第169回国会における福田内閣総理大臣施政方針演説


演説

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はじめに

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第169回国会の開会に当たり、国政に臨む所信の一端を申し述べます。

先の国会において、各党各会派による真摯なご議論の積み重ねにより、改正被災者生活再建支援法や改正政治資金規正法などが成立しました。政治資金の問題については、政治に対する信頼を取り戻すため、一層の透明化に向けて更に努めてまいります。補給支援特措法については、国際社会の一員としての責任を果たすとともに国益にもかなう給油活動の再開が必要との考えの下、国会で十分なご審議を頂き、残念ながら野党の皆様にはご賛同を得られませんでしたが、成立させていただきました。

今国会においても、国民生活に直結する予算や重要法案など政策課題が山積しています。与野党が信頼関係の上に立ってよく話し合い、結論を出し、国政を動かしていくことこそ、国民に対する政治の責任であると私は信じます。自由民主党公明党連立政権の基盤の上に立って、政策を分かりやすく、丁寧に説明し、野党のご意見も積極的に取り入れながら、責任ある政治を遂行することに、引き続き全力を尽くしてまいります。国民の皆様並びに議員各位のご理解とご協力を改めてお願いいたします。

基本方針

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現在、我が国は、多くの課題に直面しています。

中国インドなどの急成長に象徴される世界経済の変化の中で、我が国の経済力をいかに保つのか、厳しい財政事情の下で社会保障制度をいかに維持するのか、少子化問題にいかに対処するのか、非正規雇用の拡大、地方経済の低迷などの問題にどう対処するのか、そしてまた、科学技術の熾烈な国際競争にどう対応していくのか、地球環境や資源・エネルギー問題などにどのような処方箋で対応するのか。

これらの構造的な課題に加え、ガソリンや生活用品などの[物価上昇、米国サブプライムローン問題の影響を受けた経済への対応など、足下にも目配りの必要な課題があります。

今後、成熟した先進国として、今まで他国が経験したことのないこれらの問題をいかに克服し、どのように将来を切り拓いていくのかということが、今まさに問われています。模範となる先例が無い中、文化や伝統を守りながら、私たちは自らの力で、新しい日本をつくり上げていかねばなりません。

戦後我が国は、廃墟の中から世界第2位の経済大国をつくり上げました。恵まれた時代背景はありましたが、突き詰めれば、一人一人の国民の力によって復興を成し遂げたわけです。その当時に比べれば、現在の日本は利用できる様々な強みを持っています。1500兆円を超える個人金融資産を持ち、製品のみならず、文化や芸術の面でも日本の生み出すものは高い評価を得ています。世界トップ水準の企業も多く、その技術力は世界に誇るべきものです。周辺諸国との関係もおおむね良好であり、世界から大きな役割が期待されています。

あとは、いかに前向きに、夢を抱くことができる国になるか、ということではないでしょうか。

私の内閣の使命は、国民の活力を引き出し、活力ある国民が活躍する舞台を用意することです。行政は常に国民の立場に立って、国民が何を求めているのかということを、念頭に置かねばなりません。まずは、将来の不安を無くす仕組みをつくり、その基礎の上に、誰もが成長を実感できるような経済社会を構築する必要があります。

また、活発な貿易など、海外との良好な関係なくしては存立し得ない日本にとって、世界が平和で安定していることは、極めて重要なことです。更に目を広げれば、我々の生活の将来を地球規模で確保するためにも、地球環境問題への真摯な取組が必要です。

これらの実現に向け、

第一に、生活者・消費者が主役となる社会を実現する「国民本位の行財政への転換」

第二に、国民が安心して生活できる「社会保障制度の確立と安全の確保」

第三に、国民が豊かさを実感できる「活力ある経済社会の構築」

第四に、地球規模の課題の解決に積極的に取り組む「平和協力国家日本の実現」

第五に、地球温暖化対策と経済成長を同時に実現する「低炭素社会への転換」

以上5つの基本方針に基づき、私は、国政に取り組んでまいります。

自らの手で困難を克服し、困っているときは助け合い、励まし合う、すなわち「自立と共生」の考えを基本理念とし、私は、国民本位の信頼される政治や行政の実現に向け、全力で邁進してまいります。

第一 国民本位の行財政への転換

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国民に新たな活力を与え、生活の質を高めるために、これまでの生産者・供給者の立場から作られた法律、制度、さらには行政や政治を、国民本位のものに改めなければなりません。国民の安全と福利のために置かれた役所や公の機関が、時としてむしろ国民の害となっている例が続発しております。私はこのような姿を本来の形に戻すことに全力を傾注したいと思います。

今年を「生活者や消費者が主役となる社会」へ向けたスタートの年と位置付け、あらゆる制度を見直していきます。現在進めている法律や制度の「国民目線の総点検」に加えて、食品表示の偽装問題への対応など、各省庁縦割りになっている消費者行政を統一的・一元的に推進するための、強い権限を持つ新組織を発足させます。併せて消費者行政担当大臣を常設します。新組織は、国民の意見や苦情の窓口となり、政策に直結させ、消費者を主役とする政府の舵取り役になるものです。すでに検討を開始しており、なるべく早期に具体像を固める予定です。

公務員の意識の改革も併せて必要です。「常に国民の立場に立つ」をモットーに、例えば利用者の利便を考え、手続の簡素化を進めるなど、現場の公務員も含め、仕事への取り組み方を大きく変えていきます。

国民の信頼を取り戻す行財政改革

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高齢化の進展に伴い、年金医療など社会保障に要する費用は増加せざるを得ません。地球温暖化問題など新たな時代の課題への対応も必要となってきます。行政に対する信頼を回復するとともに、国民生活に真に必要な分野の財源を確保するため、徹底した行財政改革を断行します。

来年度予算は、成長力強化、地域活性化、国民の安全・安心といった重要な政策課題にきめ細かく配慮し、メリハリのあるものとしました。新規国債発行額を本年度以下に抑えるとともに、特別会計改革を進め、9兆8千億円を国債の償還に充てました。来年度4千人以上の公務員の純減を行います。

予算の執行面においては、特に随意契約について、第三者による入札等監視委員会を全府省に設置しました。一般競争入札等への切り替えを徹底するとともに、すべての契約状況を厳しく監視し、その結果を公表します。また、会計検査院の中立性の確保や機能の強化も必要であると考えます。

独立行政法人については、真に不可欠かどうかという観点から、廃止・民営化を行い、本来の目的にかなう事業のみに限定します。内閣が、業務の評価や人事について一元的に関わってまいります。関連法人との随意契約を廃し、競争性のある契約に変えます。

安定した成長を図るとともに、こうした財政健全化への努力を継続して、歳出歳入一体改革を徹底して進め、まずは、2011年度には国・地方の基礎的財政収支の黒字化を確実に達成します。

道路特定財源については、厳しい財政事情の下、地域の自立、活性化に役立つ道路の整備事業は、真に必要なものを、効率化を徹底しつつ行います。道路の維持・補修や、救急病院への交通の利便性の確保、都市部の渋滞対策、開かずの踏切の解消など、国民生活に欠かすことのできない対策は実施しなければなりません。さらに、地球温暖化問題への対応を行うためにも、現行の税率を維持する必要があります。これまでの特定財源の仕組みを見直し、納税者の理解を得ながら一般財源を確保してまいります。

公務員制度のあり方を原点に立ち返って見直すことが必要です。行政に対する信頼を取り戻すため、公務員が能力を高め、国民の立場に立ち、誇りと責任を持って職務を遂行できるよう、総合的な公務員制度改革を進めてまいります。

国民への奉仕者である国家公務員の一層の綱紀粛正と倫理の向上を徹底します。

事務次官[1]逮捕されるなど一連の不祥事により、防衛省に対する信頼が大きく揺らいだことは、極めて遺憾です。防衛省改革会議において、これまでのやり方や慣行をすべて点検し、文民統制の徹底、厳格な情報保全体制の確立、防衛調達の透明性の確保について抜本的な対策を講ずるとともに、自衛隊の士気の喚起や体制の整備に努め、誇りを持って我が国の防衛や国際貢献のための活動が行えるよう、防衛省の再生に向けて改革します。

年金記録などのずさんな文書管理は言語道断です。行政文書の管理のあり方を基本から見直し、法制化を検討するとともに、国立公文書館制度の拡充を含め、公文書の保存に向けた体制を整備します。

第二 社会保障制度の確立と安全の確保

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給付を受ける側に立った社会保障制度の再構築

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国民生活の基盤を支える医療、年金、介護、福祉などの社会保障制度については、少子高齢化の進展などにより、制度の持続可能性が問われています。これまで、給付やサービスを受ける方々の立場に立った行政を本当に行ってきたのか、反省すべき点が多いと思います。今こそ、国民の皆様の立場に立って発想を切り替え、自立と共生の理念に基づき、将来にわたり持続可能で、皆が安心できるよう、社会保障制度を立て直さなければなりません。

年金記録問題については、国民の皆様にご迷惑をおかけしていることを、改めて深くお詫び申し上げます。

昨年7月に政府・与党として決定した方針に基づき、現在、5千万件の未統合記録と1億人のすべての年金受給者や現役加入者の方々の記録をコンピューター上で突き合わせ、その結果、記録が結び付く可能性がある方々へ、「ねんきん特別便」を本年3月までにお送りすることを予定どおり実施しています。さらに、その他の方々にも、「ねんきん特別便」を、本年4月から5月までにすべての受給者に、6月から10月までにすべての加入者に、順次お送りしたいと思います。その間、国民お一人お一人にご自身の記録をご確認いただきながら、年金記録の統合作業を着実に進めてまいります。記録の解明を早急に進めるため、自治体、経済界とも連携して、国を挙げた体制で取り組んでいきます。加えて、来年4月以降は、「ねんきん定期便」を毎年、現役加入者全員の方にお送りすることにより、再びこういった問題が生じないようにしてまいります。この問題は、40年以上にわたる様々な問題が積み重なって生じたものですが、私の内閣で解決するよう、全力を尽くしてまいります。国民の皆様のご理解、ご協力をお願い申し上げます。

同時に、社会保険庁を解体して新たに設ける日本年金機構について、年金の支給などを確実に行う、国民が納得できる組織にしていくとともに、様々な問題を抱える年金制度を、確実で信頼できる制度にしたいと考えております。

年金制度はもとより、社会保障制度や少子化対策は、国民全体にかかわる極めて重要な問題であり、給付やサービスの水準に応じ、保険料や税金など国民負担の大きさも変わってきます。幅広く国民各層からなる「社会保障国民会議」を開催し、社会保障のあるべき姿や、その中での政府の役割、負担の仕方などについて、高齢化時代の国民の不安に応えることができるような議論を行ってまいります。

これからの社会保障を持続可能な制度とするために、安定した財源を確保しなければなりません。このため、社会保障給付や少子化対策に要する費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点から、消費税を含む税体系の抜本的改革について早期に実現を図る必要があります。将来にわたり安心して生活できるよう、各党各会派が胸襟を開いて、すべての国民の生活にかかわるこの問題について話し合いが行われることを強く望みます。

少子化は、我が国の活力にもかかわる問題であり、社会全体で取り組み、着実な効果をあげる必要があります。その一環として、保護者それぞれの事情に応じた多様な保育サービスを充実し、保育所での受入れ児童数を拡大するなど、質と量の両面から取り組む「新待機児童ゼロ作戦」を展開します。併せて、車の両輪として、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」の行動指針で示された残業削減等の数値目標の達成や育児休業制度の拡充など、働き方の改革に向けて取り組みます。

今、医療現場は様々な問題に直面していますが、国民の皆様が安心できるように、患者本位の医療体制を構築します。勤務医の過重な労働環境や、産婦人科・小児科の医師不足の問題に対応し、診療報酬の改定や大学の医学部の定員増を実施するとともに、医療事故の原因究明制度の検討を進め、事故の再発防止と併せ、医師が安心して医療に取り組めるようにします。ITを活用して救急情報を関係機関と共有するなど、救急医療の体制を整備します。

薬害肝炎の問題については、与野党合意の上、感染被害者の全員一律の救済を実現しました。さらに、再発防止に向けた医薬品行政の見直しと、医療費助成や無料検診の拡大などの総合的な肝炎対策を実施してまいります。

高齢者医療や障害者自立支援については、お年寄りや障害者の立場に立ったきめ細かな対応を行ってまいります。

安全・安心の確保

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安全で安心な暮らしには治安に対する信頼が欠かせません。インターネット有害情報の排除や組織犯罪の資金の監視・取締りを強化するとともに、銃器の規制の厳格化に向けた取組を進めます。昨年、交通事故の犠牲者は半世紀ぶりに6千人を下回りました。今後も効果的な対策を実施します。

自然災害時の犠牲者ゼロを目指し、お年寄りや障害をお持ちの方への対策、小中学校や住宅の耐震化を進めます。被災者の生活再建支援にも万全を期します。都市の防災について、密集市街地対策を進めるとともに、大規模地震発生に備え、高層建築物の防災対策や避難地・防災拠点の整備を進めるなど、総合的な対策を講じてまいります。

第三 活力ある経済社会の構築

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経済成長戦略の実行

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高齢化が本格化する中にあって、経済活力を維持するとともに、社会保障制度や少子化対策を充実するためには、持続的な経済成長が不可欠です。国際化が立ち遅れている分野に正面から取り組む一方、質の高い労働力や協調を重んじる精神、環境分野の進んだ技術など、日本の強みを更に伸ばすことによって、環境と共生しつつ成長を続けていくことは十分に可能です。私は、次の3つの柱からなる経済成長戦略を経済座性諮問会議において具体化し、直ちに実行します。最近の原油高や株価の低迷に伴う景気への影響を注意深く見守りながら、適切に対応してまいります。

技術革新の加速
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まず第一に、他国の追随を許さない技術を持ち続けることを目指す、「革新的技術創造戦略」を展開します。

昨年、京都大学において、人間の皮膚から万能細胞を作ることに成功し、世界を驚かせました[2]。環境関連の技術のみならず、バイオ技術や医療関連技術を含め、これからの日本の成長を支える研究開発に重点的に予算を配分するとともに、民間の研究開発投資を促進するため、研究開発税制の拡充を行います。世界最高水準の研究拠点の整備を進めるとともに、研究成果を適切に保護し、成長につなげていくため、知的財産戦略を着実に実行します。

また、ITを活かしたユビキタス技術やロボット技術を一層活用して、高齢者や障害者が暮らしやすい社会づくりを進めてまいります。

開かれた日本
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第二は、日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界との間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを拡大する「グローバル戦略」の展開であります。世界の活力を我が国の成長のエネルギーとしていくため、WTO交渉やアジア太平洋地域との経済連携協定の交渉の早期妥結に取り組むとともに、日本への投資に関する制度をより透明性の高いものに変え、対日投資の倍増計画を確実に達成します。日本の空の自由化や貿易手続の効率化に加え、日本の金融・資本市場の国際競争力を一層高め、世界の中で中核的な金融センターとなることを目指します。

新たに日本への「留学生30万人計画」を策定し、実施に移すとともに、産学官連携による海外の優秀な人材の大学院・企業への受入れの拡大を進めます。

中小企業や農業の活力を引き出し、すべての人が成長を実感できる全員参加の経済
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第三は、雇用拡大と生産性向上を同時に実現し、すべての人が成長を実感できるようにする「全員参加の経済戦略」の展開です。意欲ある人が皆働けるように、女性と60代の方の労働参加率の引上げやフリーターの減少について、少なくとも政労使の合意に基づく数値目標を達成しなければなりません。このため、定年制のあり方や60歳以降の継続雇用・再雇用のルールについて検討を進めるとともに、「ジョブ・カード」制度を4月から導入します。また、労働分配率の向上に向けて、正規・非正規雇用の格差の是正や、日雇い派遣の適正化等労働者派遣制度の見直しなどを行います。各分野で高い能力、知識を持つ専門家の育成に力を入れるとともに、特に女性の参画が進んでいない分野に重点を置いて、女性の働く意欲を引き出すことができるよう、「男女共同参画社会」の実現に向け戦略的に取り組んでまいります。

我が国経済の活力を支えるのは中小企業の底力です。日本の強みである「つながり力」を更に強化し、地域経済の活力の復活と中小企業の生産性の向上を実現するため、地域連携拠点を全国に200から300か所整備します。この拠点が中心となって、ITを徹底して活用し、経験豊富な大企業の退職者や中小企業、農業、大学が相互に連携して、新たな商品やサービスを生み出す取組を支援します。また、中小企業の事業承継を円滑にするための税制措置の抜本見直しを行うこととしています。

製造業の技術や流通業のノウハウを農業に活用する「農商工連携」を強化するなど、地方の主要な産業である農林水産業の活力を高めます。意欲ある担い手を支援するとともに、農地の集積や有効利用を進める農地政策の改革の具体化を進めます。また、小規模・高齢の農家の方々が安心できるよう、集落営農を立ち上げやすくするなど、きめ細かな対応に努めてまいります。

 活力ある地方の創出

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地方の元気は日本の活力の源です。昨年11月に取りまとめた「地方再生戦略」に基づき、地方の創意工夫を活かした自主的な取組を、政府一体となって強力に後押ししてまいります。また、地方都市と周辺地域を含む圏域ごとに生活に必要な機能を確保し、人口の流出を食い止める方策を進めていきます。

それぞれの地方が取り組む事業について、その立ち上がりを「地方の元気再生事業」として国が全面的に応援します。地方の情報通信基盤の整備を行い、市街地の中心部に公共施設や居住施設を集中したり、路面電車を導入する取組などを支援します。地域の防犯や子育てなど様々な課題に積極的に取り組むNPOの活動を応援します。

観光の振興は、地方活性化の目玉です。新たに観光庁を設置し、地方の自然や文化などを積極的に発信し、国内はもとより海外からの観光客を呼び込む取組を強化します。

地域の中堅企業や第三セクターの事業再生を地域金融機関や地方公共団体と連携しつつ支援する、地域力再生機構を創設します。

地方と都市の「共生」の考え方の下、法人事業税を見直し、地域間の税源の偏在をより小さくする暫定措置を講じ、特に財政の厳しい市町村に重点的に配分します。今後、税体系の抜本的改革に結び付けていきたいと思います。地方自治体に一層の権限移譲を行う地方分権改革の議論を加速し、分権後の姿とあり方を国民の皆様にお示ししていくとともに、道州制の導入について、国民的な議論を更に深めてまいります。

第四 世界の平和と発展に協力する外交の推進

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「平和協力国家日本」

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世界の活力ある経済を取り込むためにも、また、環境面で世界をリードしていくためにも、我が国の外交力の強化が不可欠です。世界は今、テロとの闘いを含む安全保障面の課題に加え、地球温暖化や貧困など、一つの国家では解決できない様々な難題を抱えています。平和で安定した国際社会は、日本にとってかけがえのない財産であり、日本ができるだけの協力を行う必要があります。日米同盟と国際協調を基本に、これらの地球規模の課題の解決に積極的に取り組み、世界の平和と発展に貢献する「平和協力国家」として、国際社会において責任ある役割を果たします。地域や世界の共通利益のために汗をかく、魅力に満ち、志のある国を目指したいと思います。

テロとの闘いや大量破壊兵器の不拡散問題に積極的に取り組みます。インド洋における給油活動を再開するとともに、アフガニスタンイラク国民の国家再建に対する支援を継続していきます。紛争地域の再建は、治安の確保と復興を同時に進めることが重要です。こうした平和構築分野での協力を更に進めるため、我が国が人材育成や研究・知的貢献の拠点となることを目指します。また、迅速かつ効果的に国際平和協力活動を実施していくため、いわゆる「一般法」の検討を進めます。

平和協力は狭義の安全保障の分野には限りません。貧困の解消、保健衛生状況の改善などは、人道上の要請であるとともに、すべての人々に「希望と機会」を与え、平和と安定への道を用意するものです。本年我が国で開催されるアフリカ開発会議[3]サミット[4]などにおいて、こうした「人間の安全保障」面での課題解決に向け、G8各国やEUとも協力してまいります。また、自然災害の多発する我が国が蓄積したノウハウを海外の防災に役立たせるよう、国際協力を進めます。

「平和協力国家」としての役割を果たしていくためには、我が国外交の活動の場を広げることが必要です。そのため、安保理常任理事国入りを目指し、国連の改革に取り組みます。中東和平の実現に向けた取組を始めとした国際貢献に努めるとともに、資源・エネルギー外交を進めます。

友好的な二国間関係の発展

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日米同盟は我が国外交の基軸であり、信頼関係を一層強めていくとともに、その基礎となる人的・知的交流を更に進めます。在日米軍再編については、抑止力維持と負担軽減という考え方を踏まえ、沖縄など地元の切実な声によく耳を傾けつつ、地域の振興に全力をあげて取り組みながら、着実に進めてまいります。

昨年の米国、シンガポール、中国への訪問で「共鳴外交」に踏み出しました。中国とは、省エネ・環境協力などを通じ、戦略的互恵関係を深め、アジアと世界の安定と発展に貢献する関係を築きます。韓国とは、2月に就任される次期大統領[5]と、未来志向の安定した関係を構築していきます。ロシアとは、関係を高い次元に引き上げるべく領土交渉を促進するとともに、幅広い分野での交流を進めます。

北朝鮮に対しては、六者会合などの場を通じ、関係各国と連携して核の放棄を求めていきます。また、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現し、不幸な過去を清算し日朝国交正常化を図るべく、引き続き最大限の努力を行っていきます。

四方を海に囲まれた我が国として、新たな「海洋立国」を目指し、政府一体となって、大陸棚調査を始めとする海洋施策を総合的に推進します。

第五 「低炭素社会」への転換

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地球環境問題は21世紀の人類にとって最も深刻な課題です。一刻も早く、国際社会の協力の下に、全地球的規模で、温室効果ガスの削減に取り組んでいかなければなりません。我が国は、これまで、徹底的に省エネ技術の開発や導入を進め、世界最高のエネルギー効率を実現しました。こうした「環境力」を最大限に活用して、世界の先例となる「低炭素社会」への転換を進め、国際社会を先導してまいります。

そのためにも、まず自らが率先して、温室効果ガス6パーセント削減の約束を確実に達成しなければなりません。今年度中に京都議定書の目標達成計画を改定し、産業界の更なる努力に加えて、エネルギー消費が増加している民生部門の省エネ対策に、国民の協力も得ながら力を入れてまいります。

北海道洞爺湖サミットは、我が国の環境問題への取組を世界に発信する大きなチャンスです。2050年までに温室効果ガスの排出量を半減させる長期目標を、経済成長と両立しながら実現することを目指し、議長国として、すべての主要排出国が参加する実効性のある新たな枠組み作りを主導してまいります。

地球環境問題に国際社会全体で取り組んでいく動きを後押しするため、途上国支援や環境被害対策、先端技術の開発といった各国共通の課題に対し、資金面はもちろんのこと、人的・技術的な面でも貢献していきます。志を同じくする途上国の温室効果ガス削減努力に対する支援や、干ばつ洪水など、気候変動に伴う環境被害への対策を実施するための「資金メカニズム」を構築します。

我が国が有する世界最高水準の環境関連技術を、世界が必要としています。当面は、更なる省エネ技術の開発や、食料生産に影響を与えないバイオマス技術、燃料電池の実用化などの新エネルギーの本格利用に向けた取組を加速することが重要ですが、中長期的には、地球温暖化問題の根本的な解決に向けて、温室効果ガスの排出を究極的にゼロとするような革新的な技術開発を行わなければなりません。このため、「環境エネルギー技術革新計画」を策定し、これらの技術課題の克服に取り組んでまいります。

我が国を低炭素社会に転換していくためには、ライフスタイル、都市や交通のあり方など社会の仕組みを根本から変えていく必要があります。「200年住宅」の取組もその一環ですが、自治体と連携し、温室効果ガスの大幅な削減など、高い目標を掲げ、先駆的な取組にチャレンジする都市を10か所選び、環境モデル都市[6]をつくります。低炭素社会とはどのようなものか、どうすれば実現できるのかなどを分かりやすくお示しできるよう、有識者による環境問題に関する懇談会を開催することとしています。国民の皆様に低炭素社会を目指す運動に賛同をいただき、ご参加をお願いします。

明日を担う人材の育成

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以上の施策を実行するに際し、最も重要なのは、「人」であります。故郷や国を愛し、国際的にも十分通用する、明日の日本を担う若者を育てる環境を整えることは、大人の責任です。志を高く持ち、自立してたくましく社会を生き抜く力と、仲間や地域社会と共に生きる心を育むため、学校のみならず、家庭、地域、行政が一体となって、教育の再生に取り組んでまいります。

国民の皆様から信頼される公教育を確立するため、学習指導要領を改訂して必要な授業時間を確保し、基礎的な学力の向上と応用力を養う取組を強化するとともに、体験活動やスポーツ、徳育にも力を入れます。教職員の定数の改善などにより子どもたちと向き合える時間を増やすとともに、教員の質の向上に取り組みます。

さらに、国際競争が激化する中、我が国の将来を担い、世界で活躍できる力を身につける高等教育の充実が急務です。日本の大学や大学院が国際的に高い評価を受け、世界の人材育成、研究の拠点となることを目指します。

我が国の優れた文化や芸術を一層発展させることは、現代に生きる我々の使命です。アニメや音楽など新しい文化の担い手を育てるとともに、日本の誇りである伝統文化芸術の継承や発展、文化財の保存・活用などに着実に取り組んでまいります。

憲法に関する議論の深化

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国の基本を定める憲法に関する議論につきましては、昨年の通常国会で関係各位のご努力により、国民投票法[7]が成立しました。もとより国会が決めるべきことではありますが、今後は国会のしかるべき場において、国民投票法の審議過程で積み残された諸課題や、改正するとすればどのような内容かなど、すべての政党の参加の下で、幅広い合意を求めて、真摯な議論が行われることを強く期待しております。

むすび

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昨年12月、私は、大分で開催された「水サミット」に出席しました[8]。そこでツバルのイエレミア首相は、「地球温暖化によって島国であるツバルが、海に沈む」と衝撃的な危機を訴えられました。

こうした事態は以前から危惧されていたことですが、本年の元日に、環境大臣[9]にツバルまで行ってもらい、最新の報告を受けました。

私は、直ちにツバルの支援を検討し、同時に地球温暖化に立ち向かう決意を新たにいたしました。

人類はこれまで、幾多の困難を乗り越え、21世紀を迎えました。今我々が直面しているのは、20世紀に経験した戦争核兵器開発などといった、各国の利害が絡み合う問題ではなく、放っておけば地球全体が滅びるという危機なのです。

この地球の危機に際して、日本が果たすべき役割は極めて大きいと言えます。

日本は、地球環境の危機と闘う最も強力な武器を持っています。省エネルギーや環境保全に役立つ技術力です。日本はこうした技術力を活用して、世界でも有数の、エネルギー効率の高い社会を築いたのです。

なぜ、そのようなことが可能であったのか。

日本には、優れた技術を開発する力、すなわち、人材という得難い資源の宝庫があったからです。数回にわたるエネルギー危機を経験した日本は、人の力、人の能力によってその危機を回避し、ついには、地球の危機をも救えるかもしれない、高い技術力を保有するに至りました。

無駄な排出を極力減らす、低炭素社会を実現するために、日本の力、日本人の力を今、世界が必要としているのです。また地球環境を守ることは、私たちの大切な家族、子や孫の生命を守ることでもあるのです。

私は日本人の力を信じています。日本人は、目前に困難があろうとも、必ずや未来を切り拓く、その力があると確信しています。

「井戸を掘るなら、水が湧くまで掘れ」

明治時代の農村指導者である、石川理紀之助の言葉です。疲弊にあえぐ東北の農村復興にその生涯を捧げた人物です。彼はどんな時も決して諦めることなく、結果を出すまで努力することの大切さを教えました。

そして彼は、様々な事業において、「何よりも得難いのは信頼である。進歩とは、厚い信頼でできた巣の中ですくすく育つのだ」とも述べています。

私は、本日申し上げました政策を推進するに当たり、どんな困難があろうとも、諦めずに全力で結果を出す努力をしてまいります。そして、活力ある日本、世界に貢献する日本へと進歩するためにも、進歩を育む信頼という巣を、国民と行政、国民と政治の間につくってまいりたいと思います。

国民の皆様のご理解とご協力を、切に望むものであります。

  1. 第26代防衛事務次官守屋武昌を指す。2007年11月28日、守屋は妻と共に、収賄の疑いで逮捕された。『毎日新聞』2007年11月29日付朝刊
  2. 京大教授山中伸弥らのグループは、人間の皮膚に4種の遺伝子を導入することによって人工多能性幹 (iPS) 細胞を樹立することに成功し、米国の科学誌『Cell』第131号に発表した。科学技術振興機構
  3. 第4回会議。2008年5月28日から同月30日まで、神奈川県横浜市横浜国際平和会議場で開催。外務省
  4. 第34回主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)。2008年7月7日から同月9日まで、北海道虻田郡洞爺湖町ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパで開催。外務省
  5. 李明博。2008年2月25日就任。
  6. 89自治体から82件の応募があり、2008年7月22日に選定結果を発表した。演説では10か所選ぶとしているが、実際に選定されたのは6件(帯広市下川町横浜市富山市北九州市水俣市)。「環境モデル都市の選定結果について」内閣官房 地域活性化統合事務局
  7. 平成19年5月18日法律第51号。
  8. 第1回アジア・太平洋水サミット。2007年12月3日・4日に大分県別府市ビーコンプラザで開催。第1回アジア・太平洋水サミット
  9. 鴨下一郎。2007年8月27日就任。

出典

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