通俗正教教話/緒言

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通俗正教教話上巻（入門）　加島あきら編

（一）緒言（はしがき）

問　神様のお喜（よろこ）びになる様（よう）な人間（ひと）となり、そして又（また）罪（つみ）の為（ため）に堕落（おちぶれ）て居（お）りまする私（わたくし）共（ども）の霊（たましひ）の救贖（あがなひ）を受（う）くるには、一体（いったい）何（ど）う云（い）ふ事（こと）を致（いた）しましたならば宜（よろ）しいので御座（ござ）いませうか。

答　其（それ）には先（ま）づ最初（さいしょ）に真（まこと）の神様の何物（なにもの）たるかを識（し）って、其（その）神様が誠（まこと）に世（せ）界（かい）をお創造（つくり）になった方（かた）で有（あ）り、又（また）我々（われわれ）人間（にんげん）の首（かしら）で私（わたくし）共（ども）を治（おさ）めてお居（い）でになる方（かた）であると云（い）ふ事（こと）を確（かた）く信（しん）じ、そして其（その）信心（しんじん）に連（つ）れ添（そ）ふ様（よう）な善（よ）い行（おこなひ）を致（いた）しましたならば宜（よろ）しいので御座（ござ）います。

問　何故（なぜ）神様に悦（よろこ）ばれるには信心（しんじん）が第一（だいいち）に必要（ひつよう）なので御座（ござ）いますか。

答　何故（なぜ）と申（もう）しまして、神様の有（あ）る事（こと）と、神様が己（おのれ）を頼（たよ）る者（もの）の力（ちから）になって被下（くださ）る事（こと）を信（しん）じなければ、神様に喜（よろこ）ばれることを為（し）やうと思（おもつ）ても出来（でき）ない話（はなし）では有（あ）りませんか。（エウレイ十一の六）

問　其（そ）れでは信心（しんじん）ばかり有（あ）れば善（よ）い行（おこなひ）は無（な）くっても宜（よろ）しいので御座（ござ）いますか。

答　否（いえ）、其（そ）れは不可（いけ）ません信心（しんじん）許（ばか）り幾（いく）ら有（あ）りましても、其（それ）に連（つれ）添（そ）ふやうな善（よ）い行（おこなひ）が有（あ）りません時（とき）には、其（その）信心（しんじん）は、生命（いのち）の無（な）い死（し）んだ信心（しんじん）で御座（ござ）います。（ヤコフ二の二十六）

問　では信心（しんじん）、之（これ）を教会の語（ことば）で申（もう）しますると信仰（しんこう）と申（もう）しますが其（その）信仰（しんこう）とは何（ど）う云（い）ふ事（こと）なので御座（ござ）いますか。

答　信仰（しんこう）と申（もう）しまする者（もの）は聖（せい）使徒（しと）パエルが仰（おほ）せられました通（とほ）り、自（じ）分（ぶん）が『望（のぞ）む所（ところ）を確（かた）く認（みと）め、見（み）ざる所（ところ）を確（かた）く証（しょう）拠（こ）立（だ）つること』（エウレイ十一の一）でありました、畢竟（つまり）今迄（いままで）些（すこ）しも見（み）た事（こと）も聞（き）いた事（こと）もない事（こと）を確（かた）く信（しん）ずる事（こと）で、丁（ちやう）度（ど）私（わたくし）共（ども）が地（ち）球（きゅう）と云（い）ふ物（もの）が実際（じっさい）円（まる）い毬（まり）の様（よう）な物（もの）で有（あ）るとか、月（つき）が地（ち）球（きゅう）と同（おな）じ星（ほし）の一（ひとつ）で有（あ）るとか申（もう）しまする事（こと）を只（ただ）聞（き）いた許（ばか）りで信（しん）じまする様（よう）な事（こと）なので御座（ござ）います。

問　学問（がくもん）と信仰（しんこう）とは何（ど）う云（い）ふ関係を持（も）って居（お）り、何（ど）う云（い）ふ区（く）別（べつ）が有（あ）りますもので御座（ござ）いませうか。

答　学問（がくもん）の目（め）的（あて）と致（いた）します者（もの）は多（おほ）くは見（み）る事（こと）も出来（でき）ますれば触（さは）ることも出来（でき）まする世（せ）界（かい）の萬物（ばんぶつ）に就（つ）いて色々（いろいろ）研（しら）べまする事（こと）なので有（あ）りますが、信仰（しんこう）の目（め）的（あて）は之（これ）と全（まった）く違（ちが）って見（み）ることも触（さは）ることも出来（でき）ない物（もの）を只（ただ）心（こころ）で斯（こ）う斯（こ）うと信心（しんじん）することなので御座（ござ）います。而（そ）して学問（がくもん）は種々（さまざま）の物事（ものごと）を研（しら）べて始（はじ）めて此物（このもの）は斯（こ）う云（い）ふ理（り）屈（くつ）で斯（こ）う成（な）って居（い）ると信（しん）ずるので有（あ）りますが、信仰（しんこう）は決（けつ）して其様（そん）な間（ま）懶（だる）い者（もの）では御座（ござ）いません、人（ひと）が斯（こ）うだと思（おも）ったならば誰（たれ）が何（なん）と申（もう）しませうが、確（かた）く執（と）って動（うご）かないもので有（あ）ります、で有（あ）りまするから学問（がくもん）は只（ただ）研（しら）べることの出来（でき）る物事（ものごと）の上（うえ）ばかりの物（もの）で御座（ござ）いますが、信仰（しんこう）は見（み）えない事（こと）にも力（ちから）を有（も）って居（い）るもので御座（ござ）います。

問　何故（なぜ）教会の教（おしへ）を研（しら）べまするに学問（がくもん）許（ばか）りでは不可（いけ）ないので御座（ござ）いますか。

答　其（それ）は教会の教（おしへ）は仲々（なかなか）奥深（おくふか）い者（もの）で有（あ）りまして、幾何（いくら）人（ひと）の智慧（ちえ）が啓（ひら）けましても学問（がくもん）では到底（とて）も到底（とて）も研（しら）べ切（き）れるものでは有（あ）りません、其（それ）で御座（ござ）いますから何（ど）うしても信仰（しんこう）が無（な）ければ教（おしへ）の奥深（おくふか）いことを知（し）ることが出来（でき）ません、実際（じっさい）学問（がくもん）で解（わか）るやうな教（おしへ）ならば信（しん）ずる価値（ねうち）の無（な）い教（おしへ）で有（あ）ります、私（わたくし）共（ども）の教（おしへ）は学問（がくもん）では到底（とて）も解（わか）ることの出来（でき）ない立派（りっぱ）な立派（りっぱ）な教（おしへ）であります、夫（そ）れで有（あ）りますから預（よ）言者（げんしゃ）イサイヤの申（もう）されました通（とほ）り『信仰（しんこう）が無（な）かったならば悟（さと）ることは出来（でき）ないので有（あ）ります。』（イサイヤ七の九）

問　其（それ）では信仰（しんこう）とは宗教（しゅうきょう）の事（こと）許（ばか）りに必要（ひつよう）なもので有（あ）りますか。

答　否（いいえ）、左様（そう）では有（あ）りません、聖（せい）キリルの謂（い）はれました通（とほ）り『信仰（しんこう）は只（ただ）信者（しんじゃ）許（ばか）りに必要（ひつよう）なものではなく、教会外の人にも必要（ひつよう）なもので有（あ）りまして、凡（すべ）て何事（なにごと）をなすにしましても若（も）し信仰（しんこう）が無（な）かったならば何（なに）一（ひと）つ成（じょう）就（じゅ）するものでは有（あ）りません之（これ）を例令（たと）へて見（み）ますれば、百姓（ひゃくしょう）をやるにしましても、蒔（ま）いた種（たね）が屹度（きっと）生（は）えて実（み）を結（むす）ぶと謂（い）ふ確（かた）い信仰（しんこう）が無（な）ければ、一日（いちにち）だって田（た）畑（はた）に出（で）て働（はたら）けたものでは有（あ）りませんし、船（ふね）に乗（の）って何処（どこ）かに行（ゆ）くにしましても、自（じ）分（ぶん）の乗（の）って居（い）ます船（ふね）が途（と）中（ちう）で難船（なんせん）せず必（かなら）ず自（じ）分（ぶん）の行（ゆ）かうと思（おも）ふ港（みなと）に着（つ）くと確（かた）く信（しん）じて居（い）ますから始（はじ）めて安心（あんしん）して乗（の）れますので、若（も）し其様（そん）な信仰（しんこう）が無（な）かった日（ひ）には、何（ど）うしまして一（いつ）町（ちょう）だって海（うみ）の上（うえ）に出（で）られるものでは有（あ）りません。