新約聖書譬喩略解/第三 芥子の譬

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第三　芥種（からしたね）の譬（たとへ）

馬太十三章三十一節より三十二節 馬可四章三十節より三十二節 路加十三章十八節十九節

又（また）譬（たとへ）を彼（かれ）等（ら）に示（しめ）して曰（いひ）けるは天國（てんこく）は芥種（からしたね）の如（ごと）し　人（ひと）是（これ）を取（とり）て畑（はた）に播（まけ）ば萬（よろづ）の種（たね）より小（ちいさ）けれども長（そだち）ては他（ほか）の草（くさ）より大（おほひ）にして天空（そら）の鳥（とり）きたりて其枝（そのえだ）に宿（やどる）ほどの樹（き）となる也（なり）

又（また）曰（いひ）けるは神（かみ）の國（くに）は何（なに）に比（くら）べ何（なに）の譬（たとへ）を以（も）て之（これ）を喩（たとへ）ん一粒（ひとつぶ）の芥種（からしたね）の如（ごと）し　之（これ）を地（ち）に播（まく）ときは百様（よろづ）の種（たね）よりも微（ちいさ）けれど既（すで）に播（まき）て萌出（はへいづ）れば百様（よろづ）の野（や）菜（さい）よりは大（おほき）く且（かつ）巨（おほひ）なる枝（えだ）を出（いだ）して空（そら）の鳥（とり）その蔭（かげ）に棲（すむ）ほどに及（およぶ）なり

〔註〕この譬（たとへ）は其（その）言（ことば）短（みじか）しと雖（いへど）も意味（いみ）は甚（はなは）だ長（なが）し救主（すくひぬし）の意（い）は眞道（しんだう）の流行（りうこう）することを表（あら）はし必（かなら）ず寡（すくな）きを以（も）て多（おほ）きを以（も）て多（おほ）きに勝（か）ち小（せう）より大（だい）にいたるを暁（さと）せるなり　我主（わがしゅ）はつねに人（ひと）の目前（もくぜん）に在（あ）る暁（さと）りやすき事（こと）を譬（たとへ）として教（おしへ）を説（とけ）り　ユダヤの地（ち）は芥（からし）をよく産（さん）すること多（おほく）して且（かつ）その草立（くさたち）の大（おほ）ひなることは世（よ）の人（ひと）のよく知（し）れる所（ところ）なり　其種（そのたね）は五（ご）穀（こく）の種（たね）に較（くらぶ）れば尚（なほ）微（ちいさし）と雖（いへど）も其（その）長育（そだち）におよびては大（おほひ）なる枝（えだ）を出（いだ）し百種（よろづ）の蔬（やさい）よりもおほひにして恰（あたか）も樹（き）の如（ごと）くなり　またこの種（たね）小（せう）なりと雖（いへど）も其味（そのあじ）は至（いたつ）て辣（から）し或人（あるひと）おもへらく救主（すくひぬし）のこの譬（たとへ）は眞道（しんだう）はじめは甚（はなは）だ微（び）なりといへども格別（かくべつ）の力（ちから）あれば眞（しん）理（り）によらざる尋常（よのつね）の教（おしへ）とは比（くらぶ）べきにあらず　故（ゆへ）に芥種（からしたね）を以（も）て之（これ）に譬（たとふ）るは固（もと）よりその因（ちなみ）なきにあらずと　救主（すくひぬし）この意（い）あらんも知（し）らざれども暫（しばら）くこの説（せつ）は未（み）定（てい）に属（ぞく）すべし　さて福音（ふくいん）のはじめて起（おこり）しは大国（たいこく）より起（おこ）りたるにあらずまた学者輩（がくしゃたち）の傳（つたふ）るにもあらず　小国（せうこく）より出（いで）之（これ）を宣（のぶる）ものはみな学問（がくもん）なき者（もの）なり　救主（すくひぬし）の本来（ほんらい）は至（いたつ）て尊（たうと）くましませども降（くだり）て世（よ）に在（いま）せる其（その）さまを観（み）ればいかにも貧賤（ひんせん）の人（ひと）なり　其（その）弟子（でし）もはじめはみな草野（いなか）の愚（おろか）なるものにて縉紳（たっときみがら）および碩儒（よきがくしゃ）の輩（ともがら）とてはたへてすくなし　故（ゆへ）にポーロのコリント人（じん）に送（おく）る書（しょ）に兄弟（けうだい）よ爾（なんぢ）の召（めさ）るるを観（み）よ肉（にく）に依（よる）の智（ち）者（しゃ）多（おほ）からず能（ちから）あるもの多（おほ）からず貴（たっと）きもの多（おほ）からずといへり　又（また）神（かみ）の国（くに）の長大（てうだい）に至（いた）りては其（その）意（い）二（ふたつ）あり一（ひとつ）は世（よ）にあり一（ひとつ）は人（ひと）の心（こころ）にあり　神（かみ）の国（くに）はこの世（よ）に於（おひ）てはじめはイエス一人（ひとり）なり後（のち）に數（す）十人（じふにん）の弟子（でし）を収（おさ）めイエスの世（よ）を去（さ）りたまふときに至（いた）りて漸（やうや）く百（ひゃく）余（よ）人（にん）の信者（しんじゃ）なりしが其後（そののち）には幾（いくばく）もあらずして一日（いちにち）の内（うち）にバッテスマを受（うけ）て教會（けうくわい）に入（い）る者（もの）三千人（さんぜんにん）に至（いた）れり　また幾（いくば）く無（なふ）して信仰（しんかう）する者（もの）約（おほむね）五（ご）千人（せんにん）なり　また幾（いくば）く無（な）ふしてユダヤ国（こく）より徧（あまね）く諸国（しょこく）に傳（つたは）り今（いま）にいたりては信者（しんじゃ）億（おく）兆（てう）而已（のみ）にあらず聖書（せいしょ）の翻訳（ほんやく）とうも數（す）百（ひゃく）箇（か）国（こく）の語（ことば）におよべり且（かつ）国々（くにぐに）の規（き）則（そく）もみな舊（ふる）きをすてて新（あたら）しきにしたがひ聖書（せいしょ）の益（えき）を受（うく）ること少（すくな）からず又（また）国々（くにぐに）の人（ひと）きたりて教會（けうくわい）に入（い）り福音（ふくいん）の慰（なぐさ）めを得（う）ること飛（ひ）鳥（てう）の集（あつまり）きたりて芥（からし）の枝（えだ）に棲（す）みその葉（は）の蔭（かげ）をうくるが如（ごと）きなり　當（とう）時（じ）は教（おしへ）の行（おこなは）るること実（じつ）に盛大（せいだい）に及（および）たれば此上（このうへ）は必（かなら）ず将来（のちのち）萬国（ばんこく）萬民（ばんみん）を合（あは）せて偶像（ぐうざう）を尊信（そんしん）して救主（すくひぬし）に信服（しんぷく）せざる族（やから）もみな悔改（くひあらた）めておなじく眞（しん）理（り）にしたがひ福音（ふくいん）を接（うけ）納（い）れ所謂（いわゆる）この世（せ）界（くわい）の国（くに）は我（われ）等（ら）の主（しゅ）および主（しゅ）基督（きりすと）の属（もの）となり基督（きりすと）世々（よよ）かぎりなしといふにいたるべし〔黙示録十一章十五節〕　○神（かみ）の国（くに）は人（ひと）の心（こころ）にありといふことは始（はじ）め一（いつ）句（く）の眞（しん）理（り）を聞（き）き或（あるひ）は一節（いっせつ）の聖書（せいしょ）を講（かう）ずるをききて心（こころ）の内（うち）にたちまち悟（さと）り一粒（ひとつぶ）の芥種（からしたね）の播（まか）れて地（ち）に藏（かく）れたるが如（ごと）し　後来（のちのち）聖道（せいだう）をたづね智慧（ちえ）日々（ひび）にひらけ竟（つい）にイエスの眞（まこと）の弟子（でし）となり心中（しんちう）充分（じうぶん）に聖霊（せいれい）の恩（めぐみ）を受（う）け數々（かずかず）の徳行（とくかう）みな備（そなは）るに至（いた）る　况（まし）てその聖霊（せいれい）の益（えき）を得（え）なば心内（こころのうち）の活泉（いけるみづ）常（つね）に流（なが）れ出（いだ）し必（かなら）ず他（た）人（にん）をよく教訓（けうくん）して天（てん）父（ふ）の恩（めぐみ）に沾（うるほ）ふことを得（え）せしめ芥種（からしたね）の大（おほひ）に長（そだち）て飛（ひ）鳥（てう）を庇（おほ）ひその棲家（すみか）をえせしむるが如（ごと）きなり　但（ただ）し神（かみ）の国（くに）は人（ひと）の心（こころ）にありといふ説（せつ）は多（おほ）くこの義（ぎ）によりて解（とく）こととなせり　或（あるひ）はイエスの意（こころの）内（うち）におひて包涵（かぬる）所（ところ）となす説（せつ）もあれど神（かみ）の国（くに）は世（よ）にありとするを確（たしか）なる説（せつ）となせり　○樹（き）の大（おほひ）になりて鳥棲（とりすむ）とふ譬（たとへ）は本（もと）イエスより始（はじま）るにあらず　イエスの世（よ）に降（くだ）りたまはざる以（い）前（ぜん）舊約書（きうやくしょ）におひてすでに此（この）譬（たとへ）あり〔以西結（えぜきえる）十七章二十三節 三十一章三節 但以利（だにえる）四章二十一節〕しかれども舊約（きうやく）は樹（き）を国（くに）にたくらべ人（ひと）の国（くに）を指（さ）していへり　イエス譬（たとへ）たまふ所（ところ）は天国（てんこく）を指（さ）せり　すべてイエスの教會（けうくわい）に属（ぞく）するものは必（かなら）ず始（はじ）めは微（び）なりと雖（いへど）も漸々（だんだん）に興隆（さかん）なることなれば會内（くわいない）の人々（ひとびと）は常（つね）に熱心（ねっしん）して互（たがひ）に督（ただし）責（せ）めその味（あじ）の太（はなは）だ辣（から）きを嫌（きら）ひて信仰（しんかう）を薄（うすく）し鹽（しほ）の味（あじ）を失（うしな）ふが如（ごと）くなるべからず　この譬（たとへ）の意（こころ）は丁寧（ていねい）に我（われ）儕（ら）を慰（なぐさ）めたまへるなり　前（まへ）の二（ふたつ）の譬（たとへ）は弟子（でし）に傳道（でんだう）のいまだ實（み）を結（むす）ぶことをえずして教會（けうくわい）もまた魔鬼（まき）の阻攔（さまたげ）あることを警醒（いましめ）たまへり　しかるに眞道（しんだう）はもと壊（やぶ）ることならぬ種（たね）にて一會（ひとたび）沃土（よきち）に遇（あは）ば必（かなら）ず發生（ほきたち）時（とき）を歴（へ）ずして盛（さかん）なるに及（およ）べり　既（すで）に教會（けうくわい）を成（なす）に及（および）ては神（かみ）の国（くに）日々（にちにち）興旺（さかん）になり魔鬼（まき）これを撓（たわ）めんとすれども決（けつ）して救主（すくひぬし）の大権（たいけん）に勝（かつ）ことあたはず　将来（のちのち）に傳（つた）へて必（かなら）ず遍（あまね）く世（せ）界（かい）に満（み）ち一国（いつこく）もその恩（めぐみ）に沾（うるほ）はざることなく一人（ひとり）も其蔭（そのかげ）に蔽（おほは）れざるなし　我（われ）儕（ら）この譬（たとへ）をききて心中（しんちう）の慰（なぐさ）めいかにぞや