善光寺記行

善光寺記行

堯惠法印

寬正六年七月上旬のはじめつかた。とし比誓願し侍し善光寺へおもひたちぬ。金劔宮より羇旅におもむきいで。里中の草庵に休らひ。旅の事などものして。又四日の曉に立て。明れば利波山をこえ侍とて。

 明にけりほのめくあまのとなみ山わかるゝ雪や秋の初風

おなじ日。二上川を過ぬ。

 ひとつせに流れての名はいかなれや二上河の水のしら浪

やがてふせの海のあたりになり侍り。はるばると湖水をみわたせば。鳴鴉飛盡てタ陽西山にかくれり〈たりイ〉

 しつみこし夕日の影は跡もなくにほてりよはるふせの海哉

彼家持卿興遊をのベ侍し田子のうらはいづくならんと尋侍れどもさだかにこたふる人も侍らず〈なしイ〉

 花とやはかさしてもみむ田子浦やそこともしらぬ秋の波をは

その夜なこといふ所に着ぬ。楓橋のよるのとまりもやと思ひつらね侍て。

 曙や夢はとたえし波の上になこの繼橋のこるとそみる

明ればほどなく水橋といふわたりにうつりぬ〈きイ〉

 徒に人たのめなる水はしや舟より外に行かたもなし

かくて立山の千巖に雪いと白くみえたり。

 あきのきる衣や寒き雲のぬき雪の立山やま風そふく

有磯海は。此國の海畔の惣名と聞え・〈侍イ〉けるうへは。わきて尋ぬるに及ばず。折節天氣心よく晴て。四十八ケ瀨も名のみして侍り。一人の爲に其光をくらふせずとは云ながら。身もすゞ〈そゞイ〉ろにうれしくこそ侍れ。

 おさまれる聲さへ波に有磯海の濱の眞砂に道の數そふ

ゆきて越後國の海づら。山陰の道嶮難をしのぎ。淨土といふ所に至ぬ。四種の佛心も衆生の一念に發する所なれば。是ぞすみやかに西方同居土のさかひにて侍るならむかし。

 今そ知いたれはやすきことはりも唯遠からぬさかひなりとは

爰を去てゆけば。すなはち親しらずになりぬ。磐石千尋にそばだちて。のぞむに心性をわすれ。波濤萬里にかさなりて。瀧漲下る事かぎりなし。片々たる孤影より外はたのむ友侍らず。只不退の願力にまかせ侍るなるべし。然ば彼如來の報土を出て。輪廻迷暗のおもひ。子をもとめたまふといへ共。是しらざる有樣もやと覺え侍りて。

 波分て過行ほとはたらちねの親のいさめもわすらるゝ身よ

やがて歌のはまにうつり侍。此日七夕にあひあたりぬ。星の手向も便有て。是ぞ奇異の値遇にて侍るなどおもふに。あまたの舟よそひしてつどひゐたり。

 舟人も心有とや手向する歌のはま梶とりあへすして

また程へて。いとい川といふ河あり。

 世中はいかゝ有けむいとい河いとひし身さへ行ゑしられす

明れば八日になり侍りき。御緣日にまかせて。朱山へこゝろざしぬ。はるとよぢのぼりて。絕頂より瞻望するに。煙水茫々として。山また天涯につらなる。

 雲のはのきゆれは山もかさなれる波の千里に秋かせそ吹

漸よろぼひ下り侍るに。雲の底に蕭寺の鐘の聲うづもれ消て。夕の雨もいと身にしみかへり。打はらひ行袖もしほたるれば。漸麓の旅館に蘇息し侍れども。明る夜の空さへ殘雨なを暗うして。又立出侍る道に。花笠の里と云幽村あり。愚暗のなぐさめがたきあまりに。

 鶯のこゑも聞えぬ秋の雨にしほれそきぬる花かさの里

限なき行ゑの隔に聞えし關の山も是ならんとわけ入て。むかし西塔に侍し快藝法師にあひぬ。拙者〈イナシ〉尊師隆運〈蓮イ〉法師道のしるべにとて文書てたびしを。往事の夢にあらずやなどみるがごとくに打かたらひて。明る日信濃國へうつりき。道すがらに淺間山はいづくぞと尋侍れども。おなじ國ながら山靄はるかにして。野行の人も轉こと葉にまどへり。

 淺間山里とひかねし煙たにそこともいはぬ岑のしら雲

酉の刻の斜なるに御堂にまうで侍り。思はざるに引導する人有て內陣に通夜せり。剩本尊の瑠璃壇をめぐりき。まことに多劫の宿緣淺からずおぼえて。歡喜の淚せきあへず。如來本朝御瑞現の徃昔までおもひつゞけて。

 てらせ猶濁りにしまぬ難波江のあしまにみえし有明の月

曉に及ぶまでに。月いと淸らかに侍り。姨捨山をおもひやりて。

 行やらて心そかよふ更級や姨捨山のあきの夜の月

十五日につとめて宿坊を立かへり。土圭の影うつるばかりに戶隱山へいたりぬ。二重の瑞籬を拜して奧院へのぼるに。疊々たる山の上にすぐれて。中臺に南北ふたつの嶺あり。をのをの重々に岩をかさねあげて八色をまじへたり。千峯萬山のかたちのうちに異木異草ふさが〈かさなイ〉りて。或は佛菩薩の來化の姿もあり。或は天人聖衆の妓樂をとゝのへたる所も有。倂觀音薩埵の勝地にてぞ侍らむ。社頭は北の嶺の半にさしあがりて東に向ひ。大なる岩屋の內へ作り入たり。彼御神は多力雄にてまします。そのこゝろを。

 瑞籬やしたつ岩ほに松かねのたてるも神の力とそみる

おなじ所にて。

 吹おろす嶺のあらしもまきれ行ひゝきや谷の戶かくしの山

十六日に。又快藝の山室にとまりぬ。あるじの志も打をきさまならず。いよ懇にみえ侍ければ。

 木のもとの路の情もほさぬまにおなし宿かる旅衣かな

十七日の夜のとまり。府中の海岸になれり。あまのや笘屋のあばらなる月。隈なくさしのぼりぬ。五更の西の空うつろふ末は。古鄕の空にやかゝりきと思ひ送りて。

 契りをけおなし越路の末の露月もやとれる草の枕に

おほくの雲霧を過〈分イ〉て。越中東北の海陸までさすらひうつりき。廿一日にはことに蒼弯高くはれて。曉より起ゆく。路の有にぞ任はベりぬる。早槻川はいづくぞと云に。いひ明らむる人もなくてやみぬ。今此所をとふに。大河と見えし河有て。水ほそく海中にながれ落て。殘る月あはれにしづむ。

 やとる影きゆれはなのみ有明のはやつき河の波の上哉

遠き所も限あれば。いつしかと本國の境地になりぬ。他鄕のいづくはありとも。我常にあふぎ奉る白山の御影よりいや高き所はあらじかしとおぼえ侍るに付て。雲のうへにうかびて碧落のはだへあざやかに見え・〈侍イ〉しかば。

 立かへりあふきてそみる忍ひこし程は雲ゐのうへの白山


右一卷續扶桑拾葉集挍合畢

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