巻十八:雑下


00933

[詞書]題しらす

読人しらす

世中はなにかつねなるあすかかはきのふのふちそけふはせになる

よのなかは-なにかつねなる-あすかかは-きのふのふちそ-けふはせになる


00934

[詞書]題しらす

読人しらす

いく世しもあらしわか身をなそもかくあまのかるもに思ひみたるる

いくよしも-あらしわかみを-なそもかく-あまのかるもに-おもひみたるる


00935

[詞書]題しらす

読人しらす

雁のくる峰の朝霧はれすのみ思ひつきせぬ世中のうさ

かりのくる-みねのあさきり-はれすのみ-おもひつきせぬ-よのなかのうさ


00936

[詞書]題しらす

小野たかむらの朝臣

しかりとてそむかれなくに事しあれはまつなけかれぬあなう世中

しかりとて-そむかれなくに-ことしあれは-まつなけかれぬ-あなうよのなか


00937

[詞書]かひのかみに侍りける時、京へまかりのほりける人につかはしける

をののさたき

宮こ人いかかととはは山たかみはれぬくもゐにわふとこたへよ

みやこひと-いかかととはは-やまたかみ-はれぬくもゐに-わふとこたへよ


00938

[詞書]文屋のやすひて、みかはのそうになりて、あかた見にはえいてたたしやといひやれりける返事によめる

小野小町

わひぬれは身をうき草のねをたえてさそふ水あらはいなむとそ思ふ

わひぬれは-みをうきくさの-ねをたえて-さそふみつあらは-いなむとそおもふ


00939

[詞書]題しらす

小野小町

あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほたしなりけれ

あはれてふ-ことこそうたて-よのなかを-おもひはなれぬ-ほたしなりけれ


00940

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あはれてふ事のはことにおくつゆは昔をこふる涙なりけり

あはれてふ-ことのはことに-おくつゆは-むかしをこふる-なみたなりけり


00941

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中のうきもつらきもつけなくにまつしる物はなみたなりけり

よのなかの-うきもつらきも-つけなくに-まつしるものは-なみたなりけり


00942

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらす有りてなけれは

よのなかは-ゆめかうつつか-うつつとも-ゆめともしらす-ありてなけれは


00943

[詞書]題しらす

よみ人しらす

よのなかにいつらわか身のありてなしあはれとやいはむあなうとやいはむ

よのなかに-いつらわかみの-ありてなし-あはれとやいはむ-あなうとやいはむ


00944

[詞書]題しらす

よみ人しらす

山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり

やまさとは-もののさひしき-ことこそあれ-よのうきよりは-すみよかりけり


00945

[詞書]題しらす

これたかのみこ

白雲のたえすたなひく岑にたにすめはすみぬる世にこそ有りけれ

しらくもの-たえすたなひく-みねにたに-すめはすみぬる-よにこそありけれ


00946

[詞書]題しらす

ふるのいまみち

しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわきに風そしくめる

しりにけむ-ききてもいとへ-よのなかは-なみのさわきに-かせそしくめる


00947

[詞書]題しらす

そせい

いつこにか世をはいとはむ心こそのにも山にもまとふへらなれ

いつこにか-よをはいとはむ-こころこそ-のにもやまにも-まとふへらなれ


00948

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中は昔よりやはうかりけむわか身ひとつのためになれるか

よのなかは-むかしよりやは-うかりけむ-わかみひとつの-ためになれるか


00949

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中をいとふ山への草木とやあなうの花の色にいてにけむ

よのなかを-いとふやまへの-くさきとや-あなうのはなの-いろにいてにけむ


00950

[詞書]題しらす

よみ人しらす

みよしのの山のあなたにやともかな世のうき時のかくれかにせむ

みよしのの-やまのあなたに-やともかな-よのうきときの-かくれかにせむ


00951

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世にふれはうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ

よにふれは-うさこそまされ-みよしのの-いはのかけみち-ふみならしてむ


00952

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いかならむ巌の中にすまはかは世のうき事のきこえこさらむ

いかならむ-いはほのうちに-すまはかは-よのうきことの-きこえこさらむ


00953

[詞書]題しらす

よみ人しらす

葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし

あしひきの-やまのまにまに-かくれなむ-うきよのなかは-あるかひもなし


00954

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし

よのなかの-うけくにあきぬ-おくやまの-このはにふれる-ゆきやけなまし


00955

[詞書]おなしもしなきうた

もののへのよしな

よのうきめ見えぬ山ちへいらむにはおもふ人こそほたしなりけれ

よのうきめ-みえぬやまちへ-いらむには-おもふひとこそ-ほたしなりけれ


00956

[詞書]山のほうしのもとへつかはしける

凡河内みつね

世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいつちゆくらむ

よをすてて-やまにいるひと-やまにても-なほうきときは-いつちゆくらむ


00957

[詞書]物思ひける時いときなきこを見てよめる

凡河内みつね

今更になにおひいつらむ竹のこのうきふししけき世とはしらすや

いまさらに-なにおひいつらむ-たけのこの-うきふししけき-よとはしらすや


00958

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世にふれは事のはしけきくれ竹のうきふしことに鶯そなく

よにふれは-ことのはしけき-くれたけの-うきふしことに-うくひすそなく


00959

[詞書]題しらす/ある人のいはく、高津のみこの歌なり

よみ人しらす(一説、高津のみこ)

木にもあらす草にもあらぬ竹のよのはしにわか身はなりぬへらなり

きにもあらす-くさにもあらぬ-たけのよの-はしにわかみは-なりぬへらなり


00960

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わか身からうき世中となつけつつ人のためさへかなしかるらむ

わかみから-うきよのなかと-なけきつつ-ひとのためさへ-かなしかるらむ


00961

[詞書]おきのくにになかされて侍りける時によめる

たかむらの朝臣

思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは

おもひきや-ひなのわかれに-おとろへて-あまのなはたき-いさりせむとは


00962

[詞書]田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまといふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける

在原行平朝臣

わくらはにとふ人あらはすまの浦にもしほたれつつわふとこたへよ

わくらはに-とふひとあらは-すまのうらに-もしほたれつつ-わふとこたへよ


00963

[詞書]左近将監とけて侍りける時に、女のとふらひにおこせたりける返事によみてつかはしける

をののはるかせ

あまひこのおとつれしとそ今は思ふ我か人かと身をたとるよに

あまひこの-おとつれしとそ-いまはおもふ-われかひとかと-みをたとるよに


00964

[詞書]つかさとけて侍りける時よめる

平さたふん

うき世にはかとさせりとも見えなくになとかわか身のいてかてにする

うきよには-かとさせりとも-みえなくに-なとかわかみの-いてかてにする


00965

[詞書]つかさとけて侍りける時よめる

平さたふん

有りはてぬいのちまつまのほとはかりうきことしけくおもはすもかな

ありはてぬ-いのちまつまの-ほとはかり-うきことしけく-おもはすもかな


00966

[詞書]みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮つかへつかうまつらすとてとけて侍りける時によめる

みやちのきよき

つくはねのこの本ことに立ちそよる春のみ山のかけをこひつつ

つくはねの-このもとことに-たちそよる-はるのみやまの-かけをこひつつ


00967

[詞書]時なりける人のにはかに時なくなりてなけくを見て、みつからのなけきもなくよろこひもなきことを思ひてよめる

清原深事父

ひかりなき谷には春もよそなれはさきてとくちる物思ひもなし

ひかりなき-たににははるも-よそなれは-さきてとくちる-ものおもひもなし


00968

[詞書]かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へりける御返事にたてまつれりける

伊勢

久方の中におひたるさとなれはひかりをのみそたのむへらなる

ひさかたの-うちにおひたる-さとなれは-ひかりをのみそ-たのむへらなる


00969

[詞書]紀のとしさたか阿波のすけにまかりける時に、むまのはなむけせむとてけふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふくるまて見えさりけれはつかはしける

なりひらの朝臣

今そしるくるしき物と人またむさとをはかれすとふへかりけり

いまそしる-くるしきものと-ひとまたむ-さとをはかれす-とふへかりけり


00970

[詞書]惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらおろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとふらはむとてまかりたりけるに、ひえの山のふもとなりけれは雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをかみけるに、つれつれとしていと物かなしくて、かへりまうてきてよみておくりける

なりひらの朝臣

わすれては夢かとそ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは

わすれては-ゆめかとそおもふ-おもひきや-ゆきふみわけて-きみをみむとは


00971

[詞書]深草のさとにすみ侍りて、京へまうてくとてそこなりける人によみておくりける

なりひらの朝臣

年をへてすみこしさとをいてていなはいとと深草のとやなりなむ

としをへて-すみこしさとを-いてていなは-いととふかくさ-のとやなりなむ


00972

[詞書]返し

よみ人しらす

野とならはうつらとなきて年はへむかりにたにやは君かこさらむ

のとならは-うつらとなきて-としはへむ-かりにたにやは-きみかこさらむ


00973

[詞書]題しらす/この歌は、ある人、むかしをとこありけるをうなの、をとことはすなりにけれは、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみてをとこにつかはせりけるとなむいへる

よみ人しらす

我を君なにはの浦に有りしかはうきめをみつのあまとなりにき

われをきみ-なにはのうらに-ありしかは-うきめをみつの-あまとなりにき


00974

[詞書]返し

よみ人しらす

なにはかたうらむへきまもおもほえすいつこをみつのあまとかはなる

なにはかた-うらむへきまも-おもほえす-いつこをみつの-あまとかはなる


00975

[詞書]返し

よみ人しらす

今更にとふへき人もおもほえすやへむくらしてかとさせりてへ

いまさらに-とふへきひとも-おもほえす-やへむくらして-かとさせりてへ


00976

[詞書]ともたちのひさしうまうてこさりけるもとによみてつかはしける

みつね

水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ

みつのおもに-おふるさつきの-うきくさの-うきことあれや-ねをたえてこぬ


00977

[詞書]人をとはてひさしうありけるをりに、あひうらみけれはよめる

みつね

身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり

みをすてて-ゆきやしにけむ-おもふより-ほかなるものは-こころなりけり


00978

[詞書]むねをかのおほよりかこしよりまうてきたりける時に、雪のふりけるを見ておのかおもひはこのゆきのことくなむつもれるといひけるをりによめる

みつね

君か思ひ雪とつもらはたのまれす春よりのちはあらしとおもへは

きみかおもひ-ゆきとつもらは-たのまれす-はるよりのちは-あらしとおもへは


00979

[詞書]返し

宗岳大頼

君をのみ思ひこしちのしら山はいつかは雪のきゆる時ある

きみをのみ-おもひこしちの-しらやまは-いつかはゆきの-きゆるときある


00980

[詞書]こしなりける人につかはしける

きのつらゆき

思ひやるこしの白山しらねともひと夜も夢にこえぬよそなき

おもひやる-こしのしらやま-しらねとも-ひとよもゆめに-こえぬよそなき


00981

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いさここにわか世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし

いさここに-わかよはへなむ-すかはらや-ふしみのさとの-あれまくもをし


00982

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わかいほはみわの山もとこひしくはとふらひきませすきたてるかと

わかいほは-みわのやまもと-こひしくは-とふらひきませ-すきたてるかと


00983

[詞書]題しらす

きせんほうし

わかいほは宮このたつみしかそすむ世をうち山と人はいふなり

わかいほは-みやこのたつみ-しかそすむ-よをうちやまと-ひとはいふなり


00984

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あれにけりあはれいくよのやとなれやすみけむ人のおとつれもせぬ

あれにけり-あはれいくよの-やとなれや-すみけむひとの-おとつれもせぬ


00985

[詞書]ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけるをききてよみていれたりける

よしみねのむねさた

わひひとのすむへきやとと見るなへに歎きくははることのねそする

わひひとの-すむへきやとと-みるなへに-なけきくははる-ことのねそする


00986

[詞書]はつせにまうつる道にならの京にやとれりける時よめる

二条

人ふるすさとをいとひてこしかともならの宮こもうきななりけり

ひとふるす-さとをいとひて-こしかとも-ならのみやこも-うきななりけり


00987

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中はいつれかさしてわかならむ行きとまるをそやととさたむる

よのなかは-いつれかさして-わかならむ-ゆきとまるをそ-やととさたむる


00988

[詞書]題しらす

よみ人しらす

相坂の嵐のかせはさむけれとゆくへしらねはわひつつそぬる

あふさかの-あらしのかせは-さむけれと-ゆくへしらねは-わひつつそぬる


00989

[詞書]題しらす

よみ人しらす

風のうへにありかさためぬちりの身はゆくへもしらすなりぬへらなり

かせのうへに-ありかさためぬ-ちりのみは-ゆくへもしらす-なりぬへらなり


00990

[詞書]家をうりてよめる

伊勢

あすかかはふちにもあらぬわかやともせにかはりゆく物にそ有りける

あすかかは-ふちにもあらぬ-わかやとも-せにかはりゆく-ものにそありける


00991

[詞書]つくしに侍りける時にまかりかよひつつこうちける人のもとに、京にかへりまうてきてつかはしける

きのとものり

ふるさとは見しこともあらすをののえのくちし所そこひしかりける

ふるさとは-みしこともあらす-をののえの-くちしところそ-こひしかりける


00992

[詞書]女ともたちと物かたりして、わかれてのちにつかはしける

みちのく

あかさりし袖のなかにやいりにけむわかたましひのなき心ちする

あかさりし-そてのなかにや-いりにけむ-わかたましひの-なきここちする


00993

[詞書]寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時に、東宮のさふらひにてをのこともさけたうへけるついてによみ侍りける

ふちはらのたたふさ

なよ竹のよなかきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな

なよたけの-よなかきうへに-はつしもの-おきゐてものを-おもふころかな


00994

[詞書]題しらす/ある人、この歌は、むかしやまとのくになりける人のむすめにある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひたに、このをとこ、かふちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり、さりけれともつらけなるけしきも見えて、かふちへいくことに、をとこの心のことくにしつついたしやりけれは、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたかひて、月のおもしろかりける夜、かふちへいくまねにてせんさいのなかにかくれて見けれは、夜ふくるまてことをかきならしつつ、うちなけきてこの歌をよみてねにけれは、これをききて、それより又ほかへもまからすなりにけりとなむいひつたへたる

よみ人しらす

風ふけはおきつ白浪たつた山よはにや君かひとりこゆらむ

かせふけは-おきつしらなみ-たつたやま-よはにやきみか-ひとりこゆらむ


00995

[詞書]題しらす

よみ人しらす

たかみそきゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく

たかみそき-ゆふつけとりか-からころも-たつたのやまに-をりはへてなく


00996

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わすられむ時しのへとそ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをととむる

わすられむ-ときしのへとそ-はまちとり-ゆくへもしらぬ-あとをととむる


00997

[詞書]貞観御時、万葉集はいつはかりつくれるそととはせ給ひけれはよみてたてまつりける

文屋ありすゑ

神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることそこれ

かみなつき-しくれふりおける-ならのはの-なにおふみやの-ふることそこれ


00998

[詞書]寛平御時歌たてまつりけるついてにたてまつりける

大江千里

あしたつのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまてきこえつかなむ

あしたつの-ひとりおくれて-なくこゑは-くものうへまて-きこえつかなむ


00999

[詞書]寛平御時歌たてまつりけるついてにたてまつりける

ふちはらのかちおむ

ひとしれす思ふ心は春霞たちいててきみかめにも見えなむ

ひとしれす-おもふこころは-はるかすみ-たちいててきみか-めにもみえなむ


01000

[詞書]歌めしける時にたてまつるとてよみて、おくにかきつけてたてまつりける

伊勢

山河のおとにのみきくももしきを身をはやなから見るよしもかな

やまかはの-おとにのみきく-ももしきを-みをはやなから-みるよしもかな