鐵道震害調査書/第一編/第三章/第一節


第三章 被害詳說

第一節 切取及び築堤

  一 東海道󠄁本線汐留起󠄁點49哩32鎖󠄁近󠄁築堤

 造󠄄槪要  本築堤は國府津下曾我間の平󠄁坦なる田甫中に砂利交󠄁り土砂を以て築造󠄁せられたる複線築堤にして法面は勾配󠄁1割5分󠄁の筋芝工とし最大高約30呎なり。

 害󠄂狀況  (附圖第三十九參照) 施工基面に於て最大約15呎沈下し崩󠄁壞土砂は線路中心の左右約100呎附近󠄁迄波狀をなして壓出せられ幅1呎6吋,深5呎,長30呎位の龜裂を無數に生じ全󠄁く堤形を存せざるに至れり)ママ

 國府津下曾我間の築堤は他の區間(茅ヶ崎國府津間)の築堤に比し被害󠄂甚大なり。

  二 熱海線國府津起󠄁點9哩8鎖󠄁よリ9哩42鎖󠄁に至る切取

 造󠄄槪要  (附圖第四十參照) 本區間に於ける線路は箱根山脈󠄂の相模灘に望󠄁める中腹に片切取として築造󠄁せるものにして(大正九年二月起󠄁工,大正十一年六月竣工)勾配󠄁急󠄁峻なるため建󠄁設當時これが測量にすら多大の困難を來せる箇所󠄁なり。一般に地表數呎は肥土及び火山灰󠄁にて蔽はれ,蜜柑畑多く,9哩14鎖󠄁近󠄁は新しき崩󠄁土にて切取施工の際埋木古錢及び古代の石佛等を掘り出したる事あり。9哩20鎖󠄁より同25鎖󠄁に至る附近󠄁は赤澤丁場と稱せし採󠄁石場にして,地質は節󠄂理多き安山岩と粗密一樣ならざる集塊岩とより成り,安山岩は法勾配󠄁4分󠄁乃至8分󠄁,集塊岩は7分󠄁乃至1割に仕上げたり。而して切取法高の最大なる箇所󠄁は280呎に達󠄁し,その上部には屈曲甚しき熱海縣道󠄁あり。尙本區間線路の方向は9哩20鎖󠄁近󠄁に於て南12度東なり。

 害󠄂狀況  (附圖第四十並に寫眞第二百二十四及び第二百二十五參照) 本區間は熱海線中線路切取の被害󠄂最も大なる箇所󠄁にして,法面全󠄁崩󠄁壞して線路を埋沒せること施工基面上10呎乃至50呎に及び,甚しきは熱海縣道󠄁より海面まで一勾配󠄁に變化したる所󠄁あり。從て海中に崩󠄁落せる土砂の量は蓋し莫大なるものあらん。箱根山脈󠄂の相模灘に聳立して斷崖をなす所󠄁は,本區間のみに限らずその他の箇所󠄁に於ても孰れも大なる山崩󠄁をなし,海上よりこれを望󠄁めば如何にその被害󠄂の甚大なりしかを知るを得。斯くの如きは啻に切取箇所󠄁の震源に近󠄁きためのみならず,地質粗密相互層の集塊岩なると,又󠄂絕壁なるがため,振動更󠄁に大なりしに因るものなるべし。

  三 熱海線國府津起󠄁點0哩15鎖󠄁より0哩70鎖󠄁に至る築堤

 造󠄄槪要  (附圖第四十一參照) 本區間の築堤は國府津驛より酒勾川平󠄁野の東部を橫斷せる複線にして線路の方向は北86度西なり。築堤の高は0哩29鎖󠄁近󠄁最も高く約43呎にしてこれより國府津方又󠄂は小田原方に進󠄁むに從ひて低下し,0哩20鎖󠄁近󠄁に於て約29呎となり,0哩40鎖󠄁近󠄁にて約34呎,0哩50鎖󠄁近󠄁にて約27呎,0哩60鎖󠄁近󠄁にて約15呎,0哩70鎖󠄁近󠄁にて約4呎となる。線路兩側の平󠄁地は槪ね水田にして處々野菜󠄁畑を交󠄁ふ。地質は火山灰󠄁又󠄂は火山岩の分󠄁解したる土壤より成れり。

 築堤用土砂は國府津驛の裏山を切取りたる赤土にして,法勾配󠄁は高30呎迄は1割5分󠄁,高30呎以上に在りては上部高30呎間1割5分󠄁,下部1割8分󠄁なり。法には筋芝工を施し,下部に腰󠄁石垣を設けたる箇所󠄁あり。本築堤は大正七年十二月起󠄁工,大正九年二月竣工したるものなり。

 害󠄂狀況  (附圖第四十一並に寫眞第二百二十六及び第二百二十七參照) 本築堤は全󠄁長に亘りて舊態を存せざる程󠄁度に崩󠄁潰し,その最も甚しき箇所󠄁は線路中心より左右兩側各250呎の遠󠄁きに至る迄散亂し,施工基面の沈下は33呎に達󠄁し,崩󠄁潰せる土砂の總量約12,000坪󠄁に及べり。從て上下軌道󠄁は兩側に投げ出されて上下左右に甚しき屈曲をなし,兩側の電柱悉く傾倒して慘憺たる光景を呈󠄁せり。本築堤は竣工後僅に2,3箇年餘を經過󠄁せるのみにして充分󠄁固定せず,且これに使󠄁用せし赤土は崩󠄁潰し易き性質にして竣工後數囘降雨のために崩󠄁潰せしことあり。