巻五:秋下


00437

[詞書]和哥所にてをのことも哥よみ侍りしにゆふへのしかといふことを

藤原家隆朝臣

したもみちかつちる山のゆふしくれぬれてやひとり鹿のなくらん

したもみち-かつちるやまの-ゆふしくれ-ぬれてやひとり-しかのなくらむ


00438

[詞書]百首哥たてまつりし時

入道左大臣

山おろしに鹿のねたかくきこゆなりおのへの月にさよやふけぬる

やまおろしに-しかのねたかく-きこゆなり-をのへのつきに-さよやふけぬる


00439

寂蓮法師

野わきせしをのゝくさふしあれはてゝみ山にふかきさをしかの声

のわきせし-をののくさふし-あれはてて-みやまにふかき-さをしかのこゑ


00440

[詞書]題しらす

俊恵法師

あらしふくまくすかはらになくしかはうらみてのみやつまをこふらん

あらしふく-まくすかはらに-なくしかは-うらみてのみや-つまをこふらむ


00441

前中納言匡房

つまこふる鹿のたちとをたつぬれはさ山かすそに秋風そふく

つまこふる-しかのたちとを-たつぬれは-さやまかすそに-あきかせそふく


00442

[詞書]百首哥たてまつりし時秋の哥

惟明親王

み山への松のこすゑをわたるなりあらしにやとすさをしかの声

みやまへの-まつのこすゑを-わたるなり-あらしにやとす-さをしかのこゑ


00443

[詞書]晩聞鹿といふことをよみ侍し

土御門内大臣

われならぬ人もあはれやまさるらん鹿なく山の秋の夕くれ

われならぬ-ひともあはれや-まさるらむ-しかなくやまの-あきのゆふくれ


00444

[詞書]百首哥よみ侍りけるに

摂政太政大臣

たくへくる松のあらしやたゆむらんおのへにかへるさを鹿のこゑ

たくへくる-まつのあらしや-たゆむらむ-をのへにかへる-さをしかのこゑ


00445

[詞書]千五百番哥合に

前大僧正慈円

なくしかのこゑにめさめてしのふかな見はてぬ夢の秋の思を

なくしかの-こゑにめさめて-しのふかな-みはてぬゆめの-あきのおもひを


00446

[詞書]家に哥合し侍りけるに鹿をよめる

権中納言俊忠

よもすからつまとふ鹿のなくなへにこはきかはらのつゆそこほるゝ

よもすから-つまとふしかの-なくなへに-こはきかはらの-つゆそこほるる


00447

[詞書]題しらす

源道済

ねさめしてひさしくなりぬ秋の夜はあけやしぬらん鹿そなくなる

ねさめして-ひさしくなりぬ-あきのよは-あけやしぬらむ-しかそなくなる


00448

西行法師

を山たのいほちかくなくしかのねにおとろかされておとろかすかな

をやまたの-いほちかくなく-しかのねに-おとろかされて-おとろかすかな


00449

[詞書]白河院鳥羽におはしましけるに田家秋興といへることを人々よみ侍りけるに

中宮大夫師忠

山さとのいな葉の風にねさめしてよふかく鹿のこゑをきくかな

やまさとの-いなはのかせに-ねさめして-よふかくしかの-こゑをきくかな


00450

[詞書]郁芳門院のせんさいあはせによみ侍りける

藤原顕綱朝臣

ひとりねやいとゝさひしきさをしかのあさふすをのゝくすのうら風

ひとりねや-いととさひしき-さをしかの-あさふすをのの-くすのうらかせ


00451

[詞書]題しらす

俊恵法師

たつた山こすゑまはらになるまゝにふかくもしかのそよくなるかな

たつたやま-こすゑまはらに-なるままに-ふかくもしかの-そよくなるかな


00452

[詞書]祐子内親王家哥合のゝちしかのうたよみ侍りけるに

権大納言長家

すきてゆく秋のかたみにさをしかのをのかなくねもおしくやあるらん

すきてゆく-あきのかたみに-さをしかの-おのかなくねも-をしくやあるらむ


00453

[詞書]摂政太政大臣家の百首哥合に

前大僧正慈円

わきてなといほもる袖のしほるらんいな葉にかきる秋の風かは

わきてなと-いほもるそての-しをるらむ-いなはにかきる-あきのかせかは


00454

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋田もるかりいほつくりわかをれは衣手さむしつゆそをきける

あきたもる-かりいほつくり-わかをれは-ころもてさむし-つゆそおきける


00455

前中納言匡房

秋くれはあさけの風の手をさむみ山田のひたをまかせてそきく

あきくれは-あさけのかせの-てをさむみ-やまたのひたを-まかせてそきく


00456

善滋為政朝臣

ほとゝきすなくさみたれにうへし田をかりかねさむみ秋そくれぬる

ほとときす-なくさみたれに-うゑしたを-かりかねさむみ-あきそくれぬる


00457

中納言家持

いまよりは秋風さむくなりぬへしいかてかひとりなかきよをねん

いまよりは-あきかせさむく-なりぬへし-いかてかひとり-なかきよをねむ


00458

人麿

秋されは雁のは風にしもふりてさむきよなしくれさへふる

あきされは-かりのはかせに-しもふりて-さむきよなよな-しくれさへふる


00459

さをしかのつまとふ山のをかへなるわさ田はからししもはをくとも

さをしかの-つまとふやまの-をかへなる-わさたはからし-しもはおくとも


00460

貫之

かりてほす山田のいねは袖ひちてうへしさなへとみえすもあるかな

かりてほす-やまたのいねは-そてひちて-うゑしさなへと-みえすもあるかな


00461

菅贈太政大臣

草葉にはたまとみえつゝわひ人の袖の涙の秋のしらつゆ

くさはには-たまとみえつつ-わひひとの-そてのなみたの-あきのしらつゆ


00462

中納言家持

わかやとのおはなかすゑにしらつゆのをきし日よりそ秋風もふく

わかやとの-をはなかすゑに-しらつゆの-おきしひよりそ-あきかせもふく


00463

恵慶法師

秋といへは契をきてやむすふらんあさちかはらのけさのしらつゆ

あきといへは-ちきりおきてや-むすふらむ-あさちかはらの-けさのしらつゆ


00464

人麿

秋されはをくしらつゆにわかやとのあさちかうは葉色つきにけり

あきされは-おくしらつゆに-わかやとの-あさちかうはは-いろつきにけり


00465

天暦御哥

おほつかな野にも山にもしらつゆのなにことをかはおもひをくらん

おほつかな-のにもやまにも-しらつゆの-なにことをかは-おもひおくらむ


00466

[詞書]後冷泉院みこの宮と申しける時尋野花といへる心を

堀河右大臣

つゆしけみ野辺をわけつゝから衣ぬれてそかへる花のしつくに

つゆしけみ-のへをわけつつ-からころも-ぬれてそかへる-はなのしつくに


00467

[詞書]閑庭露しけしといふことを

基俊

庭のおもにしけるよもきにことよせて心のまゝにをけるつゆかな

にはのおもに-しけるよもきに-ことよせて-こころのままに-おけるつゆかな


00468

[詞書]白河院にて野草露繁といへる心を

贈左大臣長実

秋の野のくさ葉をしなみをくつゆにぬれてや人のたつねゆくらん

あきののの-くさはおしなひ-おくつゆに-ぬれてやひとの-たつねゆくらむ


00469

[詞書]百首哥たてまつりし時

寂蓮法師

ものおもふ袖よりつゆやならひけん秋風ふけはたへぬ物とは

ものおもふ-そてよりつゆや-ならひけむ-あきかせふけは-たへぬものとは


00470

[詞書]秋の哥のなかに

太上天皇

つゆは袖にものおもふころはさそなをくかならす秋のならひならねと

つゆはそてに-ものおもふころは-さそなおく-かならすあきの-ならひならねと


00471

野はらよりつゆのゆかりをたつねきてわか衣手に秋風そふく

のはらより-つゆのゆかりを-たつねきて-わかころもてに-あきかせそふく


00472

[詞書]題しらす

西行法師

きりすよさむに秋のなるまゝによはるか声のとをさかりゆく

きりきりす-よさむにあきの-なるままに-よわるかこゑの-とほさかりゆく


00473

[詞書]守覚法親王五十首哥中に

家隆朝臣

むしのねもなかきよあかぬふるさとになをおもひそふ松風そふく

むしのねも-なかきよあかぬ-ふるさとに-なほおもひそふ-まつかせそふく


00474

[詞書]百首哥中に

式子内親王

あともなき庭のあさちにむすほゝれつゆのそこなる松むしのこゑ

あともなき-にはのあさちに-むすほほれ-つゆのそこなる-まつむしのこゑ


00475

[詞書]題しらす

藤原輔尹朝臣

秋風は身にしむはかりふきにけりいまやうつらんいもかさ衣

あきかせは-みにしむはかり-ふきにけり-いまやうつらむ-いもかさころも


00476

前大僧正慈円

衣うつをとはまくらにすかはらやふしみの夢をいくよのこしつ

ころもうつ-おとはまくらに-すかはらや-ふしみのゆめを-いくよのこしつ


00477

[詞書]千五百番哥合に秋哥

権中納言公経

ころもうつね山のいほのしはもしらぬ夢ちにむすふたまくら

ころもうつ-ねやまのいほの-しはしはも-しらぬゆめちに-むすふたまくら


00478

[詞書]和哥所哥合に月のもとに衣うつといふことを

摂政太政大臣

さとはあれて月やあらぬとうらみてもたれあさちふに衣うつらん

さとはあれて-つきやあらぬと-うらみても-たれあさちふに-ころもうつらむ


00479

宮内卿

まとろまてなかめよとてのすさひかなあさのさ衣月にうつこゑ

まとろまて-なかめよとての-すさひかな-あさのさころも-つきにうつこゑ


00480

[詞書]千五百番哥合に

定家朝臣

秋とたにわすれんとおもふ月かけをさもあやにくにうつ衣かな

あきとたに-わすれむとおもふ-つきかけを-さもあやにくに-うつころもかな


00481

[詞書]擣衣をよみ侍ける

大納言経信

ふるさとに衣うつとはゆくかりやたひのそらにもなきてつくらん

ふるさとに-ころもうつとは-ゆくかりや-たひのそらにも-なきてつくらむ


00482

[詞書]中納言兼輔家の屏風哥

貫之

雁なきてふく風さむみから衣君まちかてにうたぬよそなき

かりなきて-ふくかせさむみ-からころも-きみまちかてに-うたぬよそなき


00483

[詞書]擣衣の心を

藤原雅経

みよしのゝ山の秋風さよふけてふるさとさむく衣うつなり

みよしのの-やまのあきかせ-さよふけて-ふるさとさむく-ころもうつなり


00484

式子内親王

ちたひうつきぬたのをとに夢さめてものおもふ袖のつゆそくたくる

ちたひうつ-きぬたのおとに-ゆめさめて-ものおもふそての-つゆそくたくる


00485

[詞書]百首哥たてまつりし時

ふけにけり山のはちかく月さえてとをちのさとに衣うつ声

ふけにけり-やまのはちかく-つきさえて-とをちのさとに-ころもうつこゑ


00486

[詞書]九月十五夜月くまなく侍けるをなかめあかしてよみ侍ける

道信朝臣

秋はつるさよふけかたの月みれは袖ものこらすつゆそをきける

あきはつる-さよふけかたの-つきみれは-そてものこらす-つゆそおきける


00487

[詞書]百首哥たてまつりし時

藤原定家朝臣

ひとりぬる山とりのおのしたりおにしもをきまよふとこの月かけ

ひとりぬる-やまとりのをの-したりをに-しもおきまよふ-とこのつきかけ


00488

[詞書]摂政太政大臣大将に侍ける時月哥五十首よませ侍けるに

寂蓮法師

ひとめ見し野辺のけしきはうらかれてつゆのよすかにやとる月かな

ひとめみし-のへのけしきは-うらかれて-つゆのよすかに-やとるつきかな


00489

[詞書]月のうたとてよみ侍ける

大納言経信

秋の夜は衣さむしろかさねても月の光にしく物そなき

あきのよは-ころもさむしろ-かさねても-つきのひかりに-しくものそなき


00490

[詞書]九月つこもりかたに

華山院御哥

あきのよははや長月になりにけりことはりなりやねさめせらるゝ

あきのよは-はやなかつきに-なりにけり-ことわりなりや-ねさめせらるる


00491

[詞書]五十首哥たてまつりし時

寂蓮法師

むらさめのつゆもまたひぬまきの葉にきりたちのほる秋の夕くれ

むらさめの-つゆもまたひぬ-まきのはに-きりたちのほる-あきのゆふくれ


00492

[詞書]秋哥とて

太上天皇

さひしさはみやまの秋のあさくもりきりにしほるゝまきのしたつゆ

さひしさは-みやまのあきの-あさくもり-きりにしをるる-まきのしたつゆ


00493

[詞書]河霧といふことを

左衛門督通光

あけほのや河せのなみのたかせ舟くたすか人の袖の秋きり

あけほのや-かはせのなみの-たかせふね-くたすかひとの-そてのあききり


00494

[詞書]堀河院御時百首哥たてまつりけるにきりをよめる

権大納言公実

ふもとをはうちの河きりたちこめて雲井に見ゆる朝日山かな

ふもとをは-うちのかはきり-たちこめて-くもゐにみゆる-あさひやまかな


00495

[詞書]題しらす

曽祢好忠

山さとにきりのまかきのへたてすはをちかた人の袖もみてまし

やまさとに-きりのまかきの-へたてすは-をちかたひとの-そてもみてまし


00496

清原深養父

なくかりのねをのみそきくをくら山きりたちはるゝ時しなけれは

なくかりの-ねをのみそきく-をくらやま-きりたちはるる-ときしなけれは


00497

人麿

かきほなるおきの葉そよき秋風のふくなるなへに雁そなくなる

かきほなる-をきのはそよき-あきかせの-ふくなるなへに-かりそなくなる


00498

秋風に山とひこゆるかりかねのいやとをさかり雲かくれつゝ

あきかせに-やまとひこゆる-かりかねの-いやとほさかり-くもかくれつつ


00499

凡河内躬恒

はつかりのは風すゝしくなるなへにたれかたひねの衣かへさぬ

はつかりの-はかせすすしく-なるなへに-たれかたひねの-ころもかへさぬ


00500

読人しらす

かりかねは風にきおひてすくれともわかまつ人のことつてもなし

かりかねは-かせにきほひて-すくれとも-わかまつひとの-ことつてもなし


00501

西行法師

よこ雲の風にわかるゝしのゝめに山とひこゆるはつかりの声

よこくもの-かせにわかるる-しののめに-やまとひこゆる-はつかりのこゑ


00502

白雲をつはさにかけてゆくかりのかと田のおものともしたふなる

しらくもを-つはさにかけて-ゆくかりの-かとたのおもの-ともしたふなり


00503

[詞書]五十首哥たてまつりし時月前聞雁といふことを

前大僧正慈円

おほえ山かたふく月のかけさえてとは田のおもにおつるかりかね

おほえやま-かたふくつきの-かけさえて-とはたのおもに-おつるかりかね


00504

[詞書]題しらす

朝恵法師

むら雲や雁のはかせにはれぬらん声きくそらにすめる月かけ

むらくもや-かりのはかせに-はれぬらむ-こゑきくそらに-すめるつきかけ


00505

皇太后宮大夫俊成女

ふきまよふ雲井をわたるはつかりのつはさにならすよもの秋風

ふきまよふ-くもゐをわたる-はつかりの-つはさにならす-よものあきかせ


00506

[詞書]詩にあはせし哥の中に山路秋行

家隆朝臣

秋風の袖にふきまく峯の雲をつはさにかけて雁もなくなり

あきかせの-そてにふきまく-みねのくもを-つはさにかけて-かりもなくなり


00507

[詞書]五十首哥たてまつりし時菊籬月といへるこゝろを

宮内卿

霜をまつまかきのきくのよゐのまにをきまよふ色は山の葉の月

しもをまつ-まかきのきくの-よひのまに-おきまよふいろは-やまのはのつき


00508

[詞書]鳥羽院御時内裏よりきくをめしけるにたてまつるとてむすひつけ侍ける

花園左大臣室

こゝのへにうつろひぬともきくの花もとのまかきをおもひわするな

ここのへに-うつろひぬとも-きくのはな-もとのまかきを-おもひわするな


00509

[詞書]題しらす

権中納言定頼

いまよりは又さくはなもなきものをいたくなをきそきくのうへのつゆ

いまよりは-またさくはなも-なきものを-いたくなおきそ-きくのうへのつゆ


00510

[詞書]かれゆくのへのきりすを

中務卿具平親王

秋風にしほるゝ野への花よりもむしのねいたくかれにけるかな

あきかせに-しをるるのへの-はなよりも-むしのねいたく-かれにけるかな


00511

[詞書]題しらす

大江嘉言

ねさめする袖さへさむく秋のよのあらしふくなり松むしのこゑ

ねさめする-そてさへさむく-あきのよの-あらしふくなり-まつむしのこゑ


00512

[詞書]千五百番哥合に

前大僧正慈円

秋をへてあはれもつゆもふかくさのさとゝふものはうつらなりけり

あきをへて-あはれもつゆも-ふかくさの-さととふものは-うつらなりけり


00513

左衛門督通光

いり日さすふもとのおはなうちなひきたか秋風にうつらなくらん

いりひさす-ふもとのをはな-うちなひき-たかあきかせに-うつらなくらむ


00514

[詞書]題しらす

皇太后宮大夫俊成女

あたにちるつゆのまくらにふしわひてうつらなくなりとこの山風

あたにちる-つゆのまくらに-ふしわひて-うつらなくなり-とこのやまかせ


00515

[詞書]千五百番哥合に

とふ人もあらしふきそふ秋はきてこの葉にうつむやとのみちしは

とふひとも-あらしふきそふ-あきはきて-このはにうつむ-やとのみちしは


00516

色かはるつゆをは袖にをきまよひうらかれてゆく野辺の秋かな

いろかはる-つゆをはそてに-おきまよひ-うらかれてゆく-のへのあきかせ


00517

[詞書]秋哥とて

太上天皇

あきふけぬなけやしもよのきりすやゝかけさむしよもきふの月

あきふけぬ-なけやしもよの-きりきりす-ややかけさむし-よもきふのつき


00518

[詞書]百首哥たてまつりし時

摂政太政大臣

きりすなくやしもよのさむしろに衣かたしきひとりかもねん

きりきりす-なくやしもよの-さむしろに-ころもかたしき-ひとりかもねむ


00519

[詞書]千五百番哥合に

春宮権大夫公継

ねさめする長月のよのとこさむみけさふく風にしもやをくらん

ねさめする-なかつきのよの-とこさむみ-けさふくかせに-しもやおくらむ


00520

[詞書]和哥所にて六首哥つかうまつりし時秋哥

前大僧正慈円

秋ふかきあはちの嶋のありあけにかたふく月をゝくる浦風

あきふかき-あはちのしまの-ありあけに-かたふくつきを-おくるうらかせ


00521

[詞書]暮秋の心を

なか月もいくありあけになりぬらんあさちの月のいとゝさひゆく

なかつきも-いくありあけに-なりぬらむ-あさちのつきの-いととさひゆく


00522

[詞書]摂政太政大臣大将に侍りける時百首哥よませ侍りけるに

寂蓮法師

かさゝきの雲のかけはし秋くれて夜半には霜やさえわたるらん

かささきの-くものかけはし-あきくれて-よはにはしもや-さえわたるらむ


00523

[詞書]さくらのもみちはしめたるを見て

中務卿具平親王

いつのまにもみちしぬらん山桜きのふか花のちるをおしみし

いつのまに-もみちしぬらむ-やまさくら-きのふかはなの-ちるををしみし


00524

[詞書]紅葉透霧といふことを

高倉院御哥

うすきりのたちまふ山のもみちはゝさやかならねとそれとみえけり

うすきりの-たちまふやまの-もみちはは-さやかならねと-それとみえけり


00525

[詞書]秋のうたとてよめる

八条院高倉

神なひのみむろのこすゑいかならんなへての山もしくれする比

かみなひの-みむろのこすゑ-いかならむ-なへてのやまも-しくれするころ


00526

[詞書]最勝四天王院の障子にすゝかかはかきたるところ

太上天皇

すゝか河ふかき木の葉に日かすへて山田のはらの時雨をそきく

すすかかは-ふかきこのはに-ひかすへて-やまたのはらの-しくれをそきく


00527

[詞書]入道前関白太政大臣家に百首哥よみ侍けるに紅葉

皇太后宮大夫俊成

心とやもみちはすらんたつた山松はしくれにぬれぬものかは

こころとや-もみちはすらむ-たつたやま-まつはしくれに-ぬれぬものかは


00528

[詞書]大井河にまかりてもみち見侍りけるに

藤原輔尹朝臣

おもふことなくてそ見ましもみちはをあらしの山のふもとならすは

おもふこと-なくてやみまし-もみちはを-あらしのやまの-ふもとならすは


00529

[詞書]題しらす

曽祢好忠

いり日さすさほの山へのはゝそはらくもらぬ雨とこの葉ふりつゝ

いりひさす-さほのやまへの-ははそはら-くもらぬあめと-このはふりつつ


00530

宮内卿

たつた山あらしや峯によはるらんわたらぬ水もにしきたえけり

たつたやま-あらしやみねに-よわるらむ-わたらぬみつも-にしきたえけり


00531

[詞書]左大将に侍ける時家に百首哥合し侍りけるにはゝそをよみ侍りける

摂政太政大臣

はゝそはらしつくも色やかはるらんもりのした草秋ふけにけり

ははそはら-しつくもいろや-かはるらむ-もりのしたくさ-あきふけにけり


00532

定家朝臣

時わかぬなみさへ色にいつみかははゝそのもりに嵐ふくらし

ときわかぬ-なみさへいろに-いつみかは-ははそのもりに-あらしふくらし


00533

[詞書]障子のゑにあれたるやとにもみちゝりたる所をよめる

俊頼朝臣

ふるさとはちるもみち葉にうつもれてのきのしのふに秋風そふく

ふるさとは-ちるもみちはに-うつもれて-のきのしのふに-あきかせそふく


00534

[詞書]百首哥たてまつりし秋哥

式子内親王

きりの葉もふみわけかたくなりにけりかならす人をまつとなけれと

きりのはも-ふみわけかたく-なりにけり-かならすひとを-まつとなけれと


00535

[詞書]題しらす

曽祢好忠

人はこす風にこのはゝちりはてゝよなむしはこゑよはるなり

ひとはこす-かせにこのはは-ちりはてて-よなよなむしは-こゑよわるなり


00536

[詞書]守覚法親王五十首哥によみ侍ける

春宮大夫公継

もみちはのいろにまかせてときは木も風にうつろふ秋の山かな

もみちはの-いろにまかせて-ときはきも-かせにうつろふ-あきのやまかな


00537

[詞書]千五百番哥合に

家隆朝臣

つゆ時雨もる山かけのしたもみちぬるともおらん秋のかたみに

つゆしくれ-もるやまかけの-したもみち-ぬるともをらむ-あきのかたみに


00538

[詞書]題しらす

西行法師

松にはふまさのはかつらちりにけりと山の秋は風すさふらん

まつにはふ-まさきのかつら-ちりにけり-とやまのあきは-かせすさふらむ


00539

[詞書]法性寺入道前関白太政大臣家哥合に

前参議親隆

うつらなくかた野にたてるはしもみちゝりぬはかりに秋風そふく

うつらなく-かたのにたてる-はしもみち-ちらぬはかりに-あきかせそふく


00540

[詞書]百首哥たてまつりし時

二条院讃岐

ちりかゝるもみちの色はふかけれとわたれはにこる山かはの水

ちりかかる-もみちのいろは-ふかけれと-わたれはにこる-やまかはのみつ


00541

[詞書]題しらす

柿本人麿

あすか河もみちはなかるかつらきの山の秋風ふきそしくらし

あすかかは-もみちはなかる-かつらきの-やまのあきかせ-ふきそしくらし


00542

権中納言長方

あすか河せゝになみよるくれなゐやかつらき山のこからしの風

あすかかは-せせになみよる-くれなゐや-かつらきやまの-こからしのかせ


00543

[詞書]なか月のころみなせに日ころ侍けるにあらしの山のもみちなみたにたくふよし申しつかはして侍ける人の返ことに

権中納言公経

もみちはをさこそあらしのはらふらめこの山本も雨とふるなり

もみちはを-さこそあらしの-はらふらめ-このやまもとも-あめとふるなり


00544

[詞書]家に百首哥合し侍りける時

摂政太政大臣

たつたひめいまはのころのあき風に時雨をいそく人の袖かな

たつたひめ-いまはのころの-あきかせに-しくれをいそく-ひとのそてかな


00545

[詞書]千五百番哥合に

権中納言兼宗

ゆく秋のかたみなるへきもみちはゝあすはしくれとふりやまかはん

ゆくあきの-かたみなるへき-もみちはも-あすはしくれと-ふりやまかはむ


00546

[詞書]紅葉見にまかりてよみ侍ける

前大納言公任

うちむれてちるもみちはをたつぬれは山ちよりこそ秋はゆきけれ

うちむれて-ちるもみちはを-たつぬれは-やまちよりこそ-あきはゆきけれ


00547

[詞書]つのくにゝ侍けるころ道済か許につかはしける

能因法師

夏草のかりそめにとてこしやともなにはの浦に秋そくれぬる

なつくさの-かりそめにとて-こしやとも-なにはのうらに-あきそくれぬる


00548

[詞書]くれの秋おもふ事侍けるころ

かくしつゝくれぬる秋とおいぬれとしかすかになを物そかなしき

かくしつつ-くれぬるあきと-おいぬれと-しかすかになほ-ものそかなしき


00549

[詞書]五十首哥よませ侍けるに

守覚法親王

身にかへていさゝは秋をおしみゝんさらてもゝろきつゆのいのちを

みにかへて-いささはあきを-をしみみむ-さらてももろき-つゆのいのちを


00550

[詞書]閏九月尽の心を

前太政大臣

なへてよのおしさにそへておしむかな秋より後の秋のかきりを

なへてよの-をしさにそへて-をしむかな-あきよりのちの-あきのかきりを