新古今和歌集/巻第八
巻八:哀傷
00757
[詞書]題しらす
僧正遍昭
すえのつゆもとのしつくやよの中のをくれさきたつためしなるらん
すゑのつゆ-もとのしつくや-よのなかの-おくれさきたつ-ためしなるらむ
00758
小野小町
あはれなりわか身のはてやあさみとりつゐには野辺のかすみとおもへは
あはれなり-わかみのはてや-あさみとり-つひにはのへの-かすみとおもへは
00759
[詞書]醍醐のみかとかくれたまひてのちやよひのつこもりに三条右大臣につかはしける
中納言兼輔
さくらちる春のすゑにはなりにけりあまゝもしらぬなかめせしまに
さくらちる-はるのすゑには-なりにけり-あままもしらぬ-なかめせしまに
00760
[詞書]正暦二年諒闇の春さくらのえたにつけて道信朝臣につかはしける
実方朝臣
すみそめのころもうきよの花さかりおりわすれてもおりてけるかな
すみそめの-ころもうきよの-はなさかり-をりわすれても-をりてけるかな
00761
[詞書]返し
道信朝臣
あかさりし花をや春もこひつらんありし昔を思ひいてつゝ
あかさりし-はなをやはるも-こひつらむ-ありしむかしを-おもひいてつつ
00762
[詞書]やよひのころ人にをくれてなけきける人のもとへつかはしける
成尋法師
花さくらまたさかりにてちりにけんなけきのもとを思こそやれ
はなさくら-またさかりにて-ちりにけむ-なけきのもとを-おもひこそやれ
00763
[詞書]人のさくらをうへをきてそのとしの四月になくなりにける又のとしはしめて花さきたるを見て
大江嘉言
花見んとうへけん人もなきやとのさくらはこその春そさかまし
はなみむと-うゑけむひとも-なきやとの-さくらはこその-はるそさかまし
00764
[詞書]としころすみ侍ける女の身まかりにける四十九日はてゝなを山さとにこもりゐてよみ侍ける
左京大夫顕輔
たれもみな花の宮こにちりはてゝひとりしくるゝ秋の山さと
たれもみな-はなのみやこに-ちりはてて-ひとりしくるる-あきのやまさと
00765
[詞書]公守朝臣母身まかりてのちの春法金剛院の花を見て
後徳大寺左大臣
花見てはいとゝいゑちそいそかれぬまつらんと思人しなけれは
はなみては-いとといへちそ-いそかれぬ-まつらむとおもふ-ひとしなけれは
00766
[詞書]定家朝臣母のおもひに侍ける春のくれにつかはしける
摂政太政大臣
春霞かすみしそらのなこりさへけふをかきりのわかれなりけり
はるかすみ-かすみしそらの-なこりさへ-けふをかきりの-わかれなりけり
00767
[詞書]前大納言光頼はる身まかりにけるをかつらなるところにてとかくしてかへり侍けるに
前左兵衛督惟方
たちのほるけふりをたにも見るへきにかすみにまかふ春のあけほの
たちのほる-けふりをたにも-みるへきに-かすみにまかふ-はるのあけほの
00768
[詞書]六条摂政かくれ侍りてのちうへをきて侍りける牡丹のさきて侍けるをおりて女房のもとよりつかはして侍けれは
大宰大弐重家
かたみとて見れはなけきのふかみ草なに中〳〵のにほひなるらん
かたみとて-みれはなけきの-ふかみくさ-なになかなかの-にほひなるらむ
00769
[詞書]おさなきこのうせにけるかうへをきたりける昌蒲を見てよみ侍りける
高陽院木綿四手
あやめくさたれしのへとかうへをきてよもきかもとのつゆときえけん
あやめくさ-たれしのへとか-うゑおきて-よもきかもとの-つゆときえけむ
00770
[詞書]なけくこと侍りけるころ五月五日人のもとへ申つかはしける
上西門院兵衛
けふくれとあやめもしらぬたもとかなむかしをこふるねのみかゝりて
けふくれと-あやめもしらぬ-たもとかな-むかしをこふる-ねのみかかりて
00771
[詞書]近衛院かくれたまひにけれはよをそむきてのち五月五日皇嘉門院にたてまつられける
九条院
あやめ草ひきたかへたるたもとにはむかしをこふるねそかゝりける
あやめくさ-ひきたかへたる-たもとには-むかしをこふる-ねそかかりける
00772
[詞書]返し
皇嘉門院
さもこそはおなしたもとのいろならめかはらぬねをもかけてける哉
さもこそは-おなしたもとの-いろならめ-かはらぬねをも-かけてけるかな
00773
[詞書]すみ侍りける女なくなりにけるころ藤原為頼朝臣妻身まかりにけるにつかはしける
小野宮右大臣
よそなれとおなし心そかよふへきたれも思ひのひとつならねは
よそなれと-おなしこころそ-かよふへき-たれもおもひの-ひとつならねは
00774
[詞書]返し
藤原為頼朝臣
ひとりにもあらぬ思はなき人もたひのそらにやかなしかるらん
ひとりにも-あらぬおもひは-なきひとも-たひのそらにや-かなしかるらむ
00775
[詞書]小式部内侍つゆをきたるはきをりたるからきぬをきて侍りけるを身まかりてのち上東門院よりたつねさせたまひけるたてまつるとて
和泉式部
をくと見しつゆもありけりはかなくてきえにし人をなにゝたとへん
おくとみし-つゆもありけり-はかなくて-きえにしひとを-なににたとへむ
00776
[詞書]御返し
上東門院
おもひきやはかなくをきし袖のうへのつゆをかたみにかけん物とは
おもひきや-はかなくおきし-そてのうへの-つゆをかたみに-かけむものとは
00777
[詞書]白河院御時中宮おはしまさてのちその御方は草のみしけりて侍りけるに七月七日わらはへのつゆとり侍けるを見て
周防内侍
あさちはらはかなくきえし草のうへのつゆをかたみと思かけきや
あさちはら-はかなくおきし-くさのうへの-つゆをかたみと-おもひかけきや
00778
[詞書]一品資子内親王にあひてむかしのことゝも申いたしてよみ侍ける
女御徽子女王
袖にさへ秋のゆふへはしられけりきえしあさちかつゆをかけつゝ
そてにさへ-あきのゆふへは-しられけり-きえしあさちか-つゆをかけつつ
00779
[詞書]れいならぬことをもくなりて御くしおろしたまひける日上東門院中宮と申ける時つかはしける
一条院御哥
秋風のつゆのやとりに君をゝきてちりをいてぬることそかなしき
あきかせの-つゆのやとりに-きみをおきて-ちりをいてぬる-ことそかなしき
00780
[詞書]秋のころおさなきこにをくれたる人に
大弐三位
わかれけんなこりの袖もかはかぬにをきやそふらん秋のゆふつゆ
わかれけむ-なこりのつゆも-かわかぬに-おきやそふらむ-あきのゆふつゆ
00781
[詞書]返し
読人しらす
をきそふるつゆとゝもにはきえもせてなみたにのみもうきしつむかな
おきそふる-つゆとともには-きえもせて-なみたにのみも-うきしつむかな
00782
[詞書]廉義公の母なくなりてのちをみなへしを見て
清慎公
をみなへしみるに心はなくさまていとゝむかしの秋そこひしき
をみなへし-みるにこころは-なくさまて-いととむかしの-あきそこひしき
00783
[詞書]弾正尹為尊親王にをくれてなけき侍けるころ
和泉式部
ねさめする身をふきとおす風のをとをむかしは袖のよそにきゝけん
ねさめする-みをふきとほす-かせのおとに-むかしはそての-よそにききけむ
00784
[詞書]従一位源師子かくれ侍りて宇治より新少将かもとにつかはしける
知足院入道前関白太政大臣
袖ぬらす萩のうはゝのつゆはかりむかしわすれぬむしのねそする
そてぬらす-はきのうははの-つゆはかり-むかしわすれぬ-むしのねそする
00785
[詞書]法輪寺にまうて侍とてさかのに大納言忠家かはかの侍けるほとにまかりてよみ侍ける
権中納言俊忠
さらてたにつゆけきさかのゝへにきてむかしのあとにしほれぬるかな
さらてたに-つゆけきさかの-のへにきて-むかしのあとに-しをれぬるかな
00786
[詞書]公時卿母身まかりてなけき侍けるころ大納言実国もとに申つかはしける
後徳大寺左大臣
かなしさは秋のさか野のきり〳〵すなをふるさとにねをやなくらん
かなしさは-あきのさかのの-きりきりす-なほふるさとに-ねをやなくらむ
00787
[詞書]母の身まかりにけるをさかのへんにおさめ侍ける夜よみける
皇太后宮大夫俊成女
今はさはうきよのさかのゝへをこそつゆきえはてしあとゝしのはめ
いまはさは-うきよのさかの-のへをこそ-つゆきえはてし-あととしのはめ
00788
[詞書]母身まかりにける秋のわきしける日もとすみ侍りけるところにまかりて
定家朝臣
たまゆらのつゆも涙もとゝまらすなき人こふるやとの秋風
たまゆらの-つゆもなみたも-ととまらす-なきひとこふる-やとのあきかせ
00789
[詞書]ちゝ秀宗身まかりての秋寄風懐旧といふことをよみ侍ける
藤原秀能
つゆをたにいまはかたみのふちころもあたにも袖をふくあらしかな
つゆをたに-いまはかたみの-ふちころも-あたにもそてを-ふくあらしかな
00790
[詞書]久我内大臣春ころうせて侍けるとしの秋土御門内大臣中将に侍ける時つかはしける
殷富門院大輔
秋ふかきねさめにいかゝおもひいつるはかなく見えし春のよの夢
あきふかき-ねさめにいかか-おもひいつる-はかなくみえし-はるのよのゆめ
00791
[詞書]返し
土御門内大臣
見し夢をわするゝ時はなけれとも秋のねさめはけにそかなしき
みしゆめを-わするるときは-なけれとも-あきのねさめは-けにそかなしき
00792
[詞書]しのひてもの申ける女身まかりてのちそのいゑにとまりてよみ侍ける
大納言実家
なれし秋のふけしよとこはそれなから心のそこの夢そかなしき
なれしあきの-ふけしよとこは-それなから-こころのそこの-ゆめそかなしき
00793
[詞書]みちのくにへまかれりける野中にめにたつさまなるつかの侍けるをとはせ侍けれはこれなん中将のつかと申すとこたへけれは中将とはいつれの人そととひ侍けれは実方朝臣の事となん申けるに冬の事にてしもかれのすゝきほの〳〵見えわたりておりふしものかなしうおほえ侍けれは
西行法師
くちもせぬその名はかりをとゝめをきてかれ野のすゝきかたみとそみる
くちもせぬ-そのなはかりを-ととめおきて-かれののすすき-かたみにそみる
00794
[詞書]同行なりける人うちつゝきはかなくなりにけれはおもひいてゝよめる
前大僧正慈円
ふるさとをこふる涙やひとりゆくともなき山のみちしはのつゆ
ふるさとを-こふるなみたや-ひとりゆく-ともなきやまの-みちしはのつゆ
00795
[詞書]母のおもひに侍ける秋法輪にこもりてあらしのいたくふきけれは
皇太后宮大夫俊成
うきよにはいまはあらしの山かせにこれやなれゆくはしめなるらん
うきよには-いまはあらしの-やまかせに-これやなれゆく-はしめなるらむ
00796
[詞書]定家朝臣母身まかりてのち秋ころ墓所ちかき堂にとまりてよみ侍ける
まれにくる夜はもかなしき松風をたえすやこけのしたにきくらん
まれにくる-よはもかなしき-まつかせを-たえすやこけの-したにきくらむ
00797
[詞書]堀河院かくれ給てのち神な月風のをとあはれにきこえけれは
久我太政大臣
ものおもへはいろなき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに
ものおもへは-いろなきかせも-なかりけり-みにしむあきの-こころならひに
00798
[詞書]藤原定通身まかりてのち月あかき夜人のゆめに殿上になん侍とてよみ侍ける哥
ふるさとをわかれし秋をかそふれはやとせになりぬありあけの月
ふるさとを-わかれしあきを-かそふれは-やとせになりぬ-ありあけのつき
00799
[詞書]源為善朝臣身まかりにける又のとし月を見て
能因法師
いのちあれはことしの秋も月はみつわかれし人にあふよなきかな
いのちあれは-ことしのあきも-つきはみつ-わかれしひとに-あふよなきかな
00800
[詞書]世中はかなく人々おほくなくなり侍けるころ中将宣方朝臣身まかりて十月許白河の家にまかれりけるに紅葉のひとはのこれるを見侍て
前大納言公任
けふこすはみてやゝまゝし山さとのもみちも人もつねならぬよに
けふこすは-みてややままし-やまさとの-もみちもひとも-つねならぬよに
00801
[詞書]十月許みなせに侍しころ前大僧正慈円のもとへぬれてしくれのなと申つかはしてつきのとしの神無月に無常の哥あまたよみてつかはし侍し中に
太上天皇
おもひいつるおりたくしはのゆふけふりむせふもうれし忘かたみに
おもひいつる-をりたくしはの-ゆふけふり-むせふもうれし-わすれかたみに
00802
[詞書]返し
前大僧正慈円
おもひいつるおりたくしはときくからにたくひしられぬゆふけふりかな
おもひいつる-をりたくしはと-きくからに-たくひしられぬ-ゆふけふりかな
00803
[詞書]雨中無常といふことを
太上天皇
なき人のかたみの雲やしほ(ほ=く)るらんゆふへの雨にいろはみえねと
なきひとの-かたみのくもや-しをるらむ-ゆふへのあめに-いろはみえねと
00804
[詞書]枇杷皇太后宮かくれてのち十月許かの家の人々の中にたれともなくてさしをかせける
相模
神な月しくるゝころもいかなれやそらにすきにし秋の宮人
かみなつき-しくるるころも-いかなれや-そらにすきにし-あきのみやひと
00805
[詞書]右大将通房身まかりてのちてならひすさひて侍けるあふきを見いたしてよみ侍ける
土御門右大臣女
てすさひのはかなきあとゝ見しかとも長かたみになりにけるかな
てすさひの-はかなきあとと-みしかとも-なかきかたみに-なりにけるかな
00806
[詞書]斎宮女御のもとにて先帝のかゝせたまへりけるさうしを見侍て
馬内侍
たつねてもあとはかくてもみつくきのゆくゑもしらぬ昔なりけり
たつねても-あとはかくても-みつくきの-ゆくへもしらぬ-むかしなりけり
00807
[詞書]返し
女御徽子女王
いにしへのなきになかるゝ水くきのあとこそ袖のうらによりけれ
いにしへの-なきになかるる-みつくきは-あとこそそての-うらによりけれ
00808
[詞書]恒徳公かくれてのち女のもとに月あかき夜しのひてまかりてよみ侍ける
道信朝臣
ほしもあへぬころものやみにくらされて月ともいはすまとひぬるかな
ほしもあへぬ-ころものやみに-くらされて-つきともいはす-まとひぬるかな
00809
[詞書]入道摂政のために万灯会をこなはれ侍けるに
東三条院
みなそこにちゝのひかりはうつれともむかしのかけはみえすそ有ける
みなそこに-ちちのひかりは-うつれとも-むかしのかけは-みえすそありける
00810
[詞書]公忠朝臣身まかりにけるころよみ侍ける
源信明朝臣
ものをのみおもひねさめのまくらにはなみたかゝらぬ暁そなき
ものをのみ-おもひねさめの-まくらには-なみたかからぬ-あかつきそなき
00811
[詞書]一条院かくれたまひにけれはその御事をのみこひなけき給てゆめにほのみえたまひけれは
上東門院
あふこともいまはなきねの夢ならていつかは君を又はみるへき
あふことも-いまはなきねの-ゆめならて-いつかはきみを-またはみるへき
00812
[詞書]後朱雀院かくれ給て上東門院白河にこもり給にけるをきゝて
女御藤原生子<大二条関白/女>
うしとてはいてにしいゑをいてぬなりなとふるさとにわか帰けん
うしとては-いてにしいへを-いてぬなり-なとふるさとに-わかかへりけむ
00813
[詞書]おさなかりけるこの身まかりにけるに
源道済
はかなしといふにもいとゝなみたのみかゝるこのよをたのみけるかな
はかなしと-いふにもいとと-なみたのみ-かかるこのよを-たのみけるかな
00814
[詞書]後一条院中宮かくれ給てのち人のゆめに
ふるさとにゆく人もかなつけやらんしらぬ山ちにひとりまとふと
ふるさとに-ゆくひともかな-つけやらむ-しらぬやまちに-ひとりまとふと
00815
[詞書]小野宮右大臣身まかりぬときゝてよめる
権大納言長家
たまのをの長ためしにひく人もきゆれはつゆにことならぬかな
たまのをの-なかきためしに-ひくひとも-きゆれはつゆに-ことならぬかな
00816
[詞書]小式部内侍身まかりてのちつねにもちて侍けるてはこを誦経にせさすとてよみ侍ける
和泉式部
こひわふときゝにたにきけかねのをとにうちわすらるゝ時のまそなき
こひわふと-ききにたにきけ-かねのおとに-うちわすらるる-ときのまそなき
00817
[詞書]上東門院小少将身まかりてのちつねにうちとけてかきかはしけるふみのものゝ中に侍けるを見いてゝ加賀少納言かもとへつかはしける
紫式部
たれかよになからへて見んかきとめしあとはきえせぬかたみなれとも
たれかよに-なからへてみむ-かきとめし-あとはきえせぬ-かたみなれとも
00818
[詞書]返し
加賀少納言
なき人をしのふることもいつまてそけふの哀はあすのわか身を
なきひとを-しのふることも-いつまてそ-けふのあはれは-あすのわかみを
00819
[詞書]僧正明尊かくれてのちひさしくなりて房なともいはくらにとりわたしてくさおひしけりてことさまになりにけるをみて
律師慶暹
なき人のあとをたにとてきてみれはあらぬさとにもなりにけるかな
なきひとの-あとをたにとて-きてみれは-あらぬさとにも-なりにけるかな
00820
[詞書]よのはかなきことをなけくころみちのくにゝ名あるところ〳〵かきたるゑを見侍りて
紫式部
見し人のけふりになりしゆふへより名そむつましきしほかまのうら
みしひとの-けふりになりし-ゆふへより-なそむつましき-しほかまのうら
00821
[詞書]後朱雀院かくれたまひて源三位かもとにつかはしける
弁乳母
あはれきみいかなる野辺のけふりにてむなしきそらの雲と成けん
あはれきみ-いかなるのへの-けふりにて-むなしきそらの-くもとなりけむ
00822
[詞書]返し
源三位
おもへきみもえしけふりにまかひなてたちをくれたる春のかすみを
おもへきみ-もえしけふりに-まかひなて-たちおくれたる-はるのかすみを
00823
[詞書]大江嘉言つしまになりてくたるとてなにはほりえのあしのうらはにとよみてくたり侍にけるほとに国にてなくなりにけりときゝて
能因法師
あはれ人けふのいのちをしらませはなにはのあしにちきらさらまし
あはれひと-けふのいのちを-しらませは-なにはのあしに-ちきらさらまし
00824
[詞書]題しらす
大江匡衡朝臣
よもすからむかしのことをみつるかなかたるやうつゝありしよや夢
よもすから-むかしのことを-みつるかな-かたるやうつつ-ありしよやゆめ
00825
[詞書]俊頼朝臣身まかりてのちつねに見ける鏡を仏につくらせ侍とてよめる
新少将
うつりけんむかしのかけやのこるとて見るにおもひのますかゝみかな
うつりけむ-むかしのかけや-のこるとて-みるにおもひの-ますかかみかな
00826
[詞書]かよひける女のはかなくなり侍にけるころかきをきたるふみとも経のれうしになさんとてとりいてゝ見侍けるに
按察使公通
かきとむることの葉のみそ水くきのなかれてとまるかたみなりける
かきとむる-ことのはのみそ-みつくきの-なかれてとまる-かたみなりける
00827
[詞書]禎子内親王かくれ侍てのち[心+宗]子内親王かはりゐ侍ぬときゝてまかりて見けれはなに事もかはらぬやうに侍けるもいとゝむかしおもひいてられて女房に申侍ける
中院右大臣
ありすかはおなしなかれはかはらねと見しやむかしのかけそわすれぬ
ありすかは-おなしなかれは-かはらねと-みしやむかしの-かけそわすれぬ
00828
[詞書]権中納言道家母かくれ侍にける秋摂政太政大臣のもとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成
かきりなき思のほとの夢のうちはおとろかさしとなけきこしかな
かきりなき-おもひのほかの-ゆめのうちは-おとろかさしと-なけきこしかな
00829
[詞書]返し
摂政太政大臣
見し夢にやかてまきれぬわか身こそとはるゝけふもまつかなしけれ
みしゆめに-やかてまきれぬ-わかみこそ-とはるるけふも-まつかなしけれ
00830
[詞書]母のおもひに侍けるころ又なくなりにける人のあたりよりとひて侍けれはつかはしける
清輔朝臣
世中は見しもきゝしもはかなくてむなしきそらのけふりなりけり
よのなかは-みしもききしも-はかなくて-むなしきそらは-けふりなりけり
00831
[詞書]無常のこゝろを
西行法師
いつなけきいつおもふへきことなれはのちのよしらて人のすむ(む=く)らん
いつなけき-いつおもふへき-ことなれは-のちのよしらて-ひとのすくらむ
00832
前大僧正慈円
みな人のしりかほにしてしらぬかなかならすしぬるならひありとは
みなひとの-しりかほにして-しらぬかな-かならすしぬる-ならひありとは
00833
きのふみし人はいかにとおとろけとなを長よの夢にそ有ける
きのふみし-ひとはいかにと-おとろけと-なほなかきよの-ゆめにそありける
00834
よもきふにいつかをくへきつゆの身はけふのゆふくれあすのあけほの
よもきふに-いつかおくへき-つゆのみは-けふのゆふくれ-あすのあけほの
00835
われもいつそあらましかはと見し人をしのふとすれはいとゝそひゆく
われもいつそ-あらましかはと-みしひとを-しのふとすれと-いととそひゆく
00836
[詞書]前参議教長高野にこもりゐて侍けるかやまひかきりになり侍ぬときゝて頼輔卿まかりけるほとに身まかりぬときゝてつかはしける
寂蓮法師
たつねきていかにあはれとなかむらんあとなき山の峯のしら雲
たつねきて-いかにあはれと-なかむらむ-あとなきやまの-みねのしらくも
00837
[詞書]人にをくれてなけきける人につかはしける
西行法師
なきあとのおもかけをのみ身にそへてさこそは人のこひしかるらめ
なきあとの-おもかけをのみ-みにそへて-さこそはひとの-こひしかるらめ
00838
[詞書]なけくこと侍ける人とはすとうらみ侍けれは
哀ともこゝろにおもふほとはかりいはれぬへくはとひこそはせめ
あはれとも-こころにおもふ-ほとはかり-いはれぬへくは-とひこそはせめ
00839
[詞書]無常のこゝろを
入道左大臣
つく〳〵とおもへはかなしいつまてか人のあはれをよそにきくへき
つくつくと-おもへはかなし-いつまてか-ひとのあはれを-よそにきくへき
00840
[詞書]左近中将通宗か墓所にまかりてよみ侍ける
土御門内大臣
をくれゐてみるそかなしきはかなさをうき身のあとゝなにたのみけむ
おくれゐて-みるそかなしき-はかなさを-うきみのあとと-なにたのみけむ
00841
[詞書]覚快法親王かくれ侍て周忌のはてに墓所にまかりてよみ侍ける
前大僧正慈円
そこはかと思つゝけて来てみれはことしのけふも袖はぬれけり
そこはかと-おもひつつけて-きてみれは-ことしのけふも-そてはぬれけり
00842
[詞書]母のためにあはたくちの家にて仏くやうし侍ける時はらからみなまうてきあひてふるきおもかけなとさらにしのひ侍けるおりふしゝもあめかきくらしふり侍けれはかへるとてかの堂の障子にかきつけ侍ける
右大将忠経
たれもみな涙のあめにせきかねぬそらもいかゝはつれなかるへき
たれもみな-なみたのあめに-せきかねぬ-そらもいかかは-つれなかるへき
00843
[詞書]なくなりたる人のかすをそとはにかきて哥よみ侍けるに
法橋行遍
見し人はよにもなきさのもしほ草かきをくたひに袖そしほるゝ
みしひとは-よにもなきさの-もしほくさ-かきおくたひに-そてそしをるる
00844
[詞書]子の身まかりにけるつきのとしの夏かの家にまかりたりけるにはなたちはなのかほりけれはよめる
祝部成仲
あらさらんのちしのへとや袖のかをはなたちはなにとゝめをきけん
あらさらむ-のちしのへとや-そてのかを-はなたちはなに-ととめおきけむ
00845
[詞書]能因法師身まかりてのちよみ侍ける
藤原兼房朝臣
ありしよにしはしも見てはなかりしを哀とはかりいひてやみぬる
ありしよに-しはしもみては-なかりしを-あはれとはかり-いひてやみぬる
00846
[詞書]妻なくなりて又のとしの秋ころ周防内侍かもとへつかはしける
権中納言通俊
とへかしなかたしくふちの衣手になみたのかゝる秋のねさめを
とへかしな-かたしくふちの-ころもてに-なみたのかかる-あきのねさめを
00847
[詞書]堀河院かくれ給ひてのちよめる
権中納言国信
君なくてよるかたもなきあをやきのいとゝうきよそ思みたるゝ
きみなくて-よるかたもなき-あをやきの-いととうきよそ-おもひみたるる
00848
[詞書]かよひける女山さとにてはかなくなりにけれはつれ〳〵とこもりゐて侍けるかあからさまに京へまかりてあか月かへるにとりなきぬと人々いそかし侍けれは
左京大夫顕輔
いつのまに身を山かつになしはてゝ宮こをたひと思ふなるらん
いつのまに-みをやまかつに-なしはてて-みやこをたひと-おもふなるらむ
00849
[詞書]ならのみかとをおさめたてまつりけるをみて
人麿
ひさかたのあめにしほるゝ君ゆへに月日もしらてこひわたるらん
ひさかたの-あめにしをるる-きみゆゑに-つきひもしらて-こひわたるらむ
00850
[詞書]題しらす
小野小町
あるはなくなきはかすそふ世中にあはれいつれの日まてなけかん
あるはなく-なきはかすそふ-よのなかに-あはれいつれの-ひまてなけかむ
00851
業平朝臣
白玉かなにそと人のとひし時つゆとこたへてけなまし物を
しらたまか-なにそとひとの-とひしとき-つゆとこたへて-けなましものを
00852
[詞書]更衣の服にてまいれりけるを見たまひて
延喜御哥
としふれはかくもありけりすみそめのこはおもふてふそれかあらぬか
としふれは-かくもありけり-すみそめの-こはおもふてふ-それかあらぬか
00853
[詞書]おもひにて人のいゑにやとれりけるをその家にわすれくさのおほく侍りけれはあるしにつかはしける
中納言兼輔
なき人をしのひかねては忘草おほかるやとにやとりをそする
なきひとを-しのひかねては-わすれくさ-おほかるやとに-やとりをそする
00854
[詞書]やまひにしつみてひさしくこもりゐて侍けるかたま〳〵よろしくなりてうちにまいりて右大弁公忠蔵人に侍けるにあひて又あさてはかりまいるへきよし申てまかりいてにけるまゝにやまひをもくなりてかきりに侍けれは公忠朝臣につかはしける
藤原季縄
くやしくそのちにあはんと契けるけふをかきりといはまし物を
くやしくそ-のちにあはむと-ちきりける-けふをかきりと-いはましものを
00855
[詞書]母の女御かくれ侍りて七月七日よみ侍ける
中務卿具平親王
すみそめのそてはそらにもかさなくにしほりもあへすつゆそこほるゝ
すみそめの-そてはそらにも-かさなくに-しほりもあへす-つゆそこほるる
00856
[詞書]うせにける人のふみのものゝ中なるを見いてゝそのゆかりなる人のもとにつかはしける
紫式部
くれぬまの身をはおもはて人のよのあはれをしるそかつははかなき
くれぬまの-みをはおもはて-ひとのよの-あはれをしるそ-かつははかなき