<<矜恤>>
矜恤の力は左の如し、彼は死せず、朽ちず、決して亡ぶること能はざるなり。人間萬事敗壊せざるものはあらじ、然れども矜恤の結果は事情のいかに変ずるにも関はらず、常に凋衰せずして存ずるなり。人体は破るゝといへども、矜恤は生命と共に亡びず、却て生命の為にハリストスが言ふ所の第宅を備へん、謂へらく我が父の家に多くの第宅ありと〔イオアン十四の二〕。かくの如くなれば矜恤は其の堅固なるを以ても、又浮世の事物の絶て有すべからざる不変不易を以ても、人間一切の事物に秀づるなり。美を示さんか。彼は病によりて衰へん、老によりて消えん。権柄を示さんか。彼はしば〳〵変ずるなり。或は富或は他の何か現世に於て栄達顕著なるものを示さんか、彼は或は人々を生時に棄つべく、或は死後に人々を裸体にし、何も有たざるものとして残さん。矜恤の結果は此の如くならざるなり、彼は時を以ても亡されず、死を以ても破られず、却て此の平穏なる生命に得到る時は特に安然なるものとして止まらん。