<<神を望むはいかなる力を有するか>>
神を望むの力は大なり。彼は近づくべからざる防禦なり、侵すべからざる城壘なり、勝つべからざる助なり、平穏なる湊なり、破るべからざる炮台なり、拒ぐべからざる武器なり、勝たれざる力なり、通過しがたき場所の中間を穿つ所の途なり、之を以て武器なき者は武装せる者に勝ち、女子は男子に勝ち、童子は戦術に老練せる者より強くなるは甚たやすかりき。彼等はすでに世に勝を奏しゝなれば、敵を征服せしは豈怪むに足らんや。彼等の前には、水火も其の性を忘れし如く、却て彼等の益をなし、猛獣も猛獣ならず、火炉も火炉たらざりき、何となれば神を望むはすべてを変改せしむればなり。鋭利なる歯と、せまきくるしき獄と、天然の兇猛と、苦しき飢餓と又腭とは預言者の体に近づきしも之が為に何も害あらざりき、却て神を望むはいかなる勒轡よりもつよく、腭を扣えて彼等を逡巡せしめたりき。唱詩者は此を想ひ、安然の地に走り避けて自ら救を求めんことを勧むる者につげて左の如くいへり『我が霊や、何を言ふか、主を恃めよ』といへり。我等何をかいはん。我は全世界の主宰を有して己の扶助者となし、我はすべてを常に容易く成す者を有して大将となし、又保護者となす、然るを汝は我を無人の地に遣はし、曠野に於て安全を求めんことを勧むるか。曠野の助けはすべてを大にたやすく為し得る者よりまさるか。何故汝は盛に武装せる我を強て逃走せしめんとすること、裸体にして武器をもたざる者の如くし、追放者とならんことを欲するか。軍勢を有し、城壘と武器とにて衛られたる者に野に逃走せむことを汝は勧めざるべし、もしこれを勧むるならば、笑ふ可きの極みならん、然るを何故汝は全世界の主宰が自ら共にし給ふ者を逐ひ、漂白して罪人の攻撃を遁れしめんとするか。さて右に言ふ所の外我は逃走すべからざる他の理由をも有するなり。それ助くるものは神にして攻撃するものは罪人ならば、夫の臆病なる鳥に傚はんことを勧むる者は極めて不敬にあらずや。我に対して備ふる軍勢は蛛網よりも弱きを汝は知らざるか、けだし此世の王の敵は何処に行かんも、到る処に危きありて、畏れ且戦くならば、况てあらゆる者の神の敵は何処に行かんも、悉く彼に敵たるべく、自然さへも敵たらんとするなり。けだし水火も猛獣も神の友を畏れ、万物も彼を尊敬する如く、不霊の造物といへども神の敵と叛逆者とに対しては武装して攻撃をなさんとす。