「大塚徹・あき詩集/晩秋老爺の像」の版間の差分
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2020年6月15日 (月) 15:36時点における版
晩秋老爺の像
いつの頃よりか
薄陽のなかに
目をほそめ
かすかに首を揺りい結う父なりけり
はらはらと……
はらはらと……
またしてもはらはらと
かそけきものは 落葉の気配――
父よ
〈――みはるかす 霞のなかの花の
佇み仰ぎたる 雲白き故郷の山
うつつなのかの火虹いまも懸るや
――はたまたは とどろに猛き孟夏の日
み爭い航りたる 浪荒き異国の海
絢爛の檣燈いまも走るや〉
崖のごとく
黝く削られし頬にぞ
芒なす鬚――そうそうと
かぎりなく
光なきその瞳 いろ褪せしその唇
尖りたるその掌をあげて
虚しく叫び給うに
若き日の太陽――ふたたびは汝に返す術なけ
れ。
風白く 去りゆきければ
粛條と 時雨きたりて
この庭面 いちはやく冬づきそめにし
一匹の蛾
屈みたる その肩にとまりて
父もまた ひっそりと坐して塑像のごとし。
〈昭和十六年、日本詩壇〉