新体詩抄/テニソン氏舩将の詩(尚今居士)


テニソン氏舩將の詩(英國海軍の古譚) 編集

尚今居士

暴威を以て下を馭す 此世の鬼るぞ
天地も容れぬ罪るよ 其過ちの深きこと
阿鼻の地獄も及 若しや今しも壓制を
嗜まんものゝある わが此歌をよく聽て
其身を深くいましめよ 曽て々しき武士ものゝふ
將たる舩の乘組 自由の空氣吸ひれし
英吉利國の人なれ 勇のみ信あれど
其舩將の壓抑を 深く怨みて措とよ
將が性質猛くして 慈愛の心露ほども
無きのみどの 罪も巖しく糺し問ひ
ことし斯て世 將が暴威いやつのり
船人ふなびとどもの心中 燃る怒のそのほの
消るひま をりさへあら燃え出でゝ
人をも身をもゝろ共 んとなり然れども
舩將常望むらく いつか勳功いさおしあらして
わが舩の名を轟かし 古今未曽有の英雄と
千萬人れんと 一途こゝろ傾けて
過り岡沿 みさきを廻り島を歴て
何處そことなく 殘るくまくたゞ渡り
大海原おおうなばらの真中 北をはるか眺むれ
帆を打揚げてる舩ハ 是ぞまさしく佛蘭西の
軍の舩まぎれなき わが舩將の面色をもいろ
喜び外あられて 言葉もとゞいそが
舩人どもゝ銘々の 心にたくみありけれ
眼の中おのづから 喜ぶ色の見えたりと
聲色高ら のども舩を追ふべしと
一と號令を下まゝ まかせて我舶
まちかく進みゆく 乘組一同は
怨みし大將を らみて腕をこまねきて
大砲おおづゝはなつもの されどかたきの大砲は
いかつちの落るごと 轟きわたるおそろしさ
天地も破裂るば 横木も折れて波落ち
帆架ほけたもわれてこ微塵 甲板かんばん裂けて容なく
銃丸繁くふりきたり あられ怖ろしや
甲板のみか帆柱 人の腦やら血汐やら
生きとし生けるもの共は うち倒れ
もの言ふこともかねば 倒れしまゝ顏と顏
見合姿凄まじく 血汐の中玉の緒の
絶えんとしつゝ舩將を へる眼おのづ
嘲り笑ふ氣色あり 功名立てんとて
頼みし人もことごとく 我を嘲りらみつゝ
われを賣りしぞ口惜き 心のうち堪へられぬ
辱と恚のせりあひ 顏色青く赤く
みをして叫べども 痛手の疵おひて
ねの上倒れけり 嗚呼壓制よ嗚呼暴威
怖るべし惡むべし 數多の勇士いたづら
失ひしこそはかけれ 其のち多く年月を
經ぬといへど舩將や 舩人どもの
水屑みくずとなりて海底 今も沈みて殘るらん
さりとも見えぬ波の上 浮べる鴎ふたつみつよつ
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原文:
 

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:
 

この著作物は、1899年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)80年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。