坂本龍馬全集/阪本龍馬の未亡人/四回


(四)


 私は母から、薩摩屋のおりせといふ名を聞いて居た、そのおりせについて、お良さんはこんな話をした。
「世間には余り知られて居ないけれども、お登世さんよりもおりせさんの方が、どれ程勤王の人達を助けたか知れません、寺田屋のやうに目に立つ事件が起らなかつたから、自然世間の注意を惹かなかつたけれども、おりせさんは侠客肌の女で、熱心な勤王贔負びいきでした。そのおりせさんに一番世話を焼かせたのは、伊達要之助(陸奥宗光)さんでしたよ」
 このおりせは、良人の万古と共に、大阪にある薩摩の花屋敷のお出入で、屋敷の門前に、薩摩屋といふ屋号で、人足差入れの稼

業を営んで居た。同志の人々は、その頭字を取つて「薩万」と呼んだ。
 坂本や、中岡や、其他海陸両援隊の人々は、京都で伏見の寺田屋、大阪でこの薩万を隠れ家にして居た、おりせはお登世に一層輪をかけた男勝りで、度胸もあつたし、悧巧で、勝気で、浪人の世話は、一切おりせが引受けてやつた。かうした女の亭主にあり勝な、万吉も好人物おひとよしの無口の男だつた。
 稼業が人足の差入れだから、薩万の二階にはいつも若い奴がごろついてゐた。足繁く他人が出入をしても、怪しまれる憂ひがなかつたので、浪人達は、こゝを屈強の隠れ場所にした。伊達要之助は、幕府方に逐はれて、この薩万に逃込んだ。
 詮議が厳しい、岡つ引の鵜の目、鷹の目である。薩万の周囲を、夜となく、昼となく、うさん臭い男が徘徊する。片時も油断は出来ないので、おりせは要之助を押入の中に隠して三度の食事を自分が運んだ。着の身着の儘、垢にまみれ、虱が涌いて、押入の戸を開けると強烈な臭気が鼻を衝く、かうした押入の生活が、月余に亘ると、要之助は退屈でたまらなくなつた。陽の光が見たい、晴れた空を仰ぎ度い、さういふ衝動が、全身をうづさせた。

「えゝどうなるものか!」と捨鉢になつて、或日こつそり押入の中から這ひ出すと、窓を開けて、てすりの外へ首を出した。そこは裏二階の、下が川で、どす黒く濁つた水が、ゆるい流れを見せて大川につゞいて居た。
 その時である、要之助は挙動不審の男を見た。男は中年の紙屑買ひであつたが、河岸に佇んで、二階を見上げた瞳に、要之助の魂をわななかせる鋭い光があつた。
失策しまつた」と思つた。要之助はすぐ首を引いた。
 おりせが夜の食事を運んで来た。
 要之助の話を聞くと、おりせは忽ち顔の色を変へた。「あの紙屑買ひなら、私も不思議な奴だと思つて居ました。毎日のやうにやつて来て、薄気味の悪い眼付で奥を覗くのです。もうかうしては居られません、今晩すぐ船でお逃げなさい」
「飛んだことをしてしまつた。つい明るい世界が見たくなつたものだから!」

 夜更けて要之助は、裏河岸から、こつそり小舟に乗移つた、船頭は薩万腹心の若い男だつた。
「一方ならぬ世話になつた、かたじけない」
「気を付けてらつしやいよ、では、お達者で!」見送るおりせの眼に、熱い雫があつた。それから僅に二十分ばかりも経つて、不意に薩万へ捕方が踏込んで、天井裏から縁の下迄捜査したがおりせは眉一つ動かさなかつた。「そんなに世話を焼かせた要之助さんが、どうでせう、御維新になつて、自分は出世をしても、おりせさんに手紙一本寄越さないのです。たしか明治八九年の頃だと覚えて居ますが、おりせさんが大阪から東京へ来て、菅野とお前さんの宅(その頃私の家は築地の小田原町にあった)を宿にして居ました。東京見物に来たのです。その時菅野やお前さんの阿父さんが、御維新前に、我々同志は随分厄介をかけた。その中でも陸奥は、どれだけ世話になつたか知れない。東京へ来たのを幸ひ、陸奥を訪ねて遣るが宜い。あの男も、お前さんに会つたら、喜んで待遇するだらうと言つてすゝめました。でもおりせさんは余り気乗りがしなかつたやうでした。

 おりせは、音信を絶つた要之助に、不快の念を抱いて居た。侠客肌のきかない気の女だから、持前の反抗心が涌くのである。あんな薄情な奴に誰が会ふものか…かういつた気持が先に立つて、足を向けようといふ気にはなれなかつた。
 だが、菅野や私の父が再三薦めたので、
「では、会つて見ようか」といふ気持になることが出来た。
 で、些細な手土産を携へて、或日陸奥の屋敷を訪れた。表玄関に立つて案内を乞ふと、書生が取次に出て、奥へ人つたが、しばらくすると、再び玄関へ出て来て、
「主人は只今多忙ですから、お目にかゝることが出来ません」と素気そつけなく答へた。
 おりせは、真赤になつて、黙つて書生の顔をにらみつけて居た。

 肝癪が破裂したのだ。憤怒と憎悪が一時にこみ上げた。
「馬、馬鹿にしやがるない!」積年の憤懣が爆発した。「陸奥にさう言つてやれ、人を馬鹿にしやアがつて、あの時のことを忘れたか!押入の中で、虱にたかられて下手にまごつくと首が無かつたんだ、誰のおかげで助かつたと思ふ。私はね、少しばかり世話をしたからつて、そんなことを恩に着せて、大きな面をする女ぢやないんだよ。陸奥が出世をしたからつて、誰が世話をして呉れと言ふものか。金でも借りに来やしまいし、人を馬鹿にしやアがる。薩万のおりせが、陸奥は恩知らずの畜生だと言つたつて、さう言つて遣れ、畜生奴ツ」
 持つて来た土産物を玄関に叩きつけて、さつさと私の宅へ帰つて来た。さうして私の父の顔を見ると、張りつめた気が弛んだのか、声を揚げて泣いた。
 おりせと陸奥は、顔を合す機会がなかつた。二人とも会はうとしないで、二人とも故人になつてしまつた。