<<叩拝及び其他の事。>>
誇大ならずして集中したる長き祈祷の続くは、之により汝は聖詠を歌ふを罷むるにより、無用の時を送ると謂ふなかれ。之に反して聖詠を歌ふを練習せんよりは祈祷に於て叩拝するを愛せよ。祈祷が汝に手を貸すときは、之を以て神の奉事を補はん。而して其の奉事の時に当りて涙の賜汝に與へらるゝならば、之を楽むを以て祈祷に於て無用の時を送ると謂ふなかれ、何となれば涙の恩寵は祈祷の充満なればなり。
汝の心の散ずる時は、祈祷よりも読経に従事せよ。さりながら既に言ひし如く何等の書も益あるにはあらず。動作よりも黙想を愛せよ。もし能するならば、祈祷に立つよりも読経を重んぜよ。けだし読経は浄き祈祷の泉なればなり。何等の口実を以ても怠慢に従ふなかれ、然して心意の高超を自から制せよ。けだし聖詠を歌ふは行為の根本なり。さりながら身体の動作は、心意の高超と共に聖詠を歌ふよりは多く益ありと知るべし、之に反して心意の哀みは身体の労苦に超越す。怠慢の時に於ては自から謹粛して、漸次に熱心を惹起すべし、何とならば熱心は心を醒覚して心中の思を暖むればなり。怠慢の時に当り、刺激は肉欲に反対して天性を助けん。けだし心霊の冷淡を止むればなり。或は事の多端なるにより、常に怠慢の生ずるは、此の冷淡に原因す。
行為に於るの斉整は思想の有様に於る光なり。是れ知識に外ならざるなり。夜間に行はるゝ凡の祈祷は日中のあらゆる動作よりも汝の目に尊かるべし。腹を苦むるなかれ、汝の智の曇らずして、夜間に起る時思の高超の為に擾されざらん為なり、汝の肢体の弱らずして、汝自ら婦人の如く繊弱ならざらん為なり。然のみならず、汝の霊魂の暗まされずして汝の明悟の昏昧ならざらん為、且其昏昧の故に、此等を一に集中して聖詠を歌ふに、全く無力なるを来さゞらん為なり、又すべてに対する趣味は汝に傷はれずして、聖詠を歌ふは汝を楽ましめて已まざらん為なり、之と同時に智は思の軽易なると清明なるとにより、聖詠の殊意多様なるを常に愉快に玩味せん為なり。けだし夜間の斉整が乱さるゝ時は、日中の行為に於ても智は擾され、暗中を彷徨し、通常の如く読経を楽まざるべし、何となれば智は祈祷に向ひ、或は何の業務に向ふも、思は暴風の如く狂へばなり。苦行者に日中與へらるゝ愉快は夜間の行為の光によりて浄智に溢れん。凡て長く続く黙想を実験により試みざる人は、たとひ大なるも、賢明なるも、善く教訓するも、功徳を多く有するも、苦行の幸福の大なるを自から確知せんことは期すべからざるなり。
戒慎せよ、汝の身体の余り薄弱にならざらん為なり、其薄弱の為に怠慢の増々加はらざらん為なり、其怠慢の挙動を味ひて、汝の霊魂の冷にならざらん為なり。己の行為を秤ること秤量に掛る如くするは、すべての人に肝要なり。飽く時は小なる事にも自由を許すを自から警めよ。需用を充たしたる時に汝の坐するは、尊節なるべし。殊に睡眠の時は尊節にして清潔なるべく、たゞに思念のみならず、肢体にも厳に注目せよ。汝に善良なる変化の起る時は、自負より己を守るべし。此自負の機微なるに関して、自己の無力と自己の無智とを祈祷に於て主に慇懃に打明すべし、汝は棄てられたる者とならざらん為、或る恥づべき事に試みられざらん為なり、何となれば驕傲は迷乱を伴ひ、自負は誘惑を伴へばなり。
自己の必要に応じて操作に従事せよ、確言すれば操作が汝の為に黙想の連鎖とならん為、之に従事せよ。照管者に依頼するに無力なるなかれ、何となれば忠実なる者に於る照管者の摂理は奇異なればなり。けだし照管者は其照管に依頼して生存する者等の業を立てしむるに人の住せざる野に於てして、人手を借らざればなり。もし汝が霊魂の為に慮りて奮闘する時に当り、主は汝の労を待たずして、有形上の物を恵むならば、殺人者たる魔鬼の狡計に依り、此の照管の原因はすべて疑なく汝自己にありとの思を汝に生ぜしめん。然る時は汝に於る神の照管は此思と共に中止せらるべくして、之と同時に或は汝を慮る照管者の配慮の中止するにより、或は汝の体中に生ずる労苦と疾病の再起するにより、最多の誘惑は汝に向つて突進し来らん。神が其慮を中止するは、たゞ此思の生じたる為には非ずして、此思の為に智の礙へうるゝによる。けだし此思と一時は同意するも、己れに由らざる感動の為に、神は人を罰せず、又鞠鞫かざるなり若慾の突貫し来るや、之と同時に我等に悔心の現はるゝあらば、此の如き怠慢の為に主は我等を厳責せず、たゞ其心意が実に怠慢に陥り、之を見て感ずるなく。之を以て当然有益なるものと為して、之を己の為に危険なるものと思はざるが為に厳責するなり。
常に左の如く主に祈るべし「ハリストスよ、汝の真理と真理の充満を我等の心に光り始めしめ給へ、如何して汝の旨に従ひ、汝の路を行くべきを識らしめ給へ」。
或は遠くより来るものよりすると、或は先に汝に占拠したるものよりするとを問はず、或る悪なる思想を汝の中に撒かれて屡々汝の智に現はるゝときは、確に認むべし彼は汝の為に網を伏るを。汝は適時に自から覚醒せよ、粛謹せよ。之に反しもし思想は右方なる善良なるものゝ部分よりするならば、知るべし神は汝に生命の或る状態を與へんと欲するを、故に此思想は例外に汝に起るなり。しかれどももし思想は曖昧にして、汝之に疑を容るゝも、彼は自己に属するものなるか、或は偸児なるか、助力者なるか、或は善良なる仮面を装ふて、其裏面に隠るゝ奸計者なるか、分明に之を暁るあたはざるときは、之に対し懇切にして最迅速なる祈祷と大なる儆醒とを以て昼も夜も武装すべし。汝は彼を己より遠ざくるなかれ、又彼と同意も為すなかれ、乃ち慇懃と熱切とを以て、之が為に祈祷を行ひ、主を呼んで黙するなかれ。主は此思想の何れよりするを汝にあらはさん。