↑前年 桓公四年(紀元前708年) 翌年↓ < 巻の二 桓公 < 春秋左氏傳
【經】 春正月、公、郎《らう》に狩《かり》す。夏、天王、宰《さい》渠伯糾《きよはくきう》をして來聘《らいへい》せしむ。 【傳】 四年(周ノ桓王十二年)春正月、公、郎[1]に狩するは、時《とき》の禮《れい》あるを書《しよ》するなり。 夏、周の宰渠[2]伯糾來聘す。父《ちゝ》在《あ》り。故に名《な》いふ。 秋、秦の師《し》、芮《ぜい》を侵《をか》して敗《やぶ》らる。之を小《せう》とし(テ輕ンジ)たれればなり。 冬、王の師・秦の師、魏《ぎ》を圍《かこ》み、芮伯《ぜいはく》を執《とら》へて以《ゐ》て歸《かへ》る。(→桓公十年)