埃及マカリイ全書/第四十八講話

第四十八講話

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一、 しゅそのもん完全かんぜんなる信仰しんこうのぼせんとほつして、福音ふくいんきょうごとくいへり、すくなきことおいちゅうならざるものおほことおいてもちゅうならず、されども『すくなきことおいちゅうなるものおほことおいてもちゅうなり』〔ルカ十六の十〕。すくなきこととはなにふか。またおほこととはなにふか。すくなきこととはこれすなはちこの約束やくそくにして、しゅしんずるものきゅうせんことをしゅやくたまひしすべてのものをふ、たとへば食物しょくもつふくおよその身体からだ安息あんそくためあるひ健康けんこうためになるもの、およびこれにるいするものにして、此事このことついてはしゅぼうらいしてまったおもんぱかるべからざるをめいじたまひき、何故なぜなればしゅたすけものしゅはすべてにおいおもんぱかたまへばなり。さておほものとはこれすなはち永遠えいえんきゅうなる賜物たまものにして、こはしゅしんずるものにあたへんことをやくしたまひしものなれば、信者しんじゃだんこれためおもんぱかりて、これをしゅねがはざるべからず、なんとなればごと誡命かいめいたまへばなり、いはく『なんぢかみくにそのとをもとめよ、しからばこれものみななんぢくははらん』〔マトフェイ六の三十三〕。さてかくのごと誡命かいめいしたまひしはわれもしすくなきものにねんせずして、来世らいせい永遠えいえんなるものをおもんぱかるならば、すくなきものをもきゅうしたまはんことをやくしたるかみしんずるやいなすくなきざんなるものをもつこころみらるるによる。

二、 もしかみところのものにかんして健全けんぜん信仰しんこうたもつならば、其時そのときひときゅうなるものをしんじて、永遠えいえん幸福こうふくじつたづぬることは明白めいはくなるべし。けだししんことば服従ふくじゅうするものはいかやうにかみしんじておのれかみたくするか、はたしてかみことば真実しんじつ合致がっちするか、あるひおのれしょうおのれ信仰しんこう自負じふするにより、ただみづからおのれ信者しんじゃおもふのみなるかをあるひみづからこころみておのれをしんし、あるひ神的しんてき人々ひとびとしんこころみとにすること肝要かんようなり。ひとはおのおのすくなきことおいて、すなはちこのざんのものにおいちゅうなるやいなやみづからこころかつしょうするをるなり。如何いかこころかつしょうするか。よろしくくべし、なんぢおのれ信者しんじゃづくるは天国てんこくたまはるによるか、うへよりうまれて、かみとなり、ハリストスどうしゃとなるによるか、ハリストスとも永世王えいせいおうとなり、もいはれざるひかりうちにありて、げんにしてかぞふべからざる福楽ふくらくうくることかみみづからのごとくならんとするによるか。なんぢかならずいはん『しかり、これがためゆえわれとほざかりておのれしゅたくせり』と。

三、 しからばなんぢおのれこころみよ、じょうおもんぱかりと身体しんたいしょくその必要物ひつようぶつことおよ居室きょしつことかんするおほいなるしんなんぢ占領せんりょうせざるか、またおのれまったおもんぱかるなかれとなんぢめいぜられたるそのおのれためなんぢ自己じこちからもつしひもとめざるか、かつおもんぱからざるか。けだしもし不死ふしなる、永遠えいえんなる、恒存こうそん充足じゅうそくするものをくべきをしんずるならば、かみしんなる人々ひとびとにも、じゅうにも、禽鳥きんちょうにもあたへたまざんなる、ぞくするものにつきては、しゅこれなんぢきゅうすることはいよいよしんずべきにあらずや、けだし此事このことまったおもんぱかるべからざるを誡命かいめいしていへり、なんぢなにくらあるひなにあるひなにんとおもんぱかるなかれ『けだしこれみな邦人ほうじんもとむるところなり』と〔マトフェイ六の三十一、三十二〕。されどもしなんぢなほ此事このことおもんぱかりありて、なんぢおのれしゅことばまったたくせずんば、るべしなんぢいまいたるまで永遠えいえん幸福こうふくすなはち天国てんこくをうくるをしんぜざるのみならず、すくなきものとつるものとにさへなほちゅうならざるをあらはして、ただおのれ信者しんじゃおもふのみなるを。かつそれ身体からだふくよりたっとごとく、霊魂たましひ身体からだよりたっとし。ゆえなんぢ霊魂たましひ永久えいきゅうにして人々ひとびといやすあたはざるそうすなはちづべき情慾じょうよくいやしハリストスよりくべきをなんぢしんずるか、けだししゅこのきたりたまひしは、ちゅうなる霊魂たましひ独一どくいつ真実しんじつしゃとにより、なん情慾じょうよくをいやして、つみなるらいかいきよめんがためなるによる。

四、 なんぢはん『うたがひなくしんず、ゆえに此事このことかたたん、ぼうはかくのごとし』と。しからばおのれこころみてさつすべし、肉体にくたいくるしみはときとしてなんぢこの引誘いんゆうして、なんぢ確信かくしんしたるハリストスをばなんぢをいやすあたはざるものごとおもふことあらざるか。なんぢはいまだ真実しんじつ当然とうぜんしんぜず、みづからおのれをただ信者しんじゃおもふのみなるを。しかれどももしなんぢ不死ふしなる霊魂たましひ永久えいきゅうにしていやすあたはざるそうつみなるやまひとがハリストスもつていやさるるをしんずるならば、身体からだいち薄弱はくじゃくやまひとをもハリストスはいやすのちからあるを確信かくしんすべく、たすけ勤労きんろうとをかろんじて、ひとかれはしかん。けだし霊魂たましひをつくりしもの身体からだをもつくりて、不死ふしなる霊魂たましひをいやすもの身体からだをもいちくるしみとやまひとよりいやすべければなり。

五、 さりながらおもふになんぢわれにつげてごとくいはん、『かみ身体からだをいやすがためくさ薬物やくぶつとをあたへ、身体からだやまひためにはたすけをそなへて、よりられたる身体からだぞくする種々しゅじゅ生産物せいさんぶつもつていやされんやうによくしょしたまへり』と。如此かくのごとくなることはわれどうなり。さりながらしんしてかくすべし、かみはそのおほいなるげん仁愛じんあいじんとにより、たれこれをあたへ、たれため特別とくべつなる照看しょうかんすか、ひとはそのあたへられたる誡命かいめいそむき、けんれて、楽園らくえんたのしみよりこの放逐ほうちくせられしこと、さながら囚虜とりことなりてめいをかうむりしごとく、また採鉱さいこうじょうれられしごとくにして、闇黒あんこくけん服従ふくじゅうし、情慾じょうよくいざなひにより信者しんじゃとなりて、さきにはなん疾病しっぺいらざりしにかかはらず、つひ肉体にくたいなん疾病しっぺいとにおちいりき。さればかれよりうまれたることごとくの、人類じんるいかれおなじくなんにおちいりしことは顕然けんぜんたるなり。

六、 ゆえにかみ病弱びょうじゃくなるもの信者しんしゃとにけるおのれ照看しょうかん此事このことおいてあらはし、だいなるじんにより、つみある人間にんげんまったほろびんことをほつたまはざりき。身体からだじゅつかつこれをりょうするためまたその必要ひつようつるために、人々ひとびととすべてがいぞくするものりょう方法ほうほうをあたへて、かれこの方法ほうほう益用えきようするをゆるしたまへり、なんとなればかれおのれいままったかみにまかすあたはざればなり。しかれどもしゅうよ、なんぢハリストスきたりしものかみとなりて、うへよりかみによりてうまれんとののぞみおこし、げんよくひとよりもさら高尚こうしょうさらおほいなる約束やくそくすなはちしゅきたることのきょをうけて、ためとほざかりしもの信仰しんこう概念がいねん生活せいかつことごとくのひとたいしてあたらしきじょうなるものをもとめざるべからざるなり。光栄こうえいちち聖神せいしん世々よよす。アミン。