春秋左氏傳/003 莊公/04

↑前年 莊公四年(紀元前690年 翌年↓巻の三 莊公春秋左氏傳

訓読文編集

【經】 四年、春王の二月、夫人ふじん姜氏きやうし齊侯せいこう祝丘しゆくきう[1]きやうす。三月、伯姫はくきしゆつす。夏、齊侯・陳侯ちんこう鄭伯ていはくすゐふ。紀侯きこうおほひに其國を去る。六月乙丑いつちう、齊侯、紀の伯姫をはうむる。秋七月。冬、公、齊人としやくかりす。

【傳】 四年(周ノ莊王七年)春王の三月、武王ぶわう荊尸けいし[2]して、ほこ[3]さづけ、以てずゐたんとす。まさものいみせんとし、りて夫人ふじんとうまんげて曰く、『こゝろうご[4]ぬ』と。、鄧曼たんじて曰く、『王の祿ろくきたり。ちて蕩く[5]は、、天の道なり。先君せんくん其れ之を知れり。ゆゑ武事ぶじのぞみ、將に大命たいめいはつせんとして、王の心を蕩かすなり。師徒しとくることなく、王、みちこう[6]ば、くにさいはひなり』と。王つひき、樠木らうぼく[7]もとしゆつす。令尹れいゐん鬭祁とうき莫敖ばくがう屈重くつちよう、道をはら[8]はしし、ぐんえいし隨にのぞむ。隨[#底本での注が重複]おそれて、たひらぎをおこなふ。莫敖、王命を以て入りて隨侯にちかひ、た、ひてくわい漢汭かんぜい[9]してかへり、かん[10]わたりてのちを發す。
 紀侯、齊にくだることあたはず。國を以て紀季ききあたふ。夏、紀侯大に其國を去る[11]は、齊のなん[12]くるなり。

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  1. 祝丘は魯の地。
  2. 楚の陣法の名。陳法を教練する也。
  3. 孑は戟なり。
  4. 心臓鼓動すること、どうきが打つこと。
  5. 志意盈滿すれば、必ず動き散ずる也。
  6. 行に薨ずるは、敵に死せざる也。
  7. 木の名。
  8. 溠は水の名。
  9. 漢水の西。
  10. 漢は水の名。
  11. 大に去るとは、往いて返らざる也。
  12. 違は避くる也。