新約聖書譬喩略解/第一 播種の譬

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第一　播種（たねまき）の譬（たとへ）

馬太（マタイ）十三章三節より八節に又十八節より二十二節にいたる 馬可（マルコ）四章四節より八節に又十四節より二十節にいたる 路加（ルカ）八章五節より八節に又十一節より十五節にいたる

種（たね）まく者（もの）播（まき）にいでしが播（まけ）るとき路（みち）の旁（かたはら）に遺（おち）し種（たね）あり空中（そら）の鳥（とり）きたりて啄（ついば）み盡（つく）せり　又（また）土（つち）うすき磽（いし）地（ぢ）に遺（おち）し種（たね）あり直（ただち）に萌出（はへいで）たれど日（ひ）の出（いで）しとき灼（やか）れしかば根（ね）なきが故（ゆえ）に槁（かれ）たり　又（また）棘（いばら）の中（なか）に遺（おち）し種（たね）あり棘（いばら）そだちて之（これ）を敝（ふさ）げり　また沃（よき）壌（ち）に遺（おち）し種（たね）あり實（み）を結（むす）べること或（あるひ）は百倍（ひゃくばい）或（あるひ）は六十倍（ばい）或（あるひ）は三十倍（ばい）せり　○故（ゆえ）に爾（なんぢ）曹（ら）播種（たねまき）の譬（たとへ）をきき天國（てんこく）の教（おしへ）を聞（きき）て悟（さと）らざれば悪（あく）鬼（き）きたりて其（その）心（こころ）に播（まか）れたる種（たね）を奪（うば）ふ是（これ）路（みち）の旁（かたはら）に播（まかれ）たる種（たね）なり　磽（いし）地（ぢ）に播（まかれ）たる種（たね）は是（これ）教（おしへ）を聞（きき）て速（すみや）かに喜（よろこ）び受（うく）れども已（すで）に根（ね）なければ暫時（しばし）のみ教（おしへ）の為（ため）に患難（くわんなん）あるひは迫（せまら）るる事（こと）の起（おこ）る時（とき）は忽（たちま）ち路（みち）に礙（つまづ）く者（もの）なり　また棘（いばら）の中（なか）に播（まかれ）たる種（たね）は是（この）教（おしへ）を聴（きけ）ども此（この）世（よ）の思（し）慮（りょ）と貨財（たから）の惑（まどひ）に教（おしへ）を蔽（おほは）れて實（みの）らざる者（もの）なり　沃（よき）壌（ち）に播（まかれ）たる種（たね）は是（この）教（おしへ）を聴（きき）て悟（さと）り實（み）を結（むすぶ）こと或（あるひ）は百倍（ひゃくばい）或（あるひ）は六十倍（ばい）する者（もの）なり

〔註（ちう）〈ときあかし〉〕この譬（たとへ）の意（こころ）は神（かみ）の恩（めぐみ）と人（ひと）の心（こころ）とは必（かなら）ず相（あひ）輔（たすけ）て行（おこなは）るものなれば両（ふたつ）のもの偏（かたがた）廃（はい）すべからざることをいへり　種（たね）ありとも播（まく）地（ち）のあらざれば其種（そのたね）の発生（おゆる）ことならず地（ち）ありとも種（たね）なければ其（その）地（ち）に実（み）を結（むすぶ）ことならず　神（かみ）は人（ひと）に藉（より）て恩（めぐみ）を顕（あらは）したまひ人（ひと）は神（かみ）に藉（より）て始（はじめ）てよく善（ぜん）をなせり　夫（それ）地（ち）は耘（くさぎり）鋤（すか）ざればただ一面（いちめん）の草叢（くさむら）となりてよき種（たね）を生育（そだ）つるの理（り）なく人（ひと）も生（うまれ）のままにてはおひおひ罪（つみ）多（おほ）くなりて遂（つい）に聖徳（よきとく）をなすの時（とき）なし　是（こ）れ性（せい）の自（し）然（ぜん）を尚（たつと）ばずして神（かみ）の恩（めぐみ）をこそ一層（いちだん）緊要（きんやう）となすべきなり　○この譬（たとへ）の言（ことば）は解（とく）を須（また）ずして詳（つまびらか）なり其（その）指（さ）す所（ところ）の意味（いみ）も本文（ほんもん）に於（おひ）てすでに解説（ときあかし）たまへり

（播者（まくもの））とはイエスおよび傳道（でんだう）の人（ひと）を指（さ）し（種（たね））とは神（かみ）の道（みち）を指（さ）す〔路加（ルカ）八章十一節〕人（ひと）の道（みち）は善（ぜん）なりと雖（いへど）もただ外貌（うはべ）の風俗（ふうぞく）をよく見（み）する而已（のみ）にて身内（しんない）の霊心（こころ）を変（かへ）改（あらたむ）ることあたわず　唯（ただ）神（かみ）の道（みち）は其（その）霊心（こころ）を化（くわ）するの異能（ふしぎ）あり　故（ゆへ）に福音（ふくいん）を篤（あつく）信（しん）ずるものは其（その）行（おこなひ）を制（ただしく）し心（こころ）を立（たつ）ること他（ほか）の教（おしへ）のよく及（およ）ぶ所（ところ）にあらざるなり　○播（まく）処（ところ）の地（ち）は一（いつ）箇（か）所（しょ）にあらざるはイエスの爾（なんぢ）往（ゆき）て世（せ）界（かい）に普（あまね）く福音（ふくいん）を萬民（ばんみん）に傳（つたへ）よと曰（いひ）たまへることありて世（せ）界（かい）の人々（ひとびと）にいたりては教（おしへ）を楽（たのし）みて受（うく）るものもあり楽（たのし）みては受（うけ）ざるものもあることを知（し）りたまひし故（ゆへ）なり　しかし教（おしへ）を受（うく）ると受（うけ）ざるとは人々（ひとびと）の心（こころ）にありて神（かみ）はいづれの地（ところ）たりとも其（その）地（ち）にしたがひて教（おしへ）を賜（たま）はざることなければ人々（ひとびと）其（その）教（おしへ）を聞（きく）ことを得（え）ざりしと推委（いひわけ）することを得（え）ざるなり　されば凡（およ）そ人（ひと）の類（たぐひ）おのおの同（おな）じからざるはこの田（でん）地（ち）の四等（よいろ）の異（こと）なる有（ある）が如（ごと）きなり

（路（みち）の旁（かたはら））とは人（ひと）の心（こころ）頑梗（かたくな）なることを指（さ）せり　自（みづから）暴（そこなふ）ものと自（みづから）棄（すつる）ものと及（およ）び少（すこ）しも道（みち）を行（おこな）ふ心（こころ）なきものとは其善（そのぜん）なりといふことを知（し）れどもその善（ぜん）とおのれとは更（さら）に渉（かかわり）なきものとなせるをいふ（路（みち））とは田（た）畑（はた）の間（あひだ）の阡陌（みち）にて往来（ゆきき）の人（ひと）のために踐堅（ふみかた）められ播（まく）ともその種（たね）生（おゆ）ることあたわず 心（こころ）の田（でん）地（ち）も阡陌（はたみち）とおなじことにて私（し）慾（よく）のために踐堅（ふみかた）められては道（みち）を聞（きく）とも心（こころ）に入（い）ることならず　唯（ただ）入（い）ることならざる而已（のみ）にあらず兎（と）角（かく）道（みち）を失（うしな）ひ易（やす）きことなれば乍（たちまち）に魔鬼（まき）のいたりて之（これ）を奪（うば）へること天空（そら）の鳥（とり）きたりてその播（まく）ところの種（たね）を盡（ことごと）く啄（ついば）み食（くらふ）に異（こと）なることなし　魔鬼（まき）の號（な）は多（おほく）ありて馬（ま）太（たい）傳（でん）には魔鬼（まき）を悪（あしき）者（もの）と称（とな）へり悪（あく）の魁本（くわいほん）たるに因（よつ）て名（な）づけたるなり路加（るか）傳（でん）には撒但（さたん）となせりこれはヒブルの音（おん）にて訳（やく）すれば敵（てき）といふことなり　人（ひと）の霊魂（れいこん）の大（おほい）なる仇敵（あだ）といふ意（こころ）なり　また空中（そら）の君（きみ）とも称（とな）へり　さればここに天空（そら）の鳥（とり）を以（も）て魔鬼（まき）に比（たくらべ）たるなり　魔鬼（まき）の人（ひと）の心（こころ）を奪（うば）ふに何（なに）の術（てだて）を以（も）てするといふに先（まづ）日々（にちにち）の細微（こまか）なる事（こと）に因（より）て人（ひと）の心（こころ）を紛紜（まぎらし）憧擾（みだ）して遺（わす）れやすからしめ群（むらがる）鳥（とり）のきたりて播（まく）ところのよき種（たね）を啄（ついばむ）が如（ごと）きなり　この世（よ）の事（こと）はたとへ小（せう）事（じ）なりとも心（こころ）を害（そこな）ふことの大（おほい）なる群（むらがる）鳥（とり）の微（び）なりと雖（いへど）も粟（あは）を啄（ついばむ）ことの誠（まこと）におほきが如（ごと）きなり

（磽（いし）地（ぢ））は土（つち）の薄処（うすきところ）にして人（ひと）の心（こころ）浅露（あさはか）なりて眞（しん）理（り）をきき直（ぢき）に會（え）得（とく）すれどもまた直（ぢき）に失（うしない）易（やす）く小（せう）児（に）の乍（たちま）ち喜（よろこ）ぶかとすれば又（また）乍（たちま）ち怒（いか）るが如（ごと）きに似（に）たるをいへり　種（たね）も土（つち）の薄（うす）き処（ところ）にありては発（おゆる）も速（すみやか）なれどもまた枯（かる）るも速（すみやか）なり　この速（すみやか）に枯（かる）るといふにその故（わけ）二（ふたつ）ありて一（ひとつ）は土（つち）に膏澤（うるほひ）なく根（ね）入（いり）も深（ふか）くなきゆへなり　一（ひとつ）には外（そと）より烈（あつき）日（ひ）に照（てら）さるるに因（より）て槁（か）れ易（やすき）なり　上（うへ）に薄（うす）き泥（どろ）ありとも下（した）に石（いし）ある処（ところ）なればその堅実（かたき）こと阡陌（はたみち）に較（くらぶ）れば尤（もっと）も甚（はなはだ）しき処（ところ）なり　此（これ）等（ら）の人（ひと）は道（みち）を聞（きけ）ば喜（よろこ）ぶこと速（すみやか）なれどもただ道（みち）を信（しん）ずれば益（えき）あることを知（し）るのみにて道（みち）を失（うしな）はざるやう之（これ）を守（まも）ることの実（じつ）に難（かた）きを知（し）らず　天（てん）父（ふ）の尊（とうとき）さかへ天国（てんごく）の永（かぎりなき）さいわひ教會（けうくわい）の互（たがひ）に愛（あい）する等（ら）のことに於（おひ）ては望（のぞむ）こと誠（まこと）に殷（さかん）なりと雖（いへど）も若（も）し世（よ）の人（ひと）の笑罵（そしり）仇（あだ）の迫害（せめ）魔鬼（まき）の網羅（わな）に至（いたり）てはこれに用心（やうじん）せず　イエスは十（じう）字架（じか）を負（おほ）て我（われ）に従（したが）はざるものは我（われ）の徒（でし）とすること能（あた）わず彼（かれ）又（また）この言（ことば）につきて深（ふか）く思（おも）はずといひ玉（たま）へり　世（よ）の人（ひと）おほくは一（ひと）たび艱難（かんなん）にあふこと有（あ）れば之（これ）を忍（こらゆ）ることならずして道（みち）に背（そむ）けり（根（ね））とは信仰（しんかう）を指（さ）せり人（ひと）神（かみ）の言（ことば）を篤信（あつくしん）じ絶（た）へず思（し）念（ねん）せば渓（たに）の旁（かたはら）に植（うへ）たる樹（き）の如（ごと）く其（その）時（じ）節（せつ）に至（いたれ）ば実（み）を結（むす）び其（その）葉（は）もまた永（なが）く零（おち）ざるなり（日（ひ））とは世上（よのなか）の試練（ためし）と迫害（せめ）とを指（さ）す草（くさ）木（き）の根（ね）も深（ふか）く地（ち）に入（いり）たるは太陽（ひ）の猛烈（あつき）を畏（おそ）れざれば愈（いよいよ）尚（なほ）その枝節（えだふし）を固（かた）ふして風霜（しもかぜ）の寒（さむ）きに耐（たへ）しめり　人（ひと）も信仰（しんかう）篤（あつ）くして世路（よのなか）の艱難（かんなん）を畏（おそ）れざれば愈（いよい）よ俗情（よのなか）を遠（とほざ）けて天（てん）父（ふ）に親（したしま）しめたまへり　使徒（しと）ヤコブの爾（なんぢ）諸（もろもろ）の試誘（ためし）に遇（あは）ばこれを皆（みな）楽（たのし）みとなすべしといへるは是（これ）等（ら）の事（こと）なり　若（もし）心（こころ）の内（うち）に信仰（しんかう）なきは樹（き）の根（ね）なきが如（ごと）く日（ひ）の熱（あつき）に耐（たゆ）ること能（あたは）ざるは断然（だんぜん）たり　凡（およ）そ少年（としわか）の人（ひと）は毎（つね）にこの弊（つひへ）を犯（おか）しその道（みち）を信（しん）ずることは仮偽（いつわり）といふにあらざれども試練（ためし）と迫害（せめ）との嘗（あじはひ）がたきを一度（ひとたび）父兄（ちちあに）の責（せめ）親友（したしきとも）の譏（そしり）にあはば多（おほ）く半途（なかば）におひて廃（や）めり　是（こ）れ人（ひと）を畏（おそ）るること却（かへつ）て神（かみ）を畏（おそ）るるよりも甚（はなはだ）しく性質（せいしつ）の悪習（あく）染（そみ）たる汚（けがれ）よりも甚（はなは）だしきことは磽（いし）地（ぢ）の堅（かた）きは阡陌（はたみち）の堅（かた）きよりも甚（はなは）だしきことを悟（さと）らざるなり　すべて道（みち）を聞（きき）て乍（たちまち）喜（よろこ）ぶものは多（おほ）く実（み）を結（むす）ぶことあたはず漸（おひおひ）に深（ふか）く学（まな）び漸（おひおひ）に篤（あつ）く信（しん）ずるものは状成（ぜうじゅ）に至（いた）るべし　たとへば枯草（かれくさ）の焚（やけ）やすきは火（ひ）の光（ひかり）発見（あらはる）るかとすれば久（ひさし）きに耐（た）へずして燃尽（もへつく）し煤石（せきたん）のかたきは驟（にはか）に火（ひ）の光（ひかり）は露（あらは）れず暫（しばら）く時（じ）刻（こく）を移（うつ）すが如（ごと）きなり

（棘（いばら）の中（うち））とは人（ひと）の心（こころ）定（さだ）めなく神（かみ）を敬（うやま）ひ世（よ）を恋（した）ひその心（こころ）を各（おのおの）半（なかば）にすることを指（さ）せり　棘（いばら）の中（なか）の地（ち）は本（もと）よき畑（はた）なり　磽（いし）地（ぢ）の薄田（あしきち）とはおなしからず　農（のう）夫（ふ）の怠惰（おこたり）によりて良（よき）田（た）も棘（いばら）を生（しやうず）るにいたれども前（さき）にまきたる種（たね）を鋤去（すきさり）たるにもあらざれば棘（いばら）長（そだち）てその禾（いね）を遮（さへぎ）り蔽（ふさ）げるなり　故（ゆへ）に禾（いね）は苗（なへ）ばかりにて穂（ほ）なければ穀（こく）の登（みの）るを望（のぞ）みがたし　此（これ）等（ら）の人（ひと）は道（みち）を求（もとむ）るに意（こころ）ありて之（これ）を悦（よろこ）べども世（よ）の紛華（にぎわひ）を看（み）るときはまた是（これ）をも恋（した）へり　福音（ふくいん）をきくの時（とき）には之（これ）を心（こころ）に悦（よろこ）ばざるにあらねども世（よ）の人（ひと）と往（ゆき）来（き）するときは情（こころ）遷（うつ）りてこれがために誘惑（まどひ）にひかされり（棘（いばら））とは世（せ）情（ぜう）の誘惑（まどひ）を指（さ）せり　人（ひと）この誘惑（まどひ）を受（うく）るの故（わけ）二（ふたつ）あり　一（ひとつ）はこの世（よ）の念慮（ねんりょ）となせり　飢（き）寒（かん）困窮（こんきう）または児女（こども）の愛情（あいじやう）親友（したしきとも）の交接（まじはり）等（とう）の如（ごと）く毎（つね）に此（これ）等（ら）のために牽（ひか）されて眞（まこと）の神（かみ）の誡（いましめ）を犯（おか）し救（すくひ）主（ぬし）の恩（めぐみ）をすてり　一（ひとつ）は貨財（たから）と宴楽（たのしみ）とす富（ふう）貴（き）を恋（した）ひ家（か）屋（おく）を営（いとな）み衣（い）服（ふく）を飾（かざ）り飲食（いんしょく）に奢（おご）るの類（るい）の如（ごと）くまた毎（つね）に此（これ）等（ら）のために天国（てんごく）の福（さいわひ）を忘（わす）る　この両（ふたつ）の事（こと）はみな道（みち）を厭（いと）ひ実（み）を結（むす）ばざらしめり　イエス曰（いひ）たまひけるは爾（なんぢ）等（ら）自（みづから）慎（つつし）めよ恐（おそ）らくは飲食（いんしょく）に耽（ふけ）り世事（よのこと）に累（わづらは）され爾（なんぢ）等（ら）の心（こころ）鈍（にぶく）なりてこの日（ひ）おもひよらざるとき爾（なんぢ）に臨（のぞ）まんと〔路加（ルカ）二十一章三十四節〕ポール又（また）曰（いは）く富（とま）んことを欲（ほっ）するものは艱難（なやみ）と網羅（わな）とまた滅亡（ほろび）と沈淪（くらき）とに溺（おぼら）す所（ところ）の愚（おろか）にして害（さまたげ）あるさまざまの慾（よく）に陥（おちい）るなりと〔提摩太（テモテ）前書六章九節〕凡（およ）そ中年（ちうねん）の人（ひと）はこれらの弊（ついへ）によりて其（その）心（こころ）まことの道（みち）に離（はな）れ永（かぎりな）き生（いのち）を獲（え）ざるなり

（沃（よき）土（ち））とは人（ひと）の心（こころ）良（まこと）に善（よく）して道（みち）を聞（きく）こと明（あきらか）に之（これ）を守（まも）ることも又（また）よく固（かた）くして恒（つね）に艱（かん）苦（く）を忍（しの）びて実（み）を結（むす）ぶことを指（さ）せり　是（これ）等（ら）の人（ひと）は聖書（せいしょ）に神（かみ）に属（つく）ものと称（とな）へり〔約翰（ヨハネ）十八章四十八節〕また眞（しん）理（り）に属（つく）ものとも称（とな）へり〔約翰（ヨハネ）十八章三十八節〕烈（もゆる）火（ひ）を以（も）て諸物（すべてのもの）に近（ちかづ）くるに木（き）のたぐひに属（ぞく）するものはよく火（ひ）を引（ひ）き磁（じ）石（しゃく）を以（も）て諸物（すべてのもの）に近（ちかづ）くるに鐵（てつ）に属（ぞく）するものは之（これ）を連（つら）ぬ　眞（しん）理（り）を以（も）て人（ひと）に教（おしゆ）るに神（かみ）に属（つく）ものはよく其（その）教（おしへ）を受（うけ）り　世（よ）の人々（ひとびと）は分（わけ）て二等（ふたいろ）となせり　一（ひとつ）は自（みづか）ら是（よし）とする人（ひと）にて己（おのれ）の善（ぜん）事（じ）をなせしは他（た）人（にん）の及（およ）び難（がた）きことと思（おも）ひしばしば之（これ）を述（の）べ己（おのれ）の罪悪（ざいあく）をばすこしの過（あやまち）となして傷（いたむ）ことなしといへり　むかしの法利（はり）賽（さい）および書士（がくしゃ）の輩（ともがら）の如（ごと）きものなり　一（ひとつ）は罪（つみ）を認（みとむ）るの人（ひと）となすその平日（へいじつ）の為（なす）ことを溯（たづぬ）るに衆（おほく）人（のひと）に比（くら）ぶれば理（り）に背（そむく）こと尤（もっと）も多（おほ）けれども聖霊（せいれい）の感化（くわんくわ）を受（う）け一（ひと）たび眞（まこと）の道（みち）を聞（きく）におよびては過（あやまち）を悔（く）ひ善（ぜん）に遷（うつ）らんことをおもへる　むかしの税吏（みつぎとり）の長（おさ）撤該（さるしい）〈ザアカイ〉の輩（ともがら）の如（ごと）き者（もの）なり　所謂（いわゆる）良（まこと）に善（よき）心（こころ）とは是（これ）らを指（さし）ていへるなり　以（い）上（じやう）の四箇（しか）條（でう）は心（こころ）の田（た）に別（わかち）ありて穀（こく）の種（たね）には別（わかち）なし　種（たね）をまく者（もの）は何（いづ）れの方向（ところ）に播（ま）くともみな其種（そのたね）の実（み）を結（むす）ぶことを願（ねが）はざるなし　しかしいづれの処（ところ）も共（とも）に穫収（かりいれ）を期（き）しがたし　ただこの畑（はた）而已（のみ）穫収（かりいれ）を望（のぞ）むべし　イエス曰（いひ）たまへり召（めさ）るる者（もの）おほくして選（えらば）るる者（もの）すくなしと　この言（ことば）まことに差（たが）はざるなり故（ゆへ）に人（ひと）よく競（きそひ）て窄（せまき）門（もん）に進（すす）むべし　徒（いたづら）に道（みち）をききて実（み）を結（むす）ぶことなく傳道者（でんだうしゃ）の心（こころ）を苦（くるし）むること勿（なか）るべし

（結（むす）ぶ所（ところ）の実（み））は心（こころ）の徳（とく）を指（さ）せり聖書（せいしょ）にただ霊（みたま）の結（むす）ぶ所（ところ）の果（み）はすなはち仁愛（じんあい）喜（き）楽（らく）和（わ）平（へい）忍耐（にんたい）慈悲（じひ）良善（りやうぜん）忠信（ちうしん）温柔（おんじう）撙節（そんせつ）といへる是（こ）れなり〔加拉太（ガラテヤ）五章二十二節〕実（み）を結（むす）ぶものをまた三等（みいろ）に分（わか）てり或（あるひ）は三十倍（ばい）或（あるひ）は六十倍（ばい）或（あるひ）は百倍（ひゃくばい）なり　イエスの弟子（でし）の眞（まこと）に道（みち）を守（まも）るものまた各（おのおの）同（おな）じからず智慧（ちえ）まし　熱心（ねっしん）みちて実（み）を結（むす）ぶこと誠（まこと）に繁（しげ）きものありまた信仰（しんかう）弱（よわく）して事（こと）をなすこと疎慮（おろか）に実（み）を結（むす）ぶいくばくもなきものあり　凡（すべ）てイエスの弟子（でし）たらんものは善（よき）果（み）を多（おほ）く結（むす）ぶことを願（ねが）ふべし　吾（わが）主（しゅ）曰（いひ）たまひけるは　すべての果（み）を結（むす）ぶ枝（えだ）はこれを浄（きよ）むそは益々（ますます）繁（しげ）く実（み）を結（むす）ばしめんためなり　又（また）人（ひと）もし我（われ）に居（お）り我（われ）また彼（かれ）に居（お）らばおほくの果（み）を結（むす）ぶべしと　又（また）汝（なんぢ）ら多（おほ）くの果（み）を結（むすば）ば我（わが）父（ちち）之（これ）によりて榮（ほまれ）を受（う）く　されば汝（なんぢ）ら我（わが）弟子（でし）なりと〔約翰（ヨハネ）十五章二節五節八節〕しからば吾（われ）儕（ら）己（おのれ）の善行（よきおこなひ）あるを自足（みづからたれ）りとせず日々（ひび）に進（すす）みて止（やむ）なかるべし　又（また）既（すで）に弟子（でし）となりたるとて自（みづか）ら安（やす）んずべからず　あまたの人（ひと）に救（すくひ）を得（え）せしめ榮（ほまれ）を天（てん）父（ふ）に帰（き）しよく我心（わがこころ）の田（た）を表（あら）はして沃（よき）土（つち）と称（とな）へらるべきなり