歌のありさま三十一字、惣じて五句あり。上の三句をば本といひ、下の二句をば末といふ。一字二字餘りたりとも、うちよむに例にたがはねばくせとせず。

凡そ歌は心ふかく姿きよげにて心にをかしきところあるをすぐれたりといふべし。こと多くそへくさりてやと見たるがいとわろきなり。一すぢにすくよかになむ詠むべき。心姿あひ具することかたくば先づ心をとるべし。遂に心深からずは姿をいたはるべし。そのかたちといふは打ちぎゝ清げに、故ありて歌ときこえ、文字はめづらしくそへなどしたるなり。ともに得ずなりなば、古の人多く本に歌枕をおきて末に思ふ心をあらはす。さるをなむ中比よりはさしもあらねど、はじめに思ふことを言ひあらはしたるはなほわろきことになむする。

貫之、躬恒は中比の上手なり。今の人の好むはこれがさまなるべし。

風吹けば沖つ白浪立田山よはにや君がひとりこゆらむ

是は貫之が歌の本にすべしといひけるなり。

難波なる長柄の橋もつくるなり今は我が身を何にたとへむ

是は伊勢の御が中務の君に、かくよむべしといひける歌なり。

戀せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな

是は深養父が元輔に教へける歌なり。

世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎ行く船のあとの白浪
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人にはつげよ海士の釣舟

是は昔のよき歌なり。

思ひかね妹がり行けば冬の夜の川風寒み千鳥鳴くなり
我が宿の花見がてらに來る人は散りなむ後ぞ戀しかるべき
數ふれば我身に積る年月を送り迎ふと何いそぐらむ

是等なむよき歌のさまなるべき。

ことを[1]數多ある中にむねと去るべきことは、二所に同じことのあるなり。但、詞同じけれども心異なるは去るべからず。

み山には松の雪だに消えなくに都は野邊の若菜つみけり

詞異なれども心同じきをばなほ去るべし。

もがり船今ぞ渚にきよすなるみぎはの田鶴の聲騷ぐなり

一文字なれども同じきは猶去るべし。

み侍ひ御笠と甲せ宮城野の木の下露は雨にまされり

優れたる事のある時には惣じて去るべからず。

み山には霰ふるらし外山なるまさ木のかづら色づきにけり

ことさら取りかへして詠み、所々に多くよめるはさる樣なり。その歌ども更にかゝず。又ふた句に末に同字あるは世の人みな去るものなり。句の末にあらねども詞の末にあるは耳にとゞまりてなむ聞ゆる。

散りぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな[2]

句を隔たらでもさらざらむよりは劣りて聞ゆるものなり。

うちわたすをち方人にもの申すわれそのそこに白く咲けるは何の花ぞも[3]

句の末詞の末ごとにあれどもくせと聞えぬなり。

久堅のあまの川原のわたし守君渡りなば梶かくしてよ[4]

凡こはく卑しく餘りおいらかなる詞などをよくはからひしりて、優れたることあるにあらずは詠むべからず。かも、らしなどの古詞などは常に詠むまじ。古く人の詠める詞をふしにしたるわろし。一ふしにてもめづらしき詞を詠み出でむと思ふべし。古歌を本文にして詠めることあり。それは言ふべからず。惣じて我はおぼえたりと思ひたれども、人の心得難きことはかひなくなむある。昔の樣を好みて今の人ごとに好み詠む、われひとりよしと思ふらめど、なべてさしもおぼえねばあぢきなくなむあるべき。

是は皆人の知りたることなれども、まだはかしくもならはぬ人の爲に粗かきおくなるべし。

旋頭歌三十八字あるべし。

ます鏡 そこなる影に 向ひゐて 見る時にこそ 知らぬ翁に あふ心地すれ

ひとつの樣

かのをかに 草刈るをのこ しかな刈りそ ありつゝも 君が來まさむ み馬草にせむ

また歌枕貫之が書ける、又古詞、日本紀、國々の歌によみつべき所なんど、これらをみるべし。

右以久曽神藏本書寫以橋本進吉氏藏本宮内省圖書寮藏本和歌古語深祕抄本等校合畢、昭和十五年二月。

脚注

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  1. 底本、「(やまひ)」の傍書
  2. 底本「ば」と「は」に傍点。
  3. 底本歌頭に「旋頭歌」の傍書、初句と三句の「す」に傍点、二句と四句の「に」に傍丸。
  4. 底本、初句と二句の3つの「の」に傍点

このファイルについて

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  • 底本は佐々木信綱編著『日本歌学大系第一巻』第7版、1991年。
 

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