言イはく「可罕カガン 恩賜オンシせば、姊アネを只タヾ 見ミば、姊アネを避サけん」と云イへり。この言コトバにより、成吉思 合罕チンギス カガンは勅ミコトを傳ツタへて尋タヅねさせたれば、妻メアハされたる壻ムコと共トモに林ハヤシに入イりて行ユけるに、我等ワレラの軍士イクサビトども遇アひき。彼カレの夫ヲツトは走ハシりき。也遂 合屯エスイ カトン(元史 后妃表也速 皇后エス クワウゴウ)をそこに取トり來キぬ。也速干 合屯エスゲン カトンは、姊アネを見ミると、先サキに言イへる言コトバに遵シタガひ、起タちて坐スワれる位クラヰに坐スゑて、その己オノレは下シタに坐スワれり。也速干 合屯エスゲン カトンの言コトバに倣ナラひて、成吉思 合罕チンギス カガンは、情コヽロを入イれて也遂 合屯エスイ カトンを取トりて列位レツイに坐スゑたり。
§156(05:24:08)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
也遂 合屯エスイ カトンの壻ムコの殺︀され
塔塔兒タタルの民タミを虜︀トラへ畢ヲへて、一日ヒトヒ 成吉思 合罕チンギス カガンは、外ソトに坐スワりて酒サケ 飮ノみ合アふに、也遂 合屯エスイ カトン、也速干 合屯エスゲン カトン 二女フタリの閒アヒダに坐スワりて酒サケ 飮ノみ合アひ居ヲる時トキ、也遂 合屯エスイ カトン 大オホイに歎ナゲきたり。そこに成吉思 合罕チンギス カガンは、心コヽロに想オモひて(明譯疑惑了ギワクシテ)、孛斡兒出ボオルチユ、木合里ムカリ 等ラ 官人 眾クワンニン ドモを喚ヨびて來コさせて言イはく「汝等ナンヂラ、此コの只タヾ 聚アツマれる人ヒト 都︀スベてにて部落ブラク 部落ブラクに立タて。己オノレより別コトなる部落ブラクの人ヒトを別ベツに離ハナれしめよ」と勅ミコトありき。かく部落ブラク 部落ブラクに立タちたれば、一人ヒトリの年少トシワカき善ヨき爽サワヤかなる人ヒト、部落ブラクどもより別ベツに立タてり。「汝ナンヂは何人ナニビトなるか」と云イへば、その人ヒト 言イはく「塔塔兒タタルの也客 扯嗹エケ チエレンの也遂エスイと云イふ女ムスメを與アタへられたる壻人ムコビトなりき、我ワレ。敵テキに虜︀トラへらるゝ時トキ、伯ハクれて逃ノガれて行ユきて、今イマ 鎭シヅマれるぞとて來キて、あまたの人ヒトの中ナカ 何ナンぞ認ミトめられんと云イひ