芭蕉俳句全集


はし書

小生芭蕉硏究のため、世に芭蕉の句と稱するものを集むること久く候處、此程にいたり凡そ千四百三十句計を得申候。しかるにこれを詳く調査いたし候處、信憑すべしと思ふ書にのせたるものにして、先輩客人門人の句の混入し居るもの夥く、且つ顯然たる僞作のものもすくなからず、これ等を悉く精査し、孰別するは、中々一朝一夕のよくするところに無之候。今最も甚だしきものを除き、精確なるものと、やや信憑するに足るものとを集めて、一千三百二十七句を類題といたし、本書を得申候。句數はこれにても『一葉集』などより大凡二百五十句も多かるべく候。若し諸君のこの中より、誤入僞作等を發見し給ふあらば、御手數恐れ入候へども、小生迄御一報被下度顯上候。小生目下全   句の年次に從ひて編集硏究いたし居り申候間、ことに諸君のご敎示あふぎ度奉存候。

 明治三十六年四月二十九日雨寒くして八重櫻の悲しげにこぼるゝ庭に對して

駒込動坂淸風山房主人識



目次

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五一
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一〇〇
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一六一
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ニ〇六



芭蕉俳句全集

甲山子編

立春

    春立つてまだ九日の野山哉

新年

    似合しや新年瓢米五升

    犬と猿の世の中よかれ酉の年

正月

    正月も美濃と近江や閏月

    去年は早そこへすされよ太郞月

    をだまきの正月さまや若菜の下

    十五日立つや睦月の古手買

    三日月は正月ばかり誠にて

元日

    元日に田每の日こそ戀しけれ

    面白き朝のはじめや三の花

    元日や思へば淋し秋の暮

初日

    伊勢に居て三國一の初日出

歲旦

    深川に松を數へん千代の春

     空の名殘をしまんと舊友の來りて酒興しけるに元日の晝迄伏しあけぼの見はづして

    二日にもぬかりはせじな花の春

    アヽ春々大なる哉春云々

    かびたんもつくばはせけり君が春

     京ちかきところに年を越して

    菰を着て誰人居ます花の春

    發句なり芭蕉桃靑宿の春

    伊勢が賣る家にも來たりけさの春

     嵐雪が贈りたる正月小袖を着たれば

    誰やらが姿に似たりけさの春

    庭訓の往來誰が文庫より明の春

     高き屋にのぼりて見ればの御製の有難きをいまも猶

庭竈

    叡慮にて賑ふ民や庭竈

年始

    小頭の數の子臭き年始かな

     山家に年を越して

齒朶

    誰が聟ぞ齒朶に餠負ふ丑の年

雜煮

    今朝買はん葎の宿の雜煮椀

    橙や伊勢の白子の店ざらし

若蛭

    我年を棚へ上げてや若蛭子

    年や人にとられて何時も若蛭子

松飾

    幾霜に心芭蕉の松飾

    若松の四方に影さす光哉

惠方

    惠方から曳くやことしも牛の玉

蓬萊

    蓬萊に聞かばや伊勢の初便

    蓬萊や不二を見て來て江戶の春

書初

    大津繪の筆のはじめは何佛

猿曳

    年々や猿に着せたる猿の面

萬歲

    萬歲のひとりかへるや薄月夜

嫁が君

    餠花や簪にさせるよめが君

若菜

    菎蒻に今日は賣勝つ若菜哉

    あらがねの蕪召されて若菜哉

子の日

    子の日しに都にゆかん友もがな

春寒

    春寒や垣根にのこる雪こかし

     杉風夢想

二月

    捧げたり二月中旬初茄子

     神路山を出るとて西行の泪を慕ひ增賀の信を悲む

    裸にはまだ如月の嵐かな

    唐崎の松は花より朧にて

    あれこれを集めて春は朧かな

     初瀨にて

春の夜

    春の夜や籠人ゆかし堂の隅

春の暮

    鐘撞かぬ里は何をか春の暮

     田家に春の暮を詫ぶ

    入相の鐘もきこえず春の暮

    白川の春の末なり旅枕

ゆく春

    ゆく春や鳥啼魚の目は泪

    ゆく春に和歌の浦にて追ひつきたり

     望湖水惜春

    ゆく春を近江の人とをしみけり

     二月堂に籠りて

二月堂の水取

    水取やこもりの僧の沓の音

     是橘が剃髮して醫門に入るを賀す

初午

    初午や狐の剃りし頭かな

涅槃會

    涅槃會や皺手合はする珠數の音

     伊勢にて

    神垣や思ひもかけず涅槃像

彼岸

    去年見たる花賣に來る彼岸哉

    今日彼岸菩提の種を蒔く日かな

接穗

    拾ものに梨の接穗や山屋敷

汐干

    靑柳の泥にしだるゝ汐干哉

    淸水程流るゝ沖の汐干哉

海苔

    衰や齒にくひあてし海苔の砂

     老慵

    蠣よりは海苔をば老の賣もせで

     千里がもとにて

    海苔汁の手際見せけり淺黃椀

    箸の先に花咲かせけり櫻海苔

    ものゝ名の蛸や古鄕の烏賊幟

     住める方は人に讓りて松風が別   墅に移る

    草の戶も住みかはる世ぞ雛の家

    內裏雛人形天皇の御宇とかや

貝寄

    貝寄の風の手品や和歌の浦

順峰入

    峰入や一里をくるゝ小山伏

     對門人

田畑打

    栴檀も一鍬づゝの田打哉

    畠うつ音や嵐の櫻麻

     苔淸水にて

凍解

    凍解けて筆にくみほす淸水哉

     此繪書きたる人は檜原某外記とて十三歲なる由筆の運の美しかりければざれ句書き侍る

    霞やら花の雲やら煙やら

     季吟勸進

    和歌のあととふや出雲の八重霞

    春なれや名もなき山の朝霞

    大比枝やしを引捨てし一と霞

     矢橋歸帆

    夕霞赤石の浦を帆の面

陽炎

    入りかゝる日も絲遊の名殘哉

     室の八島にて

    絲遊に遊びつきたる烟哉

     伊賀國阿波庄新大佛にて

    丈六に陽炎高し石の上

    枯芝やまだ陽炎の一二寸

    陽炎の我が肩に立つ紙衣哉

    陽炎や柴胡の原の薄曇

春雨

    春雨や蜂の巢傳ふ屋根の洩

    春雨や尙しをれたる破れ座具

    春雨の木下に傳ふしづく哉

     尾州笠寺奉納

    笠寺や洩らぬ窟も春の雨

    春雨や簑ふきかへす川柳

    春雨や蓬をのばす草の道

     赤坂の廬にて

    不性さやかき起されし春の雨

春風

    春風や人聲うつる三笠山

    春風や煙管咬へて船頭殿

永日

    暮遲き四ッ谷過ぎけり紙草履

     瀨田夕照

    遲き日にかはかぬ蜑の左袖

春の駒

    鹽尻の尻も据はらず春の駒

猫の戀

    猫の妻竃の崩れより通ひけり

    猫の戀やむ時閨のおぼろ月

     田家にありて

    麥飯にやつるゝ戀か猫の妻

    まどふとな天踏みつけて猫の戀

     膳所へゆく人に

獺祭魚

    獺の祭見て來よ瀨田の奧

     相國寺にて

    鶯に威ある竹の林かな

    鶯の椋の葉磨き聲きかむ

    鶯に片付させん雀罠

    鶯や餠に糞する緣の先

    水上は鶯啼いて水淺し

    黃鳥や柳のうしろ藪の前

    鶯の岡で鳴く日は薄着哉

     甲斐猿橋

呼子鳥

    水暗く日の舞ふ谷や呼子鳥

雲雀

    雲雀より上に休らふ峠かな

    原中やものにもつかずなく雲雀

    長き日を囀り足らぬ雲雀かな

    高足のあとや雲雀の眞一暮

     遁世の時

歸雁

    雲と隔つ友かや雁の生別れ

    盃に泥な落しそ村燕

    壁土の家する木曾の燕哉

    煤ぼりて埃たく家になく燕

雀子

    雀子と聲鳴きかはす鼠の巢

雉子

    姨石に啼きかはしたる雉子哉

    雲雀なく中の拍子や雉の聲

    蛇喰ふときけば恐ろし雉子の聲

     高野にて

    父母のしきりに戀し雉子の聲

     龍安寺にて

山鳥

    山鳥よ我もかもねん宵惑ひ

     桑門宗波行脚せんと旅立つをおくる

鳥の巢

    古巢たゞ哀れなるべき隣哉

白魚

    藻にすだく白魚ぞとれば消えぬベき

    白魚に價あるこそ憾みなれ

     桑名

    蛤の關白魚の月夜哉

    白魚や石にさはらば消えぬべし

    白魚や黑き目をあく法の網

     留別

    鮎の子の白魚おくる別れ哉

    曙や雪うすしイ白魚白きこと一寸

    古池や蛙とびこむ水の音

    蛙子は目すり鱠をなく音哉

    哀れさは鳶の巢になく蛙哉

     路通に對す

    起きよ我友にせんぬる胡蝶

    蝶のとぶばかり野中の日影哉

    君や我れ我れや莊子の夢心

    ものすきや匂はぬ心にとまる蝶

     莊子繪賛

    もろこしの俳諧問はん飛ぶ胡蝶

    蝶の羽の幾度越ゆる塀の屋根

     吉野を下る時

田螺

    飯貝や雨にくだりて田螺聞く

    袖汚ごすらん田螺の海士のひまをなみ

     伊勢の神垣の中には梅一木も見えず子良の館のうしろに一木ありといへば

    御子良子の一本ゆかし梅の花

    遠乘の出合がしらや原の梅

     餞乙州東武行

    梅若菜鞠子の宿のとろゝ汁

    花に似ぬ樹や臑黑き梅根性

    梅が香にのつと日の出る山路哉

    山里は萬歲遲し梅の花

     網代民部の息に逢ひて

    梅の木に尙やどり木や梅の花

    梅さいて喜ぶとりの景色哉

    常の花のがれにけりな梅の花

     天神讃

    大威德あり梅の二柱

    この梅に牛も初音となきつべし

    古里の梅や浪速の二年越し

    梅白し年立つ色の小醒ヶ井

     淺草のいほりにて

    留守に來て梅さへ餘所の垣根哉

    江の水に白魚匂へ梅のはな

     伊賀のある方にて

    旅烏古巢は梅になりにけり

    隙とりて八重に咲きけり梅の花

    盛りなる梅に素手引く風もがな

    梅咲くやしらゝ落窪京太郞

    あこくその心は知らず梅の花

    梅さくや臼の挽木のよき曲り

    旅人の寐てから霞む野梅哉

     秋風が鳴瀧の山家を訪ふ

    梅白しきのふや鶴を盜まれし

    世に匂へ梅花一枝の鷦鷯

     伊賀の山家に雲丹といふものあり土の底より掘り出て薪とす黑色にして惡き匂あり

    香に匂へ雲丹掘る岡の梅の花

    柳見に誘ふや梅の都人

     門人某陸奧へ下るを馬の餞して

    忘れなよ藪の中なる梅の花

     折杵の讃

    此槌の昔椿か梅の木か

    紅梅や見ぬ戀つくる玉簾

    主なきを恨み顏なる野梅哉

     園女が家にて

    暖簾の奧ものゆかし北の梅

    里の子よ梅拆りのこせ牛の鞭

     卓袋亭月待

    月待や梅かたげゆく小山伏

     去來の許へなき人の事など言ひ遣はすとて

    菎蒻のさしみも少し梅の花

     何某新八去年の二月身まかりしを一周忌の程に父梅丸子の方へ申つかはしける

    梅が香に昔の一字哀れ也

    梅折りて椿に迷ふ袂かな

    春もやゝ景色とゝのふ月と梅

    梅柳さぞ若衆かな女哉

    かぞへ來ぬ屋敷々々の梅柳

     松嶋

松の花

    松の花苫屋見に來る夕哉

     高砂の松は寬永年中に枯れけり今若木尙古を恐れけり

    植ゑかへて目出度松の綠哉

    古川にこびて芽を張る柳哉

     梅若塚にて

    けづりかけしても柳はみだれ髮

    鶯を魂に眠るか嬌柳

    入口は柳にのぼる吉野哉

    腫物にさはる柳のしなひかな

    もろの心柳にまかすべし

    八九間空で雨降る柳哉

    傘で押しわけ見たる柳哉

    餠雪を白糸となす柳かな

    野と山の中に一本柳哉

    輪乘する若衆も暮るゝ柳哉

椿

    鶯の笠落したる椿かな

    不二にゆくや椿にかくれ家一つ

    落ちさまに水こぼしけり花椿

    葉に背く椿や花の餘所心

    滿上下茜ほす日や桃の花

     草庵に桃櫻あり門人に其角嵐雪あり

    兩の手に桃と櫻や草の餠

     尙白と伏見へ行く時

    只一夜桃に宿借る伏見哉

    古寺の桃に米踏む男哉

     伏見西岸寺の上人にあひて

    我衣にふしみの桃の雫せよ

    煩へば餠こそくはね桃の花

    舟足も休む時あり濱の桃

     嵐山

    花の山二町のぼれば大悲閣

    世や人や花にも其智三十里

    盛じや花に坐浮法師がぬめり妻

     花の下にてほ句望まれて

    花に明かぬ恨みや我の歌袋

    蝙蝠も出でようき世の花に鳥

    鐘消えて花の香は撞く夕哉

    花の時爺は目出度なりにけり

    てきちょくに蝶もてくるや花見酒

    瘦脛もあればぞ花の吉野山

    夏近し其口たはへ花に風

     天宥法師の賛

    月か花か問へど四睡の眠哉

    世にさかる花にも念佛申しけり

    地にたふれ根により花のわかれ哉

    先づ知るや宜竹が尺八に花の雪

     布袋賛

    もの干や袋の中の月と花

    小初瀨や花に暮れゆくはん袋

    京は九萬九千群集の花見哉

    山は不二このみちのくに櫻かな

    うかれける人や初瀨の山櫻

    吹く風に尾細うなるや犬櫻

    磯山や櫻をゆする波の音

    見上ぐれば櫻仕舞うて紀三井寺

    聲よくばうたはんものを櫻散る

    裏表名をつけかへる山櫻

    山の名を得て散るをこそ櫻なれ

    姥さくら咲くや老後の思い出

    世をいかに捨處なき山櫻

    竈風呂や梅も櫻も忍ぶ草

    顏に似ぬ發句も出でよ初櫻

    まつ花や藤三郞が吉野山

    花の顏に晴れうてしてや朧月

    阿蘭陀も花に來にけり馬に鞍

    花に舍り瓢先生と自ら云へり

    着ても見よ甚兵衞が羽折花衣

     露沾公にて

    西行の庵もあらん花の道

     路通がみちのくに赴く時

    草枕まことの花見しても來よ

     僧專吟餞別

    鶴の毛の黑き衣や花の雲

    奈良七重七堂伽藍八重櫻

    初花に命七十五年ほど

    咲きみだす桃の中より初櫻

    初櫻をりしもけふはよき日也

    蝶鳥のうはつき立つや花の雲

    山の名もきゝたし花の山の道

     尾張の人より淡酒一樽木曾の獨活茶一種おくりしを門人にひろむるとて

    飮明けて花活にせむ二升樽

    花に寐ぬこれもたぐひか鼠の巢

     三井晚鐘

    盃に片破はなし花の鐘

     肅山の許にて探雲が畫ける琴の賛に

    散る花や鳥も驚く琴の塵

     須磨寺にて

    風なきに散るや若木の花櫻

     孤石のみちのくにゆくを送る

    むく起に隣の花の匂ひかな

    此花の主顏なり尾長鳥

     飄竹庵に膝を入れて旅の思いと安かりければ

    花を宿にはじめ終りや二十日程

     示門人

    子に飽くと申す人には花もなし

     上野の花見にまかりけるに人々幕うちさわぎものゝ音小唄の聲さまなるかたはらの松陰をたのみて

    四つ五器の揃はぬ花見心哉

    松風を花に感じて居たる哉

     玄虎子が深川の旅舍を訪ふ

    花見にとさす舟遲し柳原

     支考東行餞別

    此心推せよ花に五器一具

     上野の輿

    花に醉へり羽織着て刀さす女

    紙衣の濡るとも折らん雨の花

     洒落堂記

    四方より花吹き入れて鳰の海

     藤堂橋本子にて

    土手の松花や木深き殿つくり

     二見の圖を拜みて

    うたがふな潮の花も浦の春

     よし野にて

    花盛り山は日ごろの朝朗

    まだ咲かぬ花のありかや藏王堂

     龍門にて二句

    酒のみに語らんかゝる瀧の花

    龍門の花や上戶の土產にせん

     大和草尾村にて

    花の陰謠に似たる旅寐哉

    花の陰硯にかはる丸瓦

     宗鑑守武負德は風雅の天工をうけ得て心匠を萬歲に傅ふ此陰に遊ばんもの誰か俳諧をあふがざらむ

    月花のこれやまことの主だち

     酒のみ居る人の畫に

    月花もなくて酒のむひとり哉

    景淸も花見の座には七兵衞

    花の香も同じ祝の白茶哉

    古寺や誰がうゑすてし花一木

    鶴の巢も見らるゝ花の葉越哉

     物皆自得

    花に遊ぶ虻な喰ひそ友雀

    鶯も笠着て出でよはなの雪

     旅立ちける時

    此程を花に禮いふ別れ哉

     あすは檜木とかや谷の老木のい   へることありきのふは夢と過ぎて翌はいまだ來らず只生前一樽のたのしみの外にあすはといひくらして終に賢者の譏をうけぬ

    淋しさやはなのあたりの翌檜

     葛城の麓を過ぐる時

    猶見たし花に明け行く神の顏

    鶴下りて七日花見る麓哉

    或は花咲いて七日鶴見る麓哉

    暫くは花の上なる月夜哉

    種芋や花の盛を賣りありく

    花の雲鐘は上野か淺草か

     伊勢の國花垣の庄はそのかみ奈良の八重櫻の科に附せられけると云ひ傳へ侍れば

    一里は皆花守の子孫かや

    何の木の花とも知らず匂かな

    艷なる奴花見るや誰歌の樣

    花に浮世我が酒白し飯黑し

    末たのし比翼の中は花に鳥

    世にさかる花にも念佛申しけり

    日暮るれば落花に雪の大井川

     草庵

    觀音の甍見やりつ花の雲

     秋風が鳴瀧の山家を訪ふ

    樫の木の花にかまはぬ姿哉

    春風に吹出し笑ふ花もがな

    深川やところに花吹雪

     法師の箒とりたる畫に

    いざ落花眼裏の埃掃き拾てん

     畫賛

    花は世を江戶方角の法師哉

    木の下に汁も鱠もさくら哉

     探丸子の君別墅に花見催ふさせ給ひけるにまかりて

    さまのこと思ひ出す櫻哉

    半日の雨より長し糸櫻

    詫しさや櫻の下の野人參

     雨の降りければ

    草履の尻をりて歸らん山櫻

    春の夜は櫻に明けてしまひけり

    歌詠の先達多し山櫻

     句空への文に

    羡まし浮世の北の山櫻

     吉野にて

    山櫻瓦ふくものまづ一つ

     水ロにて二十年を經て故人土筆に大仙寺に逢ふ

    命ふたつ中に活けたる櫻哉

    櫻狩きとくや日々に五里六里

     上醍醐にて

    留守といふ小僧なぶらん山櫻

     笠のうらに書付ける

    よし野にて櫻見せうぞ檜木笠

    扇にて酒くむ陰や散る櫻

    似合はしや豆の粉飯に櫻狩

    としや櫻をこやす花の塵

    鶴の巢も嵐の外の櫻哉

     畫讃

躑躅

    裾山や虹吐くあとの夕つゝじ

     即興

    つゝじ活けて其陰に干鱈さく女

    ひとり尼藁屋すげなし白躑躅

    草臥れて宿借る頃や藤の花

    留守に來て棚探しする藤の花

木の芽

    切株の芽立を見ればさくら哉

     暮春に碓氷を越ゆ

    ゆくにまだ春を見しらぬ木の芽哉

     畫讃

山吹

    山吹や字治の熔爐の匂ふ時

    ほろと山吹散るか瀧の音

    山吹や笠にさすべき枝の形

菜の花

    山吹の露菜の花のかこち顏なるや

    なのはなになりて戀ふるや猫の妻

    菜畠に花見顏なる雀哉

蕗の薹

    園廣き德ありてこそ蕗の薹

土筆

    麻福太が袴よそふや土筆

     呂丸が旅にて死せしを悼む

    當歸よりあはれは塚の菫草

     大津にいづる時山路を越えて

    山路來て何やらゆかし菫草

蒲公英

    蒲公英や鶴も來て摘め松の陰

    悲まんや墨子燒芹を見ても亦

     山店子芹の飯煮させて深川まで持ちきたるこれに

    我ために鶴哺のこす芹の食

    芑摘んて貧なる女機に倚る

嫁が萩

    さかなにやいでちと妻も嫁が萩

春の草

    木曾の情雪や生えぬく春の草

草若葉

    芋植ゑて門は葎の若葉哉

     李下芭蕉を贈る

    芭蕉植ゑて先憎む荻の二葉哉

     龍向舍に逢ふ有職の人に侍れば

    物の名を先問ふ萩の若葉哉

    若草や狼通ふ道ながら

    葎さへ若葉やさしや破れ家

    こまかなる雨や二葉の茄子苗

    花は賤の目にも見えけり鬼薊

春雜

    面白やことしの春の旅の空



夏來る

    夏來ても只一ツ葉の一ツかな

四月

    思ひ出す木曾や四月の櫻狩

     さつき三十日の不二を思び出らるゝに

五月

    目にかゝる時や殊更五月富士

六月

    六月や峰に雲置く嵐山

    水無月は腹病やみの暑哉

    水無月や鯛はあれども鹽鯨

    雪の鰒左勝水無月の鯉

     日光裏見の瀧

夏の始

    暫くは瀧にくもるや夏の始

夏の日

    遠淺や夏の日の出の舟こゝろ

短夜

    短夜や驛路の鈴の耳につく

夏の夜

    夏の夜や崩れて明けし冷し物

凉し

    凉さや緣より足をぶらさげる

    凉さを畫に寫しけり嵯峨の竹

     尾花澤淸風亭

    凉さを我宿にして寐まる也

    凉さやほの三日月の羽黑山

     長良十八樓

    このあたり目に見ゆるもの皆凉し

    松風の落葉か水の音凉し

    小鯛さす柳凉しや海士が軒

     野水新宅

    凉さは飛驒の匠の差圖哉

     野水閑居を思ひ立ちけるに

    或は凉さは差圖に見ゆる住居哉

    凉さや直に野松の風の形

    凉さやゆく先々の最上川

    汐越や鶴脛ぬれて海凉し

     文鱗生出山の御形を贈りけるを安置して

    南無佛草の臺も凉しけれ

    蛤の口しめて居る暑さかな

    暑き日を海へ入れたり最上川

    此頃の暑さはなんと川逍遙

夏寒

    夏寒し大佛暮れぬ堂の中

秋ちかし

    秋近き心の寄るや四疊半

     井將氏水樓

    世の中や湖水にうかぶ波の上

更衣

    一つ脫いで後ろに負ひぬ更衣

     卯月の末庵にかへりて旅のつかれをはらす

夏衣

    夏衣いまだ虱をとりつくさず

     杉風生夏衣いと淸らかにして贈りけれぱ

    いでや我よき衣着たり蟬衣

夏紙衣

    辨慶は夏も紙衣の羽織哉

     留別

夏羽織

    別ればや笠手に提げて夏羽織

帷子

    淺香山帷子ほして通りけり

     奈良にて鹿の子を產むを見て此日においてをかしければ

灌佛

    灌佛の日に生れ合ふ鹿子哉

蚊遣

    蚊遣せよ夢見てゆかむ竹瓦

靑ざし

    靑ざしや草餠の穗に出でつらむ

菖蒲葺

    菖蒲生へり軒の鰯の髑髏

     俗士にいざなはれて五月四日吉岡求馬を見る五日はや死すと聞   きて

    花菖蒲一夜に枯れしもとめ哉

     留別

    あやめ草足に結ばん草鞋の緖

     佐藤庄司が舊跡の寺に義經の太刀辨慶の笈をとゞめて什物とす

    笈も太刀も五月にかざれ紙幟

    粽結ふ片手にはさむ額髮

鵜飼

    一文の酢の錢落す鵜川哉

     鵜舟も通り過ぐる程に歸るとて

    面白うてやがて悲き鵜舟哉

    のりたやと子の聲暗き鵜舟哉

竹醉日

    降らずとも竹植うる日は簑と笠

冷汁

    冷汁や須磨と明石の帆懸船

    野洲川や身は安からぬ晒臼

早乙女

    早乙女に姿のぞまん忍ぶ摺

田植

    柴つけし馬の戾るや田植酒

     尾張にて舊交に對す

    世を旅にとかく馬のゆき戾

     等躬といふものゝ白河の關いか   ゞ越えつるやといふに

    風流のはじめや奧の田植歌

     葦野

    田一枚植ゑて立ち去る柳哉

不二詣

    不二の風や扇にのせて江戶土產

納凉

    皿鉢のほのかに響く宵すゞみ

     風瀑に餞別す

    忘れずば小夜の中山にてすゞめ

     東武より上りて人々に對面す

    東路の毛脛恥かし床すゞみ

     小夜の中山にて

    命なり僅の笠の下納凉

    破風に日影や弱る夕納凉

    或は唐破風や日影陽炎ふ夕納凉

    破風口の入日や薄き夕納凉

    あつみ山や吹浦かけて夕納凉

     花の上こぐとよまれし櫻の老木西行法師のかたみをのこす

    夕晴や櫻にすゞむ波の花

    百里來る程は雲井の下納凉

    箔押せよどちも身のため夕納凉

     四條川原納凉

    川風や薄かき衣たる夕納凉

     新庄旦水亭にて

氷室

    水の奧氷室尋ぬる柳かな

     田家

    飯あふぐ嚊が馳走や夕納凉

     晋の淵明を羡む

    窓形に晝寐の臺や簟

竹婦人

    押しやれば押しやるまゝの竹婦人

    汗水や吉野泊の笈山伏

    汗の香に衣ふるはん行者堂

     千子がみまかりけるを聞きて美濃の國より去來が許へ申しつかはしける

土用干

    亡き人の小袖も今や土用干

    かけて置く拂子や智慧の土用干

     盤亭うしろ向きたる像

團扇

    團扇とりてあふがん人の後向

心太

    淸瀧の水くみ寄せて心太

     不卜亡母追悼

道明寺

    水向けてあととひ給へ道明寺

川狩

    川狩や伊勢武者は皆赤褌

     秋鴉主人の佳景に對す

夏座敷

    山も庭も動き入るゝや夏座敷

鹿の角分

    二俣にわかれそめけり鹿の角

     鐵拐が峰にのぼる二句

時鳥

    時鳥消えゆく方や島ひとつ

    須磨のあまの矢先に啼くや時鳥

    時鳥大竹藪を洩る月夜

    木かくれて茶摘も聞くや杜宇

    ほとゝぎす啼くや黑戶の濱庇

    子規まねくか麥の村尾花

    見かへりの松の梢や時鳥

    田や麥や中にも市の時鳥

    時鳥いまだ俳諧師無き世哉

    烏賊賣の聲まきらはし時島

    暫し間も待つや杜鵑千年

    淸く聞かん耳に香炷いて時鳥

    岩躑躅染むる泪やほとゝぎす

     不卜一周忌琴風勸進

    時鳥啼く音や古き硯箱

    時鳥聲橫ふや水の上

     嵯峨にて

    京に居て京なつかしや子規

    郭公啼くや五尺の菖蒲草

    曙やまだ朔日にほとゝぎす

    曉の山兀としてほとゝぎす

    時鳥啼きとぶぞ忙はし

    橘やいつの野中の時鳥

    時鳥正月は梅の花咲けり

     さし竿かきたる扇に

    鳥さしも竿や捨てけむ時鳥

     奈須野にて

    野を橫に馬引き向けよ時鳥

     笈負僧

    見えばやな出立々々の時鳥

     日光裏見の瀧

    時鳥裏見の瀧の裏表

     みちのく一見の桑門同行二人那   須の篠原を尋ねてなほ殺生石見んと急ぎ侍る程に雨降り出でければ

    落ち來るや高久の宿の時鳥

    黑燒釜割つて捨てけり時鳥

    啼けや啼け耳の酸うなる時鳥

     戶の口といふところにて

    戶の口に宿札名乘れ時鳥

    口辷れ油月夜の時鳥

     小夜の中山

    けゝれなく橫をりふせて時鳥

老鶯

    鶯の老を啼くなり茶木畠

閑子鳥

    うき我を淋しがらせよ閑子鳥

水鳥の巢

    巢立ちせり鵜の子や海を戀ふるらむ

    闇の夜や巢をまどはして啼く千鳥

水雞

    拵うてをれば水雞や渡し守

     露州がともがら佐屋まで道おくりしてともに山田氏が家にかりねす

    水雞なくと人のいへばや佐屋泊

     奧州白河にて

    關守の宿を水雞に問ふものを

     大津湖仙亭

    この宿は水雞も知らむ扉哉

行々子

    能なしの眠たし我を行々子

     鵜飼といふもの見侍らんと暮懸けていざなひ申されしに

    またゝぐひ長良の川の鮎鱠

初松魚

    鎌倉を生きて出でけん初松魚

    松魚賣いかなる人を醉はすらん

    又越ゑん小夜の中山初松魚

    精進日殘り多さよ初松魚

     秋の坊を幻住庵にとゞめて

    我宿は蚊の小きを馳走哉

    草の葉を落ちるよりとぶ螢哉

    愚にくらく荊をつかむ螢哉

    晝見れば首筋赤き螢哉

    おのが火を木々の螢や花の宿

     木曾の旅を思ひたちて大津にとゞまる頃瀨田の螢火に出でゝ

    この螢田每の月にくらべ見む

     上林三入亭

    螢見や船頭醉うておぼつかな

     森川許六錢別二句の內

    うき人の旅にもならへ木曾の蠅

     山中逗留

    蚤虱馬の尿する枕もと

     富士の吟

    山の姿蚤が茶臼の覆かな

蝸牛

    蝸牛角ふりわけよ須磨明石

    這ひ出でよかいやが下の蟾の聲

     無常迅速

    頓て死ぬけしきは見えず蟬の聲

     稻葉山

    撞く鐘も響くやうなり禪の聲

     立石亭

    閑さや岩にしみ入るせみの聲

    聲に皆なきしまうてや蟬の聲

    梢よりあだに落ちけり蟬の殼

    蟬を以て天のいふ暑かな

     圓覺寺大顚和尙ことしむ月のはじめ迁化し給ふよし誠や夢の心地せらるゝに先道より其角が方へ申しつかはしける

卯の花

    梅戀ひて卯の花拜む泪かな

     其角が母五七日追善

    卯の花も母なき宿ぞすさまじき

    卯の花や暗き柳の及び腰

杜若

    杜若似たりや似たり水の影

    手の屆く水際嬉し杜若

     落枝

    こゝも三河紫麥の杜若

     山崎宗鑑やしきにて近衞殿の宗鑑の姿を見ればかきつばたと遊しけることを思ひ出でゝ心の中に

    有難き姿拜まん杜若

     知足亭庭前にて

    杜若われに發句の思ひあり

     大坂に於てある人の許にて

    杜若語るも旅のひとつ哉

    駿河路や花橘も茶の匂

    山下や廣葉の蕗に雨の音

     二度桐葉子がもとにありて今や東へ下らんとするに

牡丹

    牡丹蕋深く分け出る蜂の名殘哉

     贈桃隣新宅自畫自讃

    寒からぬ露や牡丹の花の蜜

    風月の財をわすれよ深見草

     雲岸寺の奧に佛頂和尙山居のあ   とあり松の炭して其岩に書付侍る

夏木立

    木啄も庵は破らず夏木立

     幻住庵記

    先づたのむ椎の木もあり夏木立

     須磨

木下闇

    須磨寺や籟ぬ笛きく木下闇

    嵐山藪の茂や風の筋

    光り合ふ二つの山の茂かな

     餞別

    綰るや靑柳茂る染火繩

     大垣の城主日光御代參勤めさせ給ふに扈從する岡田氏に寄す

    篠の露袴にかけし茂かな

     奧州高舘にて

夏草

    夏草や兵どもが夢の跡

     殺生石

    石の香や夏草赤く露あつし

    新麥や筍時の草の庵

    夏豆の二葉や麥の株返し

    麥の穗を泪に染めて啼く雲雀

    一日々々麥赤らみて啼く雲雀

    鐘も撞き住持もしたり麥の秋

     逢桑門

    いざともに穗麥くらはん草枕

    麥刈つて稻舟見せよ最上川

     五月十一日武府を出て故鄕に赴く人々川崎迄送り來りて餞別の句をいふ其かへし

    麥の穗をたよりにつかむ別れ哉

    秋や須磨々々や秋しる麥日和

     甲斐の山家に立寄りて

    行駒の麥になぐさむやどり哉

芥子

    白芥子や時雨の花の咲きつらむ

     贈杜國

    白芥子に羽もぐ蝶のかたみ哉

     須磨

    蜑の顏先づ見らるゝや芥子の花

玉卷芭蕉

    靑苔や玉卷芭蕉一株二株

    李靑く竹笠破れて石あぶなし

     落柿舍

花柚

    柚の花に昔忍ばん料理の間

    竹の子や稚き時の繪のすさび

     小督墳にて

    うきふしや箏となる人の巢

     四たび結びし深川の庵を立出づるとて

    黃鳥や竹の子藪に老を啼く

     甲州山中

    山賤のおとがひ閉づる葎哉

松葉散る

    淸瀧や波に散りてん靑松葉

     唐招堤寺にて鑑眞和尙の御影を拜し御目の盲ひさせたまふ事をおもひつゞけて

若葉

    若葉して御目の雫ぬぐはゞや

     日光

    あら尊と靑葉若葉の日の光

紫陽花

    紫陽花や帷子時の薄淺黃

    紫陽花や乞食煩ふ草の上

子珊亭にて

    紫陽花や藪を小庭の別座敷

     淸風亭二句

紅の花

    行末は誰肌觸れん紅の花

    眉掃を俤にして紅の花

    きのふけふ樗に曇る山路哉

    とんみりと樗や雨の花曇

    日の入や雲吹きはらへ村樗

     岱水亭

早苗

    雨をり思ふことなき早苗哉

     奧の白河にいたりて二句

    早苗にも我色黑き日數哉

    手はなせば夕風やどる早苗哉

    西か東か先づ早苗にも風の音

     文字摺石

    早苗とる手元や昔忍ぶ摺

     訪隱者

栗の花

    目の人の見つけぬ花を軒の栗

合歡の花

    莊嚴の柱によりて合歡のはな

    象潟や雨に西施が合歡の花

     桑門已白亭に日ころありて

    やどりせむ藜の杖になる日迄

風車

    手車となるや折りとる風車

百合

    花々を百合せてや百合の花

    美き其姬百合や后ざね

     奇香亭にて

鼓子花

    晝顏のみじか夜眠る晝間哉

    晝顏に米搗凉む哀なり

    晝顏の花に眠たき庵かな

     東武吟行の頃美濃路より平田の許への文の音信に

    晝顏に晝寐せうもの床の山

    子供等よ晝顏咲きぬ瓜むかん

榎の花

    つくと榎の花の袖に散る

     許六が木曾路に赴く時

椎の花

    椎の花の心にも似よ木曾の旅

     正成之像

     鐵肝石心此人之情

撫子

    撫子にかゝる泪や楠の露

    醉うて寐ん撫子咲ける石の上

    桑の實や花なき蝶の世捨酒

百日紅

    百日紅先づ四五日はへらしけり

    枝なくて世にかゝはらぬ蓮かな

    尋ぬれば蓮の君子の門柱

    蓮の葉や夕顏でせし馬合羽

     本間主馬が家の名を稱して

    蓮の香に目を通はすや面のはな

     大巓和尙の來るとて來らざりければ

大角豆

    鷓鴣待ちて垣の大角豆は老いにけり

     小僧村といふところにて

早松茸

    小僧とは辨慶岩の早松茸

     島田塚本氏にて

茄子

    苣はまだ靑葉ながらに茄子汁

     羽黑山に籠りて後鶴が岡にいたり重行亭にて

    めづら梧や山を出羽の初茄子

    朝露によごれて凉し瓜の泥

     落しなにかしの招に應じて稻葉山の松の下凉みして長途の愁をなぐさむ程

    山陰や身をやしなはん瓜畠

    瓜の皮むいた處や蓮臺野

     住みける人の外にかくれて葎生ひ茂れる古跡を訪うて

    瓜つくる君があれなと夕納凉

    花と實と一度に瓜の盛哉

    夕にも朝にもつかず瓜のはな

     河野松波宅にて古き長瓢に瓜の花を活けて下に無絃の琵琶をおきて花活より落つる雫を撥面に   うけたり

    瓜の花雫如何なる忘れ草

眞桑

    初眞桑竪にや割らん輪にやせむ

    闇の夜と狐下這ふ玉眞桑

     之道對す

    我に似な二つに割りし眞桑瓜

    柳行李片荷は凉し初眞桑

夕顏

    夕顏に干瓢むいて遊びけり

    夕顏の白く夜の後架に紙燭とりて

    夕顏や秋は色々の瓢かな

    夕顏や醉うて顏出す窓の穴

    夕顏に見とるゝや身もうかりひよん

     奧州名取の郡に入つて中將實方の塚はいづこにやと尋ね待れば道より一里半ばかり左の方笠島といふところにありとをしゆをりふしふりつゞきたる五月雨いとわりなくうち過ぐるに

五月雨

    笠島はいづこ五月のぬかり道

     中尊寺にて

    五月雨の降りのこしてや光堂

     もがみ川

    五月雨を集めて早し最上川

    日の道や葵かたむく五月雨

     落柿舍頽破

    五月雨色紙へぎたる壁の跡

    五月雨や蠶煩ふ桑の畠

     露川へ申侍る

    五月雨に鳰の浮巢を見にゆかん

     大井川水出で島田塚本氏が許に   とゞまる

    五月雨の雲吹き落せ大井川

     病中自咏

    髮生て容顏靑し五月雨

    五月雨にかくれぬものや瀨田の橋

     阿武隈川の水源にて

    五月雨は瀧ふり埋む水嵩哉

    湖水はれて比枝ふりのこす五月雨

    五月雨に寒いまゝなり旅姿

    五月雨も瀨踏尋ねぬ水馴川

    五月雨や桶の輪きれぬ夜の音

    五月雨や東寺の沙彌の髯蓬々

    五月雨も後の五月の小文かな

    五月雨や龍燈あぐる番太郞

    五月雨に御物遠や月の顏

    五月雨れて鶴の脛短くなれり

    五月雨れてこの笠森をさしも草

     信濃の洗馬

入梅

    入梅晴の私雨や雲ちぎれ

    降る音や耳も酸うなる梅の雨

薰風

    風の香も南に近し最上川

    さゞなみや風のかをりの相拍子

     羽黑山

    有難や雲をかをらす南谷

     丈山の像に謁す

    風かをる羽織は襟もつくろはず

     小倉山常寂寺にて

    松杉をほめてや風の薰る音

     加賀への文通に

    風薰る越の白根を國の花

雲の峯

    荒海のほこる日ざしや雲の峰

    湖や暑さを惜む雲の峰

    二十九日偖こそ得たれ雲の峰

    雲の峰幾つ崩れて月の山

     本間主馬が家の名を稱して

    ひらとあくる扇や雲の峰

     北野の寶前にて

夏の月

    梅櫻松は御前に夏の月

    松島や水を衣裳に夏の月

     須磨二句

    月見てもものたらはすや須磨の夏

    月はあれど留守のやうなり須磨の夏

    淸瀧の波に洗ふや夏の月

    大井川波に塵なし夏の月

    夏の月御油より出でゝ赤坂や

     明石夜泊

    消壺や果敢なき夢を夏の月

夕立

    夕立のあとの匂ひや三保の松

夏の雨

    楢山や柴して戾る夏の雨

淸水

    硯洗ふ智慧は出でたり岩淸水

    さゞれ蟹足這ひ上る淸水哉

     岐阜山にて

    城跡や古井の淸水まづ問はむ

     那須の溫泉明神相殿に八幡宮を遷し奉りて兩神一方に拜まれ給ふ

    湯を結ぶ誓も同じ苔淸水

     松島

夏の海

    島々や千々に碎けて夏の海

夏野

    秣刈る人をしをりの夏野哉

     落梧ぬしをさなきものをうしなひけることをいたみて

    もろき人に譬へん花も夏野哉

     畫讃

    馬ほく我を繪に見る夏野哉

夏山

    夏山や杉に夕日の一里塚

    夏山や谺にあくる下駄の音

    夏山や紙漉く里は飯時分

     那須の光明寺にて

    夏山に足駄を拜む首途哉

     「武隈の松見せ申せ遲櫻」と旣白の餞別しければ

    櫻より松は二木を三月越

     湯殿山

    語られぬ湯殿にぬらす袂かな



初秋

    初秋やたゝみながらの蚊帳の𧝒

     鳴海眺望

    初秋や海も靑田の一みどり

    或は初秋は海やら田やら綠かな

立秋

    張ぬきの猫も知るべし今朝の秋

    秋來にけり耳を尋ねて透間風

    汗拭を下女にとらせけり今朝の秋

    夕顏やかいまはる程秋は來ぬ

    秋來ぬと妻戀ふ星や鹿の革

文月

    文月や六日も常の夜には似ず

     幻住庵

    旅くせや寢冷煩ふ秋の山

    ひやと壁をふまひて晝寢哉

     ある草庵にいざなはれて

秋凉

    秋凉し手每にむけや瓜茄子

夜寒

    乳麵の下焚きつくる夜寒哉

八朔

    八朔や天の橋立たばね熨斗

     嵐雪が四國へ渡る時

二百十日

    旅烏二百十日も船支度

     野ざらし紀行

身に沁

    野ざらしを心に風の沁む身哉

肌寒

    溫泉の名殘今宵は肌の寒からん

     兼好の賛

秋の夜

    秋の夜をうしろにしたる法師哉

     車庸亭

    秋の夜をうち崩したる噺哉

秋の暮

    秋の暮客か亭主か中柱

    人聲やこの道かへる秋の暮

    枯枝に烏のとまりけり秋の暮

    蝶鳥の知らぬ花あり秋の暮

     所思

    此道や行く人なしに秋の暮

    思案するに冥途もかくや秋の暮

     深川の庵

    船頭の尻聲高し秋の暮

     木因亭

    死もせぬ旅寢の果よ秋の暮

     野水が旅行を送りて

    見送りのうしろや淋し秋の暮

     雲竹の像

    こちら向け我も淋しき秋の暮

    松杉の尾の上の鐘や秋の暮

     六介六兵衞の人々に芭蕉菴をとぶらはれて古鄕の安否を聞く

    幾千里隔つ思ひや秋の暮

ゆく秋

    行く秋や手を廣げたる栗の毬

    蛤の二見に別れゆく秋ぞ

    ゆく秋や身にひきまとふ三布蒲團

    ゆく秋の尙たのもしや靑蜜柑

     憶老杜

    風髭を吹いて暮秋嘆ずるは誰子ぞ

     淸水の茶店にあそぶ

    松風の軒をめぐりて秋暮れぬ

     芝柏亭にて

秋深

    秋深き隣は何をする人ぞ

    秋淋し編笠着たる人の形

    秋十年かへりて江戶をさす古鄕

    見わたせば眺むれば見れば須磨の秋

    雨の日や世間の秋を界町

    幾秋のせまりて罌子にかくれけり

    刈りかけし田面の鶴や里の秋

     旅懷

    此秋は何で年寄る雲に鳥

     留別

    送られつ送りつ果は木曾の秋

     旅行

    さらでさへ秋に野寺の一つ鐘

     鹿嶋神前

    この松の實生せし世や神の秋

     兼好讃

    秋の色糖味噌壺もなかりけり

    胡蝶にもならで秋經る菜虫哉

    とめる氣と見えて秋から巨燵哉

     種の濱に遊ぶ

    淋しさや須磨に勝ちたる濱の秋

    後家の秋ものゝ哀をとゞめたり

     小名木澤

    秋にそひてゆかばや末は小松川

     あるじは夜遊ぶことを好みて朝寐せらるゝ人なり宵寐はいやしく朝起はせはし

    面白き秋の朝寐や亭主振

    夜步行にから櫓の音や浦の秋

     信濃なる坂木の橫吹といふところにて乞食のいねたるを見て

    起きな起きば浮世の秋を見ん

七夕

    七夕の逢はぬ心や雨中天

    七夕や秋を定むるはじめの夜

    月弓や聟の一藝男七夕

     何某の御代官に隨身して四國へ赴く人に

    七夕や裸すゞりの俄旅

    ほし合の中や絕えなん立田川

    合歡の木の葉ごしもいとへ星の影

     吊百星

    高水にほしも旅寢の岩の上

     素堂の母七十あまり七としの秋七月七日にことぶきするに萬葉   の七種をもて題とす是につらなるもの七人此結緣にふれておの又七叟の齡にならはむ

    七株の萩の手本や星の秋

     骸骨の繪に

    夕風や盆提灯も糊ばなれ

     尼壽貞が身まかりけるときゝて

    數ならぬ身とな思ひそ魂祭

     加賀の國を過ぐるとて

    熊坂がゆかりやいつの魂祭

     草菴

    稻の穗の露ばかりなる魂祭

    蓮池や折らで其儘魂祭

     木曾山の草菴墓所に近し

    魂祭けふも燒塲の煙哉

     舊里にかへりて盆會をいとなむ

    家は皆杖に白髮の墓參

     奈良の片脇の里にありて

    孟蘭盆や家の裏とふ墓參

     九岡天龍寺を出づる時金澤の北   枝と別れにのぞみて

秋扇

    物置いて扇引きさく餘波哉

角力

    むかし聞け秩父殿さへ角力取

    角髮や奧を出羽の角力取

     許六が畫に

    勝角力いつも上手に米の飯

駒迎

    棧やまづ思び出づ駒むかへ

     大和國竹の內にて

綿弓

    綿弓や琵琶に慰む竹の奧

    猿引は猿の小袖を砧かな

    聲澄みて北斗に響く砧哉

    鍼立や肩に槌うつ唐衣

     よし野にて

    砧うつて我にきかせよ坊が妻

     近江路を通るに日野山の邊にて胡麻といふものに上の衣をとられて

    はがれたる身には砧のひゞき哉

重陽

    盃の下ゆく菊や朽木盆

     九月九日乙州が一樽を携へ來り   ければ

    草の戶や日暮れて暮れし菊の酒

伊勢御遷宮

    尊さに皆おし合ひぬ御遷宮

     くすし某の像に

藥掘

    村雨を背中に負うて柴胡掘

     住吉の市にて

升の市

    升買うて分別かはる月見哉

天の川

    水草も乘もの貸さん天の川

    荒海や佐渡に橫ふ天の川

稻妻

    稻妻や闇の方ゆく五位の聲

     寄李下

    稻妻を手にとる闇の紙燭哉

     粟津にて

    稻妻や海の面をひらめかす

     宿敦賀

    かの雲は稻妻を待つ便哉

    稻妻や緣まで來てはかへる波

     或る智識ののたまはくなま禪大疵の基とかやいと有難さに

    稻妻に悟らぬ人の尊さよ

     本間主馬が宅に骸骨どもの笛鼓をかまへて能するところを畫きて舞臺の壁にかけたりまことに生前の戯などかこの遊びにことならんやかの髑髏を枕として夢うつゝをわかたざるものも只此生前を示さるゝもの也

    稻妻や顏のところか芒の穗

    露しくれ蜜柑の色にしみたらず

     如行が席上の饗應を制して

    白露の淋しき味をわするゝな

     宮部丹後近々旅よりかへるときゝて

    草の戶や貯へも露の待ち設

草菴

    道細し角力草のはなの露

    賤の宮森の露ちる旭かな

     二見の浦にて

    硯かと拾ふやくぼき石の露

     曾良に別るゝとて

    今日よりや書付消さん笠の露

    乳母草を誰結べとや朝の露

     とくの淸水にて

    露とくこゝろみにうき世すゝがばや

     畫讃

    西行の草鞋もかゝれ松の露

野分

    吹きとばす石は淺間の嵐哉

    穗芒に思ふまゝなる野分かな

    見處のあれや野分の後の菊

     茅舍の感

    芭蕉野分して盥に雨を聞く夜哉

    猪もともに吹かるゝ野分かな

     粟津晴嵐

    さぞ野分人の粟立つ市の聲

     母の白髮を拜みて

秋の霜

    手にとらば消えん泪ぞあつき秋の霜

秋時雨

    きのふからちよつと秋の時雨かな

秋風

    秋風や桐にうごいて鳶の霜

    牛部屋に蚊の聲弱し秋の風

    秋風や伊勢の墓原尙凄し

    秋風ややり戶の口の尖り聲

     題虫

    蛛何と音を何となく秋の風

    身にしみて大根からし秋の風

     題畫屛

    君も臣もうきにはたへぬ秋の風

     鵜つかひの佐英衞一昨夜相果候と承る

    鵜の嘴の肌を刺すらん秋の風

     嵐蘭悼

    秋風に折れて悲き桑の杖

    やゝ秋風吹きとばせ松の村紅葉

     贈桃夭號

    桃の木の其葉散らすな秋の風

     那谷觀音にて

    石山の石より白し秋の風

     座右の銘

     人の短をいふこと勿れ

     己が長を說くこと勿れ

    物いへば唇寒し秋の風

     憐捨子

    猿をきく人捨子に秋の風いかに

     不破の關にて

    秋風や簸も畠も不破の關

    義朝の心に似たり秋の風

     一笑追善

    塚も動けわが泣聲は秋の風

     途中

    あかと日はつれなくも秋の風

     伊勢紀行の跋

    西東あはれさ同じあきの風

    松植ゑて竹の欲しさよ秋の風

    霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き

     越後國能生宿白山權現社汐路之名鐘

    曙や霧にうづまく鐘の聲

     お君が崎にて

    松なれや霧にいざらへいと曳く程に

     甲州產屋ヶ崎

    雲霧の暫時百景を盡しけり

秋雨

    秋も早ばらつく雨に月の形

     旅窓長夜

    九度起ても月の七つかな

     隱士等栽に見ゆ

    名月の見處聞かん旅寐せん

    名月や我と筆架の影法師

    名月やたしかに渡る鶴の聲

    夏かけて名月暑きすゞみかな

     深川

    名月や門にさし來る潮がしら

     古將監が古實に語りて

    月や其鉢の木の日の下面

     簑虫庵

    今宵誰吉野の月も十六里

    名月の二つあつても瀨田の橋

    我宿は四角な影を窓の月

    山寒し心の底や水の月

    明月や池をめぐりて夜もすがら

     畦止亭題月下送兒

    月すむや狐怖がる兒の供

    名月に麓の霧や田の曇

    名月の花かと見えて綿畠

     東順傅

    入月のあとは机の四隅かな

     深川の末五本松といふ處に掉をさして

    川上と此川下や月の友

    あの中に蒔繪書きたし宿の月

    名月や西にもほしき窓一つ

     小夜の中山にて

    馬に寐て殘夢月遠し茶の烟

    見る影やまだ片形も宵月夜

    雲をり人を休める月見哉

     いさゝかなるところに旅立ちて舟の中に一夜を明して曉の空篷より頭をさし出して

    明けゆくや二十七夜も三日の月

    川船やよい茶よい酒よい月夜

    坐頭かと人に見られて月見哉

     鹿嶋根本寺にて二句

    月早し梢は雨を持ながら

    寺に寢てまこと顏なる月見哉

     田家にて二句

    賤の子や稻すりかけて月を見る

    芋の葉や月待つ里のやけ畠

     姨捨山にて

    俤や姨ひとり泣く月の友

     善光寺にて

    月影や四門四宗も只一つ

     石山秋月

    汐やかぬ須磨よ此湖秋の月

    明月や兒達並ぶ堂の緣

     古寺翫月

    月見する座に美き顏もなし

     敦賀夜泊

    名月や北國日和定めなき

    名月や我家へ戾る門徒坊

    重々と名月の夜や茶臼山

    名月や鶴脛高き遠干潟

     義仲寺にて

    三井寺の門たゝかばやけふの月

    明月や湖水にうかぶ七小町

    待宵や松に音して初嵐

    初月や向ひに家のなきところ

     武藏守泰時仁愛を先とし政以去欲先とすとあり

    明月の出づるや五十一個條

    米吳るゝ友を今宵の月の客

    明月や鼻の先なる光明寺

     欹器の圖に題す

    あとさきを思へば淋しけふの月

    木を伐つて本口見ばやけふの月

     淺水の橋をわたる俗にあさうつと云ふ淸少納言の橋はと有る一條あさむつのと書ける處とぞ

    あさむつや月見る旅の明はなれ

    月見せよ玉江の蘆を刈らぬ先

     月を詫びつたなきを詫びてわぶと答へんとすれど問ふ人もなし猶詫び

    わびて住め月詫齋の奈良茶歌

    月にしるべこなたへ入らせ旅の宿

    眺むるや江戶には稀な山の月

    影は天の下照る姬か月の影

    實にや月間口千金の通り町

     濱

    月のみか雨に角力もなかりけり

     鐘ヶ崎にて

    月いづこ鐘はしづめる海の底

    まだ明けぬ心はいかに窓の月

     斜嶺亭戶を開けば西に山あり伊吹といふ花にもよらず雪にもよらずたゞこれ孤山の德あり

    其儘に月もたのまじ伊吹山

     長柄埋木の文臺の裏書に

    月の洩る昔の橋の板目哉

    川音や五條の橋の古びやう

     悼遠流天宥法師

    其魂を羽黑にかへせ法の月

    國々や八景更に氣比の月

     越の中山

    中山や越路の月は又命

    あすの月雨占はん比那が嶋

     燧山

    義仲の寢覺の山か月悲し

     伊勢國又玄が宅にとゞめられ侍るころ其妻の男の心にひとしく物每まめやかに見えければ旅の心を安くし侍りぬかの日向守の妻髮を切りて酒をまうけられし   心ばせ今更思出て

    月さえよ明智が妻の噺せむ

     湯尾峠

    月に名をつゝみ兼ねてや疱瘡の神

     氣比の明神

    月淸し遊行の持てる砂の上

    衣着て小貝拾はん色の月

     越人へ

    男振水のむ顏や秋の月

    鎖明けて月さし入れよ浮見堂

     暮れて外宮に詣で侍りて

    三十日月なし千年の杉を抱く嵐

    水油なくて寢る夜や窓の月

    月澄みて秋は入日のあとの不二

     正秀亭初會

    月代や膝に手を置く宵の中

     明月のよそほひにとて芭蕉五本を植ゑて

    芭蕉葉を柱にかけん庵の月

     柴の庵ときけばいやしき名なれ   ども世にこのもしきものにぞ有りける此歌は東山に住みける僧を尋ねて西行上人のよませ給ふよし山家集にのせられたりいかなるあるじにやとこのもしくてある草庵の坊に遣しける

    柴の戶の月や其まゝ阿彌陀坊

    たんだ住め住めば都ぞ今日の月

    滄海の波酒臭しけふの月

     靈岸嶋の人來るに三人皆七兵衞   といふに戯れて

    盃に三ツ名をくむ今日の月

三日月

    何事の見立にも似ず三日の月

     嵐闌が墓に詣でゝ

    見しや其七日は墓の三日の月

    三日月や早手にさはる草の露

    三日月や名のなき山も三笠山

    三日月や朝顏の夕つぼむらん

    三日月に地は朧なり蕎麥の花

    二十日過ぎ出づるや名殘三日の月

十六夜

    十六夜ははつかに闇のはじめ哉

     堅田にて

    十六夜や海老煮る程の宵の闇

    やすと出でゝいざよふ月の雲

    十六夜も又更科の郡かな

     石山へ諧づる道にて

後の月

    橋桁のしのぶは月の名殘哉

     仲秋の月は更科の里姨捨山に慰めかねて猶あはれさの目にもはなれずながら長月十三夜になり  

    木曾の瘦もまだなほらぬに後の月

    もの知りの心問ひたしのちの月

落し水

    うき草やしかも山田の落し水

    くりからや三度起きも落し水

秋の野

    あきの野や草の中ゆく水の音

鹿

    ひいとなく尻聲悲し夜の鹿

    武藏野や一寸程な鹿の聲

    ひれふりて女鹿も寄るや男鹿山

    女夫鹿や毛に毛が揃うて毛六かし

     堅田にて

    病雁の夜寒に落ちて旅寐哉

    朝風や只白雲に雁一つ

     堅田落雁

    鳥の文堅田の雁よ片便宜

四十雀

    老の名のありとも知らで四十雀

椋鳥

    榎の實散るむくの羽音や朝嵐

    鷹の目の今や暮れぬと啼く鶉

     田莊酒家

    桐の木に鶉なくなる塀の中

    刈跡や早稻がたの鴫の聲

稻雀

    稻雀茶の木畠や逃げ處

渡鳥

    目にかかる時や暫しの渡り鳥

    世渡りや渡りくらベて渡り鳥

歸燕

    ゆく燕また來る芽張る柳迄

    花に來て花野にかへる燕哉

     高瀨の漁火といふ題を得て

河鹿

    篝火に河鹿や浪の下むせび

    鮭馬のかげ見ん關の渡し舟

江趣

    江趣ありもやすらん不二の湖

    盆過ぎて宵闇くらし虫の聲

     草の戶細に住わびて秋の風の悲しげなる夕ぐれ友達の方へつかはしける

簑虫

    簑虫の音を聞きにこよ草の庵

     太田の神社にて

きり

    むざんやな兜の下のきり

    きりす普門品よむ右左

    白髮ぬく枕の下やきり

    しづかさや繪かゝる壁の蟋蟀

    淋しさや釘に懸けたる蟋蟀

    御供所の疊冷たしきり

    電の壁にしむ夜やきり

    床に來て鼾に入るや蟋蟀

    朝な手習すゝむきり

蜻蛉

    蜻蛉やとりつきかねし草の上

竈馬

    蜑が家は小蝦にまじる竈馬哉

     嵐雪に贈る

桐一葉

    淋しさを訪うてくれぬか桐一葉

    よるべをいつ一葉に虫の旅寐して

木槿

    花木槿裸童のかざしかな

     馬上吟

    道ばたの木槿は馬に喰はれけり

秋海棠

    秋海棠西瓜の色に咲きにけり

     全昌寺にて

柳散る

    庭掃いて出ばや精舍に散る柳

     柳陰軒にて

    散る柳あるじも我れも鐘を聞く

    何食うて小家は秋の柳陰

    水淸くなりて柳の散る日哉

木芙蓉

    霧雨の空を芙蓉の天氣哉

    日のあとの夕顏黑し紅芙蓉

     遊女畫讃

    枝ぶりの日にかはる芙蓉哉

    菎蒻と柿と嬉き草の庵

     斗休亭にて

    祖父と親其子の庭や柿蜜柑

    澁柿や一口は喰ふ猿の面

    里深く柿の木持たぬ家もなし

    秋風の吹いても靑し栗の毯

    夜ひそかに虫は月下の栗を穿つ

葡萄

    勝沼や馬士は葡萄をくひながら

     如水別墅

木の實

    籠り居て木實草の實拾はゞや

    藤の實は俳諧にせん花の後

    木曾の橡浮世の人の土產哉

色かへぬ松

    秋の日の色こそかへね松の聲

     東寺を過ぐるとて

    萩の穗や頭をつかむ羅生門

    荻の聲こや秋風の口移し

    萩原や一夜はやどせ山の犬

     小松といふところにて

    しほらしき名や小松吹く萩芒

     觀水亭

    ぬれてゆく人も可笑しや雨の萩

     種の濱

    浪の間や小貝にまじる荻の塵

     いろの濱

    小萩散れますほの小貝小盃

     畫讃

    白露もこぼさぬ萩のうねり哉

    ひとつ家に遊女も寐たり萩と月

     藤堂玄虎子が庭の半に作りしを見て

    風色やしどろに植ゑし庭の萩

    蕣の花になきゆく蚊の弱り

     和其角蓼螢句

    蕣に我れは飯くふ男かな

     當麻寺にて

    僧朝顏幾死かへる法の松

    朝顏やこれも亦我が友ならず

     閉關

    朝顏や晝は鎖おろす門の垣

     嵐雪が畫に讃のぞみければ

    朝顏は下手の書さへ哀也

     更科行首途

    朝顏は酒盛知らぬ盛哉

    朝顏や水ある方に人の立つ

女郞花

    玉川の水に溺れな女郞花

    ひよろと尙露けしや女郞花

     丸岡天龍寺にて

    門に入れば蘇鐵に蘭の匂ひ哉

     茶店にて

    蘭の香や蝶の翼にたきものす

     加賀の國に入る

    早稻の香や分け入る右は有磯海

    稻刈つて落付顏や小百姓

     人に稻を貰うて

    世の中は稻刈る頃か草の庵

落穗

    いたゞいて落穗拾はん關の前

唐辛

    大風のあしたも赤し唐辛

     木曾塚の舊草にありて敲戶の人々に對す

    草の戶を知れや穗蓼に唐辛

    かゝさぬぞ宿は菜汁に唐辛

    靑くても有るべきものを唐辛

瓜紅

    爪紅の末摘花のゆかり哉

芭蕉

    此寺は庭一ぱいの芭蕉哉

     畫讃

    鶴啼くや其聲に芭蕉破れぬべし

草の花

    草色々おの花の手柄哉

     高田醫師細川靑庵にて

    藥欄にいづれの花を草枕

    風妖けて芒に夜の雨凄し

     毒海長老我が草の戶にして身まかけりけるを葬りて

    何事も招き果てたる芒かな

    棧や命をからむ蔦かつら

    蔦の葉は昔めきたる紅葉哉

     閑人盧牧亭をとぶらひて

    蔦うゑて竹四五本の主哉

     故人に逢うて

冬瓜

    冬瓜や互にかはる顏の形

     扇風をいたむ

    手向けゝり芋は蓮に似たるとて

     西行谷

    芋洗ふ女西行ならば歌よまむ

     知足が弟新右衞門が新宅を賀す

    よき家や雀喜ぶ背戶の粟

     竹葉軒といふ菴を尋ねて

    粟稗に貧くもあらず草の庵

     四山の銘

    ものひとつ瓢はかろき我が世哉

雞頭  

    雞頭や雁の來る時尙赤し

     伊勢の斗從に山家をとはれて

蕎麥の花

    蕎麥はまだ花でもてなす山路哉

     後醍醐帝の御陵を拜む

    御廟年を經てしのぶは何を忍ぶ草

唐黍

    唐黍や軒端の荻のとりちがひ

鬼灯

    鬼灯は實も葉もからも紅葉哉

     大門通を過ぐるに

    琴箱や古物店の背戶の菊

     岱水亭にて

    影待や菊の香のする豆腐串

    咲きみだす山路の菊を燈籠哉

     田家にやどりて

    稻こきの姥も目出たし菊の花

     堅田何がし木旣醫師の兄の亭に招かれしにみづから茶を立て酒をもてなされける野菜八珍の中菊鱠いと芳しければ

    蝶も來て酢を吸ふ菊の鱠哉

     園女亭にて

    白菊の目に立てゝ見る塵もなし

     八丁堀にて

    菊の花咲くや石屋の石の間

     堅田禪瑞寺にて

    朝茶のむ僧靜かなり菊のはな

    山束の五荷三束や菊の花

     蓮池の主翁また菊を愛すきのふは龍山の宴を開きけふは其酒の   餘れるをすゝめて狂吟たはぶれとなす猶思ふ明年誰かすこやかならんことを

    十六夜のいづれか今朝に殘る菊

    秋を經て蝶もなめるや菊の露

     生玉邊より日を暮らして

    菊に出て奈良と難波は宵月夜

    菊の香や奈良には古き佛達

    菊の香や奈良は幾世の男振

    菊の露落ちて拾へばぬかごかな

     闇峠にて

    菊の香にくらがり上る節句哉

     左柳亭にて

    早く咲け九日も近し宿の菊

     如行亭

    瘦せながらわりなき菊の莟哉

    折ふしは酢になる菊のさかな哉

     草庵の雨

    起上がる菊ほのか也水のあと

     山中溫泉

    山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ

     木因亭

    かくれ家や月と菊とに田三反

    菌狩やあぶない事に夕時雨

    松茸や知らぬ木の葉のへばり付

    松茸やかぶれた程は松の形

    初茸やまだ日數經ぬ秋の露

    初茸やもと來し道へ又出づる

水葱

    なまぐさし水葱こなぎの上の鮠の膓



小春

    月の鏡小春に見るや目正月

寒の入

    月雪の愚に鍼立てん寒の入

寒の內

    乾鮭も空也の瘦も寒の中

    綿弓や窓にさし入る日の寒き

    木曾殿と背中合せの寒さ哉

     仙化が父の追善

    袖の色汚れて寒し濃鼠

     池下の茶店にて

    松葉を焚いて手拭あぶる寒さ哉

    狼の人に喰はるゝ寒さかな

    葱白く洗ひ上げたる寒さ哉

    によきと帆柱寒き入江かな

     越人と吉田の驛にて

    寒けれど二人旅寢ぞ賴母しき

    冬寒し欠をうつす息の色

    鹽鯛の齒ぐきも寒し魚の棚

    夜着に寢て雁が音寒し旅の宿

    藍壺に裁を失ふ寒さかな

     杜國亭にて中惡き人のことなどとりつくろひて

師走

    雪と雪今宵師走の明月か

    かくれけり師走の海の鳰

     十二月九日一井亭

    旅寐よし宿は師走の夕月夜

    月白き師走は子路が寐覺哉

    何にこの師走の市にゆく烏

    雨霰雪も氷も師走かな

ゆく年

    ゆく年や藥に見たき梅の花

     大年の夜盜にあひて

    梅干に通ふ鶯哀れなり

     畫賛

    ゆく年や汝が親の小松賣

年の暮

    くれて餠を谺の詫寢哉

    忘れ草菜飯に摘まん年の暮

    分別の底たゝきけり年の暮

     こゝに草鞋をときかしこに筇を捨てゝ旅寢ながらに年の暮れければ

    年暮れぬ笠着て草鞋穿きながら

    蛤の生る甲斐あれ年の暮

     乞うてくらひ貰うてくらひさすがに年の暮れければ

    めで度人の數にも入らん年の暮

    盜人に逢うた夜もあり年の暮

    月雪とのさばりけらし年の暮

    魚鳥のこゝろは知らじ年の暮

    なりにけりなりにけり迄年の暮

    皆拜め二見の七五三を年の暮

    古里や臍の緖になく年の暮

     十一月初日深川の舊草にかへりて朝暮敲戶の面々に對す

神の旅

    都出て神も旅寢の日數哉

御取越

    水涕に誠見せけり御取越

御影講

    菊雞頭きり盡しけり御影講

    御影講おほけな事は身延山

    御影講や油のやうな酒五升

亥の子

    畔物の亥の子の餠や歸花

夷講

    ふり賣の雁哀れ也夷講

    夷講酢賣に袴着せにけり

     支梁亭口切の日

    口切やたしか內儀は小紫

爐開

    爐開や左官老いゆく鬢の霜

     かくれ居りける人を慰めて

冬籠

    先祝へ梅を心のふゆ籠

    冬籠又寄り添はんこの柱

    後の世はいかゞなるらん冬籠

     千川亭

    折々に伊吹を見てや冬籠

    屛風には山を畫いて冬籠

    金屛の松の古びや冬籠

     贈洒堂

     湖水の磯を這ひ出でたる田螺芦間の蟹の鋏を知れよ牛にも馬にも踏まるゝこと勿れ

    難波律や田螺の蓋も冬龍

冬構

    簑虫や己ひとりの冬構

冬庭

    冬庭や月もいとなる虫の吟

鉢叩

    納豆きる音暫し待て鉢叩

    長嘯の塚もめぐるか鉢叩

    松風や犬のついたる鉢叩

    餠を夢に折り結ぶ齒朶の草枕

    有明も三十日に近し餠の音

    餠搗くや都の町の朝月夜

年忘

    年忘三人寄りて喧嘩かな

     乙州が新宅に春を待ちて

    人に家を買はせて我れは年忘

    年忘流るゝ年の淀ならむ

    せつかれて年忘する機嫌哉

     洛御靈別當景桃丸興行

    半日は神を友にや年忘

歲の市

    年の市線香買に出でばやな

    一休の土器買はむ年の市

    髯面を人な咎めそ年の市

煤掃 

    煤掃や暮れゆく宿の高鼾

    煤掃は己が棚つる大工かな

    やれ簑をかりて着たりなすゝはらひ

    旅寢して見しや浮世の煤拂

     旅行

    煤はきは杉の木の間の嵐哉

     行脚の五器一具灘波にのこし置きけるを年經て路通がおくりけるを

    これや世の媒に染らぬ古盒子

姥等

    子を背山妹山嵐姥等聲

節季候

    節季候を雀の笑ふ出立哉

    節季候の來ては風雅も師走哉

厄拂

    僞の舌に骨なし厄拂

古曆

    うかと年寄る人や古曆

探梅

    香を探る梅に藏見る軒端哉

    うち寄りて花活さぐれ梅つばき

年木

    須磨の蜑の年とふものや柴一把

年越

    ゆく舟やいづこの浦に年取らん

    山吹や井手の長者を年の宿

    とし波や蜑のあまたの伊勢參

    梅柳いだすか年の御撫物

     少年をうしなへる人に

埋火

    埋火も消ゆや泪の烹ゆる音

     曲翠旅館にて

    埋火や壁には客の影法師

    骨柴やかくと見るより蝶の売

圍爐裡

    五つ六つ茶の子に並ぶ圍爐裡哉

巨燵

    きりす忘れ音になく火燵かな

    硯このむ奈良の法師の巨燵哉

    住みつかぬ旅の心や置火燵

火桶

    あらがねの土より起る火桶哉

    深草やこれも淺草火鉢哉

    文ならぬいろはも書きて火鉢哉

     古き世をしのひで

    霜の後なでしこ咲ける火桶哉

    小野炭や手習ふ人の灰せゝり

    消炭に薪割る音か小野の奧

    白炭やかの浦島が老の筥

    着て立てば夜の衾もなかりけり

    たのむぞよ寢酒なき夜の紙衾

     鳳來寺に參籠して

    夜着一つ祈り出して旅寢哉

    夜着は重し吳天に雪を見るあらむ

蒲團

    かつぎにす蒲團や寒き夜や凄き

     深川八貧の中

頭巾

    米買に雪の袋や投頭巾

     三面大黑の讃

    忘るなよ紙の頭巾の締めくゝり

    頭巾着た顏さしこむや繩すだれ

     貞德翁の讃

    幻や知らぬ翁の丸頭巾

紙衣

    ためつけて雪見にまかる紙子哉

霰酒

    千代を經るてんのてんつる霰酒

乾鮭

    乾鮭某殿は毛唐人

時雨

    一時雨礫や降つて小石川

    ゆく雲や犬の逃吠村時雨

    初時雨都にわたれ桂川

    雞の聲にしぐるゝ牛屋かな

     桐葉ぬし志淺からざりければ暫く止まらんとせし程に

    此海に草鞋捨てん笠しぐれ

    笠もなき我をしぐるゝかこは何と

    枯蘆に何を時雨の葉每哉

    草枕犬もしぐるゝか夜のこゑ

    渡し呼ぶ人は我なり初時雨

     人の方へ初めてゆきて

    初時雨初の字を我しぐれ哉

    草の戶や我もの顏にふる時雨

     小倉山

    こゝに來て假初ならぬしぐれ哉

     江戶を出るとて

    旅人と我名呼ばれん初時雨

    石に置て香爐をぬらす時雨哉

     自畫讃

    寺開く坊主の形や初時雨

     美濃垂井矩外が許にて

    作り木の庭をいさめる時雨哉

    蔦の葉の時雨に時雨降る夜哉

    一尾根はしぐるゝ雲か不二の雪

    上野から時雨れて來るや車坂

     草庵

    人々をしぐれよ宿は寒くとも

    時雨降る柳の脊戶や草の道

    船頭の妻迎へたる時雨かな

    新藁の山そめて早きしぐれ哉

    村時雨てれふれ町の名なるべし

    山城へ井手の駕借る時雨哉

    火吹竹音や時雨れて小豆飯

     十月三日許六亭

    今日計り人も年寄れ初時雨

     島田の驛塚本が家にいたりて

    宿かして名を名乘らする時雨哉

     澁笠銘

    世にふるは更に宗祇の時雨哉

    時雨行くや船の帆綱に取付いて

    時雨降る笠松へつく日なりけり

    馬士は知らじ時雨の大井川

     伊賀の山越

    初時雨猿も小簑をほしげなり

    時雨るゝや田の荒株の黑む程

    いづこ時雨笠を手に提げてかへる僧

    凩の町にも入るや鯨賣

    凩の吹きやるうしろすがた哉

    凩や頰腫いたむ人の顏

    摘みけんや茶を凩の秋ともしらで

    狂句凩の身は竹齋に似たる哉

     參州鳳來寺

    凩に岩吹き尖る杉間哉

     竹畫讃

    凩や竹にかくれて靜まりぬ

     參州新城菅沼權右衞門宅

    京に倦て此凩や冬住居

冬の雨

    雁さわぐ鳥羽の田面や寒の雨

    面白し雪にやならん冬の雨

    紙衣にも霜や置くかと撫でゝ見し

    あてもなくうつや霜夜のそら砧

     杜國が庵を尋ねて

    さればこそあれたきまゝの霜の宿

    霜置きて衣片しく捨子かな

    からと折ふし凄し竹の霜

     鎌倉にゆく人を送る

    霜を踏んで踸跛ひく迄おくりけり

    貧山の釜霜に啼く聲寒し

    夜すがらや竹氷らする今朝の霜

     深川大橋成就せし時

    有難やいたゞいて踏む夜の霜

    火を焚いて今宵は屋根の霜消さん

    初霜や菊冷えそむる腰の綿

     病中

    藥のむさらでも霜の枕哉

    鶺鴒の足どり輕し橋の霜

    葛の葉の表見せけりけさの霜

    かりて寢ん案山子の袖や夜半の霜

    穭田に霜の花見る旦哉

    初雪や幸ひ庵にまかりある

     旅中

    初雪やひじり小僧の笈の色

     山中に小供に遊びて

    初雪に兎の皮の髭つくれ

    初雪や水仙の葉のたわむ程

     南都にて

    初雪やいつ大佛の柱立

     深川大橋かゝりたる時

    初雪やかけかゝりたる橋のうへ

     名所八體の中

    松嶋や雪の白地の衣くばり

     寒山畫賛

    庭はきて雪を忘るゝ箒哉

     鳴海の驛本陣業雪亭に泊りけるに飛鳥井雅章の君都を隔てと詠みてあるじに賜はりけるを見て

    京まではまだ半空や雪の雲

    雪を待つ上戶の額いなびかり

     みちのく名所の中猫山

    山は猫眠りはひてや雪のひま

    しぐれをやもどかしがりて松の雪

     雪見にありきて

    市人にいでこれ賣らん雪の笠

     子におくれたる人の許にて

    しをれふすや世は逆の雪の竹

    今朝の雪根深を園の栞哉

    黑森を何といふともけさの雪

     小町畫讃

    貴さや雪ふらぬ日も簑と笠

     畫賛

    たわみては雲待つ竹の景色哉

    雪の朝ひとり乾鮭をかみ得たり

    箱根越す人もあるらし今朝の雪

    雪の竹笛つくるべう節あらん

    雲白しいかさま三保の冬なれや

     旅人を見る

    馬をさへ眺むる雪のあした哉

    雪ふりや乞食眺めて居る乞食

    ぬれ簑を手柄にしたる雪見哉

     熱田の宮御修復なりぬ

    磨き直す鏡も淸し雪の花

    大雪や婆ひとり住む藪の家

    竹の雪落ちて夜嗚く雀かな

     去年の詫寢を思出て越人に贈る

    二人見し雪はことしも降りけるか

     茶臼に眠る子の畫讚

    積れとく起きて見ん夜の雪

    雪寒し馬に乘らぬ我身かな

    其まゝに折らばや折らん松の雪

     比良暮雪

    さそへ雲白衣の天狗比良の雪

    雪花は南の枝や遲ざくら

     庵にうつりて

    深川や根こしの芭蕉雪かこひ

    常憎む烏も雪のあした哉

    雪の日にひる顏枯れぬ日陰哉

     湖水眺望

    比良三上雪かけわたせ鷺の橋

     對友人曾良

    君火たけよきもの見せむ雪丸

     草庵に士あり

    木枕の油ぬぐふや夜の雪

    いざさらば雪見にころぶ所迄

    雪の日や羅紗の羽織にたゝき鞘

    酒のめばいとゞ寐られぬ夜の雪

    湖水から光り出しけり比良の雪

     信濃を過ぐる時

    雪散るや穗屋の芒の刈り殘し

    笠の緖や咽くひしむる不二の雪

     おのが音の誰人となむ世にさたせられて老の後志賀の里にかくれ侍りしとなり今大津松本あたり智月といふ老尼の許に尋ねてかゝる事など語り出でけるついでおもしろければ

    少將の尼のはなしや志賀の雪

    雜炊に琵琶きく軒の嵐哉

    霰まじる帷子雪は小紋哉

    いざ子供走りありかん玉霰

    勇み立つ鷹引き据ゑる霰かな

     膳所の草庵を人々訪けるに

    霰せよ網代の氷魚煮て出さん

    物やあらん人や霰の板庇

     與或人文

    冬知らぬ宿や籾磨る音霰

     畫賛

    琵琶行の夜や三絃の玉霰

    柊の葉にはねかへるあられ哉

    石山の石にたばしる霰かな

     自畫自賛

    いかめしき音や霰の檜笠

     再芭蕉庵を營みて

    霰きくや此身はもとの古柏

初氷

    芹燒や裾輪の田井の初氷

     深川冬夜の感

    櫓聲波を打つて腸氷る夜や泪

     九歲の春秋を都に住み詫びて居を深川のほとりに移す長安は古來名利の地空手にして金なきも   のは行路難しと言ひけん人のかしこく覺え侍るは此身の乏しき故にや

    柴の戶に茶を木の葉かく嵐哉

     市中に住み詫びて

    霜に飽き永に枕する身哉

     茅舍買氷

    氷苦く偃鼠が咽をうるほせり

    甁破るゝ夜の氷の寐覺哉

     茫蠡が長男の意をいへる山家集   の題に傚ふ

    一露もこぼさぬ菊の氷かな

     甲州郡內といふ瀧にて

    勢あり氷化しては瀧津魚

    すくみゆくや馬上に氷る影法師

霜枯

    霜枯に咲くは辛氣の花野哉

冬枯

    冬枯や世は一色に風の音

    冬枯の磯に今朝見るとさか哉

枯野

    旅に病んで夢は枯野をかけめぐる

     元起和尙より酒を贈りけるかへ   しに奉りける

    水寒く寐入り兼ねたる鷗哉

    かいつぶり顏見合せて又はいり

    毛衣につゝみてぬくし鴨の足

    己が身を枕に鴨のうきね哉

     人々師走の海見んと船さし出しければ

    海暮れて鴨の聲ほのかに白し

都鳥

    鹽にしていざことづてん都鳥

千鳥

    ひだるさよ寒さよ須磨の磯千鳥

     桑名古益亭にて

    冬牡丹千鳥よ雪のほとゝぎす

    一疋のはね馬もなし川千鳥

     ねざめは  松風の里

     呼續は   夜明けてから

     笠寺は   雪のふる日

    星崎の闇を見よとやなく千鳥

鷦鷯

    船頭の小宿這入やみそさざい

     杜國が不幸を伊良古崎に尋ねて鷹の聲を折ふし聞きて

    夢よりもうつゝの鷹ぞたのもしき

     杜國を訪ひける道すがら

    鷹ひとつ見つけて嬉し伊良古崎

     杜國に對して

    伊良古崎似るものもなし鷹の聲

生海鼠

    生きながら一つに氷る生海鼠哉

     ある家にふるき奴僕ありてかしこく聖の敎を守る

河豚

    兄弟のくすし憎むや河豚汁

    ふぐ汁や鯛もあるのに無分別

    あら何ともなや昨日は過ぎてふくと汁

     熱田にて

    遊び來ぬふぐ釣かねて七里迄

茶の花

    茶の花に人里ちかき山路哉

     美濃耕雪別墅

かへり花

    木枯に匂ひやつけしかへり花

    波のはなと雪もや水にかへりばな

    梅櫻菊よりのちのかくり花

枯木

    枯れ立や伊駒が嶽の松計

     大通庵の主道圓居士の芳名きく   こと久しきまゝにまみえんことを契りしに終に其日を待たず初冬一夜の霜ときえぬけふは早一めぐりにあたるといふをきゝて

    其形見ばや枯木の杖の長

木の葉  

    落葉して糠味噌壷もなかりけり

    留主の間に荒れたる神の落葉哉

    三尺の山も嵐の木の葉かな

    けさ散りし甲斐の落葉や田子の浦

     多度權現を過ぐるとて

     宮人よ我名を散らせ落葉川

      平田明照寺木立物古く殊勝に覺え侍れば二句

    百年の景色を庭の落葉哉

散紅葉

    尊かる泪や染めて散紅葉

     寬文辛癸師走の末梅花老の許にて

早咲梅椿

    餠雪の落ちやめば早梅芬々

    朧梅や昔永井の金渡し

     此里をほひといふことはむかし   院の御門の譽めさせ給ふ地なるによりてほうみといふ田里人の語り侍るをいづれの書にかきとゞめたるとも知らず侍れどもいとかしこく覺え侍るまゝに

    梅椿早咲ほめんほみの里

     霜の後葎を訪ひて

枯草

    花皆枯れて哀をこぼす草の種

     熱田

    しのぶさへ枯れて餠買ふやどり哉

    枯芦の中に淋しや捨小舟

     三河にて白雪といふものゝ子二人へ桃先桃後と名をあたへて

水仙

    其匂ひ桃よりしろし水仙花

     熱田梅塵亭塵裡の閑を思ひ寄せて

    水仙や白き障子のともうつり

寒菊

    寒菊や小糠のかゝる臼のはた

     三秋を經て深川の草庵にかへりければ舊友門人日々にむらがり   來りていかにと問へば答へ侍る

枯尾花

    ともかくもならでや雪の枯尾花

麥生ふ

    麥生へてよきかくれ家や畠村

蕎麥刈

    刈跡やものに紛れぬ蕎麥の莖

大根

    菊の後大根の外更になし

     大根引といふことを

    鞍壺に小坊主のるや大根引

     消息

    口上に書き落しけり土大根

     玄虎子旅館にて菜根を喫して終   日丈夫と談話す

    武士の大根からき噺かな

    三十里尾張大根の噺哉

    我ために日はうらゝ也冬の空

    石涸れて氷凋めるや冬もなし



無季

    かちならば杖つく坂を落馬哉

    あさ夜さを誰松島ぞ片心

     越後新潟にて

    海に降る雨や戀しき浮身宿

     辛崎夜雨

    琵琶の湖雨よ疎顏が松の律



芭蕉俳句全集

この著作物は1923年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没年(団体著作物にあっては公表後又は創作後)より100年以上経過しているので、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。