新古今和歌集/巻第九
巻九:離別
00857
[詞書]みちのくにゝくたり侍ける人にさうそくをくるとてよみ侍ける
紀貫之
たまほこのみちの山風さむからはかたみかてらにきなんとそおもふ
たまほこの-みちのやまかせ-さむからは-かたみかてらに-きなむとそおもふ
00858
[詞書]題しらす
伊勢
わすれなん世にもこしちのかへる山いつはた人にあはむとすらん
わすれなむ-よにもこしちの-かへるやま-いつはたひとに-あはむとすらむ
00859
[詞書]あさからすちきりける人のゆきわかれ侍けるに
紫式部
きたへゆく雁のつはさにことつてよ雲のうはかき〳〵たえすして
きたへゆく-かりのつはさに-ことつてよ-くものうはかき-かきたえすして
00860
[詞書]ゐなかへまかりける人にたひころもつかはすとて
大中臣能宣朝臣
秋きりのたつたひころもをきて見よつゆはかりなるかたみなりとも
あききりの-たつたひころも-おきてみよ-つゆはかりなる-かたみなりとも
00861
[詞書]みちのくにゝくたり侍ける人に
貫之
見てたにもあかぬ心をたまほこのみちのおくまて人のゆくらん
みてたにも-あかぬこころを-たまほこの-みちのおくまて-ひとのゆくらむ
00862
[詞書]あふさかのせきのちかきわたりにすみ侍けるにとをき所にまかりける人に餞し侍るとて
中納言兼輔
あふさかの関にわかやとなかりせはわかるゝ人はたのまさらまし
あふさかの-せきにわかやと-なかりせは-わかるるひとは-たのまさらまし
00863
[詞書]寂昭上人入唐し侍りけるに装束をくりけるにたちけるをしらてをひてつかはしける
読人しらす
きならせと思しものをたひころもたつ日をしらすなりにける哉
きならせと-おもひしものを-たひころも-たつひをしらす-なりにけるかな
00864
[詞書]返し
寂昭法師
これやさは雲のはたてにをるときくたつことしらぬあまのは衣
これやさは-くものはたてに-おるときく-たつことしらぬ-あまのはころも
00865
[詞書]題しらす
源重之
衣河見なれし人のわかれにはたもとまてこそ浪はたちけれ
ころもかは-みなれしひとの-わかれには-たもとまてこそ-なみはたちけれ
00866
[詞書]みちのくにのすけにてまかりける時範永朝臣のもとにつかはしける
高階経重朝臣
ゆくすゑにあふくま河のなかりせはいかにかせましけふのわかれを
ゆくすゑに-あふくまかはの-なかりせは-いかにかせまし-けふのわかれを
00867
[詞書]返し
藤原範永朝臣
君に又あふくま河をまつへきにのこりすくなきわれそかなしき
きみにまた-あふくまかはを-まつへきに-のこりすくなき-われそかなしき
00868
[詞書]大宰帥隆家くたりけるにあふきたまふとて
枇杷皇太后宮
すゝしさはいきの松はらまさるともそふるあふきの風なわすれそ
すすしさは-いきのまつはら-まさるとも-そふるあふきの-かせなわすれそ
00869
[詞書]亭子院みやたき御らんしにおはしましける御ともに素性法師めしくせられてまいれりけるを住吉のこほりにていとまたまはせてやまとにつかはしけるによみ侍ける
一条右大臣恒佐
神な月まれのみゆきにさそはれてけふわかれなはいつかあひみん
かみなつき-まれのみゆきに-さそはれて-けふわかれなは-いつかあひみむ
00870
[詞書]題しらす
大江千里
わかれてのゝちもあひみんとおもへともこれをいつれの時とかはしる
わかれての-のちもあひみむと-おもへとも-これをいつれの-ときとかはしる
00871
[詞書]成尋法師入唐し侍りけるに母のよみ侍ける
もろこしもあめのしたにそありときくてる日のもとをわすれさらなん
もろこしも-あめのしたにそ-ありときく-てるひのもとを-わすれさらなむ
00872
[詞書]修行にいてたつとて人のもとにつかはしける
道命法師
わかれちはこれやかきりのたひならんさらにいくへき心ちこそせね
わかれちは-これやかきりの-たひならむ-さらにいくへき-ここちこそせね
00873
[詞書]おいたるおやの七月七日つくしへくたりけるにはるかにはなれぬることをおもひて八日あか月をひてふねにのるところにつかはしける
加賀左衛門
あまのかはそらにきえにしふなてにはわれそまさりてけさはかなしき
あまのかは-そらにきこえし-ふなてには-われそまさりて-けさはかなしき
00874
[詞書]実方朝臣みちのくにへくたり侍けるに餞すとてよみ侍ける
中納言隆家
わかれちはいつもなけきのたえせぬにいとゝかなしき秋のゆふくれ
わかれちは-いつもなけきの-たえせぬに-いととかなしき-あきのゆふくれ
00875
[詞書]返し
実方朝臣
とゝまらんことは心にかなへともいかにかせまし秋のさそふを
ととまらむ-ことはこころに-かなへとも-いかにかせまし-あきのさそふを
00876
[詞書]七月許みまさかへくたるとてみやこの人につかはしける
前中納言匡房
宮こをは秋とゝもにそたちそめしよとの河きりいくよへたてつ
みやこをは-あきとともにそ-たちそめし-よとのかはきり-いくよへたてつ
00877
[詞書]みこの宮と申ける時大宰大弐実政学士にて侍ける甲斐守にてくたり侍けるに餞たまはすとて
後三条院御哥
思いてはおなしそらとは月をみよほとは雲井にめくりあふまて
おもひいてて-おなしそらとは-つきをみよ-ほとはくもゐに-めくりあふまて
00878
[詞書]みちのくにのかみもとよりの朝臣ひさしくあひみぬよし申ていつのほるへしともいはす侍けれは
基俊
かへりこんほとおもふにもたけくまのまつわか身こそいたくおいぬれ
かへりこむ-ほとおもふにも-たけくまの-まつわかみこそ-いたくおいぬれ
00879
[詞書]修行にいて侍けるによめる
大僧正行尊
おもへともさためなきよのはかなさにいつをまてともえこそたのめね
おもへとも-さためなきよの-はかなさに-いつをまてとも-えこそたのめね
00880
[詞書]にはかに宮こをはなれてとをくまかりにけるに女につかはしける
読人しらす
契をくことこそさらになかりしかかねて思しわかれならねは
ちきりおく-ことこそさらに-なかりしか-かねておもひし-わかれならねは
00881
[詞書]わかれの心をよめる
俊恵法師
かりそめのわかれとけふをおもへともいさやまことのたひにもあるらん
かりそめの-わかれとけふを-おもへとも-いさやまことの-たひにもあるらむ
00882
登蓮法師
かへりこんほとをや人にちきらまししのはれぬへきわか身なりせは
かへりこむ-ほとをやひとに-ちきらまし-しのはれぬへき-わかみなりせは
00883
[詞書]守覚法親王五十首哥よませ侍りける時
藤原隆信朝臣
たれとしもしらぬわかれのかなしきはまつらのおきをいつるふな人
たれとしも-しらぬわかれの-かなしきは-まつらのおきを-いつるふなひと
00884
[詞書]登蓮法師つくしへまかりけるに
俊恵法師
はる〳〵と君かわくへきしらなみをあやしやとまる袖にかけつる
はるはると-きみかわくへき-しらなみを-あやしやとまる-そてにかけつる
00885
[詞書]みちのくにへまかりける人餞し侍けるに
西行法師
君いなは月まつとてもなかめやらんあつまのかたのゆふくれの空
きみいなは-つきまつとても-なかめやらむ-あつまのかたの-ゆふくれのそら
00886
[詞書]とをき所に修行せんとていてたち侍けるに人々わかれおしみてよみ侍ける
たのめをかん君もこゝろやなくさむとかへらん事はいつとなくとも
たのめおかむ-きみもこころや-なくさむと-かへらむことは-いつとなくとも
00887
さりともとなをあふことをたのむかなしての山ちをこえぬわかれは
さりともと-なほあふことも-たのむかな-してのやまちを-こえぬわかれは
00888
[詞書]とをき所へまかりける時師光餞し侍けるによめる
道因法師
かへりこんほとをちきらむとおもへともおいぬる身こそさためかたけれ
かへりこむ-ほとをちきらむと-おもへとも-おいぬるみこそ-さためかたけれ
00889
[詞書]題しらす
皇太后宮大夫俊成
かりそめのたひのわかれとしのふれとおいは涙もえこそとゝめね
かりそめの-たひのわかれと-しのふれと-おいはなみたも-えこそととめね
00890
祝部成仲
わかれにし人はまたもやみわの山すきにしかたを今になさはや
わかれにし-ひとはまたもや-みわのやま-すきにしかたを-いまになさはや
00891
定家朝臣
わするなよやとるたもとはかはるともかたみにしほるよはの月かけ
わするなよ-やとるたもとは-かはるとも-かたみにしほる-よはのつきかけ
00892
[詞書]みやこのほかへまかりける人によみてをくりける
惟明親王
なこりおもふたもとにかねてしられけりわかるゝたひのゆくすゑのつゆ
なこりおもふ-たもとにかねて-しられけり-わかるるたひの-ゆくすゑのつゆ
00893
[詞書]つくしへまかりける女に月いたしたるあふきをつかはすとて
読人しらす
宮こをは心をそらにいてぬとも月みんたひに思をこせよ
みやこをは-こころのそらに-いてぬとも-つきみむたひに-おもひおこせよ
00894
[詞書]とをきくにへまかりける人につかはしける
大蔵卿行宗
わかれちは雲井のよそになりぬともそなたの風のたよりすくすな
わかれちは-くもゐのよそに-なりぬとも-そなたのかせの-たよりすくすな
00895
[詞書]人のくにへまかりける人にかり衣つかはすとてよめる
藤原顕綱朝臣
いろふかくそめたるたひのかり衣かへらんまてのかたみともみよ
いろふかく-そめたるたひの-かりころも-かへらむまての-かたみともみよ