春秋左氏傳/001 隱公/03

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訓読文

【經】　三年、春、王の二月己巳《きし》、日之を食《しよく》せること有り。三月庚戌《かうじゆつ》、天王《てんわう》崩《ほう》ず。夏四月辛卯《しんばう》、君氏《くんし》卒《しゆつ》す。秋、武氏の子、來りて賻《ふ》を求む。八月庚辰《かうしん》、宋公《そうこう》和<《くわ》卒す。冬十有二月、齊侯《せいこう》・鄭伯《ていはく》、石門《せきもん》に盟《ちか》ふ。癸未《きび》、宋の穆公《ぼくこう》を葬《はうむ》る。

【傳】　三年（周ノ平王五十一年）春、王三月、壬戌《じんじゆつ》、平王《へいわう》崩ず。（桓王林嗣ギ立ツ。）赴《つ》ぐるに庚戌を以てす。故に之を（庚戌ト）書す。
　夏、君氏卒すとは聲子《せいし》^[1]なり。諸侯に赴《つ》げず、寢《しん》に反哭《はんこつ》せず、姑《しうとめ》に祔《あはせまつり》せず^[2]。故に薨《こう》と曰はず。夫人《ふじん》と稱《しよう》せず、故に、葬《はうむ》ると言はず、姓《せい》を書せず。公^[3]の爲に故に、君氏^[4]と曰ふ。
　鄭の武公・莊公、（周ノ）平王の卿士《けいし》^[5]となる。王、虢《くわく》に貳《じ》あり^[6]。鄭伯、王を怨《うら》む。王曰く、『これ無し』と。故に周・鄭交〻《こも／”＼》質《ち》し。王子狐《わうしこ》^[7]、鄭に質となり、鄭の公子忽《こつ》、周に質となる。王崩《ほう》ぜしかば、周人、將に虢公《くわくこう》に政《まつりごと》を畀《あた》へんとせり。四月、鄭の祭足《さいそく》師《し》を帥《ひき》ゐて温《おん》の麥《むぎ》を取る^[8]。秋、又成周《せいしう》禾《くわ》を取る。周鄭、交〻《こも／”＼》惡《にく》む。
　君子曰く『信《しん》、中《ちう》よりせざれば、質も益《えき》無きなり^[9]。明恕《めいぢよ》^[10]にして（事ヲ）行ひ、之を要《えう》するに禮を以て^[11]せば、質あること無しと雖《いふと》も、誰か之を間《へだて》^[12]ん。苟《いやしく》も明信《めいいしん》あらば、澗溪《かんけい》沼沚《せうし》^[13]の毛《まう》^[14]も、蘋蘩《ひんはん》蘊藻《うんさう》^[15]の菜《さい》も、筐筥《きやうきよ》錡釜《きふ》^[16]の器《き》も、潢汙《くわうを》^[17]行潦《かうれう》^[18]の水《みづ》も、鬼神《きしん》に薦《すゝ》む可《べ》く、王公^[19]に羞《すゝ》む可し。而《しか》るを況《いはん》や君子、二國の信を結ぶをや。之を行ふに禮を以てせば、又焉《なん》ぞ質を用《もち》ゐん。風《ふう》^[20]に采繁《さいはん》・采蘋《さいひん》あり、雅《が》^[21]に行葦《かうゐ》、泂酌《けいしやく》あるは、忠信（ノ義）を昭《あきら》かにするなり』と。
　武氏^[22]の子來りて賻《ふ》^[23]を求むとは、王未だ葬らざればなり。
　宋の穆公《ぼくこう》^[24]の疾《や》むや、大司馬^[25]孔父《こうほ》^[26]を召して殤公《しやうこう》を屬《ぞく》^[27]して曰く、『先君^[28]、與夷《よい》^[29]を舍《す》てゝ寡人《くわじん》を立てたり。寡人敢《あへ》て忘れず。若《も》し大夫^[30]の靈《れい》^[31]を以て、首領《しゆりやう》^[32]を保ちて以て沒《ぼつ》することを得《え》ば、先君、若し與夷を問《と》はゞ、其れ將《は》た何の辭《じ》を以てか對《こた》へん。請《こ》ふ子、之を奉じて以て社稷《しやしよく》を主《つかさ》どらしめよ。寡人死すと雖《いえど》も亦《また》悔《く》ゆること無《な》けん』と。對へて曰く、『群臣《ぐんしん》は、馮《ひよう》^[33]を奉《ほう》ぜんことを願へり』と。公曰く『不可なり。先君、寡人を以て賢《けん》なりと爲《な》して、社稷を主どらしめたり。若し德^[34]を棄てゝ讓《ゆづ》らずば、是れ先君の舉《きよ》を廢《はい》するなり。豈に能く賢なりと曰はれんや。先君の令德《れいとく》^[35]を光昭《こうせう》^[36]せんこと、務《つと》めざる可《べ》けんや。吾子《ごし》、其れ先君の功を廢《す》つること［＃「こと」は合字→今昔文字鏡］無《な》かれ』と。公子（馮）をして出でゝ鄭に居《お》らしむ。八月庚辰《かうしん》、宋の穆公卒《しゆつ》し。殤公、位に即く。君子曰く、『宋の宣公は人を知ると謂ふべし。穆公を立てゝ、其子之を饗《う》く^[37]るは、命《めい》、義《ぎ》を以てすればなるかな^[38]。商頌《しやうしやう》に曰く、「殷《いん》の・命を受くるは咸《み》な宜《ぎ》なり。百祿《ろく》を是れ荷《にな》ふ^[39]」とは、其れ是の謂ひか』と。
　冬、齊・鄭、石門^[40]に盟ふとは、盧《ろ》^[41]の盟《ちかひ》を尋《あらた》^[42]むるなり。庚戌《かうじゆつ》、鄭伯《ていはく》の車、濟《せい》に僨《たふ》る。^[43]
　初《はじ》め衛の莊公齊に娶《めと》る、東宮《とうきう》^[44]得臣《とくしん》の妹なり、莊姜《そうきやう》と曰ふ。美なれども子無し。衛人《えいひと》、爲めに碩人《せきじん》^[45]を賦《ふ》する所《ゆゑん》たり。又、陳に娶る。厲媯《れいき》と曰ふ。孝伯《こうはく》を生む。早く死せり。其娣戴媯《ていたいき》^[46]桓公《くわんこう》を生む。莊姜、以て己《おのれ》の子と爲せり。公子州吁《しうく》は嬖人《へいじん》の子なり。寵《ちよう》有りて兵を好む。公、禁ぜず。莊姜、之を惡《にく》めり。石碏《せきしやく》^[47]諫めて曰く、『臣聞く、「子を愛するものは、之に教《をし》ふるに義方を以てし、邪《じや》に納《い》れず」と。驕奢《けうしや》淫泆《いんいつ》^[48]は自《よ》りて邪にする所《ところ》なり。四者の來たるは寵祿《ちよろく》の過《す》ぐればなり。將に州吁を立てんとせば、乃《すなは》ち（早ク）之を（太子ニ）定めよ、若し猶ほ未《いま》だしならば、之を階《かい》にして禍《わざはひ》を爲さん。夫れ寵せらるれど驕《おご》らず、驕れど能《よ》く降《くだ》り、降れど憾《うら》みず、憾れど能く眕《とゞ》^[49]まるものは鮮《すくな》し。且《かつ》夫れ賤《いや》しくして貴《たつと》きを妨《さまた》げ、少《わか》くして長《とした》けたるを陵《しの》ぎ、遠くして親《した》しきを間《へだ》て、新しくして舊《ふる》きを間て、小にして大を加《しの》ぎ、淫にして義を破るは、謂《い》はゆる六逆《ぎやく》なり。君は義に、臣は行《おこな》ひ、父は慈《じ》に、子は孝に、兄は愛し、弟は敬《けい》するは、謂はゆる六順《じゆん》なり。順を去つて逆に效《なら》ふは、禍《わざはひ》を速《まね》く所以《ゆゑん》なり。人に君《きみ》たる者は、將に禍を是れ務《つと》めて去らんとす。而《しか》るを之を速くは、乃ち不可なること無からんや』と。（莊公）聽かず。其子厚《こう》^[50]州吁と遊ぶ。之を禁ずれども、(厚)可《き》かず。桓公立ちて、（石碏）乃ち老《らう》^[51]せり。（→隱公四年）

註

1. 隱公の母。
2. 同盟國に告ぐること、正寢に反り哭すること、祖姑に祔することは夫人喪禮の三大事なり。
3. 隱公。
4. 公羊傳榖梁傳は、君氏を尹氏に作り、尹氏は天子の大夫なりと云ふ。
5. 卿士は、王の卿の、政を執る者。
6. 周王、鄭公の權を奪ひて虢に與へんとするなり。
7. 平王の子。
8. 取るは刈り取る也。
9. 約信、中心よりせざるときは、質を取り替はすとも、何の益も無きなり。
10. 明とは光明坦白にして毫も遮掩無き也。恕とは彼此相諒とする也。
11. 禮を以て相要結する也。
12. 間は離間する也。
13. 沚は小渚なり。
14. 毛は草なり。
15. 四者皆草なり。
16. 筐筥は竹にて作りたる器、角なるを筐と云ひ、圓きを筥と云ふ。錡釜は金屬の器、足あるを錡と云ひ、足なきを釜と云ふ。
17. 潢汙はたまり水。
18. 行潦は路上を流るゝ雨水。
19. 王公は生きたる王公に非ず、死して祀らるゝ者をいふ。
20. 詩の國風。
21. 詩の大雅。
22. 周の大夫の姓なり。
23. 賻は喪を助くる物。香奠。
24. 宋公和。
25. 大司馬は官名。
26. 孔父嘉。
27. 屬は託する也、頼む也。
28. 先君は穆公の兄宣公。
29. 與夷は、宣公の子殤公。
30. 大夫は孔父を指す。
31. 靈は威靈。
32. 非命に死せず病歿するをいふ。
33. 穆公の子莊公。
34. 德は恩德。
35. 善美なる德。
36. 光昭は、あきらかにする也。
37. 饗くは、後を承くる也。
38. 宣公が穆公を立つるの命、義に出でたればなるかな。
39. 玄鳥の卒章。殷湯・武丁が天命を受けて王と爲るは、皆、義を以てす、故に天の諸の福祿を任荷す。
40. 石門は齊の地。
41. 盧は齊の地。盧の盟は春秋以前に在り。
42. 尋は温むる也。
43. 鄭伯、周・宋・衛と事有り、強齊に黨するに非ざれば、之に勝つに足らざるを以て、鄭伯、齊の盟に赴かんとするに急にして、危險を冒して濟水を渉らんとし、車仆れて水に墜ちたり。石門の盟に赴く時の事を追記したるなり。
44. 東宮は太子。
45. 詩の篇名。
46. 娣は、其父母の家、他の女を以て嫁を送りて女の伴と爲す者。
47. 衛の太夫。
48. 驕慢奢靡亂淫放佚。
49. 眕は限り止まる也。地を限りて、此より越えて進まざる義。
50. 石碏の子。
51. 老は退隠する也。