新約聖書譬喩略解/第十四 千金僕を試むるの譬
< 新約聖書譬喩略解
第十四 千金 僕 を試 むるの譬
編集
- 〔註〕
此 譬 は十人 の童女 の譬 に大畧 は類 すれども指 す所 の意味 は大 に異 なれり彼 には主 の速 にきたりたまふことを望 を説 く是 心 に就 て言 へり此 には主 に代 て働 きを作 を説 く是 身 に就 て言 へり彼 には弟子 の信 うすくして主 の再 び臨 たまふことを忘 るるを戒 め此 には弟子 力 を吝 みて主 の業 を理 ざることを戒 めり或人 曰 く上 の譬 は心 を労 せし弟子 は聖書 の奥 義 に専 ら意 を用 ゆることを指 す此 譬 は力 を労 せし弟子 は専 ら聖會 の諸 事 を理 ることを指 せり又 上 の譬 の愚女 と此 譬 の悪僕 と同 く賞 を失 ひ罰 を受 れども彼 は絶 て警醒 ことなくまた畏懼 ことなし此 は妄 に其 主 を疑 ひ畏懼 こと甚 だ過 たり是 みな均 く我 儕 の戒 むべき所 なり ○此 譬 と路加 十九章の百 金 僕 を試 るの譬 とよく似 たれども其 説 たまふの時 おなじからず路加 には救主 エリコよりエルサレムに往 たまふ時 路 のほとりに於 て説 たまへるなり此 れはエルサレムより出 たまひし後 カンラン山 に在 て説 たまへり又 其 聴人 もおなじからず路加 には諸人 と弟子 とに語 るとなせり此 れは弟子 の私 に問 るに因 て弟子 にのみ語 りたまへり其 教 たまふ意味 もおなじからず路加 に載 する所 の意 は衆 或 は神 の国 まさに顕 れんとおもへるに因 て神 の国 は即 至 るにあらず必 ずまづ人 に憾 られ暫 く仇敵 に勝 れしかども終 にいたれば必 ず復 来 たまひ忠 義 の僕 を賞 め仇敵 をば滅 さんと語 たまひ先 には友 となれども後 には敵 となり悪人 に跟 随 ひ己 れに敵対 して滅亡 の禍 を取 るべからずと衆人 に警戒 たまひ又 其 弟子 にも力 を竭 し工 を行 し将来 の賞賜 を望 と勧 めたまへり此 譬 は弟子 の外 には聞人 も無 れば仇敵 のことは語 たまはず但 弟子 の惰 て無 益 の僕 とならんことを戒 めたまへるなり ○此 の譬 の意 (旅行 せん)とはイエスの久 からずして世 を離 れ天国 に昇 たまひ所有 を諸僕 に付 したまひイエスの職役 と霊賜 と才能 と智慧 を弟子 に賜 ることを指 せり ペンテコステの時 に弟子 みな聖霊 を受 しは即 是 れイエス始 めて賜 りし時 なり聖書 にイエス天 に昇 たまふとき頒賜 を人 にあたへりといへり〔以弗所 書四章八節より十二節〕又 霊 のあらはしを各 に賜 しは益 を得 せしめんためなりといへり〔哥林多 前十二章七節〕(各 人 の智慧 に従 ひ)とは人 の才質 おなじからず たとへば器 の大小 ありて物 を多 く容 るもありまた少 しならでは容 らざるもあるが如 きなり故 に其才 の大小 によりて任 せ器 量 一 ぱいに叶 を以 て度 となせり(僕 の忠 なる者 は利 を獲 ること二 倍 )とは眞 の弟子 はその職 を盡 し其才 を竭 し主 に代 て工 を行 力 のあらんかぎりを竭 せることを指 せり此 の處 路加 に載 する所 と同 からず ここには二 人 の利 を得 し数 は其 預 し銀 の数 におなじければ主 より我 儕 に付託 たまふ軽重 に随 て求 むる所 もまた軽重 あることを知 らしむるなり路加 には付託 こと異 なることなくして利 を獲 る所 も亦 多 く力 を盡 す少 き者 は獲 る所 も亦 少 きを教 たまふなり一千 の銀 を受 し僕 は懶惰 て貿易 せざりしなり路加 には裹 に巾 を以 てすとは其銀 の少 きに因 て巾 に裹 といふ此 に地 に藏 とあるは其銀 の多 きに因 て地 に藏 といへるなり(金 を地 に藏 )とは神 のあたへたまふ恩 と才能 とを用 ひざることを指 せり(歴久 て其主 歸 る)とは世 界 の末日 に救主 の再臨 たまふことを指 す(僕 と會計 する)とは人 の審判 を受 ることを指 す此 二句 を観 に我 等 すべて心 に想 こと口 に言 こと身 に行 こといまだ必 ずしも審判 を受 ずと雖 も終 に至 れば必 ず神 と會計 することを要 べし(忠 義 の僕 は主 悦 て之 に語 り爾 吾 重職 に任 すべし主 の楽 に入 よ)とは眞 の弟子 は天国 を得 るを指 す主 を信仰 するものは生前 に於 て心 の中 眞 の楽 あれどもいまだ全 く安穏 にして掛慮 なしとせざりしが此 に至 て天国 に登 り永福 を享 ることを明 せるなり二 千 の金 を獲 るものと五 千 の金 を獲 るものと一律 に賞 を得 て高 下 を分 ことなきは銘々 あらん限 り力 を盡 し労 こと均 しければ賞 もまた均 く其 成績 の多 寡 にはかかわらざるなり聖書 に人 若 願志 あらばその無 ところに依 らず其 有 ところによりて受 たまふべしとあり〔哥林多 後書八章十二節〕審判 の時 に到 ては貧窮 愚 鈍 なるものは富 貴 才 智 のものに比較 れば賞 を得 ること却 て大 なるはその有 るものを盡 して全 く餘 なき故 なり主 の歓楽 に入 よといふは天国 を得 るを指 せり僕 主 の筵席 にあづかることを得 るはローマ国 の例 に主人 その僕 を請 て筵 の席 に竝 て之 と同 く飲食 しその僕 に釋放 して是 より彼 の名 義 を廃 して友 となすことあり乃 ち此例 に従 なり(一千 の銀 を受 し僕 至 て曰 く主 よ汝 は厳 き人 にて種 ざる處 より獲 り散 さざる處 より斂 ことを知 る故 に我 懼 て汝 の銀 を地 に藏 したり今 汝 汝 の物 を得 るなり)と此 僕 の錯 といふはその主 を識 らずしてただ厳 きものとなすにあり故 に事 を行 して遇差 誤 あらば必 ず主 の責罰 をきびしく受 んことを恐 るるなり吾等 信者 また此弊 あり常 に天 父 の威 を畏 て主 の工 を勤 めざるなり天 父 は威 ありて畏 るべしと雖 もすでに我父 たり必 ず慈悲 ありたまひて能 我 等 の孱弱 を體恤 たまへり唯 我 等 力 を盡 さざることあるを恐 るべきなり且 此 僕 ただに端 を藉 て推諉 け身 を脱 るるの計 をなすのみならず妄言 してその主 を謗 未 だ種 ずしてかり散 さずしておさむといへり その罪 甚 だ大 なり また汝 なんぢの物 を得 るといへり此 言 もまた大 に誤 れり すべて財 には必 ず利 そなはり日 を経 こと久 して利 を主 に収 めざるはすでに是 れ缺陥 なり原 の物 を得 れば足 れりとするの理 なし天 父 より恩 を賜 り才 智 を以 て我 儕 に與 るはもと其 用 をなさしめんためなり若 し我 天 父 の用 を勤 めずば固 より天 父 に見 べき面目 なし何 ぞ其 本分 を守 と謂 んや主 この僕 を悪 懶 る僕 となせる其 悪 といふゆえんは己 の過 を掩 はんとして不是 を以 て其 主 を誣 る故 なり又 懶 るといふは其 主 の養育 を受 て力 を竭 して働 ざる故 なり(主 の汝 我 いまだ種 ざるに穫 り散 さざるに斂 るを知 らば)といふは自 ら己 の過 を認 るにあらず彼 の口 に依 て審判 をなすなり汝 の言 に依 ば汝 もまたかくの如 くすべからずといふに同 じ(我銀 を以 て銭儈 に預置 我 帰 たるとき本 と利 とを受 べし)といふ此 數句 は或説 に教會 中 の軟弱 して智慧 ある者 に頼 てその教訓 を受 け其 措麾 に順 て力 を盡 し主 に仕 べし自己 の才 智 なきを以 て推諉 すべからずとの意 なりといへり此 僕 の受 る報 はその所有 を奪 られて他人 に與 られしなり(有 る者 は予 られて尚 あまりあり無有者 はその有 る物 をも奪 るる)といふ事 は世 の中 に最 も験 多 し穀 の種 を田 に播 ばその穀 はますます繁殖 れども播 ずして之 を藏 閣 ときはその穀 みな腐 爛 れ河 の水 も常 に流 れて息 ざるときは清 く潔 よけれども止 て流 ざるときは螆 を生 ぜり人 の才 智 も用 れば用 ゆる程 愈 増 し用 ざれば用 ざる程 愈 減 ぜり霊魂 も亦 かくの如 なり教會 の人 自己 の力 も多 からず財 も限 ありて教會 に利 益 すること能 はず心 を盡 して帮 れども事 の濟 ざるに屬 て教會 の盛衰 に任 せて己 れ戚 ざるは誠 に惜 べきなり また自己 の信仰 弱 くして試練 に堪 事 を擔當 する能 はずして世 の人 と往 来 せば誘惑 に入 らんかと之 を恐 るること甚 く遂 に戸 を閉 身 を修 め眞道 を以 て人 に訓 ざるものあり天主教 の童貞 を守 るといふは類 かくの如 し世 俗 を離 れんとして世 俗 に勝 ことを思 はずたとへば卑 怯 の人 唯 賊 を逃走 ることを知 て兵 を調 て賊 を討 ことをせざるが如 し此 等 の人 は彼 の悪僕 と異 なるなし これは謙卑 に似 て實 は謙卑 を假 るなり眞 の謙卑者 は事々 天 父 に倚頼 めり我 の力 弱 ければ天 父 我 に力 を加 たまひ我 の財 不 足 なれば天 父 我 に財 を増 たまひ我 の膽 卑 怯 なれば天 父 我 に膽 を壯 にしたまふべし天 父 我 を働 かしたまはば必 我 をして働 きに叶 しめたまふべし昔 救主 癱風 を病 ものに命 じて手 を伸 よとあれば彼 よく伸 徒 に一言 を以 て吩咐 たまふのみにあらず大能 を以 て助 たまふ故 なり さて此 僕 の逐 るるはその行 の悪 に因 にあらず惰 て己 の力 を吝惜 し故 に悪 僕 と称 して逐 やられしなり しからば主 の恩賜 を受 しに己 れの所有 に依 て眞道 を帮助 ずんば亦 必 ず外 の暗 に逐 はれて主 の榮光 の面 を見 ることを獲 ざるなるべし