小学校教則綱領
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編集○第十二号(五月四日 輪廓附)
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小学校教則綱領別冊ノ通相定候条此旨相達候事
(別冊)
小学校教則綱領
第一章 小学科ノ区分
第一条 小学科ヲ分テ初等中等高等ノ三等トス
第二条 小学初等科ハ修身、読書、習字、算術ノ初歩及唱歌、体操トス
但唱歌ハ教授法等ノ整フヲ待テ之ヲ設クヘシ
第三条 小学中等科ハ小学初等科ノ修身、読書、習字、算術ノ初歩及唱歌、体操ノ続ニ地理、歴史、図画、博物、物理ノ初歩ヲ加ヘ殊ニ女子ノ為ニハ裁縫等ヲ設クルモノトス
第四条 小学高等科ハ小学中等科ノ修身、読書、習字、算術、地理、図画、博物ノ初歩及唱歌、体操、裁縫等ノ続ニ化学、生理、幾何、経済ノ初歩ヲ加ヘ殊ニ女子ノ為ニハ経済等ニ換ヘ家事経済ノ大意ヲ加フルモノトス
第五条 小学科ノ区分ハ前三条ノ如ク定ムト雖モ土地ノ情況、男女ノ区別等ニ因テハ某学科ヲ増減スルコトヲ得 但修身、読書、習字及算術ハ之ヲ欠クコトヲ得ス
第二章 学期、授業ノ日及時
第六条 小学校ノ学期ハ初等科及中等科ヲ各三箇年トシ高等科ヲ二箇年トシ通シテ八箇年トス
第七条 小学校ニ於テハ日曜日、夏季冬季休業日及大祭日、祝日等ヲ除クノ外授業スヘキモノトス
第八条 小学校授業ノ時間ハ一日五時ヲ以テ度トス
第九条 前三条定ムル所ノ学期、授業ノ日及時ハ土地ノ情況ニ因リ伸縮スルコトヲ得ヘシト雖モ学期ハ初等科ニ於テハ三箇年ヲ下ルヘカラス各等科合シテ八箇年ニ過クヘカラス授業ノ日ハ一年三十二週日ヲ下ルヘカラス又授業ノ時間ハ一日三時ヲ下ルヘカラス六時ニ過クヘカラス
第三章 小学各等科程度
第十条 修身 初等科ニ於テハ主トシテ簡易ノ格言、事実等ニ就キ中等科及高等科ニ於テハ主トシテ稍高尚ノ格言、事実等ニ就テ児童ノ徳性ヲ涵養スヘシ又兼テ作法ヲ授ケンコトヲ要ス
第十一条 読書 読書ヲ分テ読方及作文トス
初等科ノ読方ハ伊呂波、五十音、濁音、次清音、仮名ノ単語、短句等ヨリ始メテ仮名交リ文ノ読本ニ入リ兼テ読本中緊要ノ字句ヲ書取ラシメ詳ニ之ヲ理会セシムルコトヲ務ムヘシ中等科ニ於テハ近易ノ漢文ノ読本若クハ稍高尚ノ仮名交リ文ノ読本ヲ授ケ高等科ニ至テハ漢文ノ読本若クハ高尚ノ仮名交リ文ノ読本ヲ授クヘシ凡読本ハ文体雅馴ニシテ学術上ノ益アル記事或ハ生徒ノ心意ヲ愉ハシムヘキ文詞ヲ包有スルモノヲ撰用スヘク之ヲ授クルニ当テハ読法、字義、句意、章意、句ノ変化等ヲ理会セシムルコトヲ旨トスヘシ
初等科ノ作文ハ近易ノ庶物ニ就テ其性質等ヲ解セシメ之ヲ題トシ仮名ニテ単語、短句等ヲ綴ラシムルヲ初トシ稍進テハ近易ノ漢字ヲ交ヘ次ニ簡短ノ仮名交リ文ヲ作ラシメ兼テ口上書類ヨリ日用書類ニ及フヘシ中等科及高等科ニ於テハ日用書類ヲ作ラシムルノ外既ニ学習セシ所ノ事実ニ就テ志伝等ヲ作ラシムヘシ
第十二条 習字 初等科ノ習字ハ平仮名、片仮名ヨリ始メ行書、草書ヲ習ハシメ其手本ハ数字、十干、十二支、苗字、著名ノ地名、日用庶物ノ名称、口上書類、日用書類等民間日用ノ文字ヲ以テ之ニ充ツヘシ中等科及高等科ニ至テハ行書、草書ノ外楷書ヲ習ハシムヘシ
第十三条 算術 筆算ヲ用フルトキハ初等科ニ於テハ実物ノ計方、加減乗除ノ法、其応用、度量衡、貨幣ノ名義及其計算ノ法ヲ学ハシムヘク中等科ニ於テハ之ニ継クニ数ノ性質及分数、小数、比例ヲ以テシ高等科ニ至テハ比例、百分算、開平、開立及求積等ヲ学ハシムヘシ珠算ヲ用フルトキハ初等科ニ於テハ実物ノ計方、算珠ノ運用、加減乗除ノ法、其応用、度量衡、貨幣ノ名義及其計算ノ法ヲ学ハシムヘク中等科ニ於テハ異乗同除、同乗異除、差分ヲ授ケ高等科ニ至テハ筆算ノ加減乗除ノ法及分数、小数、比例ヲ学ハシムヘシ凡算術ヲ授クルニハ日用適切ノ問題ヲ撰ヒ務テ児童ヲシテ算法ノ基ク所ノ理及題意等ヲ考究セシムヘシ
但筆算、珠算ヲ併用スルモ妨ケナシ
第十四条 地理 地理ハ中等科ニ至テ之ヲ課シ先学校近傍ノ地形即生徒ノ親ク目撃シ得ル所ノ山谷河海等ヨリ説キ起シ漸ク地球ノ有様ヲ想像セシメ次ニ日本及世界地理ノ総論、五畿八道ノ地理、外国地理ノ大要ヲ授ケ高等科ニ至テハ地文ノ大要即地球、地皮、大気、水、陸、生物、物産等ノ事ヲ授クヘシ凡地理ヲ授クルニハ地球儀及地図等ヲ備ヘンコトヲ要ス殊ニ地文ヲ授クルニハ務テ実地ニ就キ児童ノ観察力ヲ養成スヘシ
第十五条 歴史 歴史ハ中等科ニ至テ之ヲ課シ日本歴史中ニ就テ建国ノ体制、神武天皇ノ即位、仁徳天皇ノ勤倹、延喜天暦ノ政績、源平ノ盛衰、南北朝ノ両立、徳川氏ノ治績、王政復古等緊要ノ事実其他古今人物ノ賢否、風俗ノ変更等ノ大要ヲ授クヘシ凡歴史ヲ授クルニハ務テ生徒ヲシテ沿革ノ原因結果ヲ了解セシメ殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ養成センコトヲ要ス
第十六条 図画 図画ハ中等科ニ至テ之ヲ課シ直線、曲線及其単形ヨリ始メ漸次紋画、器具、花葉、家屋等ニ及フヘシ高等科ニ至テハ草木、禽獣、虫魚ヨリ漸次山水等ニ及ヒ兼テ幾何画法ヲ授クヘシ凡図画ヲ授クルニハ眼及手ノ練習ヲ主トシテ初ハ輪廓ヲ画カシメ漸ク進テ陰影ヲ画カシムヘシ
第十七条 博物 博物ハ中等科ニ至テ之ヲ課シ最初ハ務テ実物ニ依テ通常ノ動物ノ名称、部分、常習、効用、通常ノ植物ノ名称、部分、性質、効用及通常ノ金石ノ名称、性質、効用等ヲ授ケ高等科ニ至テハ更ニ植物、動物ノ略説ヲ授クヘシ凡博物ヲ授クルニハ務テ通常ノ動物、植物、金石ノ標本等ヲ蒐集センコトヲ要ス
第十八条 物理 物理ハ中等科ニ至テ之ヲ課シ物性、重力等ヨリ始メ漸次水、気、熱、音、光、電気、磁気ノ初歩ヲ授クヘシ凡物理ヲ授クルニハ務テ単一ノ器械及近易ノ方便ニ依リ実地試験ヲ施シ其理ヲ了解セシメンコトヲ要ス
第十九条 化学 化学ハ高等科ニ至テ之ヲ課シ火、空気、水、土等ニ就テ化学ノ端緒ヲ開キ漸次通常ノ非金属諸元素及金属諸元素ニ関スル化学説ノ大要ヲ授クヘシ其実地試験ニ基クヘキコトハ猶物理ニ於ケルカコトシ
第二十条 生理 生理ハ高等科ニ至テ之ヲ課シ骨骼、筋肉、皮膚、消化、血液ノ循環、呼吸、感覚ノ説等児童ノ理会シ易キモノヲ撰テ之ヲ授ケ務テ実際ノ観察或ハ模形等ニ依テ其理ヲ了解セシムヘシ又兼テ緊切ノ養生法ヲ授ケンコトヲ要ス
第二十一条 幾何 幾何ハ高等科ニ至テ之ヲ課シ線、角、面及体ノ性質、関係等ヨリ始メ漸次角及面ニ関スル諸題ヲ授クヘシ
第二十二条 経済 経済ハ高等科ニ至テ之ヲ課シ近易ノ事実ニ拠リ生財、配財及交易等ニ関スル経済ノ要旨ヲ授クヘシ
第二十三条 裁縫及家事経済 裁縫ハ中等科ヨリ高等科ニ通シテ之ヲ課シ運針法ヨリ始メ漸次通常ノ衣服ノ裁方、縫方ヲ授クヘク家事経済ハ高等科ニ至テ之ヲ課シ衣服、洗濯、住居、什器、食物、割烹、理髪、出納等一家ノ経済ニ関スル事項ヲ授クヘシ凡裁縫、家事経済ヲ授クルニハ民間日用ニ応センコトヲ要ス
第二十四条 唱歌 初等科ニ於テハ容易キ歌曲ヲ用ヒテ五音以下ノ単音唱歌ヲ授ケ中等科及高等科ニ至テハ六音以上ノ単音唱歌ヨリ漸次複音及三重音唱歌ニ及フヘシ凡唱歌ヲ授クルニハ児童ノ胸膈ヲ開暢シテ其健康ヲ補益シ心情ヲ感動シテ其美徳ヲ涵養センコトヲ要ス
第二十五条 体操 初等科ノ始メハ適宜ノ遊戯ヲ以テ之ニ充テ漸次徒手運動ニ及フヘシ中等科及高等科ニ至テハ兼テ器械運動ヲナサシムヘシ
第二十六条 土地ノ情況ニ因リ農業ノ初歩ヲ加フルトキハ農具ノ名称用法、肥料ノ種類効用、禾穀蔬菜果実ノ性質栽培法、養蚕培桑ノ法及家畜魚鳥ノ飼養法等凡農家ニ緊要ノ事項ヲ授クヘシ工業ノ初歩ヲ加フルトキハ器械ノ功用、汽水風力利用ノ一班、工家ノ経済及其地方ニ適切ノ製造物ノ品性等凡工家ニ緊要ノ事項ヲ授クヘシ商業ノ初歩ヲ加フルトキハ簿記、保険、銀行、郵便、電信、陸運、水運、貨幣、手形等凡商家ニ緊要ノ事項ヲ授クヘシ
第二十七条 小学各等科程度ハ前十七条ノ如ク定ムト雖トモ土地ノ情況ニ因テハ之ヲ斟酌スルコトヲ得
一教則ノ組織以上三章掲クル所ノ例ニ適セサルモノハ其近キ所ニ依テ初等科或ハ中等科或ハ高等科ノ別ヲ立ツヘシ
一三章掲クル所ノ小学科ノ区分、学期、授業ノ日及時、各等科程度ニ基キ課程ヲ設クルノ一例ヲ示ス左表ノ如シ
(別表)
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●裁縫ハ女児ニ限リ之ヲ課ス其時間ハ中等科ニ於テハ習字作文及図画ノ毎週教授時間ヨリ各一時ヲ取テ之ニ充テ高等科ニ於テハ習字ノ毎週教授時間ヨリ一時作文ノ毎週教授時間ヨリ二時ヲ取テ之ニ充ツ
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▲家事経済ハ女児ニ限リ之ヲ課ス其時間ハ経済ノ毎週教授時間三時ヲ取テ之ニ充ツ
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■体操ハ毎日凡二十分時間適宜之ヲ課スヘシ
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- 底本中の旧字を新字に改めた。
関連項目
編集- 学監考案 日本教育法説明書
- 新定教育令ヲ更ニ改正スヘキ以前ニ於テ現在施行スヘキ件
- 教育令 (明治13年太政官布告第59号)
- 小学校教則ハ伺出教科書ハ開申及書式 (明治14年文部省達第16号)
- 小学校生徒試験ハ教則綱領ニ基キ其方法取調伺出 (明治14年文部省達第17号)
- 小学修身書編纂方大意 (明治15年4月27日文部省普通学務局長代理通牒)
外部リンク
編集- 「小学校教則綱領ヲ定ム」(国立公文書館所蔵「太政類典第五編 第二十九巻」)
- 『文部省布達全書』[明治13年・明治14年]
- 『文部省第九年報附録』1883年9月
- 内閣記録局編輯『法規分類大全第一編 学政門一』1891年3月
- 教育史編纂会編修『明治以降 教育制度発達史 第二巻』竜吟社、1938年7月