養生七不可      杉田玄白著

養生七不可  杉田玄白 著瀧浦文彌校註

例言

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一、思想は身體の健否と關係し、身體の健否は日々の生活に支配される。

一、人の疾病を治し、國民保健の指導を任とする者は、己れ先づ適正なる生活を生活して健全なる身心の持主とならなくてはならぬ。本書は此目的に向つて貢獻する所あるであらう。

一、本書は著者自らの體驗を經とし、東西の學說を緯として作り成しゝものであるとは、著者の巻末に記す所である。近世科學の子たる讀者は宜しく之を學的光明の下に繕いて、古き表現の裏にひそむ永遠的なるものを發見すべきである。

一、博士小酒井不木氏は本書について「養生訓として古來廣く世人に膾炙し、且つ現代人が科學萬能の聲に眩惑されて忘却してゐた療病の上に幾多の眞理を藏するもの。」と曰つた。古來數多き類書中、本書は最もすぐれたるものゝ一たることを疑はない。

一、巻末に補註せるは讀者をしてなるべく字句の解釋に勞することなからしめんことゝ、多少でも興味多からしめんとの老婆心からであるが、蛇足却つて累を著者に及ぼすことなきやを恐るゝものである。

一、玄自先生の略傳はさきに余が公にせし「校註形影夜話」に記したればこゝには載せず。

一、本文の振り仮名、解釋は概ね原のまゝとし、片假名にて送り假名の不足を補ひし外、なるべく原本の體裁を損らざらんことを欲した。表紙の五文字は前例に倣ひ原本から拔いた。

一、原本を惠まれた先生の玄孫杉田六藏氏、よき助言を與へられた先輩學友に厚く感謝する。

   昭和十三年春                           校註者しるす

養生七不可

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昨日非不恨悔   (昨日の非は恨悔すべからず)

きのふは過ぬ。 假令少の過にても改めがたきは、勿論なり。しかるに一度思はざるの不幸に逢ひ、志をうしなふこと出來て、己が意にまかせざることあれば、心中に粘着し、少時も忘れ得ずくりかへし、はてなく恨み悔る人あり。かくのごときものは気必凝滞す。是蒙昧より天壽を損の一つとなるなり。


明日是不慮念   (明日の是は慮念すべからず)

明日はしられず。大凡成と成らざるは賢愚によらず豫め知るる物なり。然 るに成ることをなし得ず、成らざることを强てなさんとはかり、無益に思を勞し、心中少時も安からず、徒に快? して日々に快事を知らざる人あり。 是また蒙昧より天壽を損るの一つなり。此二事を明らめ得ざれば、百病を生るの因となるなり。是を明らむる大要は他なし、唯決断にあり。飲與食不過度   (飲と食とは度を過すべからず)
飲食の二つは其品を賞し其味を樂しむ爲にあらず。唯是を以て一身を養ふ爲に飲み食ふものなり。されば細胞によりて氣力に强弱を見はすこと其著しき正?なり。如何となれば飲食一度腹中に入て自然の力を以て是を消化し、其の度宜しき時は、清潔の血液を生じ、能一身を養ひ種々の妙用を便す。?物は?り新物は養ふこと、人々自然に受得る所なり。若度に過る時は養に剰餘あり。その得る所の物ぜんぜんに?物となり、終には病を生るの因となる。古人も守口如甁と箴たり。故に飲食は度に應ずるをよしとす。

正物不苟食   (正物に非ざれば苟も食すべからず)

食は五味の調和を賞すといへど、食に對して品數多く交へ食ふべからす。椀中にては其品別なりといへども、胃中に下るときは混じて一となり、消化して不潔の血液を生ず。費へば五色の間して何の色とも名くべからざるが如し。殊に饐餲せる物、魚鳥の肉不鮮の物最食ふペからす。是また化して不第の血液となる。共に病を生るの因となる。唯新鮮にして品數少く食ふをよしとす。事時不藥   (事なき時は薬を服すべからず)
藥物は効力ある物ゆゑ、法にたがふ時は却て害あるものなり。されば古には毒ともいへり。然るに今時の人是を知らず、藥だに服すれば能き事とこゝろえ、させることなきに?に藥を服するは甚しき誤なり。?せざれば中?を得と云ふこともあり。大底の病は藥を服さずとも自然の力によって病は平个するものなり。??の人は大方の病には薬を服さずして快復するもの多し。?ば飲酒度に過たる人は登調頭痛し、心中も??す。故に自ら吐せんことを欲す。終に自ら吐?し、其飲たるものを吐畫す。??なれば?快復す。是其自然のちからを以て治るの證なり。然に其人力足らず、吐むと欲して自ら吐事を得ず。如許時は吐藥を與へて是を吐しむ。これにより吐ときは其治すること自然の吐瀉と同じ。是藥の効にして藥を服するの法なり。總て病の治するは自然にして藥は其力の足らざる所を助るものなり。西洋の人は自然は體中の一大良藥にして薬は其補佐なりとも説り。かくあることを?へす、少の事にも藥を服するは其益少くして其害多し。殊に薬は意のるべきことなり。物にも腹中に入たる物は再び取去りがたきは勿論なり。些細の物にても知べし。鼠蝮蛇の類ひ人を損傷すといふは微細なる歯を以て人の肉を咬み気なり。しかある時は其毒氣血に従ひて流
行し散曼し大毒となり、嶽すれば命を失ふに至る。藥も亦然り。令一丸一刀圭にても効力ある藥を輕卒には服すべからず。恐るべきは此物なり。其法に合はざるときは害あるがゆゑなり。

頼壯實不可過房   (壮実を頼んで、房をすごすべからず。)

人の精水は生涯其量の定りたるものにはあらず。一氣の感動によつて血液中の精氣分利し一種の霊液となして射し出せるなり。故に生霊たる人物をも生ず。かくあるものを満に房に人精水を費す時は、身の精氣を減耗し、生命を損すること言葉を待ずして知るべし。

勤動作不可好安   (動作を勤めて、安を好むべからず。)

血液は飲食化して成り、一身を周流し、蘯夜に止らざる事河水の止らざるが如し。此内より阿弥陀にてセイニューホクトと名づくる物を製し出す。第人の氣と名づくるもの是なり。余が解體新書に?する???亦是なり。冒涜は利なきに何、あるに似たり。??とこみ?といへども校訂すれば一理なり。推理小説に置くところ???に置し、合せ見るべし血液は此力を以て順り、氣は血液の潤いを以て立こと一つなるが如し。此二物の妙用によつて生涯を保つ事業人異事なし。然れども日々に生じ日々に?のみにては害ある事故、天より主る物を具へ、内には当Page:Yojo-shichifuka.pdf/9ときは受得し天壽つものなり。また生れながら强く無病なる者も後天の毒とて保養あしければ病

を生じ らー4病名保をを陂しを 天年を保ち得ず、半途にて死る者なり。是草木の風雨にて逢て時ならずし て枯るに同じ。愚老生れ得たる病身にて萬事人なみならず、されど、幸に?家に生れ、少しは養生の道 をも?へ、幼より强たる事をなさず、共?によりてや此年月を無事に經て孫子も生じ、今日にては人 に健なりと羨るゝほどなり。然れども生れ得し病身の治したるにはあらず。元より我身のことなり、 且聲者のことなれば?をも診ひ腹をも探りて見るに、此所宜くなりしと思ふ所もなし。はや來る春は 古稀の年に成事なれば、共しるしには目歯の少しあしきまでなり。共外は不自由の所も覚えす、健な りと鼻らる、にはあるまじ。愚老より年若き朋友どもの丈夫頬に身を特なせし者は皆千古の人 となり・今は此世に在者は少し。前に譬へし草木の生長はあしけれど同じやうに花賞のり・る 時までは持っぺ、、といへるは'老が類ひなるべきか。総て自液の不なるもの次第よくもれ去ぎ る時は、其餘れるもの使よき所に留滞し'積り、て苛烈の惡液に變じ、其極に至りては様結毒な どの多年癒ざる瘡口より流れ出る惡水の如く、臭氣は鼻をつき、味は辛烈にして??の性にひとし。故 に筋肉を腐触し堅硬なる骨を巧第す。是によって鼻柱も落、頭骨も砕く。梅毒のみならす、他の病も また然あるなり。かく恐怖すべき惡液を貯へながらも多年生命を保つものは、幸に惡液一所に篭Page:Yojo-shichifuka.pdf/11Page:Yojo-shichifuka.pdf/12Page:Yojo-shichifuka.pdf/13Page:Yojo-shichifuka.pdf/14Page:Yojo-shichifuka.pdf/15Page:Yojo-shichifuka.pdf/16Page:Yojo-shichifuka.pdf/17Page:Yojo-shichifuka.pdf/18Page:Yojo-shichifuka.pdf/19Page:Yojo-shichifuka.pdf/20Page:Yojo-shichifuka.pdf/21Page:Yojo-shichifuka.pdf/22Page:Yojo-shichifuka.pdf/23Page:Yojo-shichifuka.pdf/24Page:Yojo-shichifuka.pdf/25