新古今和歌集/巻第六
巻六:冬
00551
[詞書]千五百番哥合に初冬の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
をきあかす秋のわかれのそてのつゆ霜こそむすへ冬やきぬらん
おきあかす-あきのわかれの-そてのつゆ-しもこそむすへ-ふゆやきぬらむ
00552
[詞書]天暦御時神な月といふことをかみにをきてうたつかうまつりけるに
藤原高光
神な月風にもみちのちるときはそこはかとなく物そかなしき
かみなつき-かせにもみちの-ちるときは-そこはかとなく-ものそかなしき
00553
[詞書]題しらす
源重之
なとりかはやなせの浪そさはくなるもみちやいとゝよりてせくらん
なとりかは-やなせのなみそ-さわくなる-もみちやいとと-よりてせくらむ
00554
[詞書]後冷泉院御時うへのをのことも大井河にまかりて紅葉浮水といへる心をよみ侍けるに
藤原資宗朝臣
いかたしよまてことゝはんみなかみはいかはかりふく山のあらしそ
いかたしよ-まてこととはむ-みなかみは-いかはかりふく-やまのあらしそ
00555
大納言経信
ちりかゝるもみちなかれぬ大井かはいつれ井せきの水のしからみ
ちりかかる-もみちなかれぬ-おほゐかは-いつれゐせきの-みつのしからみ
00556
[詞書]大井河にまかりて落葉満水といへる心をよみ侍ける
藤原家経朝臣
たかせ舟しふくはかりにもみちはのなかれてくたる大井河かな
たかせふね-しふくはかりに-もみちはの-なかれてくたる-おほゐかはかな
00557
[詞書]深山落葉といへる心を
俊頼朝臣
日くるれはあふ人もなしまさきちる峯のあらしのをとはかりして
ひくるれは-あふひともなし-まさきちる-みねのあらしの-おとはかりして
00558
[詞書]題しらす
清輔朝臣
をのつからをとする物は庭のおもにこの葉ふきまく谷のゆふ風
おのつから-おとするものは-にはのおもに-このはふりしく-たにのゆふかせ
00559
[詞書]春日社哥合に落葉といふ事をよみてたてまつりし
前大僧正慈円
木の葉ちるやとにかたしく袖の色をありともしらてゆく嵐かな
このはちる-やとにかたしく-そてのいろを-ありともしらて-ゆくあらしかな
00560
右衛門督通具
このはちるしくれやまかふわか袖にもろき涙のいろとみるまて
このはちる-しくれやまかふ-わかそてに-もろきなみたの-いろとみるまて
00561
藤原雅経
うつりゆく雲に嵐のこゑすなりちるかまさ木のかつらきの山
うつりゆく-くもにあらしの-こゑすなり-ちるかまさきの-かつらきのやま
00562
七条院大納言
はつ時雨しのふの山のもみちはをあらしふけとはそめすや有けん
はつしくれ-しのふのやまの-もみちはを-あらしふけとは-そめすやありけむ
00563
信濃
しくれつゝ袖もほしあへすあしひきの山のこの葉に嵐ふく比
しくれつつ-そてもほしあへす-あしひきの-やまのこのはに-あらしふくころ
00564
藤原秀能
山さとの風すさましきゆふくれに木の葉みたれて物そかなしき
やまさとの-かせすさましき-ゆふくれに-このはみたれて-ものそかなしき
00565
祝部成茂
冬のきて山もあらはに木のはふりのこる松さへ峯にさひしき
ふゆのきて-やまもあらはに-このはふり-のこるまつさへ-みねにさひしき
00566
[詞書]五十首哥たてまつりし時
宮内卿
からにしき秋のかたみやたつた山ちりあへぬえたに嵐ふくなり
からにしき-あきのかたみや-たつたやま-ちりあへぬえたに-あらしふくなり
00567
[詞書]頼輔卿家哥合に落葉の心を
藤原資隆朝臣
時雨かときけはこの葉のふる物をそれにもぬるゝわかたもとかな
しくれかと-きけはこのはの-ふるものを-それともぬるる-わかたもとかな
00568
[詞書]題しらす
法眼慶算
時しもあれ冬ははもりの神な月まはらになりぬもりのかしは木
ときしもあれ-ふゆははもりの-かみなつき-まはらになりぬ-もりのかしはき
00569
津守国基
いつのまにそらのけしきのかはるらんはけしきけさのこからしの風
いつのまに-そらのけしきの-かはるらむ-はけしきけさの-こからしのかせ
00570
西行法師
月をまつたかねの雲ははれにけり心あるへきはつしくれかな
つきをまつ-たかねのくもは-はれにけり-こころあるへき-はつしくれかな
00571
前大僧正覚忠
神な月木々のこの葉はちりはてゝ庭にそ風のをとはきこゆる
かみなつき-ききのこのはは-ちりはてて-にはにそかせの-おとはきこゆる
00572
清輔朝臣
しはのとにいり日のかけはさしなからいかにしくるゝ山辺なるらん
しはのとに-いりひのかけは-さしなから-いかにしくるる-やまへなるらむ
00573
[詞書]山家時雨といへる心を
藤原隆信朝臣
雲はれてのちもしくるゝしはのとや山風はらふ松のした露
くもはれて-のちもしくるる-しはのとや-やまかせはらふ-まつのしたつゆ
00574
[詞書]寛平御時きさいの宮の哥合に
よみ人しらす
神無月しくれふるらしさほ山のまさきのかつら色まさりゆく
かみなつき-しくれふるらし-さほやまの-まさきのかつら-いろまさりゆく
00575
[詞書]題しらす
中務卿具平親王
こからしのをとに時雨をきゝわかてもみちにぬるゝたもとゝそ見る
こからしの-おとにしくれを-ききわかて-もみちにぬるる-たもととそみる
00576
中納言兼輔
しくれふるをとはすれともくれたけのなとよとゝもにいろもかはらぬ
しくれふる-おとはすれとも-くれたけの-なとよとともに-いろもかはらぬ
00577
[詞書]十月はかりときはのもりをすくとて
能因法師
しくれの雨そめかねてけり山しろのときはのもりのまきの下葉は
しくれのあめ-そめかねてけり-やましろの-ときはのもりの-まきのしたはは
00578
[詞書]題しらす
清原元輔
冬をあさみまたくしくれと思しをたえさりけりな老の涙も
ふゆをあさみ-またきしくれを-おもひしを-たえさりけりな-おいのなみたも
00579
[詞書]鳥羽殿にて旅宿時雨といふことを
後白河院御哥
まはらなるしはのいほりにたひねして時雨にぬるゝさよ衣かな
まはらなる-しはのいほりに-たひねして-しくれにぬるる-さよころもかな
00580
[詞書]時雨を
前大僧正慈円
やよしくれ物思袖のなかりせはこの葉の後になにをそめまし
やよしくれ-ものおもふそての-なかりせは-このはののちに-なにをそめまし
00581
[詞書]冬の哥の中に
太上天皇
ふかみとりあらそひかねていかならんまなく時雨のふるの神すき
ふかみとり-あらそひかねて-いかならむ-まなくしくれの-ふるのかみすき
00582
[詞書]題しらす
人麿
しくれの雨まなくしふれはま木の葉もあらそひかねて色つきにけり
しくれのあめ-まなくしふれは-まきのはも-あらそひかねて-いろつきにけり
00583
和泉式部
世中になをもふるかなしくれつゝ雲間の月のいてやとおもへと
よのなかに-なほもふるかな-しくれつつ-くもまのつきの-いてやとおもへは
00584
[詞書]百首哥たてまつりしに
二条院讃岐
おりこそあれなかめにかゝるうき雲の袖もひとつにうちしくれつゝ
をりこそあれ-なかめにかかる-うきくもの-そてもひとつに-うちしくれつつ
00585
[詞書]題しらす
西行法師
あきしのやと山のさとやしくるらんいこまのたけに雲のかゝれる
あきしのや-とやまのさとや-しくるらむ-いこまのたけに-くものかかれる
00586
道因法師
はれくもり時雨はさためなき物をふりはてぬるはわか身なりけり
はれくもり-しくれはさため-なきものを-ふりはてぬるは-わかみなりけり
00587
[詞書]千五百番哥合に冬哥
源具親
いまは又ちらてもまかふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風
いまはまた-ちらてもまかふ-しくれかな-ひとりふりゆく-にはのまつかせ
00588
[詞書]題しらす
俊恵法師
みよしのゝ山かきくもり雪ふれはふもとのさとはうちしくれつゝ
みよしのの-やまかきくもり-ゆきふれは-ふもとのさとは-うちしくれつつ
00589
[詞書]百首哥たてまつりし時
入道左大臣
まきのやに時雨のをとのかはるかなもみちやふかくちりつもるらん
まきのやに-しくれのおとの-かはるかな-もみちやふかく-ちりつもるらむ
00590
[詞書]千五百番哥合に冬哥
二条院讃岐
世にふるはくるしき物をま木のやにやすくもすくるはつ時雨かな
よにふるは-くるしきものを-まきのやに-やすくもすくる-はつしくれかな
00591
[詞書]題しらす
源信明朝臣
ほの/\とありあけの月の月かけにもみちふきおろす山おろしの風
ほのほのと-ありあけのつきの-つきかけに-もみちふきおろす-やまおろしのかせ
00592
中務卿具平親王
もみち葉をなにおしみけん木のまよりもりくる月はこよひこそみれ
もみちはを-なにをしみけむ-このまより-もりくるつきは-こよひこそみれ
00593
宜秋門院丹後
ふきはらふあらしのゝちのたかねよりこの葉くもらて月やいつらん
ふきはらふ-あらしののちの-たかねより-このはくもらて-つきやいつらむ
00594
[詞書]春日哥合に暁月といふことを
右衛門督通具
霜こほる袖にもかけはのこりけりつゆよりなれしありあけの月
しもこほる-そてにもかけは-のこりけり-つゆよりなれし-ありあけのつき
00595
[詞書]和哥所にて六首の哥たてまつりしに冬哥
藤原家隆朝臣
なかめつゝいくたひ袖にくもるらん時雨にふくる有あけの月
なかめつつ-いくたひそてに-くもるらむ-しくれにふくる-ありあけのつき
00596
[詞書]題しらす
源泰光
さためなくしくるゝそらのむら雲にいくたひおなし月をまつらん
さためなく-しくるるそらの-むらくもに-いくたひおなし-つきをまつらむ
00597
[詞書]千五百番哥合に
源具親
いまよりは木の葉かくれもなけれともしくれにのこるむら雲の月
いまよりは-このはかくれも-なけれとも-しくれにのこる-むらくものつき
00598
[詞書]たいしらす
はれくもるかけをみやこにさきたてゝしくるとつくる山の葉の月
はれくもる-かけをみやこに-さきたてて-しくるとつくる-やまのはのつき
00599
[詞書]五十首哥たてまつりし時
寂蓮法師
たえ/\にさとわく月のひかりかなしくれをゝくる夜はのむらくも
たえたえに-さとわくつきの-ひかりかな-しくれをかくる-よはのむらくも
00600
[詞書]雨後冬月といへる心を
良暹法師
いまはとてねなまし物をしくれつるそらとも見えすゝめる月かな
いまはとて-ねなましものを-しくれつる-そらともみえす-すめるつきかな
00601
[詞書]題しらす
曽祢好忠
つゆしものよはにおきゐて冬のよの月みるほとに袖はこほりぬ
つゆしもの-よはにおきゐて-ふゆのよの-つきみるほとに-そてはこほりぬ
00602
前大僧正慈円
もみちはゝをのかそめたる色そかしよそけにをけるけさの霜かな
もみちはは-おのかそめたる-いろそかし-よそけにおける-けさのしもかな
00603
西行法師
をくら山ふもとのさとにこの葉ちれはこすゑにはるゝ月をみるかな
をくらやま-ふもとのさとに-このはちれは-こすゑにはるる-つきをみるかな
00604
[詞書]五十首哥たてまつりし時
雅経
秋の色をはらひはてゝやひさかたの月のかつらにこからしの風
あきのいろを-はらひはててや-ひさかたの-つきのかつらに-こからしのかせ
00605
[詞書]題しらす
式子内親王
風さむみ木の葉はれゆくよな/\にのこるくまなき庭の月かけ
かせさむみ-このははれゆく-よなよなに-のこるくまなき-にはのつきかけ
00606
殷富門院大輔
わかゝとのかり田のねやにふすしきのとこあらはなる冬のよの月
わかかとの-かりたのねやに-ふすしきの-とこあらはなる-ふゆのよのつき
00607
清輔朝臣
冬かれのもりのくち葉の霜のうへにおちたる月のかけのさむけさ
ふゆかれの-もりのくちはの-しものうへに-おちたるつきの-かけのさむけさ
00608
[詞書]千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成女
さえわひてさむるまくらにかけみれは霜ふかきよの有あけの月
さえわひて-さむるまくらに-かけみれは-しもふかきよの-ありあけのつき
00609
右衛門督通具
霜むすふ袖のかたしきうちとけてねぬよの月のかけそさむけき
しもむすふ-そてのかたしき-うちとけて-ねぬよのつきの-かけそさむけき
00610
[詞書]五十首哥たてまつりし時
雅経
かけとめしつゆのやとりを思いてゝ霜にあとゝふあさちふの月
かけとめし-つゆのやとりを-おもひいてて-しもにあととふ-あさちふのつき
00611
[詞書]橋上霜といへることをよみ侍ける
法印幸清
かたしきの袖をや霜にかさぬらん月によかるゝうちのはしひめ
かたしきの-そてをやしもに-かさぬらむ-つきによかるる-うちのはしひめ
00612
[詞書]題しらす
源重之
なつかりのおきのふるえはかれにけりむれゐし鳥はそらにやあるらん
なつかりの-をきのふるえは-かれにけり-むれゐしとりは-そらにやあるらむ
00613
道信朝臣
さよふけて声さへさむきあしたつはいくへの霜かをきまさるらん
さよふけて-こゑさへさむき-あしたつは-いくへのしもか-おきまさるらむ
00614
[詞書]冬のうたのなかに
太上天皇
冬のよのなかきをゝくる袖ぬれぬ暁かたのよものあらしに
ふゆのよの-なかきをおくる-そてぬれぬ-あかつきかたの-よものあらしに
00615
[詞書]百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
さゝの葉はみ山もさやにうちそよきこほれる霜を吹嵐かな
ささのはは-みやまもさやに-うちそよき-こほれるしもを-ふくあらしかな
00616
[詞書]崇徳院御時百首哥たてまつりけるに
清輔朝臣
君こすはひとりやねなんさゝの葉のみ山もそよにさやく霜よを
きみこすは-ひとりやねなむ-ささのはの-みやまもそよに-さやくしもよを
00617
[詞書]題しらす
皇太后宮大夫俊成女
霜かれはそこともみえぬ草のはらたれにとはまし秋のなこりを
しもかれは-そこともみえぬ-くさのはら-たれにとはまし-あきのなこりを
00618
[詞書]百首哥中に
前大僧正慈円
しもさゆる山田のくろのむらすゝきかる人なしみのこるころかな
しもさゆる-やまたのくろの-むらすすき-かるひとなしに-のこるころかな
00619
[詞書]題しらす
好忠
くさのうへにこゝら玉ゐし白露をした葉の霜とむすふ冬かな
くさのうへに-ここらたまゐし-しらつゆを-したはのしもと-むすふふゆかな
00620
中納言家持
かさゝきのわたせるはしにをくしものしろきを見れはよそふけにける
かささきの-わたせるはしに-おくしもの-しろきをみれは-よそふけにける
00621
[詞書]うへのをのこともきくあはせし侍けるついてに
延喜御哥
しくれつゝかれゆく野辺の花なれは霜のまかきにゝほふいろかな
しくれつつ-かれゆくのへの-はななれは-しものまかきに-にほふいろかな
00622
[詞書]延喜十四年尚侍藤原満子に菊宴たまはせける時
中納言兼輔
菊の花たおりては見しはつ霜のをきなからこそ色まさりけれ
きくのはな-たをりてはみし-はつしもの-おきなからこそ-いろまさりけれ
00623
[詞書]おなし御時大井河に行幸侍ける日
坂上是則
かけさへにいまはと菊のうつろふは浪の底にも霜やをくらん
かけさへに-いまはときくの-うつろふは-なみのそこにも-しもやおくらむ
00624
[詞書]題しらす
和泉式部
野辺見れはお花かもとのおもひ草かれゆく冬になりそしにける
のへみれは-をはなかもとの-おもひくさ-かれゆくふゆに-なりそしにける
00625
西行法師
つのくにのなにはの春は夢なれやあしのかれ葉に風わたる也
つのくにの-なにはのはるは-ゆめなれや-あしのかれはに-かせわたるなり
00626
[詞書]崇徳院に十首哥たてまつりける時
大納言成通
冬ふかくなりにけらしななにはえのあお葉ましらぬあしの村立
ふゆふかく-なりにけらしな-なにはえの-あをはましらぬ-あしのむらたち
00627
[詞書]題しらす
西行法師
さひしさにたへたる人の又もあれないほりならへん冬の山さと
さひしさに-たへたるひとの-またもあれな-いほりならへむ-ふゆのやまさと
00628
[詞書]あつまに侍ける時みやこの人につかはしける
康資王母
あつまちのみちの冬くさしけりあひてあとたに見えぬ忘水かな
あつまちの-みちのふゆくさ-しけりあひて-あとたにみえぬ-わすれみつかな
00629
[詞書]冬哥とてよみ侍ける
守覚法親王
むかしおもふさよのねさめのとこさえて涙もこほる袖の上かな
むかしおもふ-さよのねさめの-とこさえて-なみたもこほる-そてのうへかな
00630
[詞書]百首哥たてまつりし時
たちぬるゝ山のしつくもをとたえてま木のした葉にたるひしにけり
たちぬるる-やまのしつくも-おとたえて-まきのしたはに-たるひしにけり
00631
[詞書]題しらす
皇太后宮大夫俊成
かつこほりかつはくたくる山かはのいはまにむせふ暁の声
かつこほり-かつはくたくる-やまかはの-いはまにむすふ-あかつきのこゑ
00632
摂政太政大臣
きえかへりいはまにまよふ水のあはのしはしやとかるうす氷かな
きえかへり-いはまにまよふ-みつのあわの-しはしやとかる-うすこほりかな
00633
まくらにも袖にもなみたつらゝゐてむすはぬ夢をとふ嵐かな
まくらにも-そてにもなみた-つららゐて-むすはぬゆめを-とふあらしかな
00634
[詞書]五十首哥たてまつりし時
みなかみやたえ/\こほるいはまよりきよたき河にのこる白浪
みなかみや-たえたえこほる-いはまより-きよたきかはに-のこるしらなみ
00635
[詞書]百首哥たてまつりし時
かたしきの袖の氷もむすほゝれとけてねぬよの夢そみしかき
かたしきの-そてのこほりも-むすほほれ-とけてねぬよの-ゆめそみしかき
00636
[詞書]最勝四天王院の障子にうちかはかきたるところ
太上天皇
はしひめのかたしき衣さむしろにまつよむなしきうちのあけほの
はしひめの-かたしきころも-さむしろに-まつよむなしき-うちのあけほの
00637
前大僧正慈円
あしろ木にいさよふ浪のをとふけてひとりやねぬるうちのはしひめ
あしろきに-いさよふなみの-おとふけて-ひとりやねぬる-うちのはしひめ
00638
[詞書]百首哥中に
式子内親王
見るまゝに冬はきにけりかものゐるいりえのみきはうすこほりつゝ
みるままに-ふゆはきにけり-かものゐる-いりえのみきは-うすこほりつつ
00639
[詞書]摂政太政大臣家哥合に湖上冬月
藤原家隆朝臣
しかのうらやとをさかりゆく浪間よりこほりていつる有あけの月
しかのうらや-とほさかりゆく-なみまより-こほりていつる-ありあけのつき
00640
[詞書]守覚法親王五十首よませ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
ひとり見るいけの氷にすむ月のやかてそてにもうつりぬるかな
ひとりみる-いけのこほりに-すむつきの-やかてそてにも-うつりぬるかな
00641
[詞書]題しらす
赤人
うはたまのよのふけゆけはひさきおふるきよきかはらにちとりなく也
うはたまの-よのふけゆけは-ひさきおふる-きよきかはらに-ちとりなくなり
00642
[詞書]さほのかはらにちとりのなきけるをよみ侍ける
伊勢大輔
ゆくさきはさよふけぬれとちとりなくさほのかはらはすきうかりけり
ゆくさきは-さよふけぬれと-ちとりなく-さほのかはらは-すきうかりけり
00643
[詞書]みちのくにゝまかりける時よみ侍ける
能因法師
ゆふされはしほ風こしてみちのくののたの玉河ちとりなくなり
ゆふされは-しほかせこして-みちのくの-のたのたまかは-ちとりなくなり
00644
[詞書]題しらす
重之
白浪にはねうちかはしはまちとりかなしき声はよるの一声
しらなみに-はねうちかはし-はまちとり-かなしきものは-よはのひとこゑ
00645
後徳大寺左大臣
ゆふなきにとわたるちとりなみまより見ゆるこ嶋の雲にきえぬる
ゆふなきに-とわたるちとり-なみまより-みゆるこしまの-くもにきえぬる
00646
[詞書]堀河院に百首哥たてまつりけるに
祐子内親王家紀伊
浦風にふきあけのはまのはまちとり浪たちくらし夜はになくなり
うらかせに-ふきあけのはまの-はまちとり-なみたちくらし-よはになくなり
00647
[詞書]五十首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
月そすむたれかはこゝにきのくにやふきあけのちとりひとりなく也
つきそすむ-たれかはここに-きのくにや-ふきあけのちとり-ひとりなくなり
00648
[詞書]千五百番哥合に
正三位季能
さよちとり声こそちかくなるみかたかたふく月にしほやみつらん
さよちとり-こゑこそちかく-なるみかた-かたふくつきに-しほやみつらむ
00649
[詞書]最勝四天王院の障子になるみのうらかきたる所
藤原秀能
風ふけはよそになるみのかたおもひおもはぬ浪になくちとりかな
かせふけは-よそになるみの-かたおもひ-おもはぬなみに-なくちとりかな
00650
[詞書]おなし所
権大納言通光
浦人の日もゆふくれになるみかたかへる袖よりちとりなくなり
うらひとの-ひもゆふくれに-なるみかた-かへるそてより-ちとりなくなり
00651
[詞書]文治六年女御入内屏風に
正三位季経
風さゆるとしまかいそのむらちとりたちゐは浪の心なりけり
かせさゆる-をしまかいその-むらちとり-たちゐはなみの-こころなりけり
00652
[詞書]五十首哥たてまつりし時
雅経
はかなしやさてもいくよかゆく水にかすかきわふるをしのひとりね
はかなしや-さてもいくよか-ゆくみつに-かすかきわふる-をしのひとりね
00653
[詞書]堀河院に百首哥たてまつりけるに
河内
水鳥のかものうきねのうきなから浪のまくらにいくよねぬらん
みつとりの-かものうきねの-うきなから-なみのまくらに-いくよへぬらむ
00654
[詞書]たいしらす
湯原王
よしのなるなつみの河のかはよとにかもそなくなる山かけにして
よしのなる-なつみのかはの-かはよとに-かもそなくなる-やまかけにして
00655
能因法師
ねやのうへにかたえさしおほひそともなる葉ひろかしはに霰ふる也
ねやのうへに-かたえさしおほひ-そともなる-はひろかしはに-あられふるなり
00656
法性寺入道前関白太政大臣
さゝなみやしかのからさき風さえてひらのたかねにあられふる也
ささなみや-しかのからさき-かせさえて-ひらのたかねに-あられふるなり
00657
人麿
やたのゝにあさちいろつくあらち山みねのあは雪さむくそあるらし
やたののに-あさちいろつく-あらちやま-みねのあはゆき-さむくあるらし
00658
[詞書]雪朝基俊許へ申つかはしける
瞻西聖人
つねよりもしのやのゝきそうつもるゝけふは宮こにはつ雪やふる
つねよりも-しのやののきそ-うつもるる-けふはみやこに-はつゆきやふる
00659
[詞書]返し
基俊
ふる雪にまことにしのやいかならんけふはみやこにあとたにもなし
ふるゆきに-まことにしのや-いかならむ-けふはみやこに-あとたにもなし
00660
[詞書]冬哥あまたよみ侍けるに
権中納言長方
はつ雪のふるの神すきうつもれてしめゆふ野辺は冬こもりせり
はつゆきの-ふるのかみすき-うつもれて-しめゆふのへは-ふゆこもりせり
00661
[詞書]おもふこと侍けるころはつ雪ふり侍ける日
紫式部
ふれはかくうさのみまさる世をしらてあれたる庭につもるはつ雪
ふれはかく-うさのみまさる-よをしらて-あれたるにはに-つもるはつゆき
00662
[詞書]百首哥に
式子内親王
さむしろのよはの衣手さえ/\てはつ雪しろしをかのへの松
さむしろの-よはのころもて-さえさえて-はつゆきしろし-をかのへのまつ
00663
[詞書]入道前関白右大臣に侍ける時家哥合に雪をよめる
寂蓮法師
ふりそむるけさたに人のまたれつるみ山のさとの雪の夕くれ
ふりそむる-けさたにひとの-またれつる-みやまのさとの-ゆきのゆふくれ
00664
[詞書]雪のあした後徳大寺左大臣許につかはしける
皇太后宮大夫俊成
けふはもし君もやとふとなかむれとまたあともなき庭の雪哉
けふはもし-きみもやとふと-なかむれと-またあともなき-にはのゆきかな
00665
[詞書]返し
後徳大寺左大臣
いまそきく心はあともなかりけり雪かきわけておもひやれとも
いまそきく-こころはあとも-なかりけり-ゆきかきわけて-おもひやれとも
00666
[詞書]題しらす
前大納言公任
白山にとしふる雪やつもるらんよはにかたしくたもとさゆなり
しらやまも-としふるゆきや-つもるらむ-よはにかたしく-たもとさゆなり
00667
[詞書]夜深聞雪といふことを
刑部卿範兼
あけやらぬねさめのとこにきこゆなりまかきの竹の雪のしたおれ
あけやらぬ-ねさめのとこに-きこゆなり-まかきのたけの-ゆきのしたをれ
00668
[詞書]うへのをのことも暁望山雪といへる心をつかうまつりけるに
高倉院御哥
をとは山さやかに見ゆる白雪をあけぬとつくるとりのこゑかな
おとはやま-さやかにみする-しらゆきを-あけぬとつくる-とりのこゑかな
00669
[詞書]紅葉のちれりけるうへにはつゆきのふりかゝりて侍けるを見て上東門院に侍ける女房につかはしける
藤原家経朝臣
山さとはみちもやみえすなりぬらんもみちとゝもに雪のふりぬる
やまさとは-みちもやみえす-なりぬらむ-もみちとともに-ゆきのふりぬる
00670
[詞書]野亭雪をよみ侍ける
藤原国房
さひしさをいかにせよとてをかへなるならの葉したり雪のふるらん
さひしさを-いかにせよとて-をかへなる-ならのはしたり-ゆきのふるらむ
00671
[詞書]百首哥たてまつりし時
定家朝臣
こまとめて袖うちはらふかけもなしさのゝわたりの雪のゆふくれ
こまとめて-そてうちはらふ-かけもなし-さののわたりの-ゆきのゆふくれ
00672
[詞書]摂政太政大臣大納言に侍ける時山家雪といふことをよませ侍けるに
まつ人のふもとのみちはたえぬらんのきはのすきに雪をもるなり
まつひとの-ふもとのみちは-たえぬらむ-のきはのすきに-ゆきおもるなり
00673
[詞書]おなし家にて所名をさくりて冬哥よませ侍けるに伏見里雪を
有家朝臣
夢かよふみちさへたえぬくれ竹のふしみのさとの雪のしたをれ
ゆめかよふ-みちさへたえぬ-くれたけの-ふしみのさとの-ゆきのしたをれ
00674
[詞書]家に百首哥よませ侍けるに
入道前関白太政大臣
ふる雪にたくものけふりかきたえてさひしくもあるかしほかまのうら
ふるゆきに-たくものけむり-かききえて-さひしくもあるか-しほかまのうら
00675
[詞書]題しらす
赤人
たこの浦にうちいてゝ見れはしろたへのふしのたかねに雪はふりつゝ
たこのうらに-うちいててみれは-しろたへの-ふしのたかねに-ゆきはふりつつ
00676
[詞書]延喜御時哥たてまつれとおほせられけれは
貫之
雪のみやふりぬとおもふ山さとにわれもおほくのとしそつもれる
ゆきのみや-ふりぬとはおもふ-やまさとに-われもおほくの-としそつもれる
00677
[詞書]守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
雪ふれはみねのまさかきうつもれて月にみかけるあまのかく山
ゆきふれは-みねのまさかき-うつもれて-つきにみかける-あまのかくやま
00678
[詞書]題しらす
小侍従
かきくもりあまきる雪のふるさとをつもらぬさきにとふ人もかな
かきくもり-あまきるゆきの-ふるさとを-つもらぬさきに-とふひともかな
00679
前大僧正慈円
庭の雪にわかあとつけていてつるをとはれにけりと人やみるらん
にはのゆきに-わかあとつけて-いてつるを-とはれにけりと-ひとやみるらむ
00680
なかむれはわか山のはに雪しろし宮この人よ哀とも見よ
なかむれは-わかやまのはに-ゆきしろし-みやこのひとよ-あはれともみよ
00681
曽祢好忠
冬くさのかれにし人のいまさらに雪ふみわけて見えん物かは
ふゆくさの-かれにしひとの-いまさらに-ゆきふみわけて-みえむものかは
00682
[詞書]雪朝大原にてよみ侍ける
寂然法師
たつねきてみちわけわふる人もあらしいくへもつもれ庭の白雪
たつねきて-みちわけわふる-ひともあらし-いくへもつもれ-にはのしらゆき
00683
[詞書]百首哥の中に
太上天皇
このころは花も紅葉もえたになししはしなきえそ松のしらゆき
このころは-はなももみちも-えたになし-しはしなきえそ-まつのしらゆき
00684
[詞書]千五百番哥合に
右衛門督通具
草も木もふりまかへたる雪もよに春まつむめの花のかそする
くさもきも-ふりまかへたる-ゆきもよに-はるまつうめの-はなのかそする
00685
[詞書]百首哥めしける時
崇徳院御哥
みかりするかた野のみのにふるあられあなかまゝたき鳥もこそたて
みかりする-かたののみのに-ふるあられ-あなかままたき-とりもこそたて
00686
[詞書]内大臣に侍ける時家哥合に
法性寺入道前関白太政大臣
みかりすとゝたちのはらをあさりつゝかたのゝ野辺にけふもくらしつ
みかりすと-とたちのはらを-あさりつつ-かたのののへに-けふもくらしつ
00687
[詞書]京極関白前太政大臣高陽院哥合に
前中納言匡房
みかり野はかつふる雪にうつもれてとたちもみえす草かくれつゝ
みかりのは-かつふるゆきに-うつもれて-とたちもみえす-くさかくれつつ
00688
[詞書]鷹狩の心をよみ侍ける
左近中将公衡
かりくらしかたのゝましはおりしきてよとの河せの月をみるかな
かりくらし-かたののましは-をりしきて-よとのかはせの-つきをみるかな
00689
[詞書]うつみ火をよみ侍ける
権僧正永縁
中/\にきえはきえなてうつみ火のいきてかひなき世にもある哉
なかなかに-きえはきえなて-うつみひの-いきてかひなき-よにもふるかな
00690
[詞書]百首哥たてまつりしに
式子内親王
ひかすふる雪けにまさるすみかまのけふりもさむし大原のさと
ひかすふる-ゆきけにまさる-すみかまの-けふりもさむし-おほはらのさと
00691
[詞書]歳暮に人につかはしける
西行法師
をのつからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほとにとしのくれぬる
おのつから-いはぬをしたふ-ひとやあると-やすらふほとに-としのくれぬる
00692
[詞書]としのくれによみ侍ける
上西門院兵衛
かへりては身にそふ物としりなからくれゆくとしをなにしたふらん
かへりては-みにそふものと-しりなから-くれゆくとしを-なにしたふらむ
00693
皇太后宮大夫俊成女
へたてゆくよゝのおもかけかきくらし雪とふりぬるとしのくれかな
へたてゆく-よよのおもかけ-かきくらし-ゆきにふりぬる-としのくれかな
00694
大納言隆季
あたらしきとしやわか身をとめくらんひまゆくこまにみちをまかせて
あたらしき-としやわかみを-とめくらむ-ひまゆくこまに-みちをまかせて
00695
[詞書]俊成卿家十首哥よみ侍けるにとしのくれの心を
俊恵法師
なけきつゝことしもくれぬつゆのいのちいけるはかりを思いてにして
なけきつつ-ことしもくれぬ-つゆのいのち-いけるはかりを-おもひいてにして
00696
[詞書]百首哥たてまつりし時
小侍従
おもひやれやそちのとしのくれなれはいかはかりかは物はかなしき
おもひやれ-やそちのとしの-くれなれは-いかはかりかは-ものはかなしき
00697
[詞書]題しらす
西行法師
むかしおもふ庭にうき木をつみをきて見しよにもにぬとしのくれかな
むかしおもふ-にはにうききを-つみおきて-みしにもあらぬ-としのくれかな
00698
摂政太政大臣
いその神ふる野のをさゝしもをへてひとよはかりにのこるとしかな
いそのかみ-ふるののをささ-しもをへて-ひとよはかりに-のこるとしかな
00699
前大僧正慈円
としのあけてうきよの夢のさむへくはくるともけふはいとはさらまし
としのあけて-うきよのゆめの-さむへくは-くるともけふは-いとはさらまし
00700
権律師隆聖
あさことのあか井の水にとしくれてわかよのほとのくまれぬるかな
あさことの-あかゐのみつに-としくれて-わかよのほとの-くまれぬるかな
00701
[詞書]百首哥たてまつりし時
入道左大臣
いそかれぬとしのくれこそあはれなれむかしはよそにきゝし春かは
いそかれぬ-としのくれこそ-あはれなれ-むかしはよそに-ききしはるかは
00702
[詞書]としのくれに身のおいぬることをなけきてよみ侍ける
和泉式部
かそふれはとしのゝこりもなかりけりおいぬるはかりかなしきはなし
かそふれは-としののこりも-なかりけり-おいぬるはかり-かなしきはなし
00703
[詞書]入道前関白百首哥よませ侍ける時としのくれの心をよみてつかはしける
後徳大寺左大臣
いしはしるはつせのかはのなみまくらはやくもとしのくれにけるかな
いしはしる-はつせのかはの-なみまくら-はやくもとしの-くれにけるかな
00704
[詞書]土御門内大臣家にて海辺歳暮といへる心をよめる
有家朝臣
ゆくとしをゝしまのあまのぬれ衣かさねて袖になみやかくらん
ゆくとしを-をしまのあまの-ぬれころも-かさねてそてに-なみやかくらむ
00705
寂蓮法師
おいのなみこえける身こそあはれなれことしも今はすゑの松山
おいのなみ-こえけるみこそ-あはれなれ-ことしもいまは-すゑのまつやま
00706
[詞書]千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成
けふことにけふやかきりとおしめとも又もことしにあひにけるかな
けふことに-けふやかきりと-をしめとも-またもことしに-あひにけるかな