの全軍を遣はせり彼等アンモンの子孫を滅ぼしてラバを圍めりされどダビデはエルサレムに止りぬ

爰に夕暮にダビデ其床より興きいでて王の家の屋蓋のうへに歩みしが屋蓋より一人の婦人の體をあらふを見たり其婦は觀るに甚だ美し

ダビデ人を遣して婦人を探らしめしに或人いふ此はエリアムの女ハテシバにてヘテ人ウリヤの妻なるにあらずやと

ダビデ乃ち使者を遣はして其婦を取る婦彼に來りて彼婦と寝たりしかして婦其不潔を清めて家に歸りぬ

かくて婦孕みければ人をつかはしてダビデに告ていひけるは我子を孕めりと

是においてダビデ人をヨアブにつかはしてヘテ人ウリヤを我に遣はせといひければヨアブ、ウリヤをダビデに遣はせり

ウリヤ、ダビデにいたりしかばダビデこれにヨアブの如何なると民の如何なると戰爭の如何なるを問ふ

しかしてダビデ、ウリヤにいひけるは汝の家に下りて足を洗へとウリヤ王の家を出るに王の贈物其後に從ひてきたる

然どウリヤは王の家の門に其主の僕等とともに寝ておのれの家にくだりいたらず

人々ダビデに告てウリヤ其家にくだり至らずといひければダビデ、ウリヤにいひけるは汝は旅路をなして來れるにあらずや何故に自己の家にくだらざるや

ウリヤ、ダビデにいひけるは櫃とイスラエルとユダは小屋の中に住まりわが主ヨアブとわが主の僕は野の表に陣を取るに我いかでわが家にゆきて食ひ飮しまた妻と寝べけけんや汝は生また汝の霊魂は活く我此事をなさじ

ダビデ、ウリヤにいふ今日も此にとどまれ明日我汝を去しめんとウリヤ其日と次の日エルサレムにとどまりしが

ダビデかれを召て其まへに食ひ飮せしめダビデかれを酔しめたり晩にいたりて彼出て其床に其主の僕と共に寝たりされどおのれの家にはくだりゆかざりき

朝におよびてダビデ、ヨアブヘの書を認めて之をウリヤの手によりて遣れり

ダビデ其書に書ていはく汝らウリヤを烈しき戰の先鉾にいだしてかれの後より退きて彼をして戰死せしめよ

是においてヨアブ城邑を窺ひてウリヤをば其勇士の居ると知る所に置り

城邑の人出てヨアブと戰ひしかばダビデの僕の中の數人仆れヘテ人ウリヤも死り

ヨアブ人をつかはして軍の事を悉くダビデに告げしむ

ヨアブ其使者に命じていひけるは汝が軍の事を皆王に語り終しとき

王もし怒りを發して汝に汝らなんぞ戰はんとて城邑に近づきしや汝らは彼らが石墻の上より射ることを知らざりしや

ヱルベセテの子アビメレクを撃し者は誰なるや一人の婦が石垣の上より磨の上石を投て彼をテベツに殺せしにあらずや何ぞ汝ら城垣に近づきしやと言はば汝言べし汝の僕ヘテ人ウリヤもまた死りと

使者ゆきてダビデにいたりヨアブが遣はしたるところのことをことごとく告げたり

使者ダビデにいひけるは敵我儕に手強かりしが城外にいでて我儕にいたりしかば我儕これに迫りて門の入口にまでたれり

時に射手の者城垣の上より汝の僕を射たりければ王の僕の或者死に亦汝の僕ヘテ人ウリヤも死りと

ダビデ使者にいひけるは斯汝ヨアブに言べし此事を憂ふるなかれ刀劍は此をも彼をも同じく殺すなり強く城邑を攻て戰ひ之を陷いるべしと汝かくヨアブを勵ますべし

ウリヤの妻其夫ウリヤの死たるを聞て夫のために悲哀り

其喪の過し時ダビデ人を遣はしてかれをおのれの家に召いる彼すなはちその妻となりて男子を生り但しダビデの爲たる此事はヱホバの目に惡かりき

第12章

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ヱホバ、ナタンをダビデに遣はしたまへば彼ダビデに至りてこれにいひけるは一の邑に二箇の人あり一は富て一は貧し

其富者は甚だ多くの羊と牛を有り

されど貧者は唯自己の買て育てたる一の小き牝羔の外は何をも有ざりき其牝羔彼およびかれの子女とともに生長ちかれの食物を食ひかれの椀に飮みまた彼の懐に寝て彼には女子のごとくなりき

時に一人の旅人其富る人の許に來りけるが彼おのれの羊と牛の中を取りてそのおのれに來れる旅人のために烹を惜みてかの貧き人の牡羔を取りて之をおのれに來れる人のために烹たり

ダビデ其人の事を大に怒りてナタンにいひけるはエホバは生く誠に此をなしたる人は死べきなり

且彼此事をなしたるに因りまた憐憫まざりしによりて其牝羔を四倍になして償ふべし

ナタン、ダビデにいひけるは汝は其人なりイスラエルの神ヱホバ斯いひたまふ我汝に膏を沃いでイスラエルの王となし我汝をサウルの手より救ひいだし

汝に汝の主人の家をあたへ汝の主人の諸妻を汝の懐に與へまたイスラエルとユダの家を汝に與へたり若し少からば我汝に種々の物を増くはへしならん

何ぞ汝ヱホバの言を藐視じて其目のまへに惡をなせしや汝刀劍をもてヘテ人ウリヤを殺し其妻をとりて汝の妻となせり即ちアンモンの子孫の劍をもて彼を斬殺せり

汝我を軽んじてヘテ人ウリヤの妻をとり汝の妻となしたるに因て劍何時までも汝の家を離るることなかるべし

ヱホバ斯いひたまふ視よ我汝の家の中より汝の上に禍を起すべし我汝の諸妻を汝の目のまへに取て汝の隣人に與へん其人此日のまへにて汝の諸妻とともに寝ん

其は汝は密に事をなしたれど我はイスラエルの衆のまへと日のまへに此事をなすべければなりと

ダビデ、ナタンにいふ我ヱホバに罪を犯したりナタン、ダビデにいひけるはヱホバまた汝の罪を除きたまへり汝死ざるべし

されど汝此所行によりてヱホバの敵に大なる罵る機會を與へたれば汝に生れし其子必ず死べしと

かくてナタン其家にかへれり

爰にヱホバ、ウリヤの妻がダビデに生る子を撃たまひければ痛く疾めり

ダビデ其子のために神に乞求む即ちダビデ斷食して入り終夜地に臥したり

ダビデの家の年寄等彼の傍に立ちてかれを地より起しめんとせしかども彼肯ぜず又かれらとともに食を爲ざりき

第七日に其子死りダビデの僕其子の死たることをダビデに告ることを恐れたりかれらいひけるは子の尚生る間に我儕彼に語たりしに彼我儕の言を聽いれざりき如何ぞ彼に其子の死たるを告ぐべけんや彼害を爲んと

然にダビデ其僕の私語くを見てダビデ其子の死たるを暁れりダビデ乃ち其僕に子は死たるやといひければかれら死りといふ

是においてダビデ地よりおきあがり身を洗ひ膏をぬり其衣服を更てヱホバの家にいりて拝し自己の家に至り求めておのれのために食を備へしめて食へり

僕等彼にいひけるは此の汝がなせる所は何事なるや汝子の生るあひだはこれがために斷食して哭きながら子の死る時に汝は起て食を爲すと

ダビデいひけるは嬰孩の尚生るあひだにわが斷食して哭きたるは我誰かヱホバの我を憐れみて此子を生しめたまふを知んと思ひたればなり

されど今死たれば我なんぞ斷食すべけんや我再びかれをかへらしむるを得んや我かれの所に往べけれど彼は我の所にかへらざるべし

ダビデ其妻バテシバを慰めかれの所にいりてかれとともに寝たりければ彼男子を生りダビデ其名をソロモンと呼ぶヱホバこれを愛したまひて

預言者ナタンを遣はし其名をヱホバの故によりてヱデデア(ヱホバの愛する者)と名けしめたまふ

爰にヨアブ、アンモンの子孫のラバを攻めて王城を取れり

ヨアブ使者をダビデにつかはしていひけるは我ラバを攻て水城を取れり

されば汝今餘の民を集め斯城に向て陣どりて之を取れ恐らくは我此城を取て人我名をもて之を呼にいたらんと

是においてダビデ民を悉くあつめてラバにゆき攻て之を取り

しかしてダビデ、アンモン王の冕を其首より取はなしたり其金の重は一タラントなりまた寶石を嵌たりこれをダビデの首に置ダビデ其邑の掠取物を甚だ多く持出せり

かくてダビデ其中の民を將いだしてこれを鋸と鐵の千歯と鐵の斧にて斬りまた瓦陶の中を通行しめたり彼斯のごとくアンモンの子孫の凡ての城邑になせりしかしてタビデと民は皆エルサレムに還りぬ

第13章

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此後ダビデの子アブサロムにタマルと名くる美しき妹ありしがダビデの子アムノンこれを戀ひたり

アムノン心を苦しめて遂に其姉妹タマルのためにわづらへり其はタマルは處女なりければアムノンかれに何事をも爲しがたしと思ひたればなり

然るにアムノンに一人の朋友ありダビデの兄弟シメアの子にして其名をヨナダブといふヨナダブに甚だ有智き人なり

彼アムノンにいひけるは汝王の子なんぞ日に日に斯く痩ゆくや汝我に告ざるやアムノン彼にいひけるは我わが兄アブサロムの妹タマルを戀ふ

ヨナダブかれにいひけるは床に臥て病と佯り汝の父の來りて汝を見る時これにいへ詰ふわが妹タマルをして來りて我に食を予へしめわが見て彼の手より食ことをうる樣にわが目のまへにて食物を調理しめよと

アムノンすなはち臥して病と佯りしが王の來りておのれを見る時アムノン王にいひけるは請ふ吾妹タマルをして來りてわが目のまへにて二の菓子を作へしめて我にかれの手より食ふことを得さしめよと

是においてダビデ、タマルの家にいひつかはしけるは汝の兄アムノンの家にゆきてかれのために食物を調理よと

タマル其兄アムノンの家にいたるにアムノンは臥し居たりタマル乃ち粉をとりて之を摶てかれの目のまへにて菓子を作へ其菓子を燒き

鍋を取て彼のまへに傾出たりしかれども彼食ふことを否めりしかしてアムノンいひけるは汝ら皆我を離れていでよと皆かれをはなれていでたり

アムノン、タマルにいひけるは食物を寝室に持きたれ我汝の手より食はんとタマル乃ち己の作りたる菓子を取りて寝室に持ゆきて其兄アムノンにいたる

タマル彼に食しめんとて近く持いたれる時彼タマルを執へて之にいひけるは妹よ來りて我と寝よ

タマルかれにいひける否兄上よ我を辱しむるなかれ是のごとき事はイスラエルに行はれず汝此愚なる事をなすべからず

我は何處にわが恥辱を棄んか汝はイスラエルの愚人の一人となるべしされば請ふ王に語れ彼我を汝に予ざることなかるべしと

然どもアムノン其言を聽ずしてタマルよりも力ありければタマルを辱しめてこれと偕に寝たりしが

遂にアムノン甚だ深くタマルを惡むにいたる其かれを惡む所の惡みはかれを戀ひたるところの戀よりも大なり即ちアムノンかれにいひけるは起て往けよ

かれアムノンにいひけるは我を返して此惡を作るなかれ是は汝がさきに我になしたる所の惡よりも大なりとしかれども聽いれず

其側に仕ふる少者を呼ていひけるは汝此女をわが許より遣りいだして其後に戸を楗せと

タマル振袖を着ゐたり王の女等の處女なるものは斯のごとき衣服をもて粧ひたりアムノンの侍者かれを外にいだして其後に戸を楗せり

タマル灰を其首に蒙り着たる振袖を裂き手を首にのせて呼はりつつ去ゆけり

其兄アブサロムかれにいひけるは汝の兄アムノン汝と偕に在しや然ど妹よ默せよ彼は汝の兄なり此事を心に留るなかれとかくてタマルは其兄アブサロムの家に凄しく住み居れり

ダビデ王是等の事を悉く聞て甚だ怒れり

アブサロムはアムノンにむかひて善も惡きも語ざりき其はアブサロム、アムノンを惡みたればたり是はかれがおのれの妹タマルを辱しめたるに由り

全二年の後アブサロム、エフライムの邊なるバアルハゾルにて羊の毛を剪しめ居て王の諸子を悉く招けり

アブサロム王の所にいりていひけるは視よ僕羊の毛を剪しめをるねがはくは王と王の僕等僕とともに來りたまへ

王アブサロムに云けるは否わが子よ我儕を皆いたらしむるなかれおそらくは汝の費を多くせんアブサロム、ダビデを強ふしかれどもダビデ往ことを肯ぜずして彼を祝せり

アブサロムいひけるは若しからずば請ふわが兄アムノンをして我らとともに來らしめよ王かれにいひけるは彼なんぞ汝とともにゆくべけんやと

されどアブサロムかれを強ければアムノンと王の諸子を皆アブサロムとともにゆかしめたり

爰にアブサロム其少者等に命じていひけるは請ふ汝らアムノンの心の酒によりて樂む時を視すましてわが汝等にアムノンを撃てと言ふ時に彼を殺せ懼るるなかれ汝等に之を命じたるは我にあらずや汝ら勇しく武くなれと

アブサロムの少者等アブサロムの命ぜしごとくアムノンになしければ王の諸子皆起て各其騾馬に乗て逃たり

彼等が路にある時風聞ダビデにいたりていはくアブサロム王の諸子を悉く殺して一人も遺るものなしと

王乃ち起ち其衣を裂きて地に臥す其臣僕皆衣を裂て其傍にたてり

ダビデの兄弟シメアの子ヨナダブ答へていひけるは吾主よ王の御子等なる少年を皆殺したりと思たまふたかれアムノン獨り死るのみ彼がアブサロムの妹タマルを辱かしめたる日よりアブサロム此事をさだめおきたるなり

されば吾主王よ王の御子等皆死りといひて此事をおもひ煩ひたまふなかれアムノン獨死たるなればなりと

期てアブサロムは逃れたり爰に守望ゐたる少者目をあげて視たるに視よ山の傍よりして己の後の道より多くの人來れり

ヨナダブ王にいひけるは視よ王の御子等來る僕のいへるがごとくしかりと

彼語ることを終し時視よ王の子等來り聲をあげて哭り王キ其僕等も皆大に甚く哭り

偖アブサロムは逃てゲシユルの王アミホデの子タルマイにいたるダビデは日々其子のために悲めり

アブサロム逃てゲシユルにゆき三年彼處に居たり

ダビデ王アブサロムに逢んと思ひ煩らふ其はアムノンは死たるによりてダビデかれの事はあきらめたればなり

第14章

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ゼルヤの子ヨアブ王の心のアブサロムに趣くを知れり

ヨアブ乃ちテコアに人を遣りて彼處より一人の哲婦を呼きたらしめて其婦にいひけるは請ふ汝喪にある眞似して喪の服を着油む身にぬらず死者のために久しく哀しめる婦のごとく爲りて

王の所にいたり是のごとくかれに語るべしとヨアブ其語言をかれの口に授けたり

テコアの婦王にいたり地に伏て拝し王にいひけるは王よ助けたまへ

王婦にひけるは何事なるや婦いひけるは我は實に嫠婦にしてわが夫は死り

仕女に二人の子あり倶に野に爭ひしが誰もかれらを排解ものなきにより此遂に彼を撃て殺せり

是において視よ全家仕女に逼りていふ其兄弟を撃殺したる者を付せ我らかれをその殺したる兄弟の生命のために殺さんと斯く嗣子をも滅ぼし存れるわが炭火を熄てわが夫の名をも遺存をも地の面に無らしめんとす

王婦にいひけるは汝の家に往け我汝の事につきて命令を下さん

テコアの婦王にいひけるは王わが主よねがはくは其罪は我とわが父の家に歸して王と王の位には罪あらざれ

王いひけるは誰にても爾に語る者をば我に將來れしかせば彼かさねて爾に觸ること无るべし

婦いひけるは願くは王爾の神ヱホバを憶えてかの仇を報ゆる者をして重て滅すことを爲しめず我子を斷ことなからしめたまへと王いひけるはヱホバは生く爾の子の髮毛一すぢも地に隕ることなかるべし

婦いひけるは請ふ仕女をして一言わが主王に言しめたまヘダビデいひけるは言ふべし

婦いひけるは爾なんぞ斯る事を神の民にむかひて思ひたるや王此言を言ふにより王は罪ある者のごとし其は王その放れたる者を歸らしめざればなり

抑我儕は死ざるべからず我儕は地に潟れたる水の再び聚る能はざるがごとし神は生命を取りたまはず方法を設けて其放れたる者をして己の所より放たれをることなからしむ

我此事を王我主に言んとて來れるは民我を恐れしめたればなり故に仕女謂らく王に言ん王婢の言を行ひたまふならんと

其は王聞て我とわが子を共に滅して神の產業に離れしめんとする人の手より婢を救ひいだしたまふべければなり

仕女また思り王わが主の言は慰となるべしと其は神の使のごとく王わが主は善も惡も聽たまへばなりねがはくは爾の神ヱホバ爾と共に在せと

王こたへて婦にいひけるは請ふわが爾に問んところの事を我に隠すなかれ婦いふ請ふ王わが主言たまへ

王いひけるは比すべての事においてはヨアブの手爾とともにあるや婦答へていひけるは爾の霊魂は活く王わが主よ凡て王わが主の言たまひしところは右にも左にもまがらず皆に爾の僕ヨアブ我に命じ是等の言を悉く仕女の口に授けたり

其事の見ゆるとこるを變んとて爾の僕ヨアブ此事をなしたるなり然どわが主は神の使の智慧のごとく智慧ありて地にある事を悉く知たまふと

是において王ヨアブにいひけるは視よ我此事を爲すされば往て少年アブサロムを携歸るべし

ヨアブ地に伏し拝し王を祝せりしかしてヨアブいひけるは王わが主よ王僕の言を行ひたまへば今日僕わが爾に惠るるを知ると

ヨアブ乃ち起てゲシユルに往きアブサロムをエルサレムに携きたれり

王いひけるは彼は其家に退くべしわが面を見るべからずと故にアブサロム己の家に退きて王の面を觀ざりき

偖イスラエルの中にアブサロムのごとく其美貌のために讃られたる人はなかりき其足の跖より頭の頂にいたるまで彼には瑕疵あることなし

アブサロム其頭を剪る時其頭の髮を衡るに王の權衡の二百シケルあり毎年の終にアブサロム其頭を剪り是は己の重によりて剪たるなり

アブサロムに三人の男子と一人のタマルといふ女子生れたりタマルは美女なり

アブサロム二年のあひだエルサレムにをりたれども王の顔を見ざりき

是によりてアブサロム王に遣さんとてヨアブを呼に遣はしけるが彼來ることを肯ぜず再び遣せしかども來ることを肯ぜざりき

アブサロム其僕にいひけるは視よヨアブの田地は我の近くにありて其處に大麥あり往て其に火を放てとアブサロムの僕等田地に火を放てり

ヨアブ起てアブサロムの家に來りてこれにいひけるは何故に爾の僕等田地に火を放たるや

アブサロム、ヨアブにいひけるは我人を爾に遣はして此に來れ我爾を王につかはさんと言り即ち爾をして王に我何のためにゲシユルよりきたりしや彼處に尚あらば我ためには反て善しと言しめんとせり然ば我今王の面を見ん若し我に罪あらば王我を殺すべし

ヨアブ王にいたりてこれに告たれば王アブサロムを召す彼王にいたりて王のまへに地に伏て拝せり玉アブサロムに接吻す

第15章

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此後アブサロム己のために戰車と馬ならびに己のまへに驅る者五十人を備たり

アブサロム夙く興きて門の途の傍にたち人の訴訟ありて王に裁判を求めんとて來る時はアブサロム其人を呼ていふ爾は何の邑の者なるやと其人僕はイスラエルの某の支派の者なりといへば

アブサロム其人にいふ見よ爾の事は善くまた正し然ど爾に聽くべき人は王いまだ立ずと

アブサロム又嗚呼我を此地の士師となす者もがな然れば凡て訴訟と公事ある者は我に來りて我之に公義を爲しあたへんといふ

また人彼を拝せんとて近づく時は彼手をのばして其人を扶け之に接吻す

アブサロム凡て王に裁判を求めんとて來るイスラエル人に是のごとくなせり斯アブサロムはイスラエルの人々の心を取り

斯て四年の後アブサロム王にいひけるは請ふ我をして往てヘブロンにてヱホバに我嘗て立し願を果さしめよ

其は僕スリアのゲシユルに居し時願を立て若しヱホバ誠に我をエルサレムに携歸りたまはば我ヱホバに事へんと言たればなりと

王かれにいひけるは安然に往けと彼すなはち起てヘブロンに往り

しかしてアブサロム窺ふ者をイスラエルの支派の中に徧く遣はして言せけるは爾等喇叭の音を聞ばアブサロム、ヘブロンにて王となれりとふべしと

二百人の招かれたる者エルサレムよりアブサロムとともにゆけり彼らは何心なくゆきて何事をもしらざりき

アブサロム犠牲をささぐる時にダビデの議官ギロ人アヒトペルを其邑ギロより呼よせたり徒黨強くして民次第にアブサロムに加はりぬ

爰に使者ダビデに來りてイスラエルの人の心アブサロムにしたがふといふ

ダビデおのれと共にエルサレムに居る凡ての僕にいひけるは起てよ我ら逃ん然らずば我らアブサロムより遁るるあたはざるべし急ぎ往け恐らくは彼急ぎて我らに追ひつき我儕に害を蒙らせ刃をもて邑を撃ん

王の僕等王にいひけるは視よ僕等王わが主の選むところを凡て爲ん

王いでゆき其全家これにしたがふ王十人の妾なる婦を遺して家をまもらしむ

王いでゆき民みな之にしたがふ彼等遠の家に息めり

かれの僕等みな其傍に進みケレテ人とペレテ人および彼にしたがひてガテよりきたれる六百人のガテ人みな王のまへに進めり

時に王がガテ人イツタイにいひけるは何ゆゑに爾もまた我らとともにゆくや爾かへりて王とともにをれ爾は外國人にして移住て處をもとむる者なり

爾は昨日來れり我は今日わが得るところに往くなれば豈爾をして我らとともにさまよはしむべけんや爾歸り爾の兄弟をも携歸るべしねがはくは恩と眞實爾とともにあれ

イツタイ王に答へていひけるはヱホバは活く王わが主は活く誠に王わが主いかなる處に坐すとも生死ともに僕もまた其處に居るべし

ダビデ、イツタイにいひけるは進みゆけガテ人イツタイ乃ち進みかれのすべての從者およびかれとともにある妻子皆進めり

國中皆大聲をあげて哭き民皆進む王もまたキデロン川を渡りて進み民皆進みて野の道におもむけり

視よザドクおよび倶にあるレビ人もまた皆神の契約の櫃を舁ていたり神の櫃をおろして民の悉く邑よりいづるをまてりアビヤタルもまたのぼれり

ここに王ザドクにいひけるは神の櫃を邑に舁もどせ若し我ヱホバのまへに恩をうるならばヱホバ我を携かへりて我にこれを見し其往處を見したまはん

されどヱホバもし汝を悦ばずと斯いひたまはば視よ我は處にあり其目に善と見ゆるところを我になしたまへ

王また祭司ザドクにいひけるは汝先見者汝らの二人の子即ち汝の子アヒマアズとアビヤタルの子ヨナタンを伴ひて安然に城邑に歸れ

見よ我は汝より言のきたりて我に告るまで野の渡場に留まらんと

ザドクとアビヤタルすなはち神の櫃をエルサレムに舁もどりて彼處に止まれり

ここにダビデ橄欖山の路を陟りしが陟るときに哭き其首を蒙みて跣足にて行りかれと倶にある民皆各其首を蒙みてのぼり哭つつのぼれり

時にアヒトペルがアブサロムに與せる者の中にあることダビデに聞えければダビデいふヱホバねがはくはアヒトペルの計策を愚ならしめたまへと

ダビデ嶺にある神を拝する處に至れる時視よアルキ人ホシヤイ衣を裂き土を頭にかむりてきたりてダビデを迎ふ

ダビデかれにいひけるは爾若し我とともに進まば我の負となるべし

されど汝もし城邑にかへりてアブサロムにむかひ王よ我爾の僕となるべし此まで爾の父の僕たりしごとく今また汝の僕となるべしといはば爾はわがためにアヒトペルの計策を敗るにいたらん

祭司ザドクとアビヤタル爾とともに彼處にあるにあらずや是故に爾が王の家より聞たる事はことごとく祭司ザドクとアビヤタルに告べし

視よかれらとともに彼處にはその二人の子即ちザドクの子アヒマアズとアビヤタルの子ヨナタンをるなり爾ら其聞たる事をことごとく彼等の手によりて我に通ずべし

ダビデの友ホシヤイすなはち城邑にいたりぬ時にアブサロムはエルサレムに入居たり

第16章

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ダビデ少しく嶺を過ゆける時視よメピボセテの僕ヂバ鞍おける二頭の驢を引き其上にパン二百乾葡萄一百球乾棗の團塊一百酒一嚢を載きたりてダビデを迎ふ

王ヂバにいひけるは此等は何なるかヂバいひけるは驢馬は王の家族の乗るためパンと乾棗は少者の食ふため洒は野に困憊たる者の飮むためなり

王いひけるは爾の主人の子は何處にあるやヂバ王にいひけるはかれはエルサレムに止まる其は彼イスラエルの家今日我父の國を我にかへさんと言をればなり

王ヂバにいひけるは視よメピボセテの所有は悉く爾の所有となるべしヂバいひけるは我拝す王わが主よ我をして爾のまへに恩を蒙むらしめたまへ

斯てダビデ王バホリムにいたるに視よ彼處よりサウルの家の族の者一人出きたる其名をシメイといふゲラの子なり彼出きたりて來りつつ詛へり

又彼ダビデとダビデ王の諸の臣僕にむかひて石を投たり時に民と勇士皆王の左右にあり

シメイ詛の中に斯いへり汝血を流す人よ爾邪なる人よ出され出され

爾が代りて位に登りしサウルの家の血を凡てヱホバ爾に歸したまへりヱホバ國を爾の子アブサロムの手に付したまへり視よ爾は血を流す人なるによりて禍患の中にあるなり

ゼルヤの子アピシヤイ王にいひけるは此死たる犬なんぞ王わが主を詛ふべけんや請ふ我をして渉りゆきてかれの首を取しめよ

王いひけるはゼルヤの子等よ爾らの與るところにあらず彼の詛ふはヱホバ彼にダビデを詛へと言たまひたるによるなれば誰か爾なんぞ然するやと言べけんや

ダビデ又アビシヤイおよび己の諸の臣僕にいひけるは視よわが身より出たるわが子わが生命を求む况や此ベニヤミン人をや彼を聽して詛はしめよヱホバ彼に命じたまへるなり

ヱホバわが艱難を俯視みたまふことあらん又ヱホバ今日彼の詛のために我に善を報いたまふことあらんと

斯てダビデと其從者途を行けるにシメイはダビデに對へる山の傍に行て行つつ詛ひまた扱にむかひて石を投げ塵を揚たり

王および倶にある民皆アエピムに來りて彼處に息をつげり

偖アブサロムと総ての民イスラエルの人々エルサレムに至れりアヒトペルもアブサロムとともにいたる

ダビデの友なるアルキ人ホシヤイ、アブサロムの許に來りし時アブサロムにいふ願くは王壽かれ階くは王壽かれ

アブサロム、ホシヤイにいひけるは此は爾が其友に示す厚意なるや爾なんぞ爾の友と往ざるやと

ホシヤイ、アブサロムにいひけるは然らずヱホバと此民とイスラエルの総の人々の選む者に我は屬し且其人とともに居るべし

且又我誰に事ふべきか其子の前に事べきにあらずや我は爾の父のまへに事しごとく爾のまへに事べし

爰にアブサロム、アヒトベルにいひけるは我儕如何に爲べきか爾等計を爲すべしと

アヒトペル、アブサロムにいひけるは爾の父が遺して家を守らしむる妾等の處に入れ然ばイそフル皆爾が其父に惡まるるを聞ん而して爾とともにをる総の者の手強くなるべしと

是において屋脊にアブサロムのために天幕を張ければアブサロム、イスラエルの目のまへにて其父の妾等の處に入りぬ

當時アヒトペルが謀れる謀計は神の言に問たるごとくなりきアヒトペルの謀計は皆ダビデとアブサロムとに倶に是のごとく見えたりき

第17章

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時にアヒトペル、アブサロムにいひけるは請ふ我に一萬二千の人を擇み出さしめよ我起て今夜ダビデの後を追ひ

彼が憊れて手弱なりし所を襲ふて彼をおびえしめん而して彼とともにをる民の逃ん時に我王一人を撃とり

總の民を爾に歸せしむべし夫衆の歸するは爾が求むる此人に依なれば民みな平穩になるべし

此言アブサロムの目とイスラエルの総の長老の目に的當と見えたり

アブサロムいひけるはアルキ人ホシヤイをも召きたれ我等彼が言ふ所をも聞んと

ホシヤイ乃ちアブサロムに至るにアブサロムかれにかたりていひけるはアヒトペル是のごとく言り我等其言を爲べきか若し可すば爾言ふべし

ホシヤイ、アブサロムにいひけるは此時にあたりてアヒトペルが授けし計略は善らず

ポシャイまたいひけるは爾の知るごとく爾の父と其從者は勇士なり且彼等は野にて其子を奪れたる熊の如く其氣激怒をれり又爾の父は戰士なれば民と共に宿らざるべし

彼は今何の穴にか何の處にか匿れをる若し數人の者手始に仆なば其を聞く者は皆アブサロムに從ふ者の中に敗ありと言はん

しからば獅子の心のごとき心ある勇猛き夫といふとも全く挫碎ん其はイスラエル皆爾の父の勇士にして彼とともにある者の勇猛き瓦なるをしればなり

我は計議るイスラエルをダンよりベエルシバにいたるまで海濱の沙の多きが如くに悉く爾の處につどへ集めて爾親ら戰陣に臨むべし

我等彼の見出さるる處にて彼を襲ひ露の地に下るがごとく彼のうへに降らんしかして彼および彼とともにあるすべての人々を一人も遺さざるべし

若し彼何かの城邑に集らばイスラエル皆縄を其城邑にかけ我等これを河に曳きたふして其處に一の小石も見えざらしむべしと

アブサロムとイスラエルの人々皆アルキ人ホシヤイの謀計はアヒトペルの謀計よりも善しといふ其はヱホバ、アブサロムに禍を降さんとてヱホバ、アヒトペルの善き謀計を破ることを定めたまひたればなり

爰にホシヤイ祭司ザドクとアビヤタルにいひけるはアヒトペル、アブサロムとイスラエルの長老等のために斯々に謀れりきた我は斯々に謀れり

されば爾ら速に人を遣してダビデに告て今夜野の渡場に宿ることなく速に渡りゆけといへおそらくは王および倶にある民皆呑つくされん

時にヨナタンとアヒマアズはエンロゲルに埃居たり是は城邑にいるを見られざらんとてなり爰に一人の仕女ゆきて彼等に告げければ彼らダビデ王に告んとて往く

しかるに一人の少者かれらを見てアブザロムにつげたりされど彼等二人は急ぎさりてバホリムの或人の家にいたる其人の庭に井ありてかれら其處にくだりければ

婦蓋をとりて井の口のうへに掩け其上に擣たる麥をひろげたり故に事知れざりき

時にアブサロムの僕等其婦の家に來りていひけるはアヒマアズとヨナタンは何處にをるや婦かれらに彼人々は小川を濟れりといふかれら尋ねたれども見當ざればエルサレムに歸れり

彼等が去し時かの二人は井よりのぼりて往てダビデ王に告げたり即ちダビデに言けるは起て速かに水を濟れ其はアヒトベル斯爾等について謀計を爲したればなりと

ダビデ起て己とともにある凡ての民とともにヨルダンを濟れり曙には一人もヨルダンを濟らざる者はなかりき

アヒトベルは其謀計の行れざるを見て其驢馬に鞍おき起て其邑に住て其家にいたり家の人に遺言して自ら縊れ死て其父の墓に葬らる

爰にダビデ、マナハイムに至る又アブサロムは己とともにあるイスラエルの凡の人々とともにヨルダンを濟れり

アブサロム、アマサをヨアブの代りに軍の長と爲りアマサは夫のナハシの女にてヨアブの母ゼルヤの妹なるアビガルに通じたるイシマエル人名はヱテルといふ人の子なり

かくてイスラエルとアブサロムはギレアデの地に陣どれり

ダビデ、マハナイムにいたれる時アンモンの子孫の中なるラバのナハシの子シヨビとロデバルのアンミエルの子マキルおよびロゲリムのギレアデ人バルジライ

臥床と鍋釜と陶器と小麥と大麥と粉と烘麥と豆と小豆の烘たる者と

蜜と牛酪と羊と犢をダビデおよび倶にある民の食ために持來れり其は彼等民は野にて飢憊れ渇くならんと謂たればなり

第18章

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爰にダビデ己とともにある民を核べて其上に千夫の長百夫の長を立たり

しかしてダビデ民を三に分ちて其一をヨアブの手に託け一をゼルヤの子ヨアブの兄弟アビシヤイの手に託け一をガテ人イツタイの手に託けたりかくして王民にいひけるは我もまた必ず汝らとともに出んと

されど民いふ汝は出べからず我儕如何に逃るとも彼等は我儕に心をとめじ又我儕半死とも我儕に心をとめざるべしされど汝は我儕の一萬に等し故に汝は城邑の中より我儕を助けなば善し

王かれらにいひけるは汝等の目に善と見ゆるところを爲すべしとかくて王門の傍に立ち民皆或は百人或は千人となりて出づ

王ヨアブ、アビシヤイおよびイツタイに命じてわがために少年アブサロムを寛に待へよといふ王のアブサロムの事について諸の將官に命を下せる時民皆聞り

爰に民イスラエルにむかひて野に出でエフライムの叢林に戰ひしが

イスラエルの民其處にてダビデの臣僕のまへに敗る其日彼處の戰死大にして二萬にいたれり

しかして戰徧く其地の表に廣がりぬ是日叢林の滅ぼせる者は刀劒の滅ぼせる者よりも多かりき

爰にアブサロム、ダビデの臣僕に行き遭り時にアブサロム騾馬に乗居たりしが騾馬大なる橡樹の繁き枝の下を過ければアブサロムの頭其橡に繋りて彼天地のあひだにあがれり騾馬はかれの下より行過たり

一箇の人見てヨアブに告ていひけるは我アブサロムが橡樹に懸りをるを見たりと

ヨアブ其告たる人にいひけるはさらば爾見て何故に彼を其處にて地に撃落さざりしや我爾に銀十板と一本の帶を與へんものを

其人ヨアブにいひけるは假令わが手に銀千枚を受べきも我は手をいだして王の子に敵せじ其は王我儕の聞るまへにて爾とアビシヤイとイツタイに命じて爾ら各少年アブサロムを害するなかれといひたまひたればなり

我若し反いてかれの生命を戕賊はば何事も王に隠るる所なければ爾自ら立て我を責んと

時にヨアブ我かく爾とともに滞るべからずといひて手に三本の槍を携へゆきて彼の橡樹の中に尚生をるアブサロムむ胸に之を衝通せり

ヨアブの武器を軸る十人の少者続きてアブサロムを撃ち之を死しめたり

かくてヨアブ喇叭を吹ければ民イスラエルの後を追ふことを息てかへれりヨアブ民を止めたればなり

衆アブサロムを將て叢林の中なる大なる穴に投げれ其上に甚だ大きく石を疊あげたり是においてイスラエル皆おのおの其天幕に逃かへれり

アブサロム我はわが名を傳ふべき子なしと言て其生る間に己のために一の表柱を建たり王の谷にあり彼おのれの名を其表柱に與たり其表柱今日にいたるまでアブサロムの碑と稱らる

爰にザドクの子アヒマアズいひけるは請ふ我をして趨りて王にヱホバの王をまもりて其敵の手を免かれしめたまひし音信を傳へしめよと

ヨアブかれにいひけるは汝は今日音信を傳ふるものとなるべからず他日に音信を傳ふべし今日は王の子死たれば汝音信を傳ふべからず

ヨアブ、クシ人にいひけるは往て爾が見たる所を王に告よクシ人ヨアブに禮をなして走れり

ザドクの子アヒマアズ再びヨアブにいひけるは請ふ何にもあれ我をも亦クシ人の後より走ゆかしめよヨアブいひけるは我子よ爾は充分の背信を持ざるに何故に走りゆかんとするや

かれいふ何れにもあれ我をして走りゆかしめよとヨアブかれにいふ走るべし是においてアヒマアズ低地の路をはしりてクシ人を走越たり

時にダビデは二の門の間に坐しゐたり爰に守望者門の蓋上にのぼり石墻にのぼりて其目を擧て見るに視よ獨一人にて走きたる者あり

守望者呼はりて王に告ければ王いふ若し獨ならば口に音信を持つならんと其人進み來りて近づけり

守望者復一人の走りきたるを見しかば守望者守門者に呼はりて言ふ獨一人にて走きたる者あり王いふ其人もまた音信を持ものなり

守望者言ふ我先者の走を見るにザドクの子アヒマアズの走るが如しと王いひけるは彼は善人なり善き背信を持來るならん

アヒマアズ呼はりて王にいひけるはねがはくは平安なれとかくて王のまへに地に伏していふ爾の神ヱホバは讃べきかなヱホバかの手をあげて王わが主に敵したる人々を付したまへり

王いひけるは少年アブサロムは平安なるやアヒマアズこたへけるは王の僕ヨアブ僕を遺はせし時我大なる噪を見たれども何をも知らざるなり

王いひけるは側にいたりて其處に立よと乃ち側にいたりて立つ

時に視よクシ人來れりクシ人いひけるはねがはくは王音信を受たまヘヱホバ今日爾をまもりて凡て爾にたち逆ふ者の手を免かれしめたまへり

王クシ人にいひけるは少年アブサロムは平安なるやクシ人いひけるはねがはくは王わが主の敵および凡て汝に起ち逆ひて害をなさんとする者は彼少年のごとくなれと

王大に感み門の樓にのぼりて哭り彼行ながらかくいへりわが子アブサロムよわが子わが子アブサロムよ鳴呼われ汝に代りて死たらん者をアブサロムわが子よわが子よ

第19章

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時にヨアブに告る者ありていふ視よ王はアブサロムの爲に哭き悲しむと

其日の勝利は凡の民の悲哀となれり其は民其日王は其子のために憂ふと言ふを聞たればなり

其日民は戰爭に逃て羞たる民の竊て去がごとく竊て城邑にいりぬ

王は其面を掩へり王大聲に叫てわが子アブサロムよアブサロムわが子よわが子よといふ

ここにヨアブ家にいり王の許にいたりていひけるは汝今日汝の生命と汝の男子汝の女子の生命および汝の妻等の生命と汝の妾等の生命を救ひたる汝の凡の臣僕の頗を羞させたり

是は汝おのれを惡む者を愛しおのれを愛する者を惡むなり汝今日汝が諸侯伯をも諸僕をも顧みざるを示せり今日我かさとる若しアブサロム生をりて我儕皆死たらば汝の目に適ひしならん

されど今立て出で汝の諸僕を慰めてかたるべし我エホバを指て誓ふ汝若し出ずば今夜一人も汝とともに止るものなかるべし是は汝が若者時より今にいたるまでに蒙りたる諸の災禍よりも汝に惡かるべし

是に於て王たちて門に坐す人々凡の民に告て視よ王は門に坐し居るといひければ民皆王のまへにいたる然どイスラエルはおのむの其天幕に逃かへれり

イスラエルの諸の支派の中に民皆爭ひていひけるは王は我儕を敵の手より救ひいだしまた我儕をペリシテ人の手より助けいだせりされど今はアブサロムのために國を逃いでたり

また我儕が膏そそぎて我儕の上にかきしアブサロムは戰爭に死なりされば爾ら何ぞ王を導きかへらんことと言ざるや

ダビデ王祭司ザドクとアビヤタルに言つかはしけるはユダの長老等に告て言ヘイスラエルの全家の言語王の家に達せしに爾ら何ぞ王を其家に導きかへる最後となるや

爾等はわが兄弟爾らはわが骨肉なりしかるになんぞ爾等王を導き歸る最後となるやと

又アマサに言べし爾はわが骨肉にあらずや爾ヨアブにかはりて常にわがまへにて軍長たるべし若しからずば神我に斯なし又重ねてかくなしたまへと

かくダビデ、ユダの凡の人をして其心を傾けて一人のごとくにならしめければかれら王にねがはくは爾および爾の諸の臣僕歸りたまへといひおくれり

是において王歸りてヨルダンにいたるにユダの人々王を迎へんとて來りてギルガルにいたり王を送りてヨルダンを濟らんとす

時にバホリムのベニヤミン人ゲラの子シメイ急ぎてユダの人々とともに下りダビデ王を迓ふ

一千のベニヤミン人彼とともにあり亦サウルの家の僕ヂバも其十五人の男子と二十人の僕をしたがへて偕に居たりしが皆王のまへにむかひてヨルダンをこぎ渡れり

時に王の家族を濟しまた王の目に善と見ゆるところを爲んとて濟舟を濟せり爰にゲラの子シメイ、ヨルダンを濟れる時王のまへに伏して

王にいひけるはわが主よねがはくは罪を我に歸するなかれまた王わが主のエルサレムより出たまへる日に僕が爲たる惡き事を記憶えたまふなかれねがはくは王これを心に置たまふなかれ

其は僕我罪を犯したるを知ればなり故に視よ我今日ヨセフの全家の最初に下り來りて王わが主を迓ふと

然にゼルヤの子アビシヤイ答へていひけるはシメイはヱホバの膏そそぎし者を詛たるに因て其がために誅さるべきにあらずやと

ダビデいひけるは爾らゼルヤの子よ爾らのあづかるところにあらず爾等今日我に敵となる今日豈イスラエルの中にて人を誅すべけんや我豈わが今日イスラエルの王となりたるをしらざらんやと

是をもて王はシメイに爾は誅されじといひて王かれに誓へり

爰にサウルの子メピボセテ下りて王をむかふ彼は王の去し日より安かに歸れる日まで其足を飾らず其鬚を飾らず又其衣を濯ざりき

彼エルサレムよりきたりて王を迓ふる時王かれにいひけるはメビボセテ爾なんぞ我とともに往ざりしや

彼こたへけるはわが主王よわが僕我を欺けり僕はわれ驢馬に鞍おきて其に乗て王の處にゆかんといへり僕跛者なればなり

しかるに彼僕を王わが主に讒言せり然ども王わが主は神の使のごとし故に爾の目に善と見るところを爲たまへ

わが父の全家は王わが主のまへには死人なるのみなるに爾僕を爾の席にて食ふ者の中に置たまへりされば我何の理ありてか重ねて王に哀訴ることをえん

王かれにいひけるは爾なんぞ重ねて爾の事を言や我いふ爾とヂバ其地を分つべし

メピボセテ王にいひけるは王わが主安然に其家に歸りたまひたればかれに之を悉くとらしめたまへと

爰にギレアデ人バルジライ、ロゲリムより下り王を送りてヨルダンを渡らんとて王とともにヨルダンを濟れり

バルジライは甚だ老たる人にて八十歳なりきかれは甚だ大なる人なれば王のマハナイムに留れる間王を養へり

王バルジライにいひけるは爾我とともに濟り來れ我エルサレムにて爾を我とともに養はん

バルジライ王にいひけるはわが生命の年の日尚幾何ありてか我王とともにエルサレムに上らんや

我は今日八十歳なり善きと惡きとを辨へるをえんや僕其食ところと飮ところを味ふをえんや我再び謳歌之男と謳歌之女の聲を聽えんや僕なんぞ尚王わが主の累となるべけんや

僕は王とともにヨルダンを濟りて只少しくゆかん王なんぞこの報賞を我に報ゆるに及ばんや

請ふ僕を歸らしめよ我自己の邑にてわが父母の墓の側に死ん但し僕キムハムを視たまへかれを王わが主とともに濟り往しめたまへ又爾の目に善と見る所を彼になしたまへ

王いひけるはキムハム我とともに濟り往くべし我爾の目に善と見ゆる所をかれに爲ん又爾が望みて我に求むる所は皆我爾のために爲すべしと

民皆ヨルダンを濟れり王渡りし時王バルジライに接吻してこれを祝す彼遂に己の所に歸れり

かくて王ギルガルに進むにキムハムかれとともに進めりユダの民皆王を送れりイスラエルの民の半も亦しかり

是にイスラエルの人々皆王の所にいたりて王にいひけるは我儕の兄弟なるユダの人々何故に爾を竊みさり王と其家族およびダビデとともなる其凡の從者を送りてヨルダンを濟りしやと

ユダの人々皆イスラエの人々に對へていふ王は我に近きが故なり爾なんぞ此事について怒るや我儕王の物を食ひしことあるや王我儕に賜物を與へたることあるや

イスラエルの人ユダの人に對ていひけるは我は王のうちに十の分を有ち亦ダビデのうちにも我は爾よりも多を有つなりしかるに爾なんぞ我らを軽じたるやわが王を導きかへらんと言しは我最初なるにあらずやとされどユダの人々の言はイスラエルの人々の言よりも厲しかりき

第20章

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爰に一人の邪なる人あり其名をシバといビクリの子にしてベニヤミン人なり彼喇叭を吹ていひけるは我儕はダビデの中に分なし又ヱサイの子のうちに產業なしイスラエルよ各人其天幕に歸れよと

是によりてイスラエルの人皆ダビデに随ふことを止てのぼりビクリの子シバにしたがへり然どユダの人々は其王に附てヨルダンよりエルサレムにいたれり

ダビデ、エルサレムにある己の家にいたり王其遺して家を守らせたる妾なる十人の婦をとりてこれを一の室に守り置て養へりされどかれらの處には入ざりき斯かれらは死る日まで閉こめられて生涯嫠婦にてすごせり

爰に王アマサにいひけるは我ために三日のうちにユダの人々を召きたれしかして爾此處にをれ

アマサ乃ちユダを召あつめんとて往たりしが彼ダビデが定めたる期よりも長く留れり

是においてダビデ、アビシヤイにいひけるはビクリの子シバ今我儕にアブサロムよりもおほくの害をなさんとす爾の主の臣僕を率ゐて彼の後を追へ恐らくは彼堅固なる城邑を獲て我儕の目を逃れんと

是によりてヨアブの從者とケレテ人とペレテ人および都の勇士彼にしたがびて出たり即ち彼等エルサレムより出てビクリの子シバの後を追ふ

彼等がギベオンにある大石の傍に居りし時アマサかれらにむかひ來れり時にヨアブ戎衣に帶を結て衣服となし其上に刀を鞘にをさめ腰に結びて帶び居たりしが其劍脱け堕ちたり

ヨアブ、アマサにわが兄弟よ爾は平康なるやといひて右の手をもてアマサの鬚を將て彼接吻せんとせしが

アマサはヨアブの手にある劍に意を留ざりければヨアブ其をもてアマサの腹を刺して其膓を地に流しいだし重ねて撃に及ばざらしめてこれをころせり かくてヨアブと其兄弟アビシヤイ、ビクリの子シバの後を追り

時にヨアブの少者の一人アマサの側にたちていふヨアブを助くる者とダビデに附從ものはヨアブの後に隨へと

アマサは血に染て大路の中に轉び居たり斯人民の皆立ど企るを見てアマサを大路より田に移したるが其側にいたれる者皆見て立ちとまりければ衣を其上にかけたり

アマサ大路より移されければ人皆ヨアブにしたがひ進みてビクリの子シバの後を追ふ

彼イスラエルの凡の支派の中を行てアベルとベテマアカに至るに少年皆集りて亦かれにしたがひゆけり

かくて彼等來りて彼をアベル、ベテマアカに圍み城邑にむかひて壘を築けり是は壕の中にたてりかくしてヨアブとともにある民皆石垣を崩さんとてこれを撃居りしが

一箇の哲き婦城邑より呼はりていふ爾ら聽よ爾ら聽よ請ふ爾らヨアブに此に近よれ我爾に言んと言へと

かれ其婦にちかよるに婦いひけるは爾はヨアブなるやかれ然りといひければ婦彼にいふ婢の言を聽けかれ我聽くといふ

婦即ち語りていひけるは昔人々誠に語りて人必ずアベルにおいて索問べしといひて事を終ふ

我はイスラエルの中の平和なる義なる者なりしかるに爾はイスラルの中にて母ともいふべき城邑を滅さんことを求む何ゆゑに爾ヱホバの產業を呑み盡さんとするや

ヨアブ答へていひけるは決めてしからず決めてしからずわれ呑み盡し或は滅ぼさんとすることなし

其事しからずエフライムの山地の人ビクリの子名はシバといふ者手を擧て王ダビデに敵せり爾ら只彼一人を付せ然らば我此邑をさらんと婦ヨアブにいひけるは視よ彼の首級は石垣の上より爾に投いだすべし

かくて婦其智慧をもて凡の民の所にいたりければかれらビクリの子シバの首級を刎てヨアブの所に投出せり是においてヨアブ喇叭を吹ならしければ人々散て邑より退きておのおの其天幕に還りぬヨアブはエルサレムにかへりて王の處にいたれり

ヨアブはイスラエルの全軍の長なりヱホヤダの子ベナヤはケレテ人とペレテ人の長なり

アドラムは徴募長なりアヒルデの子ヨシヤパテは史官なり

シワは書記官なりザドクとアビヤタルは祭司なり

亦ヤイル人イラはダビデの大臣なり

第21章

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ダビデの世に年復年と三年飢饉ありければダビデ、ヱホバに問にヱホバ言たまひけるは是はサウルと血を流せる其家のためなり其は彼嘗てギベオン人を殺したればなりと

是において王ギベオン人を召てかれらにいへりギベオン人はイスラエルの子孫にあらずアモリ人の殘餘なりしがイスラエルの子孫昔彼等に誓をなしたり然るにサウル、イスラエルとユダの子孫に熱心なるよりして彼等を殺さんと求めたり

即ちダビデ、ギベオン人にいひけるは我汝等のために何を爲すべきか我何の賠償を爲さば汝等ヱホバの產業を祝するや

ギベオン人彼にいひけるは我儕はサウルと其家の金銀を取じ又汝は我らのためにイスラエルの中の人一人をも殺すなかれダビデいひけるは汝等が言ふ所は我汝らのために爲ん

彼等王にいけるは我儕を滅したる人我儕を殲してイスラエルの境の中に居留ざらしめんとて我儕にむかひて謀を設けし人

請ふ其人の子孫七人を我儕に與へよ我儕ヱホバの選みたるサウルのギベアにて彼等をヱホバのまへに懸ん王いふ我與ふべしと

されど王サウルの子ヨナタンの子なるメピボセテを惜めり是は彼専のあひだ即ちダビデとサウルの子ヨナタンとの間にヱホバを指して爲る誓あるに因り

されど王アヤの女リヅがサウルに生し二人の子アルモニとメピボセテおよびサウルの女メラブがメホラ人バルジライの子アデリエルに生し五人の子を取りて

かれらをギベオン人の手に與へければギベオン人かれらを山の上にてヱホバの前に懸たり彼等七人倶に斃れて刈穫の初日邊ち大麥刈の初時に死り

アヤの女リヅパ麻布を取りて刈穫の初時より其屍上に天より雨ふるまでこれをおのれのために磐の上に布きおきて晝は空の鳥を屍の上に止らしめず夜は野の獣をちかよらしめざりき

爰にアヤの女サウルの妾リヅパの爲しことダビデに聞えければ

ダビデ往てサウルの骨と其子ヨナタンの骨をヤベシギレアデの人々の所より取り是はペリシテ人がサウルをギルボアに殺してベテシヤンの衢に懸たるをかれらが竊みさりたるものなり

ダビデ其處よりサウルの骨と其子ヨナタンの骨を携へ上れりまた人々其懸られたる者等の骨を斂たり

かくてサウルと其子ヨナタンの骨をベニヤミンの地のゼラにて其父キシの墓に葬り都て王の命じたる所を爲り比より後神其地のため祈祷を聽たまへり

ペリシテ人復イスラエルと戰爭を爲すダビデ其臣僕とともに下りてペリシテ人と戰ひけるがダビデ困憊居りければ

イシビベノブ、ダビデを殺さんと思へり(イシビベノブは巨人の子等の一人にて其槍の銅の重は三百シケルあり彼新しき劒を帶たり)

しかれどもゼルヤの子アビシヤイ、ダビデを助けて其ペリシテ人を撃ち殺せり是においてダビデの從者かれに誓ひていひけるは汝は再我儕と共に戰爭に出べからず恐らくは爾イスラエルの燈光を消さんと

此後再びゴブにおいてペリシテ人と戰あり時にホシヤ人シベカイ巨人の子等の一人なるサフを殺せり

爰に復ゴブにてペリシテ人と戰あり其處にてベテレヘム人ヤレオレギムの子エルハナン、ガテのゴリアテの兄弟ラミを殺せり其槍の柄は機の梁の如くなりき

又ガテに戰ありしが其處に一人の身長き人あり手には各六の指あり足には各六の指ありて其數合せて二十四なり彼もまた巨人の生る者なり

彼イスラエルを挑みしかばダビデに兄弟シメアの子ヨナタン彼を殺せり

是らの四人はガテにて巨人の生るものなりしがダビデの手と其臣僕の手に斃れたり

第22章

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ダビデ、ヱホバが己を諸の敵の手とサウルの手より救ひいだしたまへる日に此歌の言をヱホバに陳たり曰く

ヱホバはわが巌わが要害我を救ふ者

わが磐の神なりわれ彼に倚賴むヱホバはわが干わが救の角わが高櫓わが逃躱處わが救主なり爾我をすくひて暴き事を免れしめたまふ

我ほめまつるべきヱホバに呼はりてわが敵より救はる

死の波涛われを繞み邪曲なる者の河われをおそれしむ

冥府の繩われをとりまき死の機檻われにのぞめり

われ艱難のうちにヱホバをよびまたわが神に龥れりヱホバ其殿よりわが聲をききたまひわが喊呼其耳にいりぬ

爰に地震ひ撼き天の基動き震へりそは彼怒りたまへばなり

烟其鼻より出てのぽり火その口より出て燒きつくしおこれる炭かれより燃いづ

彼天を傾けて下りたまふ黑雲その足の下にあり

ケルブに乗て飛び風の翼の上にあらはれ

其周圍に黑暗をおき集まれる水密雲を幕としたまふ

そのまへの光より炭火燃いづ

ヱホバ天より雷をくだし最高者聲をいだし

又箭をはなちて彼等をちらし電をはなちて彼等をうちやぶりたまへり

ヱホバの叱咤とその鼻の氣吹の風によりて海の底あらはれいで地の基あらはになりぬ

ヱホバ上より手をたれて我をとり洪水の中より我を引あげ

またわが勁き敵および我とにくむ者より我をすくひたまへり彼等は我よりも強かりければなり

彼等はわが菑災の日にわれに臨めりされどヱホバわが支柱となり

我を廣き處にひきいだしわれを喜ぶがゆゑに我をすくひたまへり

ヱホバわが義にしたがひて我に報い吾手の清潔にしたがひて我に酬したまへり

其はわれヱホバの道をまもり惡をなしてわが神に離しことなければなり

その律例は皆わがまへにあり其法憲は我これを離れざるなり

われ神にむかひて完全かり又身を守りて惡を避たり

故にヱホバわが義にしたがひ其目のまへにわが潔白あるに循ひてわれに報いたまへり

矜恤者には爾矜恤ある者のごとくし完全人には爾完全者のごとくし

潔白者には爾潔白もののごとくし邪曲者には爾厳刻者のごとくしたまふ

難る民は爾これを救たまふ然ど衿高者は爾の目見て之を卑したまふ

ヱホバ爾はわが燈火なりヱホバわが暗をてらしたまふ

われ爾によりて軍隊の中を驅とほりわが神に由て石垣を飛こゆ

神は其道まつたしヱホバの言は純粋なし彼は都て己に倚賴む者の干となりたまふ

夫エホバのほか誰か神たらん我儕の神のほか敦か碧たらん

神はわが強き堅衆にてわが道を全うし

わが足を麀の如くなし我をわが崇邱に立しめたまふ

神わが手に戰を敎へたまへばわが腕は銅の弓をも挽を得

爾我に爾の救の干を與へ爾の慈悲われを大ならしめたまふ

爾わが身の下の歩を恢廓しめたまへば我踝ふるへず

われわが敵を追て之をほろぼし之を絶すまではかへらず

われ彼等を絶し彼等を破碎ば彼等たちえずわが足の下にたふる

汝戰のために力をもて我に帶しめ又われに逆ふ者をわが下に拝跪しめたまふ

爾わが敵をして我に後を見せしめたまふ我を惡む者はわれ之をほろぼさん

彼等環視せど救ふ者なしヱホバを仰視ど彼等に應たまはず

地の塵の如くわれ彼等をうちくだき又衢間の泥のごとくわれ彼等をふみにぢる

爾われをわが民の爭闘より救ひ又われをまもりて異邦人等の首長となしたまふわが知ざる民我につかふ

異邦人等は我に媚び耳に聞と均しく我にしたがふ

異邦人等は哀へ其衛所より戰慄て出づ

ヱホバは活る者なりわが磐は讃べきかなわが救の磐の神はあがめまつるべし

此神われに仇を報いしめ國々の民をわが下にくだらしめたまひ

又わが敵の中よりわれを出し我にさからふ者の上に我をあげまた強暴人の許よりわれを救ひいだしたまふ

是故にヱホバよわれ異邦人等のうちに爾をほめ爾の名を稱へん

ヱホバその王の救をおほいにしその受膏者なるダビデと其裔に永久に恩を施したまふなり

第23章

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ダビデの最後の言は是なりヱサイの子ダビデの詔言即ち高く擧られし人ヤコブの神に膏をそそがれし者イスラエルの善き歌人の詔言

ヱホバの霊わが中にありて言たまふ其諭言わが舌にあり

イスラエルの神いひたまふイスラエルの磐われに語たまふ人を正く治むる者神を畏れて治むる者は

日の出の朝の光のごとく雲なき朝のごとく又雨の後の日の光明によりて地に茁いづる新草のごとし

わが家かく神とともにあるにあらずや神萬具備りて鞏固なる永久の契約を我になしたまへり吾が救と喜を皆いかで生ぜしめたまはざらんや

しかれども邪なる者は荊棘のごとくにして手をもて取がたければ皆ともにすてられん

之にふるる人は鐵と槍の柯とを其身に備ふべし是は火にやけて燒たゆるにいたらん

是等はダビデの勇士の名なりタクモニ人ヤシヨベアムは三人衆の長なりしが一時八百人にむかひて槍を揮ひて之を殺せり

彼の次はアホア人ドドの子エルアザルにして三勇士の中の者なり彼其處に戰はんとて集まれるペリシテ人にむかひて戰を挑みイスラエルの人々の進みのぼれる時にダビデとともに居たりしが

たちてペリシテ人を撃ち終に其手疲て其手劍に固着て離れざるにいたれり此日ヱホバ大なる救拯を行ひたまふ民は彼の跡にしたがひゆきて只褫取而巳なりき

彼の次はハラリ人アゲの子シヤンマなり一時ペリシテ人一隊となりて集まれり彼處に扁豆の滿たる地の處あり民ペリシテ人のまへより逃たるに

彼其地の中に立て禦ぎペリシテ人を殺せりしかしてヱホバ大なる救拯を行ひたまふ

刈穫の時に三十人衆の首長なる三人下りてアドラムの洞穴に往てダビデに詣れり時にペリシテ人の隊レパイムの谷に陣どれり

其時ダビデは要害に居りペリシテ人の先陣はベテレヘムにあり

ダビデ慕ひていひけるは誰かベテレヘムの門にある井の水を我にのましめんかと

三勇士乃ちペリシテ人の陣を衝き過てベテレヘムの門にある井の水を汲取てダビデの許に携へ來れり然どダビデ之をのむことをせずこれをヱホバのまへに灌ぎて

いひけるはヱホバよ我決てこれを爲じ是は生命をかけて往し人の血なりと彼これを飮ことを好まざりき三勇士は是等の事を爲り

ゼルヤの子ヨアブの兄弟アビシヤイは三十人衆の首たり彼三百人にむかひて槍を揮ひて殺せり彼其三十人衆の中に名を得たり

彼は三十人衆の中の最も尊き者にして彼等の長とたれり然ども三人衆には及ばざりき

ヱホヤダの子カブジエルのベナヤは勇氣あり多くの功績ありし者なり彼モアブの人の獅子の如きもの二人を撃殺せり彼は亦雪の時に下りて穴の中にて獅子を撃殺せり

彼また容貌魁偉たるエジプト人を撃殺せり其エジプト人は手に槍を持たるに彼は杖を執て下りエジブト人の手より槍を捩とりて其槍をもてこれを殺せり

ヱホヤダの子ベナヤ是等の事を爲し三十勇士の中に名を得たり

彼は三十人衆の中に尊かりしかども三人衆には及ばざりきダビデかれを參議の中に列しむ

三十人衆の中にはヨアブの兄弟アサヘル、ベテレヘムのドドの子エルハナン

ハロデ人シヤンマ、ハロデ人エリカ

パルデ人ヘレヅ、テコア人イツケシの子イラ

アネトテ人アビエゼル、ホシヤ人メブンナイ

アホア人ザルモン、ネトバ人マハライ

ネトパ人バアナの子ヘレブ、ベニヤミンの子孫のギベアより出たるリバイの子イツタイ

ヒラトン人ベナヤ、ガアシの谷のヒダイ

アルパテ人アビアルボン、バホリム人アズマウテ

シヤルボニ人エリヤバ、キゾニ人ヤセン

ハラリ人シヤンマの子ヨナタン、アラリ人シヤラルの子アヒアム

ウルの子エリパレテ、マアカ人へペル、ギロ人アヒトペルの子エリアム

カルメル人ヘヅライ、アルバ人パアライ

ゾバのナタンの子イガル、ガド人バニ

アンモニ人ゼレク、ゼルヤの子ヨアブの武器を執る者ベエロデ人ナハライ

ヱテリ人イラ、ヱテリ人ガレブ

ヘテ人ウリヤあり都三十七人

第24章

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ヱホバ復イスラエルにむかひて怒を發しダビデを感動して彼等に敵對しめ往てイスラエルとユダを數へよと言しめたまふ

王乃ちヨアブおよびヨアブとともにある軍長等にいひけるは請ふイスラエルの諸の支派の中をダンよりベエルシバに至るまで行めぐりて民を核べ我をして民の數を知しめよ

ヨアブ王にいひけるは幾何あるともねがはくは汝の神ヱホバ民を百倍に増たまへ而して王わが主の目それを視るにいたれ然りといへども王わが主の此事を悦びたまふは何故ぞやと

されど王の言ヨアブと軍長等に勝ければヨアブと軍長等王の前を退きてイスラエルの民を核べに往り

かれらヨルダンを濟りアロエルより即ち河の中の邑より始めてガドにいたりヤゼルにいたり

ギレアデにいたりタテムホデシの地にいたり又ダニヤンにいたりてシドンに旋り

またツロの誠にいたりヒビ人とカナン人り諸の邑にいたりユダの南に出てベエルシバにいたれり

彼等國を徧く行めぐり九月と廿日を經てルサレムに至りぬ

ヨアブ人口の數を王に告たり即ちイスラエルに劍を抜く壮士八十萬ありき又ユダの人は五十萬ありき

ダビデ民の數を書し後其心自ら責む是においてダビデ、ヱホバにいふ我これを爲して大に罪を犯したりねがはくはヱホバよ僕の罪を除きたまへ我甚だ愚なる事を爲りと

ダビデ朝興し時ヱホバの言ダビデの先見者なる頂言者ガデに臨みて曰く

往てダビデに言ヘヱホバ斯いふ我汝に三を示す汝其一を擇べ我其を汝に爲んと

ガデ、ダビデの許にいたりこれに告てこれにいひけるは汝の地に七年の飢饉いたらんか或は汝敵に追れて三月其前に遁んか或は爾の地に三日の疫病あらんか爾考へてわが如何なる答を我を遣はせし者に爲べきかを決めよ

ダビデ、ガデにいひけるは我大に苦しむ請ふ我儕をしてヱホバの手に陷らしめよ其憐憫大なればなり我をして人の手に陷らしむるなかれ

是においてヱホバ朝より集會の時まで疫病をイスラエルに降したまふダンよりベエルシバまでに民の死る者七萬人なり

天の使其手をエルサレムに伸てこれを滅さんとしたりしがエホバ此害惡を悔て民を滅す天使にいひたまひけるは足り今汝の手を住めよと時にヱホバの使はヱブス人アラウナの禾場の傍にあり

ダビデ民を撃つ天使を見し時ヱホバに申していひけるは嗚呼我は罪を犯したり我は惡き事を爲たり然ども是等の羊群は何を爲たるや請ふ爾の手を我とわが父の家に對たまへと

此日ガデ、ダビデの所にいたりてかれにいひけるは上りてヱブス人アラウナの禾場にてヱホバに壇を建よ

ダビデ、ガデの言に隨ひヱホバの命じたまひしごとくのぼれり

アラウナ觀望て王と其臣僕の己の方に進み來るを見アラウナ出て王のまへに地に伏て拝せり

かくてアラウナいひけるは何に因てか王わが主僕の所にきませるやダビデひけるは汝より禾場を買ひとりヱホバに壇を築きて民に降る災をとりめんとてなり

アラウナ、ダビデにいひけろはねがはくは王わが主其目に善と見ゆるものを取て献げたまへ燔祭には牛あり薪には打禾車と牛の器ありと

アラリナこれを悉く王に奉呈ぐアラウナ又王にねがはくは爾の神ヱホバ爾を受納たまはんことをといふ

王アラウナにいひけるは斯すべからず我必ず値をはらひて爾より買とらん我費なしに燔祭をわが神ヱホバに献ぐることをせじとダビデ銀五十シケルにて禾場と牛を買とれり

ダビデ其處にてヱホバに壇を築き燔祭と酬恩祭を献げたり是においてヱホバ其地のために祈祷を聽たまひて災のイスラエルに降ること止りぬ