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○第百四十一号(十二月十七日 輪廓附)

従前ノ貸費生規則ハ令廃止更ニ別紙之通官費生規則相定候条此旨布達候事

(別紙)

官費生規則

第一章 生徒ニ官金ヲ附与シテ学術ヲ研修セシムルモノハ其成業ヲ期シ此生徒ヲシテ[1]其学術ヲ実地ニ施行セシメ以テ官用ニ供センカ為ナリ前ニ貸費生規則ヲ設ケ諸校ニ施セシモ此意ノ外ニ出テスト雖トモ[2]今ヨリ之ヲ見レハ其方法ニ於テ其主旨ニ協ハサルモノアリ故ニ貸費生規則ハ自今廃止シ此規則ヲ議定スルハ則明治六年十一月ナリ

第二章 生徒学術優等将来成業ノ目的アリテ学資ヲ給与スルモノ之ヲ官費生トス故ニ生徒ニ定員アリ金ニ定額アリ欠員アルニ非レハ敢テ加入セス

但東京開成学校同医学校大阪開明学校長崎医学校同広運学校等此諸校ニアル生徒ノ如キハタトヒ官費生トナルヿヲ望マスシテ学資一切自ラ弁スルモノト雖トモ必前章ノ旨意ヲ体認シテ成業ヲ期スヘシ

第三章 官費生ヲ撰ムヿ成業ノ目的アルヲ以テ主旨トナスト雖現ニ研究スル学術ノ等級ト年次トニ因テ之ヲ詮論セサル可ラス修学ノ年次ト学業ノ進級トヲ比較シテ学業年次二及ハサルモノハ官費生トナスヘカラス

第四章 大学法学理学医学文学校生徒ニシテ官費ヲ附与スルモノハ中学教科卒業ノ証アリテ其学科成業ノ目的アルモノトス

第五章 東京開成学校ニテ専門諸学科研業ノ生徒ハ予科以上優等ノ者ニシテ其学科卒業ノ目的アルモノトス

第六章 東京医学校ニ於テハ予科第二級以上優等ノ者ニシテ其学科卒業ノ目的アルモノトス

第七章 東京外国語学校ニ於テハ下等語学第二級以上ニシテ其学術優等ナルモノトス

第八章 方今官費ヲ給与スル生徒其年齢十五歳以上廿五歳以下ヲ限リトス

第九章 官費生ハ成業ノ后官命ニ従ヒ其職ヲ尽スヘキノ証書ヲ出シ年限ヲ定メ其学資ヲ給与スルヲ法トス証書式別ニアリ

但奉職年間ハ相当ノ給料アルヘシ

第十章 官費生ニ学資ヲ給スル左ノ如シ

専門本科生 一月 金拾弐円
同予科生 金拾円
通弁学生
一国ノ語学ヲ卒業シ他
ノ語学ニ転進スルモノ
金拾円
語学生
下等語学第
二級以上
金八円

第十一章 生徒学資ヲ受クルノ多少ト年数トニ因テ奉事ノ年限アルヿ左ノ如シ

{
金八円 二年
金十円 二年
金十二年 三年
} 奉事十四年
{
金十円 三年
金十二年 四年
} 奉事十五年
{
金八円 二年
金十円 三年
} 奉事九
金八円} 二年
三年
奉事五
奉事七

第十二章 従前ノ貸費生更ニ官費生トナルモノ前ニ貸ス所ノ金額年数トモニ官費ノ金額年数ニ合セテ他日奉事ノ年限ヲ定ムルヲ法トス

第十三章 給与ノ金額ハ其学校ニテ受持給養ノ法ヲ設ケ生徒ヲシテ自ラ支消スルヲ得サラシム

第十四章 生徒幾月乃至幾年間官費ヲ受クルト雖トモ[2]学力已ニ止リ進修セサルノ証判然ナルモノハ官費ヲ止メ相当ノ奉事ヲ命スルヿアルヘシ[3]

第十五章 官費生病気其他止ヲ得サル事故アリテ退学スルモノハ其実ヲ糺シ許ス事アルヘシ

第十六章 官費生在校期年中ハ官員ニ登庸スルヿヲ得ス

第十七章 官費生一等親ノ病変或ハ不得止事件ニテ一時帰省下宿ヲ願フモノハ已ニ給与ノ衣服靴傘類ノ外日用ノ給与ヲ止メ再ヒ帰校スルノ日ヨリ給付スルヲ法トス[3]

第十八章 生徒修学ノ年間ト進歩ノ次第ト比較シテ学術非凡優等ナルモノハ年数ニ拘ラス格別ノ検査ヲ遂ケ官費生ヲ命スルヿアリ

証書雛形料紙美濃紙二ツ折

私儀今般 法医理諸芸鉱山
工業天文通弁
学官費生被 仰付向フ幾年間学資御給与被下置候旨領承仕候然ル上修
業年間ハ勿論卒業ノ後御規則之通一切官命ニ奉順可仕候依テ証書差出候也


年号 月 日

右之通相違無之依テ奥印仕候也


貫属
族卒僧侶平民
何郡何所或ハ何
住某 長男次男
或ハ弟
本人姓名
当何年何月


父母或ハ証人
本管属族
証人姓名
文部省長官宛

  • 底本中の旧字を新字に改めた。
  • 「コト」の合字は「ヿ」を用いて、「シテ」「トモ」の合字は二字に分けて表記した。
  • 脚註:
  1. 「シテ」は合字。
  2. 2.0 2.1 「トモ」は合字。
  3. 3.0 3.1 明治7年文部省布達第24号による改正の箇所。

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