鉄道唱歌/地理教育 鉄道唱歌 (房総鉄道)

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• 底本:小川尚栄堂, 1900
• 表記は歴史的仮名遣とし、漢字制限はJIS X 0208に文字が収録されていれば元の漢字をそのまま使った。
• 変体仮名は現在用いられる仮名に改めた。
• くの字点は／＼を代用した。
• 註: この文書ではルビが使用されています。ここでは「単語（ルビ）」の形で再現しています。一部の古いブラウザでは、ルビが正しく見えない場合があります。

房總鐵道

1. 笛（ふゑ）の相（あひ）圖（づ）に輾（きし）り出（だ）す 汽（き）車（しや）は本所（ほんじよ）の錦（きん）絲（し）堀（ぼり） 離（はな）れて東（ひがし）にむかふなり 窓（まど）にかうべを差（さ）し出（いだ）し
2. 遙（はる）かに見（み）やる龜戸（かめ ゐ ど）の 森蔭（もりかげ）さして立（た）ち上（のぼ）る 竈（かまど）の煙（けぶ）りにぎはふは 都（みやこ）にちかきしるしなり、
3. おいてもかをる臥龍梅（ぐわりうばい） 水（みづ）に映（うつ）れる藤（ふぢ）の花（はな） 其（そ）の音（ね）も高（たか）き大（たい）鼓（こ）橋（ばし） 春夏（はるなつ）かけて都（みやこ）人（びと）
4. つどふ名所（めいしよ）はかしこぞと いふ間（ま）もあらずつき／″＼に 平（ひら）井（ゐ）、小（こ）岩（いは）を過（す）ぎ行（ゆ）きて まづ市川（いちかは）にいたるなり、
5. 南（みなみ）に折（を）れて川傳（かはつた）ひ 二里（り）を下（くだ）れば海人（あま）が焚（た）く 鹽（しほ）の煙（けぶ）りに行（ぎやう）徳（とく）の 賑（にぎは）ふさまぞ愛度（めでた）きや、
6. 北（きた）に望（のぞ）むは國（こ）府臺（ふのだい） 斷崖（だんがい）水（み）際（ぎは）に壁立（へきりつ）し 天然堅（てんねんけん）固（ご）の城廓（じやうくわく）は 道（だう）灌（くわん）陣所（ぢんしよ）を構（かま）へし地（ち）、
7. 左（ひだり）に近（ちか）く中山（なかやま）の 五（ご）重（ぢゆう）の塔（たう）にそれなりと 祖師（そし）の御（み）堂（だう）の影（かげ）見（み）えて 太（たい）鼓（こ）の音（おと）も聞（きこ）ゆなり、
8. 八（や）幡不（はたしら）知（ず）の森（もり）と聞（き）く 竹（たけ）の林（はやし）も遠（とほ）からず 廣（ひろ）野吹（のふ）き來（く）る朝（あさ）東風（こち）に かどでの勇（ゆう）氣（き）まさるなり、
9. 船橋驛（ふなばしえき）の東（ひがし）北（きた） 大（やま）和（と）武（たけ）夫（を）を習（なら）志野（しの）の 原（はら）は陸軍練兵（りくぐんれんぺい）塲（じやう） 津田（つだ）沼幕張稻（ぬままくはりいな）毛（げ）驛（えき）
10. 松風清（まつかぜきよ）き夏（なつ）の日（ひ）は 海水浴（かいすゐよく）もおもしろし 千葉（ちば）は千葉氏（ちばし）の舊（きう）地（ち）にて 今縣（いまけん）廳（ちやう）のあるところ、
11. はる／″＼來（き）ぬる旅人（たびびと）の 袖（そで）ふきはらふ袖（そで）ケ浦（うら） 誰（た）が脱（ぬ）ぎ懸（か）けし羽（は）衣（ごろも）の 松（まつ）に昔（むかし）の忍（しの）ばれて
12. 月（つき）に聲（こゑ）ある秋（あき）の宵（よひ） 歌（うた）よむ人（ひと）をなかすらん、房總線（ばうそうせん）は乘替（のりかへ）と 呼（よ）ばれて移（うつ）る寒川（さむがは）や
13. 思（おもひ）ケ浦（うら）に立（た）つ煙（けぶ）り 君待橋（きみまつはし）の身（み）に染（そ）むと かこちし言（こと）葉（ば）あはれにて 實方（さねかた）朝（あ）臣（そん）ぞおもはるゝ、
14. 蘇我（そが）、野田（のだ）、土氣（どき）の驛々（えき／＼）を 越（こ）ゆれば大網本國（おほあみほんこく）寺（じ） 左（ひだり）に折（を）れて東金（とうがね）は 一角（いつかく）丸（ぐわん）に名（な）も高（たか）し、
15. 本納（ほんなふ）、茂（も）原（ばら）あとにして 岩沼（いはぬま）越（こ）せば濱近（はまちか）く 一の宮川（みやがは）打（う）ち渡（わた）り 一（いち）の宮（みや）には續（つゞ）くなり、
16. 玉前神社（たまさきじんじや）に額（ぬか）づきつ 大東崎（だいとうさき）に打（う）ち出（い）でて 海夫（あま）が網（あみ）ひく状况（ありさま）を 見（み）るもまたよきながめなり、
17. 夷（ゐ）隅（すみ）の河（か）原束（はらつか）の間（ま）に 越（こ）して迎（むか）ふる長（ちやう）者町（じやまち） 大原驛（おほはらえき）よりその先方（さき）は まだ鐵道（てつだう）の便（べん）あらず、
18. 西（にし）の雲（くも）間（ま）に聳（そび）ゆるは 房總（ばうそう）一の鹿（か）野山（のうざん） 九十九谷（たに）や十州（じつしう）を 一目（め）にのぞむ好（よ）き景（け）色（しき）、
19. 船（ふね）に賑（にぎは）ふ木（き）更（さら）津（づ）や 富（ふつ）津（つ）の沖（をき）に立（た）つ浮（ふ）標（ひやう） 數（かぞ）へ盡（つ）くせば此方（こなた）には 鋸（のこぎり）山（やま）のいかめしさ
20. 山（やま）に響（ひゞ）ける日（に）本（ほん）寺（じ）の 鐘（かね）に午（ご）睡（すい）の夢（ゆめ）さめて 更（さら）に彼方（あなた）を見（み）渡（わた）せば 岩（いは）井（ゐ）につゞく勝（かち）港（みなと）
21. 後（うしろ）を守（まも）る富山（とみさん）は 八犬傳（はつけんでん）に名（な）も高（たか）し、大（たい）武（ぶ）の岬（みさき）、洲（す）の崎（さき）を 右（みぎ）と左（ひだり）に控（ひか）えたる
22. 鏡（かゞみ）ケ浦（うら）の靜波（しづなみ）に 浴塵（ぞくじん）〔ママ〕洗（あら）ふ諸人（もろびと）は 北條町（ほうでうまち）や館山（たてやま）の 旅（たび）寢（ね）に夢（ゆめ）や結（むす）ぶらん、
23. 東金驛（とうがねえき）に立（た）ち戻（もど）り 成（なる）東（と）の町（まち）の其（そ）の間（あひ）を 僅（わづ）かたどればこれぞこれ 銚（てう）子（し）につゞく總（そう）武（ぶ）線（せん）、
24. 不（ふ）動院（どうゐん）とて名（な）も高（たか）き 行（ぎやう）基菩（きぼ）薩（さつ）の杖（つゑ）のあと 松（まつ）尾（を）の藺（ゐ）草（くさ）織（お）る蓆（むしろ） 敷（し）く横芝（よこしば）の西（にし）と北（きた）
25. 芝山村（しばやまむら）の觀（くわん）音（おん）寺（じ） 巨勢（こぜ）金岡（かなをか）が毫（ふで）の跡（あと） 三尊佛（さんそんぶつ）の寶物（ほうもつ）は 仁（に）王（わう）と共（とも）に著（いちゞる）し、
26. 栗山川（くりやまがは）を打（う）ち渡（わた）り 八（やう）日（か）市（いち）塲（ば）も早（は）や過（す）ぎて 八萬石（まんごく）の干（ひ）潟（がた）面（も）に 茂（しげ）るは甘藷落花生（かんしよらくくわせい）、
27. 櫻（さくら）の匂（にほ）ふ旭（あさ）日（ひ）町（まち） 紅葉（もみぢ）めでたき秋（あき）はなほ とひ來（く）る人（ひと）もかず／＼に いとにぎほふる飯岡（いひをか）や
28. 飯岡（いひをか）岬（みさき）と大東（だいとう）の 崎（さき）との海岸（かいがん）十六里（り） 六町（ちやう）一里（り）の支那（しな）制（せい）に ならひて稱（よ）ぶか九十九里（り）、
29. 干（ほし）鰯（か）魚油（ぎよゆう）に搾（しぼり）粕（かす） 幾萬圓（いくまんゑん）の産額（さんがく）に 國（くに）を富（と）ませる海人（あま）が身（み）の たのしさいかにと思（おも）ふなり、
30. 猿（さる）田（だ）の先方（さき）の松岸（まつぎし）に 近（ちか）くたゝずむ燈臺（とうだい）は 犬吠岬（いぬぼふさき）の遠近（をちこち）を 照（てら）すや暗（やみ）の波（なみ）の上（うへ）、
31. 間（ま）もなく着（つ）くや銚（てう）子（し）港（こう） 坂東（ばんどう）太（た）郎（らう）の落口（おちくち）に 林（はやし）と立（た）てる帆（ほ）檣（ばしら）は 東國（とうごく）一と知（し）られたり、
32. 汽（き）車（しや）をばこゝに見捨（みす）てつゝ 醤（しやう）油（ゆう）縮布（ぢゞみ）の名産（めいさん）を 求（もと）めて移（うつ）る川（かは）蒸（じやう）汽（き） 利根（とね）の流（ながれ）をさかのぼり
33. 行（ゆ）けば常陸（ひたち）の霞浦（かすみうら） 菖（あや）蒲咲（めさ）くてふ潮（いた）來（こ）町（まち） 鯉（こひ）に名（な）高（だか）き十六の 島（しま）々（／″＼）右（みぎ）に眺（なが）めつゝ
34. 着（つ）くは何處（いづこ）ぞ良（よ）き酒（さけ）を 盛（さか）んに造（つく）る對岸（たいがん）の 佐（さ）原驛（はらえき）なり歸（かへ）り路（ぢ）を いそがば汽（き）車（しや）にのるべきか、
35. 近（ちか）く南（みなみ）に經津（ふつ）主（ぬし）の 命（みこと）を祀（まつ）るところなる 香（か）取（とり）の社（やしろ）伏（ふ）し拜（おが）み 旅（たび）の無事（ぶじ）をば祈（いの）るなり、
36. 郡（こほり）、滑川（なめかは）、滑（なめ）らかに めぐる車（くるま）にまかしつゝ 師賢（もろかた）朝（あ）臣（そん）のあとゝ聞（き）く 小御（こみ）門神社（かどじんじや）を遙拜（えうはい）し
37. 過（す）ぐればあづまに名（な）も高（たか）く いよゝさかりに成（なり）田（た）なる 新（しん）勝（しやう）寺（じ）にぞまうでんと 來（く）る人多（ひとおほ）き成（なり）田（た）驛（えき）、
38. 石階登（せきかいのぼ）れば二（に）王門（わうもん） 門（もん）にかけたる成（なり）田（た）山（さん） 三字（じ）の額（がく）は其（そ）の昔（むか）し 上（しやう）人道恕（にんだうじよ）の筆（ふで）とかや、
39. なほ石階（せきかい）を登（のぼ）りつゝ 左（さ）右（ゆう）に置（お）ける奉納（ほうなふ）の 石燈籠（いしどうろう）や碑（いしぶみ）の 數（かず）に驚（おどろ）きいよゝなほ
40. 登（のぼ）り詰（つ）むれば不（ふ）動尊（どうそん） 安（あん）置（ち）しまつる本堂（ほんだう）の 善（ぜん）美（び）盡（つく）せる結構（けつかう）に 幾（いく）百千の燈光（ともしび）は
41. あたりまばゆくかゞやきて 人（ひと）の眼（まなこ）を射（ゐ）る如（ごと）し、堂（だう）の右手（めて）には三重（ぢゆう）の 塔（たう）と鐘（しやう）樓（ろう）峙（そばだ）てり、
42. それよりおくに踏（ふ）み入（い）れば 苔（こけ）蒸（む）す道（みち）は滑（なめら）かに 奧（おく）の院（ゐん）なる光（くわう）明堂（めうだう） 松杉（まつすぎ）くらき中（うち）にたち
43. 護摩（ごま）の烟（けぶ）りは絶（たえ）間（ま）なく 鈴鐸（りん）の響（ひゞ）きは鏘々（そう／＼）と しづかにきこえとこしへに 浮（うき）世（よ）の塵（ちり）をよそにせり、
44. 實（げ）にや道（だう）譽（よ）はそのはじめ 法（はふ）器（き）の不（ふ）滿（まん）を歎（なげ）きしが 祈（き）請殆（せいほど）んと〔ママ〕一百の 日（ひ）數重（かずかさ）ねし其（そ）の夜（よ）さに
45. 利（り）劍（けん）を呑（の）むと見（み）たる夢（ゆめ） 醒（さ）めての後（のち）は今（いま）までと 變（かは）りて智（ち）識道徳（しきだうとく）の 名（めい）譽（よ）を得（え）しとつたへたり、
46. 義（ぎ）民（みん）の名譽（ほまれ）かくれなき 宗（そう）吾（ご）神社（じんじや）に詣（まを）でんも こゝより僅（わづ）か一里（り）半（はん） 印（いん）幡湖（ばこ）畔（はん）の公（こう）津（づ）村（むら）
47. 東（とう）勝（しやう）寺（じ）内（ない）の奧（おく）の院（ゐん） 手向（たむ）くる香（かう）華（げ）常（つね）絶（た）えず、酒（しゆ）々井（すゐ）を過（す）ぎて佐（さ）倉町（くらまち） 喇（らつ）叭（ぱ）の聲（こゑ）もいさぎよく
48. 將門山（まさかどやま）の古（こ）城（じやう）址（し）に 照（て）る月（つき）すごく夏寒（なつさむ）し、銚（てう）子（し）に續（つゞ）く成（なる）東（と）まで 行（ゆ）くは八（や）街（ちまた）、日（ひ）向驛（むかえき）、
49. はや我（わ）が旅（たび）は房總（ばうそう）を 縫（ぬ）ひつ廻（めぐ）りつおはりたり 四（よ）ツ街道（かいだう）を越（こ）え行（ゆ）けば もと來（き）し道（みち）の千葉（ちば）の驛（えき）、