孟子/梁惠王下

卷之二

梁惠王章句下

莊暴見孟子，曰：「暴見於王，王語暴以好樂，暴未有以對也。」曰：「好樂何如？」孟子曰：「王之好樂甚，則齊國其庶幾乎!」他日，見於王曰：「王嘗語莊子以好樂，有諸？」王變乎色，曰：「寡人非能好先王之樂也，直好世俗之樂耳。」曰：「王之好樂甚，則國其庶幾乎，今之樂猶古之樂也。」曰：「可得聞與？」曰：「獨樂樂，與人樂樂，孰樂？」曰：「不若與人。」曰：「與少樂樂，與衆樂樂，孰樂？」曰：「不若與衆。」「臣請爲王言樂。今王鼓樂於此，百姓聞王鐘鼓之聲，管龠之音，舉疾首蹙額而相吿曰：『吾王之好鼓樂，夫何使我至於此極也？父子不相見，兄弟妻子離散。』今王田獵於此，百姓聞王車馬之音，見羽旄之美，舉疾首蹙額而相吿曰：『吾王之好田獵，夫何使我至於此極也？父子不相見，兄弟妻子離散。』此無他，不與民同樂也。「今王鼓樂於此，百姓聞王鐘鼓之聲，管龠之音，舉欣欣然有喜色而相吿曰：『吾王庶幾無疾病與，何以能鼓樂也？』今王田獵於此，百姓聞王車馬之音，見羽旄之美，舉欣欣然有喜色而相吿曰：『吾王庶幾無疾病與，何以能田獵也？』此無他，與民同樂也。今王與百姓同樂，則王矣。」

〈莊暴（さうばう）、孟子（まうし）に見（まみ）えて曰（いは）く、暴（ばう）、王（わう）に見（まみ）ゆ。王（わう）、暴（ばう）に語（かた）るに樂（がく）を好（この）むを以（もつ）てす。暴（ばう）未（いま）だ以（もつ）て對（こた）ふる有（あ）らざるなり。曰（いは）く、樂（がく）を好（この）む何如（いかん）。孟子（まうし）曰（いは）く、王（わう）の樂（がく）を好（この）むこと甚（はなはだ）しければ、則（すなは）ち齊國（せいこく）其（そ）れ庶幾（ちか）からんか。他日（たじつ）王（わう）に見（まみ）えて、曰（いは）く、王（わう）嘗（かつ）て莊子（さうし）に語（かた）るに樂（がく）を好（この）むを以（もつ）てす。諸（こ）れ有（あ）るか。王（わう）、色（いろ）を變（へん）じて、曰（いは）く、寡人（くわじん）能（よ）く先王（せんわう）の樂（がく）を好（この）むに非（あら）ざるなり。直（たゞ）世俗（せぞく）の樂（がく）を好（この）むのみ。曰（いは）く、王（わう）の樂（がく）を好（この）むこと甚（はなはだ）しければ、則（すなは）ち齊國（せいこく）其（そ）れ庶幾（ちか）からんか。今（いま）の樂（がく）は猶（な）ほ古（いにしへ）の樂（がく）のごときなり。曰（いは）く、聞（き）くを得（う）可（べ）きか。曰（いは）く、獨（ひと）り樂（がく）して樂（たのし）むと、人（ひと）と樂（がく）して樂（たのし）むと、孰（いづ）れか樂（たの）しき。曰（いは）く、人（ひと）と與（とも）にするに若（し）かず。曰（いは）く、少（せう）と與（とも）に樂（がく）して樂（たのし）むと、衆（しう）と與（とも）に樂（がく）して樂（たのし）むと、孰（いづ）れか樂（たの）しき。曰（いは）く、衆（しう）と與（とも）にするに若（し）かざるなり。臣（しん）請（こ）ふ王（わう）の爲（た）めに樂（がく）を言（い）はん。今（いま）王（わう）此（こゝ）に鼓樂（こがく）せん，百姓（ひやくせい）王（わう）の鐘鼓（しようこ）の聲（こゑ）、管龠（くわんやく）の音（おと）を聞（き）き、舉（み）な首（くび）を疾（や）ましめ頞（あつ）を蹙（ちゞ）めて相（あひ）吿（つ）げて曰く、吾（わ）が王（わう）の鼓樂（こがく）を好（この）む、夫（そ）れ何（なん）ぞ我（われ）をして此極（このきよく）に至（いた）らしむるや。父子（ふし）相（あひ）見（み）ず、兄弟（けいてい）妻子（さいし）離散（りさん）すと。今（いま）王（わう）此（こゝ）に田獵（でんれふ）せん。百姓（ひやくせい）王（わう）の車馬（しやば）の音（おと）を聞（き）き、羽旄（うばう）の美（び）を見（み）て、舉（み）な首（くび）を疾（や）ましめ頞（あつ）を蹙（ちゞ）めて相（あひ）吿（つ）げて曰く、吾（わ）が王（わう）の田獵（でんれふ）を好（この）む、夫（そ）れ何（なん）ぞ我（われ）をして此極（このきよく）に至（いた）らしむるや。父子（ふし）相（あひ）見（み）ず、兄弟（けいてい）妻子（さいし）離散（りさん）すと。此（こ）れ他（た）無（な）し。民（たみ）と與（とも）に樂（たのしみ）を同（おな）じくせざるなり。今（いま）王（わう）此（こゝ）に鼓樂（こがく）せん，百姓（ひやくせい）王（わう）の鐘鼓（しようこ）の聲（こゑ）、管龠（くわんやく）の音（おと）を聞（き）き、舉（み）な欣欣然（きんきんぜん）として喜色（きしよく）有（あ）り。而（しか）して相（あひ）吿（つ）げて曰（いは）く、吾（わ）が王（わう）庶幾（こひねがは）くは疾病（しつぺい）無（な）きか、何（なん）ぞ以（もつ）て能（よ）く鼓樂（こがく）するや。今（いま）王（わう）此（こゝ）に田獵（でんれふ）せん。百姓（ひやくせい）王（わう）の車馬（しやば）の音（おと）を聞（き）き、羽旄（うばう）の美（び）を見（み）て、舉（み）な欣欣然（きんきんぜん）として喜色（きしよく）有（あ）り。而（しか）して相（あひ）吿（つ）げて曰（いは）く、吾（わ）が王（わう）庶幾（こひねがは）くは疾病（しつぺい）無（な）きか、何（なに）を以（もつ）て能（よ）く田獵（でんれふ）するや。此（こ）れ他（た）無（な）し。民（たみ）と與（とも）に樂（たのし）みを同（おな）じくすればなり。今（いま）王（わう）百姓（ひやくせい）と與（とも）に樂（たのし）みを同（おな）じくせば、則（すなは）ち王（わう）たらん。〉

齊宣王問曰：「文王之囿方七十里，有諸？」孟子對曰：「於傳有之。」曰：「若是其大乎？」曰：「民猶以爲小也。」曰：「寡人之囿方四十里，民猶以爲大，何也？」曰：「文王之囿方七十里，芻蕘者往焉，雉兔者往焉，與民同之。民以爲小，不亦宜乎？臣始至於境，問國之大禁，然後敢入。臣聞郊關之內有囿方四十里，殺其麋鹿者如殺人之罪，則是方四十里爲阱於國中。民以爲大，不亦宜乎？」

〈齊（せい）の宣王（せんわう）問（と）うて曰（いは）く、文王（ぶんわう）の囿（いう）は、方（はう）七十里（り）と。諸（これ）有（あ）るか。孟子（まうし）對（こた）へて曰（いは）く、傳（でん）に於（おい）て之（こ）れ有（あ）り。曰（いは）く、是（かく）の若（ごと）く其（そ）れ大（だい）なるか。曰（いは）く、民（たみ）は猶（な）ほ以（もつ）て小（せう）と爲（な）すなり。曰（いは）く、寡人（くわじん）の囿（いう）は、方（はう）四十里（り）、民（たみ）は猶（な）ほ以（もつ）て大（だい）と爲（な）すは、何（なん）ぞや。曰（いは）く、文王（ぶんわう）の囿（いう）は方（はう）七十里（り）、芻蕘（すうぜう）の者（もの）往（ゆ）き、雉兔（ちと）の者（もの）往（ゆ）く、民（たみ）と與（とも）に之（これ）を同（おな）じくす。民（たみ）以（もつ）て小（せう）と爲（な）すも、亦（また）宜（むべ）ならずや。臣（しん）始（はじ）めて境（さかひ）に至（いた）り、國（くに）の大禁（たいきん）を問（と）うて、然（しか）る後（のち）敢（あ）へて入（い）る。臣（しん）聞（き）く、郊關（かうくわん）の內（うち）に囿方（いうはう）四十里（り）有（あ）り。其（その）麋鹿（びろく）を殺（ころ）す者（もの）は、人（ひと）を殺（ころ）すの罪（つみ）の如（ごと）しと、則（すなは）ち是（こ）れ方（はう）四十里（り）にして、阱（おとしあな）を國中（こくちう）に爲（つく）るなり。民（たみ）以（もつ）て大（だい）と爲（な）すも、亦（また）宜（むべ）ならずや。〉

齊宣王問曰：「交鄰國有道乎？」孟子對曰：「有。惟仁者爲能以大事小，是故湯事葛，文王事昆夷。惟智者爲能以小事大，故太王整事獯鬻，勾踐事吳。以大事小者，樂天者也；以小事大者，畏天者也。樂天者保天下，畏天者保其國。《詩》云：『畏天之威，於時保之。』」王曰：「大哉言矣！寡人有疾，寡人好勇。」對曰：「王請無好小勇。夫撫劍疾視曰，『彼惡敢當我哉！』此匹夫之勇，敵一人者也。王請大之！「詩云：『王赫斯怒，爰整其旅，以遏徂莒，以篤周祜，以對於天下。』此文王之勇也。文王一怒而安天下之民。「書曰：『天降下民，作之君，作之師，惟曰其助上帝寵之。四方有罪無罪惟我在，天下曷敢有越厥志？』一人衡行於天下，武王恥之。此武王之勇也。而武王亦一怒而安天下之民。今王亦一怒而安天下之民，民惟恐王之不好勇也。」

〈齊（せい）の宣王（せんわう）問（と）うて曰（いは）く、鄰國（りんごく）に交（まじは）るに道（みち）あるか。孟子（まうし）對（こた）へて曰（いは）く、有（あ）り。惟（たゞ）仁者（じんしや）のみ能（よ）く大（だい）を以（もつ）て小（せう）に事（つか）ふるを爲（な）す。是（こ）の故（ゆゑ）に湯（たう）は葛（かつ）に事（つか）へ、文王（ぶんわう）は昆夷（こんい）に事（つか）ふ。惟（たゞ）智者（ちしや）のみ能（よ）く小（せう）を以（もつ）て大（だい）に事（つか）ふるを爲（な）す。故（ゆゑ）に太王（だいわう）は獯鬻（くんいく）に事（つか）へ、勾踐（こうせん）は吳（ご）に事（つか）ふ。大（だい）を以（もつ）て小（せう）に事（つか）ふる者（もの）は、天（てん）を樂（たのし）む者（もの）なり。小（せう）を以（もつ）て大（だい）に事（つか）ふる者（もの）は、天（てん）を畏（おそ）るゝ者（もの）なり。天（てん）を樂（たのし）む者（もの）は天下（てんか）を保（たも）つ。天（てん）を畏（おそ）るゝ者（もの）は其國（そのくに）を保（たも）つ。詩（し）に云ふ、天（てん）の威（ゐ）を畏（おそ）れ、時（とき）に於（お）いて之（これ）を保（たも）つ。王（わう）曰（いは）く、大（だい）なるかな言（げん）、寡人（くわじん）疾（やまひ）有（あ）り、寡人（くわじん）勇（ゆう）を好（この）む。對（こた）へて曰（いは）く、王（わう）請（こ）ふ小勇（せうゆう）を好（この）む無（なか）れ。夫（か）の劍（けん）を撫（な）で疾（にら）み視（み）て、曰（いは）く、彼（か）れ惡（いづく）んぞ敢て我（われ）に當（あた）らんやと、此（こ）れ匹夫（ひつぷ）の勇（ゆう）にして、一人（いちにん）に敵（てき）する者（もの）なり。王（わう）請（こ）ふ之（これ）を大（だい）にせよ。詩（し）に云ふ、王（わう）赫（かく）として斯（こゝ）に怒（いか）り、爰（こゝ）に其旅（そのりよ）を整（とゝの）へ、以（もつ）て莒（きよ）に徂（ゆ）くを遏（とゞ）め、以（もつ）て周（しう）の祜（いう）を篤（あつ）くし、以（もつ）て天下（てんか）に對（たい）す。此（こ）れ文王（ぶんわう）の勇（いう）なり。文王（ぶんわう）一（ひと）たび怒（いか）りて天下（てんか）の民（たみ）を安（やす）んず。書（しよ）に曰（いは）く、天（てん）、下民（かみん）を降（くだ）し、之（これ）が君（きみ）と作（な）し、之（これ）が師（し）と作（な）す、惟（こ）れ其（そ）の上帝（じやうてい）を助（たす）くるを曰（い）うて、之（これ）を四方（しはう）に寵（ちよう）す。罪（つみ）有（あ）る罪（つみ）無（な）き惟（たゞ）我（わ）れ在（あ）り。天下（てんか）曷（なん）ぞ敢（あ）へて厥（そ）の志（こゝろざし）を越（おと）す有（あ）らん。一人（いちにん）天下（てんか）に衡行（かうかう）するは、武王（ぶわう）之（これ）を恥（は）づ。此（こ）れ武王（ぶわう）の勇（いう）なり。而（しか）して武王（ぶわう）亦（また）一（ひと）たび怒（いか）りて而（しか）して天下（てんか）の民（たみ）を安（やす）んず。今（いま）王（わう）亦（また）一（ひと）たび怒（いか）りて而（しか）うして天下（てんか）の民（たみ）を安（やす）んぜば、民（たみ）惟（たゞ）王（わう）の勇（ゆう）を好（この）まざるを恐（おそ）るゝなり。〉

齊宣王見孟子於雪宮。王曰：「賢者亦有此樂乎？」孟子對曰：「有。人不得，則非其上矣。不得而非其上者，非也；爲民上而不與民同樂者，亦非也。樂民之樂者，民亦樂其樂；憂民之憂者，民亦憂其憂。樂以天下，憂以天下，然而不王者，未之有也。「昔者齊景公問於晏子曰：『吾欲觀於轉附朝舞，遵海而南，放於琅邪，吾何修而可以比於先王觀也？』「晏子對曰：『善哉問也！天子適諸侯曰巡狩。巡狩者，巡所守也。諸侯朝於天子曰述職。述職者，述所職也。無非事者。春省耕而補不足，秋省斂而助不給。夏諺曰：『吾王不游，吾何以休？吾王不豫，吾何以助？一遊一豫，爲諸侯度。』今也不然：師行而糧食，饑者弗食，勞者弗息。睊睊胥讒，民乃作慝。方命虐民，飮食若流。流連荒亡，爲諸侯憂。從流下而忘反謂之流，從流上而忘反謂之連，從獸無厭謂之荒，樂酒無厭謂之亡。先王無流連之樂，荒亡之行。惟君所行也。』「景公說，大戒於國，出捨於郊。於是始興發補不足。召大師曰：『爲我作君臣相說之樂！』蓋征招角招是也。其詩曰，『畜君何尤？』畜君者，好君也。」

〈齊（せい）の宣王（せんわう）孟子（まうし）を雪宮（せつきう）に見（み）る。王（わう）曰（いは）く、賢者（けんしや）も亦（また）此（この）樂（たのし）み有（あ）るか。孟子（まうし）對（こた）へて曰（いは）く、有（あ）り、人（ひと）得（え）ざれば則（すなは）ち其上（そのかみ）を非（そし）る。得（え）ずして而（しか）して其上（そのかみ）を非（そし）る者（もの）は非（ひ）なり。民（たみ）の上（かみ）と爲（な）り而（しか）して民（たみ）と樂（たのし）みを同（おな）じくせざる者（もの）も亦（また）非（ひ）なり。民（たみ）の樂（たのし）みを樂（たのし）む者（もの）は、民（たみ）も亦（また）其（その）樂（たのし）みを樂（たのし）む。民（たみ）の憂（うれへ）を憂（うれ）ふる者（もの）は、民（たみ）も亦（また）其（その）憂（うれへ）を憂（うれ）ふ。樂（たのし）むに天下（てんか）を以（もつ）てし、憂（うれ）ふるに天下（てんか）を以（もつ）てす。然（しか）り而（しかう）して王（わう）たらざる者（もの）は、未（いま）だ之（こ）れ有（あ）らざるなり。昔者（むかし）齊（せい）の景公（けいこう）、晏子（あんし）に問（と）うて、曰（いは）く、吾（われ）轉附（てんぷ）朝舞（てうぶ）を觀（み）て、海（うみ）に遵（したが）ひ而（しか）うして南（みなみ）琅邪（らうや）に放（いた）らんと欲（ほつ）す。吾（われ）何（なに）を修（をさ）めて而（しかう）して以（もつ）て先王（せんわう）の觀（くわん）に比（ひ）す可（べ）き。晏子（あんし）對（こた）へて曰（いは）く、善（よ）きかな問（とひ）や。天子（てんし）諸侯（しよこう）に適（ゆ）くを巡狩（じゆんしゆ）と曰（い）ふ。巡狩（じゆんしゆ）とは守（まも）る所（ところ）を巡（めぐ）るなり。諸侯（しよこう）天子（てんし）に朝（てう）するを述職（じゆつしよく）と曰（い）ふ。述職（じゆつしよく）とは職（しよく）とする所（ところ）を述（の）ぶるなり。事（こと）に非（あらざ）る者（もの）なし。春（はる）は耕（かう）を省（かへり）みて而（しか）うして足（た）らざるを補（おぎは）ひ、秋（あき）は斂（をさま）るを省（かへり）みて而（しか）うして給（た）らざるを助（たす）く。夏（か）の諺（ことわざ）に曰（いは）く、吾（わ）が王（わう）游（あそ）ばずんば、吾（わ）れ何（なに）を以（もつ）て休（きう）せん。吾（わ）が王（わう）豫（よ）せずんば、吾（わ）れ何（なに）を以（もつ）て助（たす）からん。一遊（いちいう）一豫（いちよ）、諸侯（しよこう）の度（ど）と爲（な）ると。今（いま）や然（しか）らず。師（し）行（ゆ）いて而（しかう）して糧食（りやうしよく）す。饑者（きしや）は食（くら）はず、勞者（らうしや）は息（いと）はず。睊睊（けん〳〵）として胥（あ）ひ讒（そし）り、民（たみ）乃（すなは）ち慝（とく）を作（な）す。命（めい）を方（はう）し民（たみ）を虐（ぎやく）す。飮食（いんしよく）流（なが）るゝが如（ごと）く、流連荒亡（りうれんくわうばう）、諸侯（しよこう）の憂（うれへ）となる。流（ながれ）に從（したが）ひ下（くだ）りて而（しかう）して反（かへ）るを忘（わす）る、之（これ）を流（りう）と謂（い）ふ。流（ながれ）に從（したが）ひ上（のぼ）り而して反（かへ）るを忘（わす）る、之（これ）を連（れん）と謂（い）ふ。獸（けもの）に從（したが）ひ厭（あ）くなき、之（これ）を荒（くわう）と謂（い）ふ。酒（さけ）を樂（たのし）み厭（あ）くなき、之（これ）を亡（ばう）と謂（い）ふ。先王（せんわう）は流連（りうれん）の樂（たのし）み荒亡（くわうばう）の行（おこなひ）なし。惟（たゞ）君（きみ）の行（おこな）ふ所（ところ）なり。景公（けいこう）說（よろこ）び、大（おほ）いに國（くに）に戒（いまし）め、出（い）でて郊（かう）に捨（しや）し、是（こゝ）に於（おい）て始（はじ）めて興發（こうはつ）し足（た）らざるを補（おぎな）ふ。大師（たいし）を召（め）して曰（いは）く、我（わ）が爲（た）めに君臣（くんしん）相（あひ）說（よろこ）ぶの樂（がく）を作（つく）れと。蓋（けだ）し徴招（ちせう）・角招（かくせう）是（こ）れなり。其詩（そのし）に曰く、君（きみ）を畜（きく）する何（なん）ぞ尤（とが）めん。君（きみ）を畜（きく）するとは、君（きみ）を好（よみ）するなり。〉

齊宣王問曰：「人皆謂我毀明堂，毀諸？已乎？」孟子對曰：「夫明堂者，王者之堂也。王欲行王政，則勿毀之矣。」王曰：「王政可得聞與？」對曰：「昔者文王之治岐也，耕者九一，仕者世祿，關市譏而不征，澤梁無禁，罪人不孥。老而無妻曰鰥，老而無夫曰寡，老而無子曰獨，幼而無父曰孤。此四者，天下之窮民而無吿者。文王發政施仁，必先斯四者。詩云，『哿矣富人，哀此煢獨。』」王曰：「善哉言乎！」曰：「王如善之，則何爲不行？」王曰：「寡人有疾，寡人好貨。」對曰：「昔者公劉好貨，詩云：『乃積乃倉，乃裹餱糧，於橐於囊。思戢用光。弓矢斯張，干戈戚揚，爰方啟行。』故居者有積倉，行者有裹囊也，然後可以爰方啟行。王如好貨，與百姓同之，於王何有？」王曰：「寡人有疾，寡人好色。」對曰：「昔者大王好色，愛厥妃。詩云：『古公亶父，來朝走馬；率西水滸，至於岐下；爰及姜女，聿來胥宇。』當是時也，內無怨女，外無曠夫；王如好色，與百姓同之，於王何有！」

〈齊（せい）の宣王（せんわう）問（と）うて、曰く、人（ひと）皆（みな）我（われ）に明堂（めいだう）を毀（こぼ）てと謂（い）ふ。諸（これ）を毀（こぼ）たんか、已（や）めんか。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、夫（そ）れ明堂（めいだう）は、王者（わうしや）の堂（だう）なり。王（わう）、王政（わうせい）を行（おこな）はんと欲（ほつ）せば則（すなは）ち之（これ）を毀（こぼ）つ勿（な）かれ。王（わう）曰く、王政（わうせい）聞（き）くことを得（う）べきか。對（こた）へて曰く、昔者（むかし）文王（ぶんわう）の岐（き）を治（をさ）むるや、耕（たがや）す者（もの）九（きう）が一（いつ）、仕（つか）ふる者（もの）祿（ろく）を世〻（よよ）にす。關市（くわんし）は譏（き）して征（せい）せず、澤梁（たくりやう）は禁（きん）無（な）く、人（ひと）を罪（つみ）すれど孥（ど）せず。老（お）いて妻（つま）なきを鰥（くわん）と曰ひ、老（お）いて夫（をつと）なきを寡（くわ）と曰ひ、老（お）いて子（こ）なきを獨（どく）と曰（い）ひ、幼（えう）にして父（ちち）なきを孤（こ）と曰ふ。此（この）四者（しや）は、天下（てんか）の窮民（きうみん）にして、而して吿（つ）ぐるなき者（もの）なり。文王（ぶんわう）政（まつりごと）を發（はつ）し仁（じん）を施（ほどこ）す、必（かなら）ず斯（こ）の四者（しや）を先（さき）にす。詩（し）に云ふ、哿（か）なり富（と）める人（ひと）、哀（あはれ）む此（この）煢獨（けいどく）をと。王（わう）曰く、善（よ）いかな言（げん）や。曰く、王（わう）如（も）し之（これ）を善（よ）しとせば、則ち何爲（なんす）れぞ行（おこな）はざる。王（わう）曰く、寡人（くわじん）疾（やまひ）有（あ）り。寡人（くわじん）貨（くわ）を好（この）む。對（こた）へて曰く、昔者（むかし）公劉（こうりう）貨（くわ）を好（この）む。詩（し）に云ふ、乃ち積（せき）し乃つ倉（さう）し、乃（すなは）ち餱糧（こうりやう）を裹（つゝ）む、橐（たく）に囊（なう）に、戢（をさ）めて用（もつ）て光（おほ）いにせんことを思（おも）ふ。弓矢（きうし）斯（こゝ）に張（は）り、干戈（くわんか）戚揚（せきやう）、爰（こゝ）に方（はじ）めて行（かう）を啟（ひら）くと。故（ゆゑ）に居（を）る者（もの）は積倉（せきさう）あり、行（ゆ）く者（もの）は裹糧（くわりやう）あるなり。然（しか）る後（のち）以（もつ）て爰（こゝ）に方（はじ）めて行（かう）を啟（ひら）く可（べ）し。王（わう）如（も）し貨（くわ）を好（この）まば、百姓（ひやくせい）と之（これ）を同（おな）じくせば、王（わう）たるに於（おい）て何（なに）か有（あ）らん。王（わう）曰く、寡人（くわじん）疾（やまひ）有（あ）り。寡人（くわじん）色（いろ）を好（この）む。對（こた）へて曰く、昔者（むかし）大王（たいわう）色（いろ）を好（この）み、厥（そ）の妃（ひ）を愛（あい）す。詩（し）に云ふ、古公（ここう）亶父（たんぽ）、來（きた）りて朝（あした）に馬（うま）を走（はし）らせ、西水（せいすゐ）の滸（ほとり）に率（そ）ひ、岐下（きか）に至（いた）り、爰（こゝ）に姜女（きやうぢよ）と、聿（こゝ）に來（きた）り宇（う）を胥（み）ると。是（こ）の時（とき）に當（あた）つて、內（うち）に怨女（ゑんぢよ）無（な）く、外（そと）に曠夫（くわうふ）無（な）し。王（わう）如（も）し色（いろ）を好（この）みて、百姓（ひやくせい）と之（これ）を同（おな）じくせば、王（わう）たるに於（おい）て何（なに）か有（あ）らん。〉

孟子謂齊宣王，曰：「王之臣有托其妻子於其友而之楚游者，比其反也，則凍餒其妻子，則如之何？」王曰：「棄之。」曰：「士師不能治士，則如之何？」王曰：「已之。」曰：「四境之內不治，則如之何？」王顧左右而言他。

〈孟子（まうし）齊（せい）の宣王（せんわう）に謂（い）ひて曰く、王（わう）の臣（しん）、其妻子（さいし）を其友（とも）に托（たく）して而して楚（そ）に之（ゆ）き游（あそ）ぶ者（もの）あらん。其の反（かへ）るに比（およ）びて、則（すなは）ち其妻子（さいし）を凍餒（とうたい）せしめば、則ち之（これ）を如何（いかに）せん。王（わう）曰く、之（これ）を棄（す）てん。曰く、士師（しし）士（し）を治（をさ）むる能（あた）はずんば、則ち之（これ）を如何（いかに）せん。王（わう）曰く、之（これ）を已（や）めん。曰く、四境（しきやう）の內（うち）治（をさ）まらずんば、則ち之（これ）を如何（いかに）せん。王（わう）左右（さいう）を顧（かへり）みて他（た）を言（い）ふ。〉

孟子見齊宣王，曰：「所謂故國者，非謂有喬木之謂也，有世臣之謂也。王無親臣矣，昔者所進，今日不知其亡也。」王曰：「吾何以識其不才而捨之？」曰：「國君進賢，如不得已，將使卑逾尊，疏逾戚，可不愼與？左右皆曰賢，未可也；諸大夫皆曰賢，未可也；國人皆曰賢，然後察之；見賢焉，然後用之。左右皆曰不可，勿聽；諸大夫皆曰不可，勿聽；國人皆曰不可，然後察之；見不可焉，然後去之。左右皆曰可殺，勿聽；諸大夫皆曰可殺，勿聽；國人皆曰可殺，然後察之，見可殺焉，然後殺之。故曰，國人殺之也。如此，然後可以爲民父母。」

〈孟子（まうし）齊（せい）の宣王（せんわう）に見（まみ）えて曰く、所謂（いはゆる）故國（ここく）とは、喬木（けうぼく）あるの謂（いひ）を謂（い）ふに非（あら）ざるなり。世臣（せいしん）あるの謂（いひ）なり。王（わう）は親臣（しんしん）無（な）し。昔者（むかし）進（すゝ）むる所（ところ）、今日（こんにち）は其亡を知らざるなり。王（わう）曰（いは）く、吾（われ）何（なに）を以（もつ）て其不才（ふさい）を識（し）りて而して之（これ）を舎（す）てん。曰く、國君（こくくん）賢（けん）を進（すゝ）むる已（や）むを得（え）ざるが如（ごと）くす。將（まさ）に卑（ひ）をして尊（そん）に逾（こ）え疏（そ）をして戚（せき）に逾（こ）えしめんとす。愼（つゝし）まざる可（べ）けんや。左右（さいう）皆（みな）曰（い）ふ、賢（けん）と。未（いま）だ可（か）ならざるなり。諸大夫（しよたいふ）皆（みな）曰（い）ふ、賢（けん）と。未（いま）だ可（か）ならざるなり。國人（こくじん）皆（みな）曰（い）ふ、賢（けん）と。然（しか）る後（のち）之（これ）を察（さつ）し、賢（けん）なるを見（み）て、然（しか）る後（のち）に之（これ）を用（もち）ふ。左右（さいう）皆（みな）曰（い）ふ、不可（ふか）と。聽（き）く勿（なか）れ。諸大夫（しよたいふ）皆（みな）曰（い）ふ、不可（ふか）と。聽（き）く勿（なか）れ。國人（こくじん）皆（みな）曰（い）ふ、不可（ふか）と。然（しか）る後（のち）之（これ）を察（さつ）し、不可（ふか）なるを見（み）て、然（しか）る後（のち）之（これ）を去（さ）る。左右（さいう）皆（みな）曰（い）ふ、殺（ころ）す可（べ）しと。聽（き）く勿（なか）れ。諸大夫（しよたいふ）皆（みな）曰（い）ふ、殺（ころ）す可（べ）しと。聽（き）く勿（なか）れ。國人（こくじん）皆（みな）曰（い）ふ、殺（ころ）す可（べ）しと。然（しか）る後（のち）之（これ）を察（さつ）し、殺（ころ）す可（べ）きを見（み）て、然（しか）る後（のち）之（これ）を殺（ころ）す。故（ゆゑ）に曰（い）ふ、國人（こくじん）之（これ）を殺（ころ）すと。此（かく）の如（ごと）くして、然（しか）る後（のち）以（もつ）て民（たみ）の父母（ふぼ）たる可（べ）し。〉

齊宣王問曰：「湯放桀，武王伐紂，有諸？」孟子對曰：「於傳有之。」曰：「臣弒其君，可乎？」曰：「賊仁者謂之『賊』，賊義者謂之『殘』。殘賊之人謂之『一夫』。聞誅一夫紂矣，未聞弒君也。」

〈齊（せい）の宣王（せんわう）問（と）うて、曰く、湯（たう）桀（けつ）を放（はな）ち、武王（ぶわう）紂（ちう）を伐（う）つ、諸（こ）れ有（あ）るか。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、傳（でん）に於（おい）て之（これ）有（あ）り。曰く、臣（しん）にして其君（きみ）を弒（しい）す、可（か）なるか。曰く、仁（じん）を賊（そこな）ふ者（もの）之（これ）を賊（ぞく）と謂（い）ひ、義（ぎ）を賊（そこな）ふ者（もの）之（これ）を殘（ざん）と謂（い）ふ。殘賊（ざんぞく）の人（ひと）は之（これ）を一夫（いっぷ）と謂（い）ふ。一夫（いっぷ）の紂（ちう）を誅（ちう）するを聞（き）けり。未（いま）だ君（きみ）を弒（しい）するを聞（き）かざるなり。〉

孟子見齊宣王，曰：「爲巨室，則必使工師求大木。工師得大木，則王喜，以爲能勝其任也。匠人斫而小之，則王怒，以爲不勝其任矣。夫人幼而學之，壯而欲行之，王曰：『姑捨女所學而從我』，則何如？今有璞玉於此，雖萬鎰，必使玉人雕琢之。至於治國家，則曰：『姑捨女所學而從我』，則何以異於敎玉人雕琢玉哉？」

〈孟子（まうし）齊（せい）の宣王（せんわう）に謂（い）ひて曰く、巨室（きよしつ）を爲（つ）くらば、則ち必（かなら）ず工師（こうし）をして大木（たいぼく）を求（もと）めしむ。工師（こうし）大木（たいぼく）を得（え）ば、則（すなは）ち王（わう）喜（よろこ）んで以（もつ）て其任（にん）に勝（た）ふと爲（な）さん。匠人（しやうじん）斫（き）りて而して之（これ）を小（せう）にせば、則ち王（わう）怒（いか）りて以（もつ）て其任（にん）に勝（た）へずと爲（な）さん。夫（そ）れ人（ひと）幼（えう）にして之（これ）を學（まな）び、壯（さう）にして之（これ）を行（おこな）はんと欲（ほつ）す。王（わう）曰（いは）く、姑（しばら）く女（なんぢ）が學（まな）ぶ所（ところ）を舍（お）き我（われ）に從（したが）へと。則ち何如（いかん）。今（いま）此（こゝ）に璞玉（ぼくぎよく）あらば、萬鎰（まんいつ）と雖（いへど）も、必（かなら）ず玉人（ぎよくじん）をして之（これ）を雕琢（てうたく）せしめん。國家（こくか）を治（をさ）むるに至（いた）りては、則（すなは）ち曰く、姑（しばら）く女（なんぢ）が學（まな）ぶ所（ところ）を舍（おい）て而して我（われ）に從（したが）へと。則（すなは）ち何（なに）を以（もつ）て玉人（ぎよくじん）に玉（たま）を雕琢（てうたく）するを敎（をし）ふるに異（こと）ならんや。〉

齊人伐燕，勝之。宣王問曰：「或謂寡人勿取，或謂寡人取之。以萬乘之國伐萬乘之國，五旬而舉之，人力不至於此。不取，必有天殃。取之，何如？」孟子對曰：「取之而燕民悅，則取之。古之人有行之者，武王是也。取之而燕民不悅，則勿取，古之人有行之者，文王是也。以萬乘之國伐萬乘之國，簞食壺漿以迎王師，豈有他哉？避水火也。如水益深，如火益熱，亦運而已矣。」

〈齊人（せいじん）燕（えん）を伐（う）ち之（これ）に勝（か）つ。宣王（せんわう）問（と）うて曰く、或（ある）ひとは寡人（くわじん）に取（と）る勿（なか）れと謂（い）ふ。或（ある）ひとは寡人（くわじん）に之（これ）を取（と）れと謂（い）ふ。萬乘（ばんじよう）の國（くに）を以（もつ）て萬乘（ばんじよう）の國（くに）を伐（う）つ、五旬（ごじゆん）にして而して之（これ）を舉（あ）ぐ。人力（じんりよく）は此（こゝ）に至（いた）らず。取（と）らずんば必（かなら）ず天殃（てんあう）有（あ）らん。之（これ）を取（と）る何如（いかん）。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、之（これ）を取（と）りて燕（えん）の民（たみ）悅（よろこ）ばば、則（すなは）ち之（これ）を取（と）れ。古（いにしへ）の人（ひと）之（これ）を行（おこな）ふ者（もの）有（あ）り。武王（ぶわう）是（こ）れなり。之（これ）を取（と）りて而して燕（えん）の民（たみ）悅（よろこ）ばずんば、則ち取（と）る勿（なか）れ。古（いにしへ）の人（ひと）之（これ）を行（おこな）ふ者（もの）有（あ）り。文王（ぶんわう）是（こ）れなり。萬乘（ばんじよう）の國（くに）を以（もつ）て萬乘（ばんじよう）の國（くに）を伐（う）つ、簞食（たんし）壺漿（こしやう）して、以（もつ）て王師（わうし）を迎（むか）ふるは，豈（あ）に他（た）あらんや、水火（すゐくわ）を避（さ）けんとすればなり、水（みづ）の益〻（ます〳〵）深（ふか）きが如（ごと）く、火（ひ）の益〻（ます〳〵）熱（あつ）きが如（ごと）くならば、亦（また）運（めぐ）らんのみ。〉

齊人伐燕，取之。諸侯將謀救燕。宣王曰：「諸侯多謀伐寡人者，何以待之？」孟子對曰：「臣聞七十里爲政於天下者，湯是也。未聞以千里畏人者也。書曰：『湯一征，自葛始。」天下信之，東面而征，西夷怨；南面而征，北狄怨曰：『奚爲後我？』民望之，若大旱之望雲霓也。歸市者不止，耕者不變。誅其君而弔其民，若時雨降。民大悅。書曰：『徯我后，后來其蘇。』今燕虐其民，王往而征之，民以爲將拯己於水火之中也，簞食壺漿以迎王師。若殺其兄父，係累其子弟，毀其宗廟，遷其重器，如之何其可也？天下固畏齊之强也，今又倍地而不行仁政，是動天下之兵也。王速出令，反其旄倪，止其重器，謀於燕衆，置君而後去之，則猶可及止也。」

〈齊人（せいひと）燕（えん）を伐（う）ち之（これ）を取（と）る。諸侯（しよこう）將（まさ）に燕（えん）を救（すく）ふことを謀（はか）らんとす。宣王（せんわう）曰く、諸侯（しよこう）寡人（くわじん）を伐（う）つを謀（はか）る者（もの）多（おほ）し。何（なに）を以（もつ）て之（これ）を待（ま）たん。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、臣（しん）聞（き）く、七十里（り）にして政（まつりごと）を天下（てんか）に爲（な）す者（もの）は、湯（たう）是（こ）れなり。未（いま）だ千里（り）を以（もつ）て人（ひと）を畏（おそ）るゝ者（もの）を聞（き）かざるなり。書（しよ）に曰く、湯（たう）一（はじ）めて征（せい）する葛（かつ）より始（はじ）む。天下之（これ）を信（しん）ず。東面（とうめん）して征（せい）すれば、西夷（せいい）怨（うら）み、南面（なんめん）して征（せい）すれば、北狄（ほくてき）怨（うら）む。曰く、奚爲（なんす）れぞ我（われ）を後（のち）にすと。民（たみ）之（これ）を望（のぞ）むこと大旱（たいかん）の雲霓（うんげい）を望（のぞ）むが若（ごと）きなり。市（いち）に歸（き）する者（もの）止（や）まず、耕（たがや）す者（もの）變（へん）ぜず、其君（そのきみ）を誅（ちう）し、而して其民を弔（てう）し、時雨（じう）の降（くだ）るが若（ごと）く、民（たみ）大（おほ）いに悅（よろこ）ぶ。書（しよ）に曰く、我（わ）が后（きみ）を徯（ま）つ。后（きみ）來（きた）らば其（そ）れ蘇（そ）せんと。』今（いま）燕（えん）其民（そのたみ）を虐（ぎやく）す。王（わう）往（ゆ）きて之（これ）を征（せい）す。民（たみ）以（もつ）て將に己（おのれ）を水火（すゐか）の中（うち）に拯（すく）はんとすと爲（な）すや、簞食（たんし）壺漿（こしやう）して以（もつ）て王師（わうし）を迎（むか）へん。若（も）し其（その）父兄（ふけい）を殺（ころ）し、其（その）子弟（してい）を係累（けいるゐ）し、其（その）宗廟（そうべう）を毀（こぼ）ち、其（その）重器（ぢゆうき）を遷（うつ）さば、之（これ）を如何（いかん）ぞ其（そ）れ可（か）ならん。天下（てんか）固（もと）より齊（せい）の强（つよき）を畏（おそ）るゝなり。今（いま）又（また）地（ち）を倍（ばい）して而して仁政（じんせい）を行（おこな）はずんば、是（こ）れ天下（てんか）の兵（へい）を動（うご）かさん。王（わう）速（すみやか）に令（れい）を出（いだ）し、其（その）旄倪（はうげい）を反（かへ）し、其（その）重器（ぢゆうき）を止（とゞ）め、燕（えん）の衆（しう）に謀（はか）り、君（きみ）を置（お）きて而して後（のち）に之（これ）を去（さ）らば、則（すなは）ち猶（な）ほ止（や）むに及（およ）ぶ可（べ）きなり。〉

鄒與魯鬨。穆公問曰：「吾有司死者三十三人，而民莫之死也。誅之，則不可勝誅；不誅，則疾視其長上之死而不救，如之何則可也？」孟子對曰：「凶年饑歲，君之民老弱轉乎溝壑，壯者散而之四方者，幾千人矣；而君之倉廩實，府庫充，有司莫以吿，是上慢而殘下也。曾子曰：『戒之戒之！出乎爾者，反乎爾者也。』夫民今而後得反之也。君無尤焉！君行仁政，斯民親其上，死其長矣。」

〈鄒（すう）、魯（ろ）と鬨（たたか）ふ。穆公（ぼくこう）問（と）うて曰く、吾（わ）が有司（いうし）死（し）する者（もの）三十三人，而して民（たみ）之（これ）に死（し）する莫（な）きなり。之（これ）を誅（ちう）せば勝（あ）げて誅（ちう）す可（べ）からず。誅（ちう）せざれば則（すなは）ち其（その）長上（ちやうじやう）の死（し）を疾視（しつし）して、而して救（すく）はず。之（これ）を如何（いかに）せば則（すなは）ち可（か）ならん。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、凶年（きようねん）饑歲（きさい）には、君（きみ）の民（たみ）、老弱（らうじやく）溝壑（こうがく）に轉（てん）じ、壯者（さうしや）は散（さん）じて四方（しはう）に之（ゆ）く者（もの）、幾（いく）千人（にん）。而して君（きみ）の倉廩（さうりん）は實（み）ち、府庫（ふこ）は充（み）つ。有司（いうし）以（もつ）て吿（つ）ぐる莫（な）し。是（これ）上（かみ）慢（まん）にして而して下（しも）を殘（ざん）するなり。曾子（そうし）曰く、之（これ）を戒（いまし）めよ、之（これ）を戒（いまし）めよ、爾（なんぢ）に出（い）づる者（もの）は爾（なんぢ）に反（かへ）るなり。夫（そ）れ民（たみ）今（いま）にして而して後（のち）之（これ）を反（かへ）すを得（え）たるなり。君（きみ）尤（とが）むること無（なか）れ、君（きみ）仁政（じんせい）を行（おこな）はば、斯（こゝ）に民（たみ）其上（そのかみ）に親（したし）み、其長（そのちやう）に死（し）せん。〉

滕文公問曰：「滕，小國也，間於齊、楚。事齊乎？事楚乎？」孟子對曰：「是謀非吾所能及也。無已，則有一焉：鑿斯池也，築斯城也，與民守之，效死而民弗去，則是可爲也。」

〈滕（とう）の文公（ぶんこう）問（と）うて曰く、滕（とう）は小國（せうこく）なり。齊（せい）楚（そ）に間（かん）す。齊（せい）に事（つか）へんか、楚（そ）に事（つか）へんか。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、是（こ）の謀（はかりごと）は吾（わ）が能（よ）く及（およ）ぶ所（ところ）に非（あら）ざるなり。已（や）む無（な）くんば則（すなは）ち一（いち）あり。斯（こ）の池（いけ）を鑿（うが）ち、斯（こ）の城（しろ）を築（きづ）きて民（たみ）と與（とも）に之（これ）を守（まも）り、死（し）を效（いた）すも民（たみ）去（さ）らずんば、則（すなは）ち是（こ）れ爲（な）す可（べ）きなり。〉

滕文公問曰：「齊人將築薛，吾甚恐，如之何則可？」孟子對曰：「昔者大王居邠，狄人侵之，去之岐山之下居焉。非擇而取之，不得已也。苟爲善，後世子孫必有王者矣。君子創業垂統，爲可繼也。若夫成功，則天也。君如彼何哉？强爲善而已矣。」

〈滕（とう）の文公（ぶんこう）問（と）うて曰く、齊人（せいひと）將（まさ）に薛（せつ）に築（きづ）かんとす。吾（われ）甚（はなは）だ恐（おそ）る。之（これ）を如何（いか）にせば則（すなは）ち可（か）ならん。孟子（まうし）對（こた）へて曰く、昔者（むかし）大王（だうわう）邠（ひん）に居（を）る。狄人（てきひと）之（これ）を侵（おか）す。去（さ）りて岐山（きざん）の下（もと）に之（ゆ）き居（を）る。擇（えら）びて之（これ）を取（と）るに非（あら）ず、已（やむ）を得（え）ざるなり。苟も善（ぜん）を爲（な）さば、後世（こうせい）子孫（しそん）、必（かなら）ず王者（わうじや）有（あ）らん。君子（くんし）業（げふ）を創（はじ）め統（とう）を垂（た）る、繼（つ）ぐ可（べ）きを爲（な）す。夫の成功（せいこう）の若（ごと）きは則ち天（てん）なり。君（きみ）彼（かれ）を如何（いかに）せんや。强（つと）めて善（ぜん）を爲（な）さんのみ。〉

滕文公問曰：「滕，小國也；竭力以事大國，則不得免焉，如之何則可？」孟子對曰：「昔者大王居邠，狄人侵之。事之以皮幣，不得免焉；事之以犬馬，不得免焉；事之以珠玉，不得免焉。乃屬其耆老而吿之曰：『狄人之所欲者，吾土地也。吾聞之也：君子不以其所以養人者害人。二三子何患乎無君？我將去之。』去邠，逾梁山，邑於岐山之下居焉。邠人曰：『仁人也，不可失也。』從之者如歸市。「或曰：『世守也，非身之所能爲也。效死勿去。』「君請擇於斯二者。」

〈滕（とう）の文公（ぶんこう）問（と）うて曰く、滕（とう）は小國（せうこく）なり。力（ちから）を竭（つく）して以（もつ）て大國（たいこく）に事（つか）ふとも、則（すなは）ち免（まぬか）るゝを得（え）ず、之（これ）を如何（いか）にせば則（すなは）ち可（か）ならん。孟子（まうし）對（こた）へて曰（いは）く、昔者（むかし）大王（たいわう）邠（ひん）に居（を）る。狄人（てきひと）之（これ）を侵（おか）す。之（これ）に事（つか）ふるに皮幣（ひへい）を以（もつ）てすれども、免（まぬか）るゝを得（え）ず。之（これ）に事（つか）ふるに犬馬を以（もつ）てすれども、免（まぬか）るゝを得（え）ず。之（これ）に事（つか）ふるに珠玉（しゆぎよく）を以（もつ）てすれども、免（まぬか）るゝを得（え）ず。乃（すなは）ち其（その）耆老（きらう）を屬（あつ）めて之（これ）に吿（つ）げて曰（いは）く、狄人（てきひと）の欲（ほつ）する所（ところ）の者（もの）は、吾（わ）が土地（とち）なり。吾（われ）之（これ）を聞（き）く、君子（くんし）は其（そ）の人（ひと）を養（やしな）ふ所以（ゆゑん）の者（もの）を以て人（ひと）を害（がい）せずと。二三子（にさんし）何（なん）ぞ君（きみ）無（な）きを患（うれ）へん。我（われ）之（これ）を去（さ）らんとすと。邠（ひん）を去（さ）り梁山（りやうざん）を逾（こ）え、岐山（きざん）の下（もと）に邑（いふ）し、居（を）る。邠人（ひんじん）曰く、仁人（じんじん）なり、失（うしな）ふ可（べ）からずと。之（これ）に從（したが）ふ者（もの）市（いち）に歸（き）するが如（ごと）し。或（ある）ひと曰く、世（よ）の守（まもり）なり。身（み）の能（よ）く爲（な）す所（ところ）に非（あら）ざるなり。死（し）を效（いた）すも去（さ）る勿（なか）れと。君（きみ）請（こ）ふ斯（こ）の二者（にしや）に擇（えら）べ。〉

魯平公將出，嬖人臧倉者請曰：「他日君出，則必命有司所之。今乘輿已駕矣，有司未知所之，敢請。」公曰：「將見孟子。」曰：「何哉，君所爲輕身以先於匹夫者？以爲賢乎？禮義由賢者出；而孟子之後喪逾前喪。君無見焉！」公曰：「諾。」樂正子入見，曰：「君奚爲不見孟軻也？」曰：「或吿寡人曰，『孟子之後喪逾前喪』，是以不往見也。」曰：「何哉，君所謂逾者？前以士，後以大夫；前以三鼎，而後以五鼎與？」曰：「否，謂棺槨衣衾之美也。」曰：「非所謂逾也，貧富不同也。」樂正子見孟子，曰：「克吿於君，君爲來見也。嬖人有臧倉者沮君，君是以不果來也。」曰：「行或使之；止或尼之。行止，非人所能也。吾之不遇魯侯，天也。臧氏之子焉能使予不遇哉？」

〈魯（ろ）の平公（へいこう）將（まさ）に出（い）でんとす。嬖人（へいじん）臧倉（ざうさう）なる者（もの）請（こ）うて曰く、他日（たじつ）君（きみ）出（い）づれば、則（すなは）ち必（かなら）ず有司（いうし）に之（ゆ）く所（ところ）を命（めい）ず。今（いま）乘輿（じようよ）已（すで）に駕（が）せり。有司（いうし）未（いま）だ之（ゆ）く所（ところ）を知（し）らず。敢（あへ）て請（こ）ふ。公（こう）曰く、將（まさ）に孟子（まうし）を見（み）んとす。曰く、何（なん）ぞや、君（きみ）身（み）を輕（かろ）くして以（もつ）て匹夫に先（だき）だつを爲（な）す所（ところ）の者（もの）は、以（もつ）て賢（けん）と爲（な）すか。禮義（れいぎ）は賢者（けんしや）より出（い）づ。而して孟子（まうし）の後（のち）の喪（も）は前（まへ）の喪（も）に逾（こ）ゆ。君（きみ）見（み）る無（なか）れ。公（こう）曰く、諾（だく）。樂正子（がくせいし）入（い）り見（まみ）えて、曰く、君（きみ）奚爲（なんす）れぞ孟軻（まうか）を見（み）ざる。曰く、或（ある）ひと寡人（くわじん）に吿（つ）げて曰く、孟子（まうし）の後（のち）の喪（も）は前（まへ）の喪（も）に逾（こ）ゆ。是（こゝ）を以（もつ）て往（ゆ）きて見（み）ざるなり。曰く、何（なん）ぞや、君（きみ）の所謂（いはゆる）逾（こ）ゆとは、前（さき）には士（し）を以（もつ）てし、後（のち）には大夫（たいふ）を以（もつ）てし、前（さき）には三鼎（さんてい）を以（もつ）てし、而して後（のち）には五鼎（ごてい）を以てするか。曰く、否（いな）、棺槨（くわんくわく）衣衾（いきん）の美（び）を謂（い）ふなり。曰く、所謂（いはゆる）逾（こ）ゆるに非（あら）ざるなり。貧富（ひんぷ）同（おな）じからざればなりと。樂正子（がくせいし）孟子（まうし）に見（まみ）えて、曰く、克（こく）、君（きみ）に吿（つ）ぐ、君（きみ）來（きた）り見（み）んと爲（な）せり。嬖人（へいじん）臧倉（ざうさう）なる者（もの）有（あ）り、君（きみ）を沮（はゞ）む。君（きみ）是（こゝ）を以（もつ）て來（きた）るを果（はた）さざるなり。曰く、行（ゆ）くは或（あるい）は之（これ）をせしむ。止（とゞ）まるは或（あるい）は之（これ）を尼（とゞ）む。行止（かうし）は人（ひと）の能（よ）くする所（ところ）に非（あら）ざるなり。吾（われ）の魯侯（ろこう）に遇（あ）はざるは天（てん）なり。臧氏（ざうし）の子（こ）、焉（いづく）んぞ能（よ）く予（よ）をして遇（あ）はざらしめんや。〉