Page:成吉思汗実録.pdf/149

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​據​​ヨ​れる​塔塔兒​​タタル​を​辛苦​​シンク​して​降​​クダ​して​絕​​タ​やさんと​車轄​​シヤカツ​に​比​​クラ​べて​屠​​ホフ​る時、​塔塔兒​​タタル​ ​言​​イ​ひ​合​​ア​へらく「​人​​ヒト​ごとに​袖​​ソデ​の​裏​​ウチ​に​刀​​カタナ​を​袖​​ソデ​にして、​償​​ツクノ​ひを​取​​ト​り​死​​シ​なん」と​云​​イ​ひ​合​​ア​ひて、​又​​マタ​ ​甚​​ハナハ​だ​損失​​ソンシツ​しけり。かく​塔塔兒​​タタル​を​車轄​​シヤカツ​に​比​​クラ​べて​屠​​ホフ​り​了​​ヲ​へて、そこに​成吉思 合罕​​チンギス カガン​ ​勅​​ミコト​あり、「​我等​​ワレラ​ ​一族​​イチゾク​にて​大評議​​ダイヒヤウギ​を​定​​サダ​め​合​​ア​ひたるを​別勒古台​​ベルグタイ​の​吿​​ツ​げたる​故​​ユヱ​に、​我等​​ワレラ​の​軍士​​イクサビト​ども​甚​​ハナハ​だ​損失​​ソンシツ​せり。この​後​​ノチ​ ​大評議​​ダイヒヤウギ​の​處​​トコロ​に​別勒古台​​ベルグタイ​ ​勿​​ナ​ ​入​​イ​りそ。​評議​​ヒヤウギ​ ​畢​​ヲ​ふるまで​外​​ソト​にある​者︀​​モノ​を​治​​ヲサ​めよ。​治​​ヲサ​めて​鬭毆​​トウヲウ​の​事​​コト​を​盜賊​​タウゾク​ ​詐譌​​サギ​に​係​​カヽ​る​事​​コト​を​裁斷​​サイダン​せよ。​評議​​ヒヤウギ​ ​畢​​ヲハ​らば、​進酒​​シンシユ​を​飮​​ノ​みたる​後​​ノチ​に、​別勒古台​​ベルグタイ​、​荅阿哩台​​ダアリタイ​(前の荅哩台、卷一 卷三 の荅哩台 斡惕赤斤)​二人​​フタリ​そこに​入​​イ​れ」と​勅​​ミコト​ありき。


§155(05:22:05)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年) Open original book in Wikimedia


​也速干 合屯​​エスゲン カトン​の​姊​​アネ​思ひ

 そこに​塔塔兒​​タタル​の​也客 扯嗹​​エケ チエレン​の​女​​ムスメ​ ​也速干 合屯​​エスゲン カトン​(元史 后妃表​也速干 皇后​​エスゲン クワウゴウ​)を​成吉思 合罕​​チンギス カガン​はそこに​取​​ト​れり。​寵​​メ​でられたる​故​​ユヱ​に、​也速干 合屯​​エスゲン カトン​ ​言​​イ​はく「​合罕​​カガン​ ​恩賜​​オンシ​せば、―​我​​ワレ​を[​罕​​カン​の]​人​​ヒト​に​物​​モノ​になして​畜​​ヤシナ​ひ​給​​タマ​り。―​我​​ワレ​よりは、​姊​​アネ​ ​也遂​​エスイ​と​云​​イ​ふもの​我​​ワレ​より​高​​タカ​​溫都︀兒​く、​罕​​カン​の​人​​ヒト​に​適​​カナ​へるものなるぞ。この​頃​​ゴト​ ​壻​​ムコ​を​壻​​ムコ​とりたりき。​今​​イマ​は​蓋​​ケダシ​この​騒動​​サウドウ​の​裏​​ウチ​いづくにか​去​​サ​れらん」と​云​​イ​へり。この​言​​コトバ​につき、​成吉思 合罕​​チンギス カガン​ ​言​​イ​はく「​汝​​ナンヂ​の​姊​​アネ​、​汝​​ナンヂ​より​善​​ヨ​くあるならば、​尋​​タヅ​ねさせん。​姊​​アネ​を​來​​キ​なば​避​​サ​けて​與​​アタ​へんか、​汝​​ナンヂ​(明譯​肯​​アヘテ​​將​​ヲ​​你位子​​ナンヂノクラヰ​​讓與麼​​ユヅリアタフルカ​)」と​云​​イ​へり。​也速干 合屯​​エスゲン カトン​