春秋左氏傳/001 隱公/05

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訓読文

【經】　五年春、公、魚《ぎよ》^[1]を棠《たう》に矢《つら》ぬ。夏四月、衞の桓公を葬る。秋、衞の師、郕《せい》に入る。九月、仲子《ちうし》の宮を考《な》す^[2]。初めて六羽《う》^[3]を獻ず。邾人・鄭人、宋を伐つ。螟《めい》あり。冬、十有二月辛巳《しんし》、公子彄《こう》卒《しゆつ》す。宋人、鄭を伐ち、長葛《ちやうかつ》を圍む。

【傳】　五年（周ノ桓王二年）春、公、將に棠《たう》^[4]に如《ゆ》いて魚者《ぎよしや》^[5]を觀《み》んとす。臧僖伯《ざうきはく》^[6]、（公ヲ）諫《いさ》めて曰く、『凡《およ》そ物、以て大事を講《なら》はす^[7]に足らず、其材《ざい》、以て器用《きよう》^[8]に備《そな》ふるに足《た》らざれば、則ち君、舉《きよ》せず^[9]。君は、將に民《たみ》を軌物《きぶつ》^[10]に納《い》れんとする者なり。故に事^[11]を講ひて以て軌《き》に度《はか》る、量《りやう》之を軌と謂ふ。材《ざい》^[12]を取りて以て物《もの》を章《あきら》かにす、采《さい》之を物《ぶつ》と謂ふ。軌ならず物ならざる、之を亂政《らんせい》と謂ふ。亂政亟《しば／”＼》行はるゝは、敗《やぶ》るゝ所以《ゆゑん》なり。故に春は蒐《しう》し、夏は苗《べう》し、秋は獮《せん》し、冬は狩《しゆ》する^[13]も、皆な農隙《のうげき》に於て以て事を講はするなり。三年にして兵^[14]を治《おさ》め、入りて振旅《しんりよ》し^[15]、歸りて飮至《いんし》し^[16]、以て軍實《ぐんじつ》を數《かぞ》へ^[17]、文章を昭《あきらか》にし、貴賤《きせん》を明《あきらか》にし、等列《とうれつ》を辨《べん》じ、少長《せうちやう》を順《じゆん》にし、威儀《いぎ》を習《なら》はするなり。鳥獸の肉の、俎《そ》^[18]に登《のぼ》らず、皮革《ひかく》・齒《し》・牙《が》・骨《こつ》・角《かく》・毛《まう》・羽《う》の、器に登ら^[19]ざるをば、則ち公、射《い》ざるは、古《いにしへ》の制《せい》なり。若し夫れ山林川澤《せんたく》の實《じつ》^[20]、器用の資《し》^[21]は、皁隸《さうれい》^[22]の事、官司《くわんし》の守《しゆ》なり。君の及ぼす所に非《あら》ざるなり^[23]』と。公曰く、『吾《われ》は將に地を略《りやく》せんとす^[24]』と。遂《つひ》に往《ゆ》き、魚を陳《つら》ねて之を觀る。僖伯、疾《やまひ》と稱《しよう》して從はず。書して『公、魚を棠に矢ぬ』と曰ふは、禮《れい》に非ざればなり、且《か》つ遠地《ゑんち》なるを言ふなり。
　曲沃《きよくよく》の莊伯《さうはく》^[25]、鄭人・邢人《けいひと》を以て、翼《よく》^[26]を伐つ。王^[27]、尹氏《ゐんし》・武氏《ぶし》^[28]をして之を助けしむ。翼侯、隨《ずゐ》に奔《はし》る。（→隱公五年）
　夏、衞の桓公を葬る。衞亂《みだ》る。是を以て緩《おく》れたるなり。
　四月、鄭人、衞の牧《ぼく》^[29]を侵《おか》し、以て（隱公四年→）東門《とうもん》の役《えき》に報《むく》ゆ。衞人、燕《えん》の師を以て鄭を伐つ。鄭の祭足《さいそく》・原繁《げんはん》・洩駕《せつが》、三軍を以て其前《まへ》に軍《ぐん》し、曼伯《まんはく》と子元《しげん》とをして潛《ひそ》んで其後《うしろ》に軍せしむ。燕人、鄭の三軍を畏《おそ》れて、制人《せいひと》を虞《おもんばか》らず。六月、鄭の二公子^[30]、制人を以て燕の師を北制《ほくせい》^[31]に敗《やぶ》る。君子曰く、『不虞《ふぐ》に備《そな》へざれば、以て師《いくさ》す可《べ》からず』と。
　（隱公五年→）曲沃、王^[32]に叛《そむ》く。秋、王、虢公《くわくこう》に命じて曲沃を伐たしめて、哀侯《あいこう》を翼に立つ。（→隱公六年）
　衞の亂れしや、郕人《せいひと》^[33]、衞を侵せり。故に衞の師、郕に入れり。
　九月、仲子の宮を考《な》す。將に萬《まん》^[34]せんとす。公、羽數《うすう》^[35]を衆仲に問ふ。對へて曰く、『天子は八^[36]を用ゐ、諸侯は六^[37]を用ゐ、大夫は四^[38]、士は二^[39]なり。夫れ舞《ぶ》は八音《いん》^[40]を節《せつ》し、八風《ふう》^[41]を行《めぐ》らする所以《ゆゑん》なり。故に八より以て下《くだ》る』と。公、之に從ふ。是《こゝ》に於て初《はじ》めて六羽を獻ず。始《はじ》めて六佾《いつ》を用ゐたるなり。
　宋人、邾《ちゆ》の田を取る。邾人、鄭に告げて曰く、『請《こ》ふ、君、（貴國ガ嘗テ宋ヨリ伐レタル）（隱公四年→）憾《うらみ》を宋に釋《と》け^[42]。敝邑《へいいふ》、道《みち》びきを爲《せ》ん』と。鄭人、王師《わうし》を以て之に會して、宋を伐ち、其郛《ふ》^[43]に入り、以て東門の役に報ゆ。宋人來りて命を告げしむ^[44]。公、其の郛に入るを聞くや。將に之を救はんとし、使者に問うて曰く、『師、何《いづ》くにか及べる』と。對へて曰く、『未だ國に及ばず』と。公、怒つて、乃《すなは》ち止《や》め、使者に辭《じ》して曰く、『君、寡人《くわじん》に命じて、同じく社稷《しやしよく》の難《なん》を恤《うれ》へしむ。今これを使者に問へば、「師未だ國に及ばず」と曰ふ。寡人の敢《あへ》て知る所に非《あら》ざるなり^[45]』と。
　冬十二月辛巳、臧僖伯《ざうきはく》卒《しゆつ》す。公曰く、『（隱公五年→）叔父《しゆくふ》^[46]寡人に憾むこと有り^[47]。寡人、敢て忘れず』と。之を葬むるに一等《とう》を加《くは》ふ。
　宋人、鄭を伐ち、長葛^[48]を圍む。以て郛に入るの役に報《むく》ゆるなり。

註

1. 魚は漁者なり。漁者を棠に陳列して、觀て以て樂と爲す也。
2. 考は成なり。宮成りて酒食を澆《そゝ》ぎて、以て落成式を爲す也。
3. 六羽の舞を獻ずる也。
4. 棠は地名。
5. 漁者。
6. 臧僖伯は公子彄。
7. 講は講習する也。
8. 軍國に必要なる器としての用。
9. 舉行せず。
10. 法度威儀をいふ。
11. 大事を講習して法軌に循ふ、能く多少を度りて制度を定むるもの、謂はゆる軌なり。
12. 材料を獲て、能く貴賤に應じ車服旌旗を昭にす。凡そ文采あるもの謂はゆる物なり。
13. 蒐は春の獵、苗は夏の獵、獮は秋の獵、狩は冬の獵。
14. 大演習。
15. 衆を整へて歸へる也。
16. 宗廟にて酒宴を賜はる。
17. 車徒器械及び獲る所を數ふる也。
18. 祭器、肉を盛るもの。
19. 器に登るとは、法度の器を飾るをいふ。
20. 鳥獣魚鼈の類をいふ。上文の器用の材も亦山林川澤に出づ、然れども此には其雑猥の物を云ふ。
21. 資は材なり。器の用ふる所及び盛る所の者。亦、上文の指す所と同じからず。
22. 賤者を云ふ。
23. 君たる者の關係すべきことに非ざる也。
24. 國内を巡行して彊界を正しくせんとす。隱公、遁辭を設くる也。
25. 曲沃は晉の別封。莊伯は成師の子
26. 晉の舊都。
27. 王は周王。
28. 二氏共に周の世族大夫。
29. 邑外を郊と謂ひ、郊を牧と謂ひ、牧外を野と謂ふ。牧は地名に非ず、郊外なり
30. 曼伯と子元。
31. 鄭の邑。
32. 周の桓王。
33. 郕は國の名。
34. 萬は文舞武舞の總名なり。
35. 羽を取る人數。
36. 八は八佾にて、六十四人。佾は行列にて、行と列との人員同じ。
37. 六は六六三十六人。
38. 四は四四十六人。
39. 二は二二四。士、功有れば、樂を用ふるを賜ふ。
40. 金石糸竹匏土草木の樂器。
41. 八方の風。
42. 憾を釋くは報復する也。
43. 郛は城外の郭。
44. 宋公、魯公に救を求む。
45. 寡人の敢て關係すべき所に非ず。
46. 同姓の大夫に對しては、年長者には伯父、年少者には叔父と曰ふ。
47. 上文、魚を觀るを諌めて、隱公從はざりし時に、僖伯、心に釋然たらず、病と稱して。從はざりしをいふ。
48. 鄭の邑。