春秋左氏傳/002 桓公/02

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訓読文

【經】　二年、春、王の正月戊申《ぼしん》、宋の督《とく》、其君與夷《よい》を弑《し》し、其大夫《たいふ》孔父《こうほ》に及ぶ。滕子《とうし》・來朝《らいてう》す。三月、公、齊侯・陳侯・鄭伯と稷《しよく》に會《くわい》し、以て宋の亂《らん》を成《たひ》らぐ。夏四月、郜《かう》の大鼎《たいてい》を宋より取り、戊申《ぼしん》、大廟《たいべう》に納《い》る。秋七月、杞侯《きこう》・來朝す。蔡侯・鄭伯、鄧《とう》に會す。九月、杞に入る。公、戎《じう》と唐《たう》に盟《ちか》ふ。冬、公、唐より至《いた》る。

【傳】　二年（周ノ桓王十年）春、宋の督、孔氏を攻《せ》め、孔父を殺して其妻《つま》を取る。公・怒る。督懼《おそ》れ、遂に殤公《しやうこう》^[1]を弑す。君子、督を以て君を無《な》みするの心あり、而《しか》る後《のち》に惡《あく》に動《うご》くと爲《な》す。故に先《ま》づ『其君を弑す』と書《しよ》せり。稷に會し以て宋の亂を成らぐとは、賂《まひなひ》の爲の故《ゆゑ》に^[2]、華氏《くわし》を立てたるなり。（隱公三年→）宋の殤公立つて、十年に十一戰《せん》せり。民《たみ》、命《めい》に堪《た》へず。孔父嘉《こうほか》・司馬《しば》たり。督・大宰《たいさい》たり。故に民の命に堪へざるに因《よ》り、先づ宣言《せんげん》して曰く、『司馬則《すなは》ち然《しか》らしむ^[3]』と。已に孔父を殺して殤公を弑し、莊公《さうこう》^[4]を鄭より召《め》して之を立て、以て鄭に親《したし》み、郜の大鼎^[5]を以て公に賂ひ、齊・陳・鄭・皆賂あり。故に遂に宋公を相《たす》く。
　夏四月、郜の大鼎を宋より取り、戊申、大廟に納《をさ》めたるは、禮《れい》に非《あら》ざるなり。臧哀伯《ざうあいはく》^[6]諫《いさ》めて曰く、『人に君《きみ》たる者は、將に德《とく》を昭《あきら》かにして（道ニ）違《たがへ》るを塞《ふせ》ぎ、以て百官《くわん》に臨照《りんせう》せんとするも、猶《な》ほ或《あるひ》は之を失はんことを懼《おそ》る。故に令德《れいとく》を昭かにし、以て子孫《しそん》に示す。是《こゝ》を以て、清廟《せいべう》^[7]は茅屋《ぼうをく》にして、大路《たいろ》^[8]は越席《くわつせき》^[9]、大羹《たいかう》^[10]は（五味ヲ）致《いた》さず、粢食《しし》は鑿《しら》げざる^[11]は、其儉《けん》を昭かにするなり。袞冕黻珽《こんべんふつてい》^[12]、帶裳幅舄《たいしやうふくせき》^[13]、衡紞紘綖《かうたんくわうえん》^[14]は、其度《ど》を昭らかにするなり。藻率鞞鞛《さうりつへいほう》^[15]、鞶厲游纓《はんれいりうえい》^[16]は、其數《すう》を昭らかにするなり。火龍黼黻《くわりようほふつ》^[17]は、其文《ぶん》を昭らかにするなり。五色《しよく》比象《ひしやう》^[18]は、其物《もの》を昭かにするなり。錫鸞和鈴《やうらんくわれい》^[19]は、其聲《こゑ》を昭らかにするなり。三辰《しん》旂旗《きき》^[20]は、其明《めい》を昭らかにするなり。夫れ德、儉にして度あり。登降《とうかう》^[21]、數あり。文物《ぶんぶつ》以て之を紀《き》し、聲明《せいめい》以て之を發《はつ》し、以て百官に臨照す。百官、是に於てか戒懼《かいく》して、敢て紀律《きりつ》を易《か》へず。今、德を滅し違《ゐ》を立て、而《しかう》して其賂器《ろき》を大廟に寘《お》き、以て百官に明示《めいし》す。百官、之に像《かたど》るとも、其れ又何をか誅《せ》めん。國家の敗《やぶ》るゝは、官《くわん》の邪《よこしま》なるに由《よ》れり。官の・德を失ふは、寵賂《ちよろ》章《あきら》かなればなり。郜鼎《かうてい》、廟に在《あ》り。章らかなること孰《いづ》れか焉《これ》よりも甚《はなはだ》しからん。武王《ぶわう》、商《しやう》に克《か》ち、九鼎《てい》を雒邑《らくいふ》に遷《うつ》したりしすら、義士《ぎし》、猶《な》ほ或《あるひ》は之を非《そし》れり。而《しか》るを況《いはん》や將に違亂《ゐらん》の賂器を大廟に昭かにせんとするをや。其れ之を若何《いか》にせん』と。公聽《き》かず。周の内史《だいし》^[22]之を聞きて曰く、『臧孫達《ざうそんたつ》^[23]は、其れ魯に後《のち》あらんか。君違《たが》へば、之を諫むるに德を以てするを忘れず。』と。
　秋七月、杞侯來廟す。不敬《ふけい》なり。杞侯歸《かへ》る。乃《すなは》ち之を伐《う》たんことを謀《はか》る。
　蔡侯・鄭伯、鄧に會するは、始めて楚を懼《おそ》るるなり。
　九月、杞に入るは、不敬を討《たう》ずるなり。
　公、戎と唐に盟ふは、舊好《きうかう》を脩《をさ》むるなり。
　冬、公、唐より至るとは、廟に告《つ》ぐればなり。凡そ公の行《かう》、宗廟《そうべう》に告げ、行より反《かへ》れば飲至《いんし》し、爵《さかづき》を舍《お》き勳《くん》を策《しる》す。禮なり。特《ひと》りづゝ相會《あいくわい》するは、往來《わうらい》に地《ち》を稱《しよう》す。事《こと》を讓《ゆづ》ればなり。參《さん》^[24]より以上《いじやう》は、則ち往《ゆ》くに地を稱し、來《きた》るに會を稱す^[25]。事を成《な》せばなり^[26]。
　初《はじ》め、晉の穆侯《ぼくこう》の夫人姜氏《きやうし》、條《でう》^[27]の役《えき》（ノ時^＊1）を以て大子《たいし》を生む。之に命《な》づけて仇《きう》^[28]と曰《い》ふ。其弟《おとうと》、千畝《ほ》^[29]の戰《たゝかひ》（ノ時^＊2）を以て生まる。之に命づけて成師《せいし》^[30]と曰へり。師服《しふく》^[31]曰く、『異《こと》なる哉《かな》、君の子に名《な》づくるや。夫れ名は以て義《ぎ》を制《せい》し、義は以て禮を出《いだ》し、禮は以て政《まつりごと》を體《たい》し^[32]、政は以て民《たみ》を正《たゞ》す。是を以て、政成《な》りて民聽《き》く。易《か》ふるときは則ち亂を生ず。嘉耦《かぐう》を妃《はい》と曰ひ、怨耦《ゑんぐう》を仇と曰ふ。古《いにしへ》の命《めい》^[33]なり。今、君、大子を命づけて仇と曰ひ、弟を成師と曰ふ。始めて亂を兆《きざ》せり。兄《あに》は其《そ》れ替《すた》れんか』と。惠《けい》^[34]の二十四年^＊3、晉始《はじ》めて亂《みだ》る。故に、桓叔《かんしゆく》を曲沃《きよくよく》に封《ほう》じ^[35]、靖侯《せいこう》^[36]の孫《まご》欒賓《らんひん》之に傅《ふ》たり。師服曰く、『吾聞く、國家の立つや、本《もと》は大《だい》にして、末《すゑ》は小《せう》なり。是を以て能く固《かた》し。故に、天子は國^[37]を建《た》て、諸侯は家《いへ》^[38]を立て、卿《けい》は側室《そくしつ》^[39]を置き、大夫に貳宗《じそう》^[40]有り、士《し》に隸子弟《れいしてい》^[41]有り、庶人《しよじん》工商《こうしよう》、各〻《おの／＼》分親《ぶんしん》^[42]有り。皆、等衰《とうし》^[43]有り、是を以て民、其上《かみ》に服事《ふくじ》して、下《しも》、覬覦《きゆ》^[44]すること無しと。今《いま》晉は、甸侯《てんこう》^[45]なり。而《しか》るに國を建つ。本《もと》既に弱し、其れ能く久《ひさ》しからんや』と。惠の三十年^＊4、晉の潘父《はんぼ》、昭侯《せうこう》を弑《し》して桓叔を納《い》れんとす。克《あた》はず。晉人、孝侯《かうこう》^[46]を立つ。惠の四十五年^＊5、曲沃の莊伯《さうはく》^[47]、翼《よく》^[48]を伐ちて、孝侯を弑す。翼人、其弟《おとうと》鄂侯《がくこう》を立つ。鄂侯、哀侯《あいこう》を生む。哀侯、陘庭《けいてい》^[49]の田《でん》を侵《をか》す。陘庭の南鄙《なんひ》、曲沃を啓《みちび》きて翼を伐たしむ。（→桓公三年）

註

1. 與夷。
2. 稷は宋の地。諸侯の稷に會して宋の亂を成らぐるは、賂を得しが爲なり。
3. 華父督、民に宣言するに、これ司馬孔父嘉が然らしむるなりと曰ふなり。
4. 宋穆公の子馮。
5. 郜にて造りし大鼎。
6. 僖伯の子、魯の大夫。
7. 清廟は清肅なる宗廟のこと、文武二王を祀る。
8. 大路は王者の車。
9. 越席は蒲を結びて席とする也。
10. 大羹は祭祀の肉汁。
11. 祭祀に用ふる黍稷の食はしらげざる也。
12. 袞は畫模樣の衣、冕は冠、黻はひざかけ、珽は玉笏。
13. 帶は革帶、幅はむかばきの如きもの、舄は底の複なりたる履。
14. 衡は冠を維持する笄、紞は冠の兩方にたるゝるひも、紘は冠の纓の結びあまりのかざり、綖は冕の前後にたるゝるおほひ。
15. 藻率は玉のしきもの、鞞は刀のさやの上かざり、鞛は刀のさやの下かざり。
16. 鞶は大帶、厲は大帶の垂るる者、游は旒、はた、纓は馬鞅、むながひ。
17. 火、龍、黼、黻は禮衣の文にて、火も龍も其畫なり。白と黒との斧の形をぬひだせるを黼と曰ひ、黒と青との兩の巳の字形の相反けるぬひを黻と曰ふ。
18. 五色は、車服器械の色、以て天地四方に比象するなり。
19. 皆鈴なり、錫は馬の額に附け、鸞はくちわに附け、和は車の軾前に附け、鈴は旂に附く。
20. 三辰は日月星、旂旗に畫きて天の明に象るなり。
21. 登は其數を増すを謂ひ、降は其數を減するを謂ふ。
22. 周の大夫の官。
23. 哀伯。
24. 參は三國なり。
25. 特りづゝ相會するとは、一國と相會する也。會には必ず主あるべきに、公が他の一國と相會するときは、二人互に會主となることを讓りて、會に主なし。故に我より往くも彼より來るも、會する所の地を書する也。
26. 會の事を成せばなり。
27. 條は晉の地。
28. 仇は文侯なり。
29. 千畝は地の名。
30. 成師は桓叔なり。
31. 師服は晉の大夫。
32. 政は禮を以て骨子と爲し然る後百事立つ。
33. 命は名なり。
34. 魯の惠公。
35. 晉文侯卒し、子昭侯立つて、叔父桓叔を曲沃伯と爲す。
36. 晉の穆公の祖父。
37. 國は諸侯をいふ。
38. 家は卿大夫をいふ。
39. 側室は嫡子に對する餘子の稱。
40. 嫡子を小宗と爲し、次なるものを貳宗と爲し、以て相輔くるなり。
41. 奴隷の役を執る子弟。
42. 分親は分家のこと。産を分ち居を異にする親屬。
43. 等級。
44. 覬覦は敢て上位を望む也
45. 甸服に在る諸侯。
46. 昭侯の子。
47. 桓叔の子。
48. 翼は晉の都。
49. 翼の南部の邑。