<< 同胞にして同教なる兄弟に遣す書。
彼は世に居りて、イサアクに遇はんと欲し、其来らんことを書を以て勧め且懇願したるによる。 >>
福なる者よ、我等は汝の思ふ如く有力なるにあらず、蓋し予の薄弱と汝の為に予が亡ぶることの容易なるとを汝は知らざるならん、ゆゑに我等の為にも慮るを要せずして、汝の為にも願ふを要せざることを絶えず我に求むること、恰も習慣の故に自然に燃ゆるものの如し。兄弟よ、肉体と肉体の念とを安んずる此一事を我に求めずして、ただ我が霊魂の救の為に慮るべし。猶多事ならずして我等は此世を過ぎ去らん。予が汝に至る時は幾ばくの人に接すべきか。己の居所に帰る迄には人々の風俗又は其場所を幾ばく見るべきか。人々と面会するとき予の霊魂は思念の為に意外の事を幾ばく受くべきか。之を以て惹起されたる人情の為に多少慰んずる所はあり共、之が為に擾乱を幾ばく忍耐すべきか。此事は汝も知らずんばあらず。世に属するものを見ることの修道士に害あることは汝自から之を知る。見よ、長き間自から黙想を守りし者が、俄に又陥りて、慣れざる所のものを見且聞く時は、心に如何なる変化を生ずべきか。それ苦行に居て敵と奮闘しつつある者の為には、未だ其地位に近づかざる修道士に面会することさへ害あるならば、特に長き間の経験を以て認識を得たる我等は如何なる井中に落ちんとするか、思ふべきなり。吁我等は我が敵の鉾より救はるるを得ば幸なり。故に必要なくして予に此事を為さしめんと之を予より促すなかれ。然のみならず、何を見聞するも、これにより我等が為めに何の害もあらずと主張し、野に在ても世に在ても、わが思念は一様なるを得んといふ者は、是れ我等を誘惑するなり、庵中に在りても、其外に在りても、我等が謙遜は擾されざるべし、之に悪しき変化を生ぜざるべし、人と物とに接するも之が為に慾の騒擾を感ぜざるべしと、此の如く主張する者等は、是れ疵を受るも、之を知らざるなり。然れども我等は此の心霊上の健全に未だ達せずして、臭穢なる傷を己れに有す、もし一日も此事を慮らず巻かずして之を棄て、硬膏を貼り包帯を施さずんば、蟲を湧出さん。