新体詩抄/社会学の原理に題す(丶山仙士)


社會學の原理に題す 編集

丶山仙士

宇宙の事彼此の 別を論ぜ諸共
規律の無きあらぬかし 懸れる日月や
微か見ゆる星とても 動く引力と
云へる力のあるゆゑぞ 其引力の働
又定まれる法ありて 猥り引けるもの
且つ天體の歴めぐれる 行道とても同じこと
定まりあるものぞ 又雨風や雷や
地震の如く亂暴 外面見ゆるものとても
定まれる法あり 野山生ふる草木そうもく
地をふ虫や四足や 空翔けりゆく鳥類も
其組織より動作まで 都て規律のあるものぞ
又萬物皆共 深き由來と變遷の
あらざる物きぞかし 鳥けだものや草木の
別を論ぜず諸共 る性質は
遺傳の法で子傳へ るもの榮えゆき
適せぬもの衰へて 今の世界在るもの
桔梗かるかや女郎花 梅や櫻や萩牡丹
牡丹縁の唐獅や 菜の葉止まる蝶てふや
木の間囀る鴬や 門邉あさる知更鳥や
雲居名のる杜鵑 同じ友を呼子鳥
友を慕ひて奧山 紅葉ふみわけ啼く鹿や
譯も分らで貝の音 れてあゆむ牛羊
羊に近き猿まだ ことよ萬物の
靈とも云へる人とても 今の體も腦力も
元を質せ一樣 一代増少し
積みかされる結果ぞと 今古無雙の濶眼で
見極めたるこれぞこれ アリストートル、ニウトン
も劣らぬ腦力の ダルウ𛅤ン氏の發明ぞ
これ劣らぬスペンセル 同じ道理を擴張し
化醇の法で進むのハ まのあたりみる草木や
動物而己あらして 凡そありとしあるもの
活物死物夫而己か 有形無形夫
區別も更かりしを 真理極めし其知識
感ずるも尚あまりあり され心の働も
思想智識の發達も 言語宗旨の改良も
社會の事も皆都て 同じ理合のもの
ものせる哲學の 原理の論ぞ之次ぐ
生物學の原理やら 心理の學の原理を
土臺として今更 社會の學の原理を
書にものさるゝ最中ぞ 此書載せて説かるゝ
そも社會と何ものぞ 其發達如何るぞ
其結構作用 社會の種類如何るや
種族と親と其子等の 利害の異同如何なるや
男女の中の交際や 女子子供の有樣や
取扱の異同やら 種々政府の違ひやら
違ひの起る源因や 僧侶社會のある故や
其變遷の源因や 儀式工業國言葉
智識美術や道徳の 時と場所との異同
遷り變りて化醇する 其有樣を詳細
論述して三卷の 長き文ぞせらるべき
最とも目出度き美擧こそ 出てたる一卷を
讀たる者誰ありて 此書を褒めぬ者ぞ
珍らしき良書 社會の事手を出して
ら何とせをやく 責任重き役人や
走り書きやらやべり 舌も廻らぬくせして
天下の事一と飮みと 法螺吹き立てゝ利口ぶる
新聞記者や演説家 此書を讀みて思慮なさバ
人をあやまる罪とがの 少し減りもるならん
月日の事や星の事 動植物や金屬や
夫等の事さて置きて 凡そ天下の事業は
疊一枚させとて 足袋を一足縫へとて
長の年月年季入れ 寐る眼も寐
出來る事あらざる 濁り社會の事計り
年季も入らず學問も ぬ譯
新聞記者や役人と 成る最と最と易けれど
か樣多けれ 忽ち國社會黨
恐しき虚無黨の 起る見る如し
揉め揉めたる其上句 虻蜂取らの丸潰れ
秩序も建たず自由なく 泥海こそるべけれ
再び浪風靜まりて 大平海と成る迄は
百年足ら掛らん 革命以後の備蘭西の
有樣見ても知れた そこ心が付きたら
手出しる勿れ やべること勿れ
廣き世界の其中 恐るべきもの多けれど
盲目めくら同士の戰 越したるものあらぬ
覘ひきまらぬ棒打の 仲間入りこそあやふけれ
今の世界旋風つむじかぜ 烈しく旋る時るぞ
烈しき中へつい一寸 き込まれたら運の盡
足も据瞑眩めくるめ いとゞぐら付きて
ぐると廻されて すき間もあらされて
上句の空中へ 絡き上げられて落されて
初て悟る其時 早遲蒔の辣椒
後悔先き立ぬ 颶風烈しく吹く時
其吹く中へ過ちて 舩を入れぬが楫取の
上手とこそ云ふべけれ 政府の楫を取る者や
輿論をさそふ人たち 社會學を勉强し
能く慎みて輕卒 働かぬやう願しや
 

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