新約聖書譬喩略解/第八 悪臣の同僚を赦ざるの譬

wikisource:宗教 > 新約聖書譬喩略解

第八　悪臣（あしきけらい）の同僚（どうやく）を赦（ゆるさ）ざるの譬（たとへ）

馬太十八章二十三節より末節

是故（このゆへ）に天國（てんこく）は王（わう）その臣（けらい）と會計（くわいけい）を調（しらべ）んとするが如（ごと）し　調（しら）べ始（はじめ）しとき千萬（せんまん）金（きん）の負債（ひきおひ）したる者（もの）を王（わう）に曳来（ひききた）りしに償（あがな）ひかたなかりければ之（これ）に命（めい）じて其（その）身（み）その妻（つま）孥（こ）とあらゆる所有（もちもの）をみな鬻（うり）て償（あがな）へと曰（いへ）り　その臣（けらい）ひれふして曰（いひ）けるは請（こふ）われを寛（ゆる）し給（たま）はば皆（みな）償（あがな）ふべし　是（ここ）に於（おひ）てその臣（けらい）の主（あるじ）憐（あわれ）みて之（これ）を釋（ゆるし）その負債（ひきおひ）を免（ゆる）したり　其（その）臣（けらい）出（いで）て己（おのれ）より銀（ぎん）一百（いつぴやく）の負債（ひきおひ）したる友（とも）に遇（あひ）ければ之（これ）を執（とら）へ喉（のんど）をとり負債（ひきおひ）を返（かへ）せと曰（い）ふ　其（その）友（とも）足下（あしもと）に俯伏（ひれふし）て願（ねがひ）いひけるは我（われ）を寛（ゆる）し給（たま）はば皆（みな）償（あがな）ふべし　然（しか）るに之（これ）を肯（うけが）はずして往（ゆき）その負債（ひきおひ）を償（あがな）ふまで彼（かれ）を獄（ひとや）に入（いれ）ぬ　外（ほか）の友（とも）その為（す）る事（こと）を見（み）て甚（はなは）だ哀（あはれ）み往（ゆき）て此事（このこと）をみな其（その）主（あるじ）に告（つげ）しかば主（しゅ）彼（かれ）を召（めし）て曰（いひ）けるは悪（あし）き臣（けらい）よ爾（なんぢ）我（われ）に求（もとめ）しに因（より）て我（われ）その負債（ひきおひ）を悉（ことごと）く免（ゆる）したり　我（われ）爾（なんぢ）を憐（あはれ）みし如（ごと）く爾（なんぢ）も亦（また）友（とも）を憐（あはれ）むべきに非（あら）ずやその主（しゅ）怒（いかり）て負債（ひきおひ）をみな償（あがな）ふまで獄吏（ひとやつかさ）に付（わた）せり　若（もし）おのおの其（その）心（こころ）より兄弟（けうだい）を赦（ゆる）さずば我（わ）が天（てん）の父（ちち）も亦（また）爾（なんぢ）曹（ら）に此（かく）の如（ごと）く行（おこなひ）給（たま）ふべし

〔註〕吾主（わがしゅ）なに故（ゆへ）に此（この）譬（たとへ）を設（まふけ）たまふやとその原由（もと）を考（かんがふ）るにペテロの兄弟（けうだい）を赦（ゆる）すは幾次（いくたび）までは赦（ゆる）すべしやと問（と）ひしによりて此（この）譬（たとへ）を設（まふけ）たまひしなり　ユダヤの人（ひと）は常（つね）に人（ひと）の罪（つみ）を赦（ゆる）すことは再三（みたび）までは赦（ゆる）すことと定（さだ）めりペテロは主（しゅ）に従（したが）ふ人々（ひとびと）はすべて世俗（よのなか）に比（くらぶ）れば殊更（ことさら）に慈悲（じひ）あることなりと思（おも）ひし故（ゆへ）に七次（ななたび）までは赦（ゆる）すべきやと問（と）へるなり　是（これ）ペテロ心（こころ）に思（おもふ）やう七次（ななたび）は寛容（ゆるやか）の至（いたり）にてこの上（うへ）にはまた慈悲（じひ）を加（くは）へて緩（ゆるや）かにすべきなしと　しかるにイエス之（これ）に対（こたへ）て七次（ななたび）にかぎらずこれに七（ななつ）を乗（かけ）て七十次（ななじふたび）にいたるべしと言（いひ）たまへるなり　我（われ）等（ら）此（この）世（よ）にありて時（とき）により人（ひと）の罪（つみ）を赦（ゆる）すべきこともあらん故（ゆへ）に此（この）譬（たとへ）を以（も）てその理（り）を顕（あら）はしたまへるなり　我（われ）等（ら）すでに天（てん）父（ふ）の鴻恩（かうおん）を蒙（かふむ）り銘々（めいめい）の罪（つみ）を赦（ゆる）されたればまたこの恩（めぐみ）を推（お）し廣（ひろ）めて他（た）人（にん）の罪（つみ）をも赦（ゆるす）べきなり　律（おきて）の下（した）におりては法（おきて）によりて待（あしら）ふべきなれども恩（めぐみ）の下（した）におりては必（かなら）ず恩（めぐみ）を懐（いだ）きて処（しょ）置（ち）すべきなり　すでに天（てん）父（ふ）の子（こ）たればおのづから世（よ）の中（なか）とは情（ぜう）を同（おなじふ）すべからず（王（わう））とは天（てん）父（ふ）を指（さ）し（人（ひと））とは世（よ）の人（ひと）を指（さ）し（王（わう）と臣（けらい）と會計（かんじやう）する）とは天（てん）父（ふ）は大（おほい）なる慈悲（じひ）ありと雖（いへど）も世（よ）の人（ひと）を必（かなら）ず審（つまびらか）に察（さつ）したまひ其罪（そのつみ）の多寡（たか）を調（しら）べたまふことを指（さ）す　我（われ）等（ら）この世（よ）に在（あり）て罪（つみ）を犯（おか）せども其（その）犯（おか）せる罪（つみ）の多（おほ）きを知（し）らず　會計（かんじやう）のときにいたりて始（はじ）めて罪（つみ）の積（つもり）たるを知（し）るべし　この臣（けらい）が主（あるじ）の庫金（くらがね）を負債（ひきおひ）して日（ひ）に積（つ）み月（つき）に累（かさな）りて千萬金（せんまんきん）にいたるとおなじ　我（われ）等（ら）の罪（つみ）を負（おふ）ことは特（こと）に悪（あく）事（じ）をなすことばかりをしかりとせず悪（あく）をなさざるも亦（また）必（かなら）ず負債（ひきおひ）することあり　いかにとなれば為（なす）まじき事（こと）をなすも固（もと）より罪（つみ）なり為（な）すべきをなさざるもまた罪（つみ）なり　故（ゆへ）にイエスは罪（つみ）を称（となへ）て債（おひめ）となせり　祈祷（いのり）の詞（ことば）に我（わが）負（おひめ）を免（ゆる）すを求（もと）むとは便（すなはち）罪（つみ）を負（おひめ）となせるなり　其（その）臣（けらい）負債（おひめ）おほくして償（あがな）ふことを得（え）ざれば主（あるじ）命（めい）じて其（その）身（み）と其（その）妻（つま）孥（こ）と其（その）所有（もちもの）とを賣（うり）て償（あがな）へとあるに臣（けらい）俯伏（ひれふし）て主（あるじ）に請（こ）ひ寛（ゆる）したまはば盡（ことごと）く償（あがなは）んといへり　其（その）償（あがなひ）を還（かへ）さんと許（ゆる）すことの容易（たやすき）は自己（じこ）の力量（りきれう）をも計（はか）らざることを知（し）るべし　是（これ）主（あるじ）の盛（つよき）怒（いかり）を畏（おそ）れて率爾（にわか）に妄言（ばうげん）を出（いだ）せるなり　世（よ）の人（ひと）艱難（かんなん）に遇（あふ）て眞（まこと）の神（かみ）の責（せめ）なりと知（し）り自己（じこ）の罪（つみ）あることを覚（おぼ）へたれば直（すぐ）に悔改（くひあらた）め此（これ）より後（のち）は意（こころ）を立（たて）て一（ひとつ）の全（まった）き善人（ぜんにん）となれども悪（あく）の本性（ほんせう）いまだ除（のぞか）ざれば世（よ）にあること愈（いよいよ）久（ひさし）ければ久（ひさしき）ほど愈（いよい）よ負欠（ひきおひ）おほく自（みづか）ら功（いさを）を立（たて）てその過（あやまち）を補（おぎな）はんとするも及（および）がたし　幸（さいわひ）にしてこの主（あるじ）憐憫（あはれみ）を心（こころ）としてその妄言（ばうげん）の罪（つみ）を責（せめ）ず盡（ことごと）く其（その）負欠（ひきおひ）を免（ゆる）せしは我（われ）等（ら）従前（まへより）の罪悪（つみ）を盡（ことごと）く掃除（さふじ）するは実（じつ）に天（てん）父（ふ）の憐（あわれみ）の恩典（めぐみ）に由（よ）ることにて我（われ）等（ら）の善（ぜん）と義（ぎ）とに由（よ）るにあらざるが如（ごと）きなり　但（ただ）し此（この）臣（けらい）一（ひと）たび其（その）場（ば）を出（いづ）れば故（もとの）態（すがた）また顕（あらは）れすこしも畏（おそれ）憚（はばかる）ことなく同僚（どうやく）を虐待（むごくあしら）ひその残暴（ざんばう）を肆（ほしひまま）にせり　もし主（あるじ）の前（まへ）にあらばさやうの振舞（ふるまひ）はせまじきなり　故（ゆへ）に我（われ）等（ら）常（つね）に天（てん）父（ふ）に親（したし）みて偶然（ふと）してその前（まへ）を離（はな）るべからず　恐（おそ）らくは一旦（いつたん）神（かみ）の恩（めぐみ）を忘（わする）るときは神（かみ）の我（わ）が左（さ）右（ゆう）にいまして鑒（かんが）みたまふことを知（し）らず　罪（つみ）を犯（おかす）にいさみて己（おの）れの大悪（だいあく）を顧（かへり）みず他（た）人（にん）の過（あやまち）をば小（すこし）なりとも之（これ）を責（せむ）ること絶（はなは）だ寛容（ゆるやか）ならず　すこしも耐（たへ）忍（しのぶ）ことあたはず　この悪臣（あくしん）と異（こと）なることなし（同僚（どうやく））といふはその位（くらい）我（われ）と同（おな）じきものにあらず大約（おほむね）その職（しょく）我（われ）より劣（おと）りたれども君（きみ）の禄（ろく）を食（はみ）て我（われ）と同（おな）じく仕（つかふ）るものをいへり（十金（じっきん））を負（おふ）といふは負債（ひきおひ）甚（はなは）だ少（すくな）くして君（きみ）に負債（ひきおひ）せし千萬金（せんまんきん）に較（くらぶ）れば天（てん）と淵（ふち）との相（さう）違（い）あり　この譬（たとへ）を観（み）て知（し）るべし人（ひと）の罪（つみ）を我（われ）より得（う）るは甚（はなは）だ軽（かろ）くして我（われ）の罪（つみ）を神（かみ）に得（う）るは極（きわめ）めて大（おほひ）なること実（じつ）に滴（したたる）水（みづ）と滄海（だいかい）との逈（はるか）に倫（ひと）しからざるが如（ごと）し（之（これ）を執（とらふ））といふはローマの例（れい）にて吭（のんど）を扼（にぎ）ることなり　すべて人（ひと）の銭財（たから）を負債（ひきおひ）するものあれば債主（かしぬし）之（これ）を携（たづさ）へて衙門（やくしょ）にいたり其罪（そのつみ）をいひ立（た）て官（くわん）に訴（うつたふ）べし　これ勢（いきほひ）をたのみ人（ひと）を凌（しの）ぎ勒索（むりどり）するにあらず本（もと）より請（こふ）にまかせて貸（か）せしなり　しかれば我（われ）等（ら）すでに天国（てんごく）の民（たみ）たれば取（とり）ても道（みち）に違（たがは）ぬものを取（とる）だに善（よか）らず　我（われ）償（あたひ）なくして神（かみ）の恩（めぐみ）を受（うく）るゆへに人（ひと）にもまた我（われ）より恩（めぐみ）を施（ほどこ）すべし　されば萬（よろず）毎事（ことごと）に法（おきて）を執（とり）て人（ひと）をただすべからず　世（よ）の人（ひと）は己（おの）れ罪（つみ）あるに返（かへつ）て他（た）人（にん）をきびしく審判（さいばん）し人（ひと）を責（せむ）ることは明（あきらか）なれども己（おの）れを責（せむ）ることは至（いたつ）て暗（くら）し　ダビデは罪（つみ）を犯（おか）して返（かへつ）て此（かく）の如（ごと）きものは死（し）罪（ざい）に行（おこな）ふべしと自（みづから）云（いへ）り〔撒母耳（サムエル）下二章五節〕故（ゆへ）にポーロは人（ひと）に温和（おだやか）にして衆（すべて）の人（ひと）を待（あしら）ふに柔（にう）和（わ）を以（も）てせんことを勧（すす）め我（われ）儕（ら）も前（まへ）には愚（おろか）なるもの順（したが）はざるもの迷（まよへ）るもの諸般（いろいろ）の慾（よく）と楽（たのしみ）の奴（ど）隷（れい）となるもの恨（うら）み妒（ねた）みて日（ひ）を度（おくり）しもの悪（にくむ）べきものまた互（たがひ）に悪（にく）みあへるものなりしといへり〔多提（テトス）書三章二節三節〕同僚（どうやく）の此（この）臣（けらい）に寛恕（やうめん）を求（もとむ）ると此（この）臣（けらい）の主（あるじ）に寛（ゆる）さんことを求（もとむ）るとその詞（ことば）すこしも異（こと）なることなし且（かつ）この臣（けらい）の主（あるじ）に求（もとむ）るは重（おも）き負債（ひきおひ）にて償（あがなひ）がたし　謊（いつわ）りて目前（もくぜん）の急（きふ）を逃（のが）るるなり　同僚（どうやく）の彼（かれ）に求（もとむ）るは僅（わづか）にこの十金（じっきん）にして清還（のこらずかへす）も甚（はなは）だ容易（たやす）ければその請（こひ）を允凖（ゆるす）もかたからず　しかるに主（しゅ）はすでに前（さき）にゆるせしかどその臣（けらい）は竟（つい）にゆるさざるなり　諸（おほく）の同僚（どうやく）は彼（かれ）のしわざを見（み）て大（おほひ）に憂（うれ）へてそのしわざを主（しゅ）に盡（ことごと）く告（つげ）しなり　世（よ）の中（なか）の人（ひと）を見（み）るに悪（あく）を以（も）て悪（あく）に報（むく）ひまたは同類（おなじなかま）を酷（むごく）することあり　我（われ）等（ら）之（これ）を見（み）るときはまた大（おほひ）に悲（かなし）めり　されど我（われ）等（ら）報應（むくひ）の権（けん）を操（と）るにあらざれば此（この）諸（おほく）の同僚（どうやく）の主（しゅ）に告（つぐ）るを学（まな）びこの事（こと）を以（も）て天（てん）父（ふ）に祈（いの）るべし　諸（おほく）の同僚（どうやく）の此（この）悪臣（あしきけらい）を見（み）て憂悶（うれへもだゆ）るは人情（にんぜう）の常（つね）なり　主（しゅ）の己（おの）れに赦（ゆる）せし言（ことば）はなほその耳（みみ）にありながら同僚（どうやく）を酷（むごく）せしは旁（かたわら）より観（み）る人（ひと）の憤（いかり）を懐（いだ）くは固（もと）より怪（あやしむ）に足（た）らず　我（われ）等（ら）もかやうの亡情（なさけなき）を見（み）ばまた必（かなら）ず悦（よろこ）ばざれど時（とき）としては是（これ）等（ら）の事（こと）に效（なら）はんとせまじきものにもあらざれば宜（よ）くこれを鑒（て）戒（ほん）となすべきなり　我（わが）救主（すくひぬし）の功（いさを）によりて天（てん）父（ふ）の赦（ゆるし）を得（え）しにその恩（めぐみ）を忘（わす）れ義（ぎ）に負（そむ）きて人（ひと）を赦（ゆる）さざることありしかと自（みづか）ら己（おの）れの心（こころ）に問（とふ）べし　また我（われ）に於（おひ）ては刻烈（むごき）ことは固（もと）よりせざれども若（もし）人（ひと）に怨恨（うらみ）を懐（いだ）きしことはあらなんかと自（みづか）ら己（おの）れに問（とふ）べし　是（これ）輩（ら）のことなくばますますなきやうに心（こころ）を用（もち）ひ若（もし）あらば速（すみやか）に之（これ）を改（あたら）むべし（諸（おほく）の同僚（どうやく）すでに其（その）主（あるじ）に告（つげ）ければ主（あるじ）怒（いかり）て其（その）臣（けらい）の罪（つみ）を赦（ゆる）さず）といふは諸（おほく）の同僚（どうやく）は同等（どうかく）なれば賞罰（せうばつ）の権（けん）なし故（ゆへ）に唯（ただ）憂（うれふ）る而已（のみ）にて之（これ）を罰（ばつ）することを得（え）ず主（しゅ）は賞罰（せうばつ）の権（けん）おのれにあれば之（これ）を操（とり）て其罪（そのつみ）を明（あきらか）にただすべし　故（ゆへ）に其（その）訴（うつたへ）を聞（きき）て怒（いか）るなきを得（え）ず　前（さき）に一旦（いつたん）彼（かれ）の請所（こふところ）を免（ゆる）せしかどこの時（とき）忽（たちま）ちまた償（あがな）へといへるは言（ことば）を食（はむ）に似（に）たれども是（こ）れ千萬金（せんまんきん）は赦（ゆる）すべくも同儕（ほうばい）を刻薄（むごく）するは絶（はなはだ）憐（あはれ）みの心（こころ）なく其罪（そのつみ）大（おほひ）なれば実（じつ）に赦（ゆるし）がたきなり　故（ゆへ）に獄吏（ひとやづかさ）に付（わた）して其（その）負債（ひきおひ）を盡（ことごと）く償（あがな）はしむるなり　主（しゅ）の臣（けらい）を扱（あつか）ふことかくの如（ごと）し　天（てん）父（ふ）の我（われ）等（ら）を扱（あつか）ひたまふもまたしかりなり　故（ゆへ）にイエス云（いひ）たまひけるに爾（なんぢ）の心（こころ）もし兄弟（けうだい）を赦（ゆる）さざれば我父（わがちち）此（かく）の如（ごと）く爾（なんぢ）に行（おこな）はんと　我（われ）等（ら）天（てん）父（ふ）の赦（ゆるし）を受（うけ）て兄弟（けうだい）を赦（ゆるす）の心（こころ）なく同儕（ほうばい）には憂（うれひ）を懐（いだか）しめ天（てん）父（ふ）に怒（いかり）を動（うごか）さしめて我（われ）の欠負（おひめ）を盡（ことごと）く償（あがな）はんとするも我（われ）是（これ）を償（あがな）ふことを得（え）ざれば身（み）必（かなら）ず沈淪（ちんりん）を受（う）け悪（あしき）臣（けらい）の獄（ひとや）にあるが如（ごと）く永（ながく）出（いづ）ることなし　祈祷（いのり）の詞（ことば）に我（われ）の負（おひめ）を免（ゆる）されんことを求（もと）むるは我（わ）れ人（ひと）の負（おひめ）を免（ゆる）すが如（ごと）しとは便（すなはち）この意（こころ）にてこの（如（ごとし））といふ字（もじ）に深（ふか）き意味（いみ）あり　我（わ）れ人（ひと）の罪（つみ）を免（ゆる）さざれば是（こ）れ天（てん）父（ふ）に我（われ）の罪（つみ）を赦（ゆる）さざるを求（もとむ）るなり　天（てん）父（ふ）に我（われ）を以（も）て凖縄（めあて）として我（われ）を扱（あつか）ひたまへと望（のぞ）む義（ぎ）なり　さてまたイエス弟子（でし）に語（かたり）たまふとき常（つね）に天（てん）父（ふ）と称（となへ）また汝（なんぢ）の父（ちち）と称（となへ）たまふにここには我父（わがちち）と称（となへ）たまふはいかにといふに人（ひと）を愛（あい）する己（おの）れを愛（あい）するが如（ごとく）するときは我（わ）れ天（てん）父（ふ）の子（こ）にして天（てん）父（ふ）も亦（また）彼（かれ）の父（ちち）となりたまふべし　我（われ）もし慈悲（じひ）なくして人（ひと）を刻薄（むごく）するときは天（てん）父（ふ）の子（こ）となるに堪（たへ）ず天（てん）父（ふ）もまた彼（かれ）の父（ちち）にはあらず　救主（すくひぬし）の吾（われ）等（ら）をいましめたまふこと愈（いよい）よ切（ねんごろ）なり　この譬（たとへ）の旨（むね）は我（われ）すでに重（おもきつみ）を赦（ゆる）さるる天（てん）父（ふ）の厚（あつ）き恩（めぐみ）を蒙（かふむ）りしならば必（かなら）ず人（ひと）にも恩（めぐみ）を施（ほどこ）しその罪（つみ）を赦（ゆる）すこと三（み）次（たび）七次（ななたび）に限（かぎ）らずまた公義（おほやけ）を執（と）り律（おきて）に泥（なず）みて人（ひと）をただすことをせず眞（まこと）の神（かみ）の子（こ）たるを表（あら）はすべしとなり