朕私設鐵道条例ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

御名御璽

明治二十年五月十七日

内閣總理大臣伯爵伊藤博文

勅令第十二號

私設鐵道條例

第一條 旅客及貨物運輸營業ノ目的ヲ以テ鐵道ヲ布設セントスル者ハ發起人五人以上結合シ鐵道會社創立願書ニ起業目論見書ヲ添ヘ本社ヲ設置セントスル地ノ地方廳ヲ經由シテ政府ニ差出スヘシ

馬車鐵道ハ本條例定ムル所ノ限ニアラス

第二條 起業目論見書ニハ左ノ事項ヲ記載スヘシ

第一 社名及本社所在地
第二 線路ノ兩端及其經過スヘキ地名但略圖ヲ添フヘシ
第三 資本金ノ總額及總株數并一株ノ金額
第四 鐵道布設ノ費用及運輸營業上ノ收支概算
第五 發起人ノ氏名住所及發起人各自ノ引受クヘキ株數但發起人總員ノ引受クヘキ株數ハ總株數十分ノ二以上タルヘシ

第三條 政府ニ於テ第一條ノ願書及目論見書ヲ査閲シ起業ノ大體ニ不都合ナキト認ムルトキハ假免状ヲ下付シ本社ヲ設立セントスル地ノ地方廳ニ令シ發起人ヲシテ線路圖面工事方法書工費豫算書及會社ノ定款ヲ調製シ之ヲ差出サシムヘシ

既設ノ鐵道ニ妨害ヲ生スルノ虞アリ又ハ其地方ノ状況鐵道ノ布設ヲ要セスト認ムルトキハ願書ヲ却下スヘシ

第四條 政府ニ於テ前條ノ圖面書類ヲ審査シ妥當ナリト認ムルトキハ裁可ヲ経テ會社設立及鐵道布設ノ免許状ヲ下付スヘシ

第五條 發起人前條ノ免許状ヲ下付セラレタル後ニアラサレハ社名ヲ以テ株金ヲ募集シ鉄道布設ノ工事ニ著手スルコトヲ得ス

第六條 會社ハ其登記ノ日ヨリ六箇月以内ニ鐵道布設工事ニ著手シ免許状ニ記載シタル豫定期限内ニ竣功スヘシ若シ其期限内ニ竣功シ難キ事由アルトキハ少クトモ二箇月以前本社所在ノ地方廳ヲ經由シテ政府ニ具申シ延期ヲ請フヘシ但其延期ハ豫定期限ノ半ヲ超ユルコトヲ得ス

第七條 軌道ノ幅員ハ特許ヲ得タル者ヲ除クノ外總テ三呎六吋トス

第八條 左ニ記載スルモノヲ以テ鐵道用地トス

第一 線路ニ當ル敷地但其幅員ハ築堤切取架橋等工事ノ必要ニ應シテ定ムルモノトス
第二 停車場及之ニ附屬スル車庫貨物庫等ノ建築用ニ供スル土地
第三 前項ノ構内ニ常住ヲ要スル驛長車長及機關方等ノ家宅番人小屋等ノ建築用ニ供スル土地
第四 鐵道布設又ハ運輸ニ要スル車輛器具ヲ製作修繕スル器械場及同上ノ資材器具ヲ貯蔵スル倉庫ノ建築用ニ供スル線路ニ沿ヒタル土地

第九條 鐵道布設ノ為メ舊來ノ道路橋梁溝渠運河等ヲ變換シ又ハ一時之ヲ移設セントスルトキハ所管官廳ノ許可ヲ受クヘシ但其費用ハ會社ニ於テ之ヲ支辨スヘシ

第十條 線路ノ道路ヲ横斷スル場所ニハ橋梁ヲ架設シ若クハ踏切道ヲ設クヘシ其他危險防止ノ為メ必要ノ場所ニハ牆柵門戸堤防ヲ設ケ若クハ番人ヲ配布スル等充分ノ警備ヲナスヘシ

第十一條 線路ノ全部若クハ一部ノ工事竣功シ旅客及貨物ノ運輸ヲ開業セントスルトキハ鐵道局長官ニ屆出ヘシ

第十二條 鐵道局長官ハ前條ノ屆出ニ依リ監査員ヲ派遣シテ工事方法書ニ照シ軌道橋梁車輛建物等ヲ監査セシメ完全ナリト認ムルトキハ開業免許状ヲ下付スヘシ若シ不完全ナリト認ムルトキハ其改築修理ヲ命スヘシ但此場合ニ於テハ監査員ノ復命書ヲ會社ニ示スヘシ

會社ハ前項ノ開業免許状ヲ得スシテ運輸ノ業ヲ開クコトヲ得ス

第十三條 鐵道局長官ハ鐵道布設中臨時監査員ヲ派遣シテ工事ヲ監査セシメ又運輸開業ノ後ニ於テモ監査員ヲ派遣シテ軌道橋梁車輛建物等并運輸上ノ實況ヲ監査セシメ危險ナリト認ムルトキハ其改築修理ヲ命スベシ但此場合ニ於テハ監査員ノ復命書ヲ會社ニ示スヘシ

第十四條 第十二條第十三條ノ改築修理ヲナシタル時ハ更ニ監査ヲ受クヘシ

第十五條 官有ノ土地ニシテ鐵道用地ニ必要ナルモノ及第九條ノ土地ハ相當代償ヲ以テ之ヲ拂下ケ其民有ニ係ルモノハ公用土地買上規則ニ據リ買上ケ會社ニ拂下クヘシ但其土地ニ建物アルトキハ本條ニ準シテ之ヲ處分スヘシ

第十六條 會社ニ於テ鐵道布設ヲ止メ又ハ線路ノ變更ニ依リ不用トナリタル鐵道用地ニシテ最初公用土地買上規則ニ據テ買上ラレタルモノハ原所有者ニ於テ原價ヲ以テ之ヲ買戻スコトヲ得

會社ハ前項ノ土地不用トナリタル旨ヲ原所有者ニ通知スヘシ若シ原所有者ニ於テ三箇月以内ニ之ヲ買戻サヽルトキハ其權利ヲ失フモノトス

第十七條 政府ハ鉄道用地内ニ於テ線路ニ沿ヒ電線ヲ架設スルコトヲ得又會社ハ其架柱ノ一部ヲ使用シ鐵道用ノ電線ヲ架スルコトヲ得但其一部ニ對スル費用ヲ支辨スヘシ

第十八條 會社ハ鐵道用地及停車場建物ノ一部ヲ無料ニテ郵便及電信ノ用ニ供スヘシ但政府ニ於テ建物ノ改造ヲ要シ又ハ用地ノ買上ヲナストキハ其實費ヲ支辨スヘシ

第十九條 明治十五年第五十九號布告郵便條例ニ依リ郵便物ト稱スルモノ及其遞送ニ關スル人員ノ運賃ハ左ニ記載スル割合ヲ以テ遞信省ト會社ト豫メ之ヲ約定スヘシ

第一 下等旅客二十人ノ坐位ニ當ル積量一哩ニ付金一錢五厘以内
第二 一車(四噸積)貸切一哩ニ付金金五錢以内
但車室ヲ構造シ又ハ之ヲ改造セシメタルトキハ遞信省ヨリ其實費ヲ支辨スヘシ

第二十條 鐵道事務ニ關シテ往復スル官吏ハ無料ニテ乗車セシムヘシ但其官吏ハ常乗切手ヲ帶ル者ニ限ル

第二十一條 公務ヲ以テ往復スル陸海軍軍人軍屬及警察官吏又ハ軍馬銃砲彈藥糧食被服陣具工鍬兵器具天幕等ハ總テ半價ヲ以テ輸送スヘシ但其公務タルコトヲ證スヘキ通券ヲ帶ル者ニ限ル

第二十二條 囚徒及其護送官ハ半價ヲ以テ乗車セシムヘシ

第二十三條 戰時若クハ事變ニ際シテハ徴發令ノ定ムル所ニ從ヒ鐵道ヲ使用セシムヘシ

平時ト雖モ至急ニ兵隊ノ派遣ヲ要スル場合ニ於テハ當該官廳ノ命ニ從ヒ速ニ之ヲ輸送スヘシ但其運賃ハ第二十一條ノ例ニ依ル

第二十四條 陸海軍ニ於テ軍事上必要ノ為メ車輛ニ改修ヲ加ヘ又ハ新装置ヲ施シ或ハ載卸用器具ノ製造ヲ命シ其ノ實費ヲ支辨スルトキハ會社ハ之ヲ拒ムコトヲ得ス

第二十五條 鐵道局長官ハ公衆ノ安全ノ為メ官有鐵道ニ實施スル事物ハ會社ニ命シ之ヲ施設セシムルコトヲ得

第二十六條 政府又ハ政府ノ許可ヲ得タル者ニ於テ會社ノ鐵道線路ニ接續シ若クハ之ヲ横斷シテ鐵道ヲ布設シ又ハ會社ノ鐵道線路ニ接近シ若クハ之ヲ横斷シテ道路橋梁溝渠運河ヲ設クルトキハ會社ハ之ヲ拒ムコトヲ得ス

第二十七條 官設鐵道ニ施行スル規則ハ私設鐵道ニモ亦之ヲ適用スヘシ

第二十八條 會社ニ於テ工事ノ方法又ハ會社ノ定款ヲ變更セントスルトキハ本社所在ノ地方廳ヲ經由シテ政府ニ具申シ認可ヲ受クヘシ

第二十九條 旅客及貨物ノ運賃額又ハ運輸規程ヲ定メ若クハ之ヲ變更セントスルトキハ逓信大臣ノ認可ヲ受クヘシ但下等旅客運賃額ハ一哩ニ付金一錢五厘ノ割合ヲ超過スルコトヲ得ス又其範圍内ニ於テ運賃額ヲ増加スル場合ニ於テハ少クトモ二週日前ニ之ヲ公示スヘシ

前項ノ旅客運賃額ヲ算定スルニ當リ一人ニ對スル最低額ヲ金三錢マテニ定ムルコトヲ得

本條例ニ依リ運賃ヲ半減スルトキ及哩數ニ對シテ運賃額ヲ定ムルトキ厘位以下端數ヲ生スルトキハ之ヲ錢位ニ切上クルコトヲ得

第三十條 列車發著時間及度數ヲ定メ又ハ之ヲ變更スルトキハ鐵道局長官ニ報告スヘシ

第三十一條 會社ハ半年度毎ニ營業ノ報告書ヲ調製シ四十日以内ニ鐵道局長官ニ差出スヘシ

第三十二條 會社ハ其財産ノ全部若クハ一部ヲ抵當トシテ負債ヲナスコトヲ得但其額ハ株主ヨリ拂込タル資本金額十分ノ五ヲ超過スルコトヲ得ス

毎勘定季中ニ支拂フヘキ負債ノ元利金ヲ完償シタル後ニアラサレハ株主ニ純益金ノ配當ヲナスコトヲ得ス

第三十三條 會社ノ勘定ヲ分ツテ左ノ二種トス

第一 資本勘定 軌道車輛器械停車場土地建物等營業上收益アルヘキ物件ノ創設ニ係ル出納
第二 収益勘定 前項物件ノ維持保存ニ要スル費用及營業上ノ出納

第三十四條 私設鐵道ノ官設鐵道ニ接續スル場合ニ於テ交互運輸ノ手續及賃金ノ割合等ハ鐵道局長官之ヲ定ムヘシ

二箇以上ノ私設鐵道接續スル場合ニ於テ交互運輸ノ手續及賃金ノ割合等ニ係リ雙方ノ議協ハサルトキハ鐵道局長官ノ裁定ヲ請フヘシ

前項ノ場合ニ於テ鐵道局長官ノ裁定ハ終局トス

第三十五條 政府ハ免許状下付ノ日ヨリ満二十五箇年ノ後(特ニ營業期限ヲ定メタルモノハ其滿期後)ニ於テ鐵道及附屬物件ヲ買上ルノ權アルモノトス

第三十六條 前條ニ依リ鐵道及附屬物件ヲ買上ルトキハ前五箇年間ノ株券價格ヲ平均シ之ヲ以テ買上價格ト定ムヘシ

第三十七條 會社ハ其登記ノ日ヨリ六箇月以内ニ鐵道布設工事ニ著手セス又ハ豫定期限及延期内ニ竣功セサルトキハ免許状ノ返納ヲ命スヘシ但事宜ニ由リ其既設ノ鐵道及附屬物件ヲ公賣ニ附シ其買受者ヲシテ之ヲ竣功セシムルコトアルヘシ

第三十八條 旅客及貨物輸送ノ際社員ノ疎虞懈怠又ハ故意ニ依リ損害ヲ生シタルトキハ會社其賠償ノ責ニ任スベシ

第三十九條 第五條ノ免許状ヲ受ケスシテ社名ヲ以テ株金ヲ募集シ及鐵道布設ノ工事ニ著手シタルトキハ第三條ノ假免許状ヲ没收シ第十二條ノ免許状ヲ受ケス又ハ第十二條第十三條ノ改築修理ヲナサスシテ營業ヲナシタルトキハ鐵道局長官ハ之ヲ停止スヘシ但其營業中ノ收入金ハ之ヲ没收ス

第四十條 鐵道運輸開業後會社ニ於テ此條例及会社定款ニ違背シ又ハ鐵道ノ正當ナル使用ヲ妨害シタルトキハ政府ハ役員ヲ改撰セシメ又ハ鐵道局ヲシテ運輸ノ業ヲ繼續セシムヘシ但鐵道局ヲシテ運輸ノ業ヲ繼續セシムル場合ニ於テモ其營業ノ損益ハ仍ホ會社ニ屬スヘキモノトス

第四十一條 本條例ノ細則ハ閣令ヲ以テ之ヲ定ム

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。