トルーマン・ドクトリン
演説
編集両院合同会議に私が出席する必要が生じたのは、今日世界が直面している情勢が重大なるが故である。事は我が国の外交政策及び国家安全保障に関わっている。
諸君の審議と決定を得るために、今回私が提示したく思う現況の1つは、ギリシアとトルコに関係している。
合衆国はギリシア政府から、財政・経済援助を求める緊急の要請を受けた。現在ギリシアにいる米国経済使節団の予備的報告及びギリシア駐箚米国大使[3]の報告は、ギリシアが自由国家として存続するためには援助が必須であるとするギリシア政府の声明を裏付けている。
米国の国民や議会がギリシア政府の訴えに耳を貸したがらないとは、私は思わない。
ギリシアは富める国ではない。天然資源が充分にないが故に、ギリシア国民は常に収支を合わせるために過酷な労働を強いられてきた。1940年以降、この勤勉かつ平和を愛好する国は、侵略と4年に及ぶ無慈悲な敵の占領、そして激烈な内戦に苦しんできた。
ギリシアに入った解放軍は、撤退するドイツ軍が鉄道、道路、港湾施設、通信、商船の事実上全てを破壊してしまっていたことを知った。1000を越す村々が焼き払われた。児童の85%は結核であった。家畜、家禽、役畜はほとんど亡失してしまった。インフレーションは事実上全ての貯蓄を消し去ってしまった。
こうした惨状の結果として、好戦的な少数者は人々の貧困と苦難に付け込み、政治的混乱を生み出すことができた。この混乱が、現在に至るまで経済復興を不可能にしているのである。
ギリシアは今日、最低限の生活に不可欠な品々の輸入のために融通する資金すら欠いている。こうした状況下にあっては、ギリシア国民は再建問題を解決するに当たって前進することができない。食料や衣類、燃料、種子の購入を再開できるようになるために、ギリシアは金融・経済援助を渇望している。それらの物資は国民の生存維持のためには不可欠であり、しかも外国から入手するよりほかない。経済的・政治的復興に必須とされる国内秩序と治安を回復するための必需品を輸入するために、ギリシアは助けを得なければならない。
同時にギリシア政府は、自国に供与される経済的あるいはその他諸々の援助が安定・自立した経済の創出、及び行政の改善に有効に使われるのを確実にするため、経験豊富な米国人の行政家や経済通、技術者の支援を要請している。
共産主義者に率いられた数千の武装した人々のテロ活動によって、今やギリシアという国家の存在そのものが脅かされている。彼らは諸地域、殊に北部国境周辺で政府の権威に反抗している。国連安全保障理事会から任命された委員会が現在、ギリシア北部における混乱状況について、また一方ではギリシアと、他方ではアルバニア、ブルガリア、ユーゴスラヴィアとの国境地帯における、国境侵犯の申し立てについて調査している。
他方、ギリシア政府はこの状況に対処できずにいる。ギリシア陸軍は小規模であり、装備は貧弱である。軍がギリシア全土で政府の権威を回復させるためには、補給と装備が必要である。ギリシアは、自立し尊厳ある民主主義国になろうとするならば、援助がなくてはならない。
合衆国は、その援助を供与せねばならない。我々は既に、ある種の救援並びに経済援助をギリシアに供与してきたが、それらは不充分である。
民主ギリシアが頼ることのできる国は、他にはない。
他のいかなる国も、民主ギリシア政府のために必要な支援を与える気もなければ、その能力もないのである。
ギリシアをこれまで救援してきた英国政府は、3月31日を過ぎてからはもはや財政・経済援助を続けることはできない。英国は、ギリシアを含む世界のいくつかの地域における自国の関与を軽減あるいは清算する必要性を認識している。
この危機に際し、国連が如何に援助しうるのかを我々は熟慮してきた。だが、情勢は即時の行動を要する切迫したものであり、国連及びその関係諸機関は必要とされる類の援助を供与する立場にはない。
我々がギリシアに与えるかもしれない財政的その他の援助の有効な活用について、また同国の行政の改善について、ギリシア政府が我々の援助を要請していることに留意することが重要である。支出される1ドル1ドルがギリシアを自立させるのに役立ち、健全な民主主義が繁栄できるような経済を築くのを助ける意味において、ギリシアに提供される資金の使用を我々が監理することが極めて重要である。
如何なる政府も完璧ではない。しかし、民主主義の主たる長所の1つは、その欠陥が常に目に見えると共に、それが民主的手続きの下で指摘され、修正されうることにある。ギリシア政府は完璧ではない。それでも同政府は昨年の選挙で選出されたギリシア議会の議員の85%を代表している。米国人692名を含む外国人監視団は、この選挙がギリシア国民の見解の公正な表明であると判断した。
ギリシア政府は混乱と過激主義の雰囲気の中で活動している。同政府は過ちを犯してきた。我が国による援助の供与は、ギリシア政府がこれまで為した、あるいは今後為すであろう行為の全てを合衆国が容認することを意味するものではない。我々は過去において極右的または極左的な手段を非難してきたし、今も非難する。我々は過去において寛容を勧告したし、今も寛容を勧告する。
ギリシアの隣国・トルコもまた、我々の注目に値する。
独立した、そして経済的に健全な国家としてのトルコの将来が、ギリシアの将来に劣らず自由を愛好する世界の諸国民にとって重要な関心事であることは明らかである。トルコが今日置かれている状況は、ギリシアの場合とは大きく異なっている。ギリシアを襲った大惨事をトルコは免れた。また戦時中、合衆国と英国はトルコに物的援助を供与した。
それでもなお、トルコは今、我々の援助を必要としている。
戦後、トルコは独立維持に必要なあの近代化を遂げるために、英国及び合衆国からの財政援助を求めてきた。
中東の秩序維持のためには、トルコの独立保全が不可欠である。
英国政府は、自国の直面する苦難のために、もはやトルコへの財政・経済援助を供与できないと我々に通告してきた。
ギリシアの場合と同様に、トルコが必要とする援助を得るためには、合衆国がそれを与えねばならない。我が国は、そうした援助を供与できる唯一の国である。
合衆国が仮にギリシア、トルコに救いの手を差し出す場合に含まれる広い意味を、私は充分に承知している。今回は、その意味について諸君と論議したい。
合衆国の外交政策の主たる目的の1つは、我々及び他国民が圧政に縛られない生活様式を営めるような条件を創出することにある。これがドイツ及び日本との戦争における根源的な問題であった。我々の勝利は、己の意思と己の生活様式を他国に強制しようと企てた国々に対する勝利であった。
圧政に縛られない諸国民の平和的発展を保障するため、合衆国は国連の創設に指導的役割を果たしてきた。国連は全加盟国のために恒久的な自由と独立を実現することを企図している。しかし、全体主義体制を強制しようとする侵略行動に抵抗して自由な諸制度と国家の独立を保持しようとする自由国民を我々が進んで助けねば、我々の目的は実現できまい。直接間接の侵略によって自由国民に強制される全体主義体制は、国際平和の基礎を危うくし、ひいては合衆国の安全保障を危うくするということの、率直な認識に他ならない。
最近、世界の多くの国の国民が己の意に反して全体主義体制を強制された。ポーランド、ルーマニア、そしてブルガリアにおける、ヤルタ協定違反の強制と脅迫に対し、合衆国はたびたび抗議してきた。他の多くの国においても同様の事態が起こっていることを、私は述べておかねばならない。
世界史の現時点においては、ほぼ全ての国が2つの生活様式のうちいずれかを選ばねばならない。この選択は、非常に多くの場合、自由なものではない。
一方の生活様式は多数者の意志に基づくもので、自由な諸制度、代議制、自由選挙、個人の自由の保障、言論と宗教の自由、そして政治的抑圧からの自由によって特徴付けられる。
もう1つの生活様式は、多数者に対して強引に押し付けられる、少数者の意志に基づく。それは恐怖と抑圧、報道規制された新聞やラジオ、八百長選挙、個人の自由の圧迫などに依拠している。
武装した少数者あるいは外部の圧力による征服の企てに抵抗している自由国民を支援することこそ、合衆国の政策でなければならないと私は信ずる。
自由国民が己の運命を己のやり方で切り開くのを、我々は支援せねばならないと私は信ずる。
我々の支援は主として、経済の安定と秩序ある政治運営のために不可欠な経済・財政援助を通じてなされるべきだと私は信ずる。
世界は静的ではなく、現状は神聖不可侵ではない。だが我々は、強制の如き手段による、あるいは政治的浸透の如き偽装による国連憲章違反の現状変更を容認できない。自由にして独立した諸国がその自由を守るのを支援することで、合衆国は国連憲章の諸原則に効力を与えることになる。
ギリシア国家の存続と独立が遥かに広範囲の情勢にとって極めて重大であることを理解するには、地図を一瞥するだけで足りる。仮にギリシアが武装した少数者の手に落ちた場合、隣国トルコに及ぶ影響は直接的かつ深刻なものとなろう。中東全域に混乱と無秩序が広がるであろう。
のみならず、独立国としてのギリシアが消滅すれば、戦争の被害を復旧しながら自由と独立を守るために大きな苦難と闘っている欧州諸国は大きな影響を受けるであろう。
圧倒的な優劣差と長きにわたって戦ってきたこれらの国々が仮に、多大な犠牲を払って手に入れた勝利を喪失すれば、言語に絶する悲劇となろう。自由な諸制度の崩壊そして独立の喪失は、これらの国々のみならず、全世界にとって悲惨なものとなるであろう。挫折と衰退が急速に、自由と独立を守るために尽力している近隣諸国民の運命となるであろう。
この重大時に我々がギリシアとトルコを援助せねば、その影響は洋の東西を問わず甚大であろう。
我々は、直ちに断固たる行動を取らねばならない。
そこで私は、1948年6月30日までの期間に4億ドルの援助をギリシア及びトルコに供与する権限を与えるよう議会に要請する。これらの資金を要請するに当たり、私は戦争で荒廃した国々での飢餓と苦痛を防ぐため、最近私が議会に支出認可を求めた3億5000万ドルのうち、ギリシアに供給されるであろう最大限の金額の救済援助のことを考慮に入れている。
資金に加えて、ギリシア、トルコ両国の要請により、復興任務を支援するために、また財政的・物的援助が供与された場合にその使用を監理するために両国に派遣される、米国人の文民及び軍人に関する細目を承認するよう議会に要請する。併せて、ギリシア及びトルコの選抜された要員に教育や訓練を施す権限も承認されるよう勧告する。
最後に私は、こうした資金の支出が承認された場合、必要な物資、軍需品、設備という見地から最も迅速、かつ最も有効な活用を許可する権限を与えるよう議会に要請する。
もしもこの教書で示された目的のためにさらなる資金や権限を要するならば、私はこの事態を議会に持ち込むのを厭わない。行政府も立法府も、この問題に共同で取り組まねばならない。
これが我々の乗り出す困難な針路なのである。
別の針路がこれよりもさらに困難なものでなければ、私はこのような針路を取ることを勧告しないであろう。合衆国は、第二次世界大戦を勝ち抜くために3410億ドルを費やした。これは世界の自由、世界の平和への投資である。
私が勧告するギリシア及びトルコへの援助は、この投資額の1%のさらに10分の1をわずかに超えるに過ぎない。我々がこの投資を守り、それが無駄でなかったと確信できるよう務めるのは当然である。
全体主義体制の種は、苦悩と窮乏によって培われる。これらは貧困及び闘争という悪い土壌の中で広がり成長する。国民のより良い生活への希望が枯れ果てたとき、それは完全なる成長を遂げるのである。我々は、その希望を生き続けさせねばならない。
己の自由を守るため、世界の自由国民は我々に支援を求めている。
もし我々が指導力を発揮できないようなことがあれば、我々は世界の平和を危うくするかもしれない。そして必ずや、我が国の繁栄を危うくするであろう。
事態の急変によって、我々に大きな責務が負わされたのである。
議会がこれらの責務に堂々と立ち向かうであろうことを、私は確信する。
訳註
編集- ↑ アーサー・H・ヴァンデンバーグ(任1947年 - 1949年)。
- ↑ ジョーゼフ・W・マーティン(任1947年 - 1949年)。
- ↑ リンカン・マクヴェーグ(任1943年 - 1947年)。
底本・訳者
編集- 底本
- トルーマン・ドクトリンの原文(ハリー・S・トルーマン大統領図書館・博物館内資料)
- トルーマン・ドクトリンの音声(ハリー・S・トルーマン大統領図書館・博物館内資料)
- 訳者
- 初版投稿者(利用者:Lombroso)
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