春秋左氏傳/001 隱公/04

↑前年 隱公四年(紀元前719年 ↓翌年巻の一 隱公春秋左氏傳

訓読文編集

【經】 四年、春王の二月、莒人きよひと、杞を伐ち、牟婁ぼうろうを取る。戊申ぼうしん、衞の州吁しうく其君くわんす。夏、公、宋公とせいふ。宋公・陳侯・蔡人さいひと衞人えいひと、鄭をつ。秋、ひきゐて、宋公・陳侯・蔡人・衞人にくわいして鄭を伐つ。九月、衞人、州吁をぼくに殺す。冬十有二月、衞人、しんを立つ。

【傳】 隱公三年→四年(周ノ桓王元年)春、衞の州吁しうく、桓公をして立つ。
 公[1]、宋公とくわいし、將に(隱公元年→宿しゆくちかひあたゝめんとす。未だに及ばざるに、衞人來りて(州吁ノ)らんを告ぐ。夏、公、宋公とせいに遇ふ[2]
 宋の殤公しやうこうの位に即くや、公子馮こうしひよう出でゝ鄭にはしれり。隱公三年→鄭人、之をれん[3]と欲す、衞の州吁が立つに及んで、將に隱公二年→先君のうらみ[4]を鄭にをさめて、ちようを諸侯に求め[5]以て其民をせん[6]とし、宋にげしめて曰く、『きみし鄭を伐ち以て君のがい[7]のぞかんとならば、君、しゆとなれ[8]敝邑へいいふ[9]を以て、陳・蔡とともに(君ニ)したがはんことは、則ち衞國のねがひなり』と。宋人、之を許す。こゝおいて陳・蔡、まさに衞にむつまし、故に宋公・陳侯・蔡人・衞人、鄭を伐ち、其東門とうもんかこみ、五日いつかにしてかへる。(→隱公五年
 公[10]衆仲しうちう[11]に問うて曰く、『衞の州吁は其れらんか』と。對へて曰く、『臣、德を以てたみするを聞く。らんを以て(民ヲ和)するを聞かず。亂を以てするは、猶ほいとをさめんとして之をみだすがごときなり、の州吁は兵をたの[12]みてにん[13]に安んず。兵を阻めばしう無く[14]、忍に安んずればしん無し[15]、衆そむき親はなるれば、以てり難し。夫れ兵は、猶ほ火のごとし。おさ[16]めずば、將に自らけんとするなり。夫の州吁、其君を弑して、其民を虐用ぎやくようす。是に於いてか、令德れいとくを務めずして、亂[17]を以て(志ヲ)さんと欲す。必ずまぬかれじ[18]』と。
 秋、諸侯[19]た鄭を伐つ。宋公、來りてを(魯ニ)はしむ。公、之をす。羽父うほ[20]師を以て之にくわいせんとふ、公許さず。固く請うて行く。故に書して『翬、師を帥ゐる』と曰ふ[21]は、之をにくみてなり。諸侯の師、鄭の徒兵とへい[22]やぶり、其くわを(苅リ)取りて還る。
 州吁(鄭ヲ伐チテ先君ノ怨ヲ修メ、民ヲ和セシメント欲シタレドモ)未だ其民を和せしむることあたはず。厚、君を定めんことを石子せきしに問ふ[23]、石子曰く、『王覲わうきんする[24]を可なりと爲す』と。(厚)曰く『何を以てかきんすること[#「こと」は合字、→今昔文字鏡を得ん』と。(碏)曰く、『陳の桓公、まさに王[25]に寵有り。(而シテ)陳衞は方に睦し。若し(州吁)陳にてうして(陳公ヲシテ王ニ)請はしめば、必ず(王覲スルコトヲ)可きなり』と。厚、州吁に從つて陳にく。石碏せきしやく(人ヲシテ)陳にげしめて曰く、『衞國褊小へんせう[26]にして、老夫らうふばう[27]せり。能く爲すこと無し。此二にんのものは、實に寡君[28]を弑せり。敢ていて之をはかれ』と。陳人、之をとらへて、のぞまんことを衞に請ふ[29]。九月、衞人、右宰醜[30]をして、蒞みて州吁を濮[31]に殺さしむ。石碏、其宰獳羊肩さいどうやうけんをして蒞みて石厚を陳に殺さしむ。君子曰く、『石碏は純臣じゆんしん[32]なり。州吁を惡みて厚あづかる。「大義、親をめつす」とは其れこれいひか』と。衞人、公子しんけい[33]よりむかふ。冬十二月、宣公[34]、位に即く。書して『衞人、晉を立つ』と曰ふは、衆なればなり[35]

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  1. 隱公。
  2. 清は衞の邑。二國、其禮を省略して、途中にて遇ふなり。
  3. 公子馮を助けて之を宋に納れんと欲す。
  4. 州吁の先君の怨とは公の二年、鄭人、衞を伐ちたるをいふ。怨を鄭に修むるとは、怨をはらす也。
  5. 諸侯の信任を得んことを求むる也。
  6. 自國の人氣を得んと欲する也。
  7. 君の害は公子馮をさす。
  8. 主となりて鄭を伐て。
  9. 賦は兵なり。
  10. 公は隱公。
  11. 魯の大夫。
  12. 阻は恃む也。
  13. 忍は殘忍。
  14. 衆人服せず。
  15. 親戚、心を離す。
  16. 戢は斂むる也。
  17. 亂は攻伐をいふ。
  18. 必ず死亡を免れじ。
  19. 宋、陳、蔡、衞。
  20. 羽父は公子翬。
  21. 公子とは曰はざる也。
  22. 徒兵は歩兵なり。
  23. 州吁の衞君たるを定めんことを、石厚、其父石碏に問ふ。
  24. 王にまみゆる也。
  25. 王は周の桓王。
  26. 國力乏し。
  27. 老耄。
  28. 寡君は衞の桓公。
  29. 蒞は臨み視る也、立ち合ふ也。陳人、二人を執へて、悪人を除くの名に居らずして、衞が人を派遣して、州吁・石厚を誅するを臨視すべきことを請ひ、以て衞の國法をして大いに著はしめんとする也。大體を知る者に非ざれば能はざるなり。
  30. 右宰は官名、醜は人名。
  31. 陳の地。
  32. 君に事へて二心あらざるを純臣と謂ふ。
  33. 邢は國名。
  34. 宣公は即ち公子晉なり。
  35. 衆望の歸する所なればなり。