<<温柔>>
神に肖んと欲する者は、能くし得るだけ温柔和順なる者となるべし、されば人より何か侮辱をうくる時は大量に忍耐すべし。主曰く『汝等の仇を愛し、汝等を憎む者を善くし、汝等を迫害かつ譏誚る者の為に祈祷れ、然らば汝等は天にいます汝の父に肖る者となるべし、彼は善人と悪人との上に其の日を昇し、義者と不義者との上に雨を降したまふなり』〔ルカ六の廿七、廿八、馬太五の四十四、四十五〕。「ハリステアニン」に属する徳行は許多ありといへども、温柔はあらゆる徳行より大なり、けだし温柔を以て光る所の者をハリストスは神に效ふ者と名づけ給へり。けだし我等が主宰救世主は自らも辱められ、鞭たれ、釘して十字架にかけられしも、猶太人の狂暴を温柔にして忍耐し給へり、且救世主は不法者を罰すべき力を有すれども、罰し給はず、却て彼は其の力を地を震はすと、死者を復活すと、太陽を隠して昼を夜とならしめたるとによりあらはして、其の温柔と仁慈とをば不法者の中誰をも罰せざるに於てあらはし給へり、これ主宰に向つて罪なる手をあぐる人々に狂暴者をたやすく罰し得べきを知らしめんが為なり。彼はかくの如くたやすく地を震はし、其命令によりて太陽を暗くせり、然れども彼は温柔なるにより無法者の狂暴を温柔にして忍耐せり、且彼は自己を十字架に釘つけて、悪言したる者等を温柔にして堪忍せしのみならず、無法者に天上の矢を投ぜざらんことを父に祈り給へり。故に汝は重くして堪へがたき侮辱にあひ、忿然として怒を発する時はハリストスの温柔を憶ふべし、さらば直ちに温柔和順なる者とならん、然れば汝は温柔により自ら至大の益をうくるのみならず、敵にも益を與へ、彼をして亦善良なる者とならしめん。けだし敵は汝が甚しき侮辱を温柔にして忍耐し、怒を抑ふるを見る時は、彼も直ちに謙遜善良なる者となり、憤を棄てゝ汝の温柔に效ふ者とならんことを欲すればなり。