ぬ。訶額侖 兀眞ホエルン ウヂンを也速該エスガイの伴ツれ來キぬる緣由コトノモト、かくあり。
§57(01:39:01)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
忽圖剌クトラ 卽位ソクヰの筵會ウタゲ
俺巴孩 合罕アンバカイ カガンの、合荅安カダアン、忽圖剌クトラ 二人フタリを名ナざして遣ヤりたるに依ヨり、普アマネき忙豁勒モンゴル、泰赤兀惕タイチウトは、斡難︀オナンの豁兒豁納黑 主不兒ゴルゴナク ヂユブル(豁兒豁納黑 河原、卽ち小河の河原)に聚ツドひて、忽圖剌クトラを合罕カガン(罕カンの罕カン、君の君、大罕 おほぎみ、舊史の可汗カガン)となせり。忙豁勒モンゴルの樂タノしき踊オドり筵會ウタゲ 樂タノしくありき。忽圖剌クトラを君キミに戴イタヾくと、豁兒豁納黑ゴルゴナクの繁シゲれる木キの周圍マハリに肋アバラ合必兒合だけの溝ミゾ合兀魯合、膝ヒザ額不都︀克だけの窪クボミ斡勒客克となるまで踊ヲドれり。
§58(01:39:09)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
忽圖剌クトラ、合罕カガンとなると、合荅安 太石カダアン タイシと二人フタリ、塔塔兒タタルの民の處トコロに出馬シユツバせり。塔塔兒タタルの闊端 巴喇合コドン バラカ、札里 不花ヂヤリ ブハ〈[#「札里 不花」は底本では「札里不花」。白鳥庫吉訳「音訳蒙文元朝秘史」§58(01:39:10)の漢︀字音訳「札里-不花」に倣い二語に分割]〉 二人フタリの處トコロに十三ジフサンたび戰タヽカひて、俺巴孩 合罕アンバカイ カガンの讎アダ斡雪兒 復カヘ斡旋し 怨ウラ乞撒兒み 報ムク乞散いかねたり。
§59(01:40:05)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
迭里溫デリウン 孤山コザンに成吉思 合罕チンギス カガンの生ウマれ
そこに也速該 巴阿禿兒エスガイ バアトルは、塔塔兒タタルの帖木眞 兀格テムヂン ウゲ(親征錄帖木眞 斡怯テムヂン オケ)、豁哩 不花ゴリ ブハ(親征錄忽魯 不花フル ブハ)が頭カシラたる(――を始めとせる)塔塔兒タタルを虜︀トラへて來キつれば〈[#「來つれば」は底本では「來つれは」。昭和18年復刻版に倣い修正]〉、そこに訶額侖 兀眞ホエルン ウヂン 孕ハラみてありて、斡難︀オナンの 迭里溫 孛勒荅黑デリウン ボルダクに(迭里溫 孤山。親征錄跌里溫 盤陀 山デリウン ボンダ ザン、蒙古 源流德里衮 布勒塔克 地方デリグン ブルタク チハウ。揑兒臣思克に居りし露西亞の商人 裕啉思奇、その地を尋ね得て、鄂嫩 河の右岸にて也客 阿喇勒 洲の上流 七 ヹルストにありと云へり。)居ヲる時トキ、正マサにそこに成吉思 合罕チンギス カガン(元史太祖︀ 法天 啓運 聖武 皇帝タイソ ハフテン ケイウン セイブ クワウテイ、號ガウス㆓成吉思 皇帝チンギス クワウテイト㆒、蒙古 源流索多 博克達 靑吉斯 汗ソド ボグダ チンギス カン)生ウマれき。生ウマるゝ時トキ、右ミギの手テに髀石ヒセキ(蒙古の羣兒 擲ちて戯れとする玩具、獸骨を以て作り、光澤あり玉の如し。蒙語失阿シア)の如ゴトき血塊チコヾリを握ニギりて生ウマれき。塔塔兒タタルの帖木眞 兀格テムヂン ウゲを