一 捜査官による原告らに対する取調について

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 原告らはこれまでの口頭弁論期日において、捜査段階で各自が受けた取調の状況について種々述べているが、結局のところ、いずれからも違法不当な取調を窺わせるに足る具体的な事実が指摘されることはなかったものと理解され、被告としてはあえて反論の必要をみないが、なお念のためこれを刑事記録に基づいて若干の検討を加えておく。
 原告那須隆は、逮捕された昭和二四年八月二二日の司法警察員に対する供述以来、一貫して犯行を否認していたものの、八月六日夜の行動(アリバイ)について十数回行先を変えたが、同年九月一〇日検察官の取調に対しては「今ではどう考えて見ても家におったと思う」と供述するに至り、更に同月二九日検察官に対して「私はその晩家におりました」「家におった事は絶対に間違ありません」と供述し、その後公判廷においてもこれを維持した。
 右のとおり、原告那須隆のアリバイに関する供述は変転を極めたため、捜査当局はその真偽の裏付けに過半を費やしたのであり、まさに本件捜査は同人の供述に振りまわされ続けたといって過言ではなかった。
 一方捜査当局は、原告那須隆を逮捕するや、直ちに同人の実母原告那須とみ、実妹〔丁4〕、〔丁〕、〔丁5〕、〔丁3〕らの取調を実施したところ、同女らの司法警察員に対する原告那須隆のアリバイに関する供述は区々で明瞭といい難かったものの、そのなかで捜査当局の注目を引いたのは、右〔丁〕が原告那須隆は当夜(八月六日)外出し夜おそく帰った旨供述した点であった。その後同女は昭和二四年九月一一日検察官に対し前記供述を概ね維持しながらも、

「本年旧七月十二日すなわち新の八月六日の晩は私は九時一寸前頃自宅の十畳間に一番先に寝……兄隆は私が寝る時はおりません、隆は七時半頃シャツとズボンを着て何処かへ出て行き私が寝る迄は帰りません。
 何処に行ったのか行先をいわないから知りません。
 私は一度眠ってから夜中に目が覚めましたところ、兄隆は十畳間に寝ておった隣の母親と話をしておりました。
 その時何処かで氷を削るような音がしておりました。
 昨日警察で取調を受けた時、私は大抵午前三時頃に目が覚めて小便をしに行っているが、八月六日の晩にもそれと同じように午前三時頃に目が覚めたものと思うように申しましたが、帰ってから母に相談をしたところ、その時間は午前三時頃ではなくてそれよりも四時間も前である、即ち六日晚十一時過ぎであるといわれましたから、左様だろうと思います。」

旨供述を後退させている。
 ところで原告那須とみら家族の者は第一審公判以後においては、いずれも原告那須隆が昭和二四年八月六日夜在宅し、外出はしなかったことを一致して証言し、捜査官に対する前記供述を翻えしているのではあるが、公判廷で、原告那須とみ以外には捜査官の取調を不当であったと主張する者はいなかった。
 そこで、これについて原告那須とみが第一審公判廷で証言するところの、同女が昭和二四年一〇月一二日検察官から取調を受けた状況をみるに、確かに前記のとおり〔丙〕の供述が後退したことや、他にも検察官からみて、原告那須隆のアリバイ工作に狂奔しているのではないかと疑わざるを得ない事跡があったため、強い調子の尋問がなされたであろうぐらいの推察をし得るとはいえ、同女においてこれに強く反発したうえ、供述の途中において興奮して卓をたたき取調の終らぬうち部屋を出て行き、結局調書を作成するに至らなかったことが認められる。
 以上捜査の経過と原告らの供述の推移とを見るならば、本件捜査の過程において捜査官が同人らに対して威嚇乃至誘導等違法不当な取調を行ったとは到底考えられず、刑事記録からもまた、右事実は容易に確認できるのである。

二 再審判決における〔己〕に関する判断について

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 再審判決は、「本件の真犯人は〔己〕であると断定」した。しかし、確かに「〔己〕は真犯人を名乗りでて以来棄却審、異議審ならびに当審に至るまで一貫して自分が真犯人である旨不動の供述をしている」にしても、それだからといってその供述内容が真犯人でなければ絶対になし得ないものであるとたやすくは断定し難いのであり、右供述自体から直ちに同人を真犯人なりとするほどの信憑性が認められるべきかは大いに疑問である。現に本件罪体と〔己〕とを結びつける資料は全く存しないのである。むしろ、再審棄却審が述べるとおり「〔己〕の供述自体には直ちにその全体の信憑性を損わしめるというほどの矛盾不合理な箇所はない」というのが正当であろう。
 そこで再審判決も〔己〕供述の信憑性とは別個に、原二審判決が本件犯行を原告那須隆の犯行と認めざるを得ないとした証拠を逐一検討し、これをいずれも排斥したうえ、「本件を被告人(原告那須隆)の犯行と認めるに足る証拠がない」と認定しているのであり、右事実を踏まえて、前記の如く断定するに至ったと解するのが妥当である。しかし、右断定には、前述したとおりいささか飛躍があるといわなければならない。もとより、再審判決の核心は右断定にあるのではなく、原二審判決が本件犯行を原告那須隆の犯行と認めた証拠それ自体をとりあげて、 積極的に排斥した点にある(右判断に前記〔己〕供述は直接のかかわりをもたない。)ことはいうまでもない(な お、再審判決は、以上の結論こそ再審棄却審と全く異なるものの、その論理構造は同一といえる。)。
 ところで本件訴訟の争点も、再審判決と視点は異なるものの、これによって排斥された証拠特に本件海軍シャツ及び白ズック靴の評価をめぐるものであり、要は原告らが主張する如く、捜査当局がこれらを偽造したものであるかにある。そしてこれの判断には、前述のとおり〔己〕供述は決め手足りえないのである。言うまでもなく右証拠自体をとりあげて虚心に評価すべきが肝要である。以上は当然ともいえるが、本件訴訟の証拠評価における基本的態度として確認しておく必要があるものと考え、あえて述べた次第である。

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