拾遺和歌集/巻第六
巻六：別
00301
[詞書]春ものへまかりける人の、あか月にいてたちけるところにて、とまり侍りける人のよみ侍りける
よみ人しらす
春霞たつあか月を見るからに心そそらになりぬへらなる
はるかすみ－たつあかつきを－みるからに－こころそそらに－なりぬへらなる
00302
[詞書]題しらす
よみ人しらす
さくら花つゆにぬれたるかほみれはなきて別れし人そこひしき
さくらはな－つゆにぬれたる－かほみれは－なきてわかれし－ひとそこひしき
00303
[詞書]題しらす
よみ人しらす
ちる花は道見えぬまてうつまなんわかるる人もたちやとまると
ちるはなは－みちみえぬまて－うつまなむ－わかるるひとも－たちやとまると
00304
[詞書]ものへまかりける人のもとに、人人まかりて、かはらけとりて
曾禰のよしたた
かりかねの帰るをきけはわかれちは雲井はるかに思ふはかりそ
かりかねの－かへるをきけは－わかれちは－くもゐはるかに－おもふはかりそ
00305
[詞書]天暦仰時、小弐命婦豊前にまかり侍りける時、大はん所にて餞せさせたまふに、かつけ物たまふとて
御製
夏衣たちわかるへき今夜こそひとへにをしき思ひそひぬれ
なつころも－たちわかるへき－こよひこそ－ひとへにをしき－おもひそひぬれ
00306
[詞書]題しらす
よみ人しらす
わするなよわかれちにおふるくすのはの秋風ふかは今帰りこむ
わするなよ－わかれちにおふる－くすのはの－あきかせふかは－いまかへりこむ
00307
[詞書]題しらす
よみ人しらす
別てふ事は誰かは始めけんくるしき物としらすやありけん
わかれてふ－ことはたれかは－はしめけむ－くるしきものと－しらすやありけむ
00308
[詞書]題しらす
よみ人しらす
時しもあれ秋しも人のわかるれはいととたもとそつゆけかりける
ときしもあれ－あきしもひとの－わかるれは－いととたもとそ－つゆけかりける
00309
[詞書]天暦御時九月十五日、斎宮くたり侍りけるに
御製
君か世を長月とたにおもはすはいかに別のかなしからまし
きみかよを－なかつきとたに－おもはすは－いかにわかれの－かなしからまし
00310
[詞書]十月はかりに物へまかりける人に
たたみ
露にたにあてしと思ひし人しもそ時雨ふるころたひにゆきける
つゆにたに－あてしとおもひし－ひとしもそ－しくれふるころ－たひにゆきける
00311
[詞書]物へまかりける人に、むまのはなむけし侍りてあふきつかはしける
よしのふ
わかれちをへたつる雲のためにこそ扇の風をやらまほしけれ
わかれちを－へたつるくもの－ためにこそ－あふきのかせを－やらまほしけれ
00312
[詞書]題しらす
よみ人しらす
別れてはあはむあはしそ定なきこのゆふくれや限なるらん
わかれては－あはむあはしそ－さためなき－このゆふくれや－かきりなるらむ
00313
[詞書]題しらす
よみ人しらす
わかれちはこひしき人のふみなれややらてのみこそ見まくほしけれ
わかれちは－こひしきひとの－ふみなれや－やらてのみこそ－みまくほしけれ
00314
[詞書]物へまかりける人のおくり、せき山まてし侍るとて
つらゆき
別れゆくけふはまとひぬあふさかは帰りこむ日のなにこそ有りけれ
わかれゆく－けふはまとひぬ－あふさかは－かへりこむひの－なにこそありけれ
00315
[詞書]伊勢よりのほり侍りけるに、しのひて物いひ侍りける女のあつまへくたりけるか、相坂にまかりあひて侍りけるに、つかはしける
よしのふ
ゆくすゑのいのちもしらぬ別ちはけふ相坂やかきりなるらん
ゆくすゑの－いのちもしらぬ－わかれちは－けふあふさかや－かきりなるらむ
00316
[詞書]大江為基あつまへまかりくたりけるに、あふきをつかはすとて
赤染衛門
惜むともなきものゆゑにしかすかの渡ときけはたたならぬかな
をしむとも－なきものゆゑに－しかすかの－わたりときけは－たたならぬかな
00317
[詞書]源のよしたねか参河のすけにて侍りけるむすめのもとに、ははのよみてつかはしける
源のよしたねの妻
もろともにゆかぬみかはのやつはしはこひしとのみや思ひわたらん
もろともに－ゆかぬみかはの－やつはしは－こひしとのみや－おもひわたらむ
00318
[詞書]かねもり、するかのかみにてくたり侍りける、むまのはなむけし侍るとて
源したかふ
別ちはわたせるはしもなきものをいかてかつねにこひ渡るへき
わかれちは－わたせるはしも－なきものを－いかてかつねに－こひわたるへき
00319
[詞書]しなののくににくたりける人のもとに、つかはしける
つらゆき
月影はあかす見るともさらしなの山のふもとになかゐすな君
つきかけは－あかすみるとも－さらしなの－やまのふもとに－なかゐすなきみ
00320
[詞書]共政朝臣肥後守にてくたり侍りけるに、妻のひせんかくたり侍りけれは、つくしくし御そなとたまふとて
天暦御製
わかるれは心をのみそつくしくしさしてあふへきほとをしらねは
わかるれは－こころをのみそ－つくしくし－さしてあふへき－ほとをしらねは
00321
[詞書]天暦御時、御めのと肥後かいてはのくににくたり侍りけるに、せんたまひけるに、ふちつほよりさうそくたまひけるにそへられたりける
よみ人しらす
ゆく人をととめかたみのから衣たつよりそてのつゆけかるらん
ゆくひとを－ととめかたみの－からころも－たつよりそての－つゆけかるらむ
00322
[詞書]おなし御めのとのせんに、殿上のをのことも女房なくわかれをしみ侍りけるに
御めのと少納言
をしむともかたしやわかれ心なる涙をたにもえやはととむる
をしむとも－かたしやわかれ－こころなる－なみたをたにも－えやはととむる
00323
[詞書]おなし御めのとのせんに、殿上のをのことも女房なくわかれをしみ侍りけるに
女蔵人参河
あつまちの草はをわけん人よりもおくるる袖そまつはつゆけき
あつまちの－くさはをわけむ－ひとよりも－おくるるそてそ－まつはつゆけき
00324
[詞書]題しらす
よみ人しらす
わかるれはまつ涙こそさきにたていかておくるる袖のぬるらん
わかるれは－まつなみたこそ－さきにたて－いかておくるる－そてのぬるらむ
00325
[詞書]題しらす
よみ人しらす
わかるるををしとそ思ふつる木はの身をよりくたく心ちのみして
わかるるを－をしとそおもふ－つるきはの－みをよりくたく－ここちのみして
00326
[詞書]源弘景ものへまかりけるに、さうそくたまふとて
三条太皇太后宮
旅人の露はらふへき唐衣またきも袖のぬれにけるかな
たひひとの－つゆはらふへき－からころも－またきもそての－ぬれにけるかな
00327
[詞書]橘公頼帥になりてまかりくたりける時、としさたか継母内侍のすけの、むまのはなむけし侍りけるに、さうそくにそへてつかはしける
つらゆき
あまたにはぬひかさねねと唐衣思ふ心はちへにそありける
あまたには－ぬひかさねねと－からころも－おもふこころは－ちへにそありける
00328
[詞書]題しらす
つらゆき
とほくゆく人のためにはわかそての涙の玉もをしからなくに
とほくゆく－ひとのためには－わかそての－なみたのたまも－をしからなくに
00329
[詞書]題しらす
よみ人しらす
惜むとてとまる事こそかたからめわか衣手をほしてたにゆけ
をしむとて－とまることこそ－かたからめ－わかころもてを－ほしてたにゆけ
00330
[詞書]ゐなかへまかりける時
つらゆき
糸による物ならなくにわかれちは心ほそくもおもほゆるかな
いとによる－ものならなくに－わかれちは－こころほそくも－おもほゆるかな
00331
[詞書]みちのくにのかみこれともかまかりくたりけるに、弾正のみこのかうやくつかはしけるに
戒秀法師
かめ山にいくくすりのみ有りけれはととむる方もなき別かな
かめやまに－いくくすりのみ－ありけれは－ととむるかたも－なきわかれかな
00332
[詞書]藤原のまさたたか豊前守に侍りける時、ためよりかおほつかなしとてくたり侍りけるに、むまのはなむけし侍るとて
藤原清正
思ふ人ある方へゆくわかれちを惜む心そかつはわりなき
おもふひと－あるかたへゆく－わかれちを－をしむこころそ－かつはわりなき
00333
[詞書]肥後守にて清原元輔くたり侍りけるに、源満中せんし侍りけるに、かはらけとりて
もとすけ
いかはかり思ふらむとか思ふらんおいてわかるるとほきわかれを
いかはかり－おもふらむとか－おもふらむ－おいてわかるる－とほきわかれを
00334
[詞書]返し
源満中朝臣
君はよし行末とほしとまる身のまつほといかかあらむとすらん
きみはよし－ゆくすゑとほし－とまるみの－まつほといかか－あらむとすらむ
00335
[詞書]題しらす
よみ人しらす
おくれゐてわかこひをれは白雲のたなひく山をけふやこゆらん
おくれゐて－わかこひをれは－しらくもの－たなひくやまを－けふやこゆらむ
00336
[詞書]題しらす
右衛門
命をそいかならむとは思ひこしいきてわかるる世にこそ有りけれ
いのちをそ－いかならむとは－おもひこし－いきてわかるる－よにこそありけれ
00337
[詞書]つくしへまかりける人のもとにいひつかはしける
橘倚平
昔見しいきの松原事とははわすれぬ人も有りとこたへよ
むかしみし－いきのまつはら－こととはは－わすれぬひとも－ありとこたへよ
00338
[詞書]陸奥守にてくたり侍りける時、三条太政大臣の餞し侍りけれは、よみ侍りける
藤原為順
たけくまの松を見つつやなくさめん君かちとせの影にならひて
たけくまの－まつをみつつや－なくさめむ－きみかちとせの－かけにならひて
00339
[詞書]みちのくにの白河関こえ侍りけるに
平兼盛
たよりあらはいかて宮こへつけやらむけふ白河の関はこえぬと
たよりあらは－いかてみやこへ－つけやらむ－けふしらかはの－せきはこえぬと
00340
[詞書]実方朝臣みちのくにへくたり侍りけるに、したくらつかはすとて
右衛門督公任
あつまちのこのしたくらくなりゆかは宮この月をこひさらめやは
あつまちの－このしたくらく－なりゆかは－みやこのつきを－こひさらめやは
00341
[詞書]題しらす
よみ人しらす
たひゆかはそてこそぬるれもる山のしつくにのみはおほせさらなん
たひゆかは－そてこそぬるれ－もるやまの－しつくにのみは－おほせさらなむ
00342
[詞書]恒徳公家の障子に
かねもり
しほみてるほとにゆきかふ旅人やはまなのはしとなつけそめけん
しほみてる－ほとにゆきかふ－たひひとや－はまなのはしと－なつけそめけむ
00343
[詞書]たみののしまのほとりにて雨にあひて
つらゆき
雨によりたみののしまをわけゆけと名にはかくれぬ物にそ有りける
あめにより－たみののしまを－わけゆけと－なにはかくれぬ－ものにそありける
00344
[詞書]なにはにはらへし侍りて、まかりかへりけるあか月に、もりの侍りけるに、郭公のなき侍りけるをききて
伊勢
郭公ねくらなからのこゑきけは草の枕そつゆけかりける
ほとときす－ねくらなからの－こゑきけは－くさのまくらそ－つゆけかりける
00345
[詞書]物へまかりけるみちにて、かりのなくをききて
よしのふ
草枕我のみならすかりかねもたひのそらにそなき渡るなる
くさまくら－われのみならす－かりかねも－たひのそらにそ－なきわたるなる
00346
[詞書]題しらす
よみ人しらす
君をのみこひつつたひの草枕つゆしけからぬあか月そなき
きみをのみ－こひつつたひの－くさまくら－つゆしけからぬ－あかつきそなき
00347
[詞書]源公貞か大隅へまかりくたりけるに、せきとの院にて、月のあかかりけるに、わかれをしみ侍りて
平兼盛
はるかなるたひのそらにもおくれねはうら山しきは秋のよの月
はるかなる－たひのそらにも－おくれねは－うらやましきは－あきのよのつき
00348
[詞書]秋、たひにまかりけるに、いなみのにやとりて
よしのふ
をみなへし我にやとかせいなみののいなといふともここをすきめや
をみなへし－われにやとかせ－いなみのの－いなといふとも－ここをすきめや
00349
[詞書]つくしへくたりけるみちにて
重之
ふなちには草の枕もむすはねはおきなからこそ夢も見えけれ
ふなちには－くさのまくらも－むすはねは－おきなからこそ－ゆめもみえけれ
00350
[詞書]帥伊周つくしへまかりけるに、かはしりはなれ侍りけるによみ侍りける
ゆけのよしとき
思ひいてもなきふるさとの山なれとかくれゆくはたあはれなりけり
おもひいても－なきふるさとの－やまなれと－かくれゆくはた－あはれなりけり
00351
[詞書]なかされ侍りてのち、いひおこせて侍りける
贈太政大臣
君かすむやとのこすゑのゆくゆくとかくるるまてにかへりみしはや
きみかすむ－やとのこすゑの－ゆくゆくと－かくるるまてに－かへりみしはや
00352
[詞書]かさのかなをかかもろこしにわたりて侍りける時、めのなかうたよみて侍りける返し
かなをか
浪のうへに見えしこしまのしまかくれゆくそらもなしきみにわかれて
なみのうへに－みえしこしまの－しまかくれ－ゆくそらもなし－きみにわかれて
00353
[詞書]もろこしにて
かきのもとの人まろ
あまとふやかりのつかひにいつしかもならのみやこにことつてやらん
あまとふや－かりのつかひに－いつしかも－ならのみやこに－ことつてやらむ