金槐和歌集/卷之上/夏部

      夏  部


更衣をよめる
(一三三) 惜しみこし花の袂もぬぎかえつ人の心ぞ夏にはありける 眞淵はこの歌の第一二句につき「をしみことしといひて、花の袂とあるは、後世櫻色に染しをいふにてりなる事、前に云しが如し」と評せり。

夏のはじめ

類從本には「夏の始の歌」とあり。
(一三四) 夏衣なつごろもたつきの山の郭公いつしか鳴かむこゑを聞かばや 類從本定家所傳本には、第二句「たつの山」とあり。
眞淵はこの歌に○を附し「萬葉に、きの山を妹が袖まききの山とよめる類にて夏衣たちきとつづくるはよし。今たつきとつづけたるはわろし。思ふに、公は、立きとかかれしを、後にみだりに、たつきと書きけむかし」と評せり。
(一三五) 春過ぎていくかもあらねどわが宿の池の藤波うつろひにけり 眞淵この歌に○を附し「萬葉に秋立ていくかもあれねば、とある如く、いくかもあらねばとよみ給ひけんを、後にりつらん。萬葉にこの歌を、あらねばとありて、あらねど、あらぬになどいふにひとし」と評せり。

卯  花
(一三六) わが宿の垣根に咲けるうの花うきことしげき世にこそありけれ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一三七) 神まつる卯月うつきになれば卯の花のきことの葉の數やまさらむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

夏 の 歌
(一三八) 五月さつき待つ小田をだのますらをいとまなみせきいる水に蛙なくなり 原本には、第四句「せきいる」とあり。類從本によりてかく改む。

待 郭 公

類從本に「郭公を待といふ心を」とあり。
(一三九) 郭公ほととぎすかならずまつとなけれどもな夜なをもさましつるかな
眞淵この歌を「二三句後なり」と評せり。
(一四〇) 時鳥聞くとはなしにたけまのまつにぞ夏の日數ひかずへぬべき 第三句、原本には「たけまの」とあり。類從本定家所傳本によりてかく改む。
(一四一) 初聲はつごゑを聞くとはなしにけふもまた山時鳥待たずしもあらず
(一四二) 夏衣なつごろもたちしときより足引の山郭公なかぬ日ぞなき 類從本定家所傳本には、結句「またぬ日ぞなき」とあり。

山家郭公
(一四三) 山ちかく家居いへゐしをれば時鳥なく初ごゑをわれのみぞ聞く 類從本定家所傳本には第二句「家居しれば」第四句「初聲」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

夕 郭 公
(一四四) 夕闇ゆふやみのたづたづしきに郭公聲うらがなし道やまどへる 類從本には第二句「たしきに」とあり。

深夜郭公
(一四五) 五月闇さつきやみおぼつかなきにほととぎすふかきみねより鳴きていづなり
(一四六) さつきやみ神なび山の時鳥つまごひすらし鳴くかなしも
(一四七) 五月さつきやみさふけぬらし時鳥神なび山におのがつまよぶ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

雨いたくふれる夜ひとり時鳥を
類從本には「雨いたくふれる宵より郭公を聞てよめる」とあり。
(一四八) 郭公なく聲あやな五月さつきやみきく人なしみ雨は降りつつ 類從本には第四句「なし」とあり。
眞淵は第四句につき「萬葉今本になしみとあるはりなるを、正し給はざりけるにや、きく人なしに、とあるべし」と評せり。

郭  公

類從本には「ほととぎすのうた」とあり。
(一四九) 足引の山時鳥こがくれて目にこそ見えねおとのさやけさ
(一五〇) 風雅 足引の山時鳥み山いでて夜ふかき月のかげに鳴くなり 眞淵この歌に○を附す。
(一五一) 有明の月は入りぬるより山郭公なきていづなり
(一五二) さみだれに夜のけ行けば時鳥ひとり山邊やまべを鳴きて過ぐなり この歌以下三首、類從本には「五月雨」の部に入れたり。
(一五三) 五月雨の露もまだひぬ奧山のまきの葉がくれ鳴く郭公 眞淵は「二の句後なり」と評せり。
(一五四) 五月雨の雲のかかれる卷向まきもく檜原ひはらが峰に鳴く時鳥 眞淵この歌に○を附す。
(一五五) 葛城かつらぎ高間たかまの山のほととぎす雲井くもゐのよそに鳴きわたるなり 眞淵は「四の句後なり」と評せり。
(一五六) 玉くしげ箱根の山の郭公むかふのさとに朝な朝ななく 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一五七) 五月山さつきやまだかき峰のほととぎすたそがれ時の空に鳴くなり
(一五八) みなひとの名をしもよぶ郭公鳴くなるこゑのさととよむる 類從本定家所傳本には、第二句「よぶ」とあり。また定家所傳本には、結句「響む」とあり。
(一五九) 新後撰 郭公きけども飽かずたちばなの花ちる里のさみだれのころ 類從本に「ほととぎすをよめる」と詞書あり。
眞淵この歌に○○を附し、「萬葉に、橘の花散る里にかよひなば」と評せり。

故鄕盧橘
(一六〇) 續拾遺 いにしへをしのぶとなしにふるさとの夕べの雨に匂ふたちばな 眞淵は「橘に昔の人のといふ一首につきて、後人その言葉にのみよめるはまだしき事なり。是もはじめの歌ならん」と評せり。

盧橘薰夜衣
(一六一) うたたねのよるころもにかをるなりものおもふ宿の軒のたちばな

五月雨ふれるにあやめふくを

類從本には、「……あやめ草を見てよめる」とあり。
(一六二) 袖ぬれて今日けふふく宿やどのあやめ草いづれの沼誰か引きけむ 類從本定家所傳本には、第四句「沼」とあり。

菖  蒲
(一六三) 五月雨に水まさるらむらしあやめ草うれ葉かくれて刈る人もなしぞなき 類從本には、第二句「水まさるら」結句「かる人定家所傳本には、第二句「水まさるら」結句「刈る人」とあり。猶ほ原本第四句は「れ葉」とあれど、一本によりてかく改む。

五 月 雨
(一六四) 五月雨は心あらなむ雲間より出でくる月を待てばくるし 類從本定家所傳本には結句「くるし」とあり。

照  射
(一六五) さ月山おぼつかなきをゆふづくこがくれてのみ鹿や待つらむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

撫  子
(一六六) ゆかしくば行きても見ませゆき島のいはほにおふる撫子の花 類從本には「雜」の部にあり。

蓮露似玉
(一六七) さ夜ふけてはすのうき葉の露の上に玉と見るまでやどる月影

河風似秋
(一六八) 岩くぐる水にや秋の立田川たつたがは河風すずし夏のゆふぐれ

螢火亂飛秋已近といふ事を
(一六九) かきつばたふるさはべに飛ぶ螢數こそまされ秋や近けむ 貞享本には結句「ちけむ」とあり。類從本によりて改む。

(一七〇) 夏山に鳴くなる蟬のがくれて秋ちかしとや聲も惜しまむ
(一七一) 泉川ははそのもりになく蟬のこゑのすめるは夏のふか 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

夜風凉衣

類從本には「夜風冷衣と云事を」とあり。
(一七二) 夏ふかみ思ひもかけぬうたたねのよるの衣に秋風ぞふく

みな月廿日あまりのころ夕べの風すだれ動かすをよめる

類從本には「みな月……すだれ……」とあり。
(一七三) 秋ちかくなるしるしにや玉すだれだれのこすのまとほし風凉し 類從本には第三句「玉だれの」結句「風凉し」、定家所傳本には第三句「玉だれの」結句「風の凉し」とあり。

夏の暮によめる
(一七四) 夏はただこよひばかりと思ひねの夢路にすずし秋の初風 眞淵この歌を「思ひねの、古語ならず、この言語わろし。ゆめ路にすずし、此巧ふさはず」と評せり。
(一七五) 昨日きのふまで花のちるをぞ惜しみこし夢かうつつか夏も暮れにけり 貞享本には、第三句「惜らし」とあり。類從本によりてかく改む。
眞淵この歌に○を附す。
(一七六) みそぎする河せにくれぬ夏の日の入相いりあひのかねのその聲により 眞淵はこの歌を「鐘の音をよめる歌、いにしへはなし。大かたの歌によみてはよろしからぬものなり。ただ佛によれることにこそ」と評せり。
(一七七) みそぎするかや軒端のきばにひく四手しでのまつはれつきて夏をとどめむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

六 月 祓
(一七八) わが國のやまとしまねの神たちを今日けふのみそぎに手向たむけつるかな
類從本には「雜」の部にあり。
(一七九) あだ人のあだにある身のあだ事をけふ水無月みなづきはらへ棄てつといふ
類從本には「雜」の部にあり。


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